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リアクション
魔神バルバトス 3
人は――圧倒的な力の差を前にすると、まるで動けなくなり、立ち尽くすしかなくなる。足が震え、どうしようもない絶望と恐怖が頭を支配する。ましてそれが、ただこちらを弄んでいるだけに過ぎないと知れば、なおさらだ。
バルバトスは、まさしくそのような女だった。
「あらあら〜、どうしたの、皆さんお揃いでお休みの時間〜?」
「ぐっ……」
カナン兵の苦鳴の上に、天使のような翼のはためきが重なる。
だがその女の本性は、天使どころか魔族の中でも超越した力と残忍性に満ちていた。ハルバートを彷彿とさせる槍を振り回すと、魔力の渦が波状となって戦地を薙ぎ払う。
「ぐああああぁぁぁ!!」
膨大な魔力の弾と衝撃波が兵たちを襲う。
枯れた木々さえも吹き飛ばされた、荒れ果てた戦場の大地は、かつてのネルガルの力を思わせた。恐ろしいことは、それをたった一人の魔族がやってのけているということだ。ましてそれは、ただの荒廃ではない。一度槍が振られれば地はえぐられ、先端から放射された魔弾が大量の兵たちを葬り去る。
――そしてなにより奴は。魔神バルバトスは、本気を出さず、じわじわと虫をなぶるようにそれを楽しんでいた。
それに立ち向かうは契約者。そして――
「う、おおおおぉぉ!」
馬に乗った黒騎士――シャムスが弓矢を構えてバルバトスへと突貫してきた。悠然と振りあげられた敵の槍から放射された魔弾。馬の背から跳躍してそれを避けると、頭上からバルバトスへと矢を放つ。無論、それは返す刃にて切り払われた。
だが、その間に抜き放った剣が、彼女の槍とぶつかり合った。
「ふふっ……領主さま自らお相手なんて、光栄ね」
「なにを、ほざくっ!」
冷笑を崩さないバルバトスの槍から剣を離し、続けざまに横薙ぎに切りつけた。だがそれも、バルバトスのその細い身体からは考えられないような力で弾き飛ばされた。
「くそっ……」
なんとか着地して、己を叱咤するシャムス。その頭上を、神速の風が飛び越えた。
「媛花……っ!?」
「…………」
突撃したのは夕条 媛花(せきじょう・ひめか)だった。光学迷彩のまま神速によって加速したスピードが、その勢いのままバルバトスを捉える。体内に宿る気を解放して、拳を叩きつけた。バルバトスが、優雅に槍でそれを防ぐ。
だが、彼女の狙いはそれで相手を倒すことではなかった。
「シャムス! 今のうちに兵を退かせるのです!」
「……わ、わかった!」
「自分を囮にしてってことかしら? あなた一人で、私を止められるとでも思っているの?」
嘲りの声が耳元で囁かれた。
だが、拮抗する拳と槍の間で、媛花は不敵に笑って見せた。
「あいにくだけど私は、自分の力をそこまで過信してはいません」
言い残し、ぶつかり合っていた拳を離して媛花が地に降りた。瞬間――風祭 隼人(かざまつり・はやと)、日向 朗(ひゅうが・あきら)の姿が現れた。
いや、正確には、無数の隼人の姿だ。ミラージュの力によって生み出された幻影が、バルバトスへと迫る。しかし、槍を振るうとともに放たれた闇の衝撃波が、それを打ち払った。
「いくぜ、チーコ!」
「おう!」
だがそのときにはすでに、パートナーの零・チーコ(ぜろ・ちーこ)を踏み台にして飛び上がった朗と隼人が肉薄している。
「はあああぁぁぁ!!」
人の視認できる範囲を超えたスピードで相手の背後に回った隼人は、魔道銃の引き金を絞る。
背後にも目があるのか、あるいは気配を感じ取ったか。バルバトスは槍を軽く振るってその銃弾を弾き飛ばした。その隙に、朗の拳が彼女の体躯を捉えた。
ドラゴンアーツ――竜特有の怪力を含んだ拳がバルバトスの肉体に埋まる。
クス。
拳が影を引き裂くと、上空から冷笑の声が聞こえてきた。
「なにっ……!?」
振り返るが、遅い。
すでに振りあげられていた槍は、とっさに両腕で防御姿勢を取った朗を叩き飛ばした。隼人とともに、地に降り立つ朗。
女だからといって力を抑えたからか……?
いや、違う。こいつは、そんなに生易しいものじゃない。仮に全力でやっていたとしても、あの異様なほどのスピードについていくことはできなかっただろう。
「お、おい、大丈夫か、朗っ!?」
「……なんとかな」
心配そうに駆けよって来たチーコに憮然と答えて、朗は腕に走っていた血を振り払った。
「チッ……分かってはいたが、まさかここまで力の差があるとはな。四魔将のリーダーってのは、伊達じゃねぇってことか」
吐き捨てる朗に、隼人が囁くように言った。
「倒すことはできなくても、今後の事を鑑みれば、彼女の能力や互いの力量差を測るのは必要だ。それに……諦めるつもりなんて、ないんだろ?」
「……当然」
拳を合わせ、気合を入れ込む朗。彼を頼もしそうに見やった隼人のもとに、彼の魔鎧でありパートナーである風祭 天斗(かざまつり・てんと)がやって来た。
「ふぅ……間に合ったか、隼人」
「遅いぜ、親父」
「悪い悪い……ちょっとした野暮用でな」
魔鎧とは言っても、その鎧に込められた魂は己が父親のものだ。父は、息子のためにジャケット姿へのその身を変えた。息子は、それを素早く着込む。
魔鎧になった折のことだが、魔族にも友人や知人が存在する身だ。なるだけなら積極的に戦いを望むことはしたくなかったが、息子をみすみす死なせるわけにもいくまい。
(バルバトスなら……そうはならないかもしれないけどな)
少なくとも、天斗の知るバルバトスはそう簡単に敵対者を殺そうとはしない。ましてや、今回は人を相手取っているのだ。はいずり回る虫を眺め、玩具とするように、弄ぶことに楽しみに見出しているはずだった。
それがピンチかチャンスかは曖昧なところだが、少なくとも――こちらの力が続く限りは、相手を食い止めることはできる。そして、相手を知るということも。そのためには十分な戦力が必要だが……そんなことを考えていたとき、彼らのもとに、平坦な声が聞こえてきた。
「初めましてバルバトスさん。セルマといいます。戦いの中であなたのことが知りたくて来ました。よければ……お相手願えますか?」
少年は――セルマ・アリス(せるま・ありす)は、魔族に対する態度としては場違いなほどの恭しさで頭を垂れた。横にいるゆる族のミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が、いかにもぬいぐるみのクマといった外見をしていることで、さらにその場違いさは増長されている。
だがむしろバルバトスは、余計にそれを楽しむような笑みを見せた。
「新しい戦力かしら? …………ええ、もちろん、お相手はさせてもらうわ〜。お姉ちゃん、退屈で退屈で……もっと楽しみたいのよ〜」
「では……全力でいきます!」
隼人は、それが天斗の野暮用で呼びこんだ増援だということをどこかで理解していた。無論、言わずもがな朗もである。そして、それが一組の契約者だけではないということも。
「無理はしないでね、ルーマ!」
飛び込んだセルマのウルクの剣が、敵の槍の軌道を封じる間、他の魔族が邪魔をしないようにミリィが援護に回った。機関銃を手に、優しげな顔のゆる族が次々と敵を撃ち落とす。
セルマは、一人で勝てると思うほど、生意気なことを考えてはいなかった。彼の視線がわずかに上空を見つめていた。その先にいたのは、ワイバーンに乗って急降下してくる少女だった。
「あなたたちなんかに……地上は、渡さないわ!」
グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が、巨大な魔力を帯びた鍵の剣を振りおろした。ワイバーンの突撃と剣の二重攻撃。バルバトスは、とっさにそれに対して槍の背後から魔弾を放つ。しかし――どこからか飛び出してきた四谷 大助(しや・だいすけ)の拳が、それを上部から叩いた。
「大助っ!?」
「一人で行くなんて、相変わらず無茶しやがって……!」
黒印家の家紋が印された鉄甲が、魔弾とぶつかり合って強烈な衝撃波を生み出した。腕の肉という肉が引き裂かれそうになるのも構わず、半ば力任せにそれを消滅させる。
そのときにはすでに、バルバトスはセルマとグリムゲーテの攻撃から逃れて上空へ浮遊していた。しかし、その腕に走っているのはわずかな血。剣か、ワイバーンか……どれかは分からぬが、少なくとも、それがついに彼女に傷を負わせたという証拠だった。
それまで妖艶かつ恍惚に笑みを浮かべていただけの彼女の表情が、初めて怒りの形相を生む。なんとか努めて冷静を装うとしているが――打ち震えた声とむき出しになった獰猛な牙のような瞳は、隠しようもなかった。
「フ……フフフ……まったく、イケない子たちねぇ。この私が、魔神バルバトスだと知っていながらのことなのかしら?」
「……お前が何者だろうが関係ない。ここから先は復興工事中だ。帰れ」
普段の温和なものではない、無慈悲で冷たい響き。
グリムゲーテは、大助が本気で煮えたぎらせているのだと理解した。
「グリム……こいつは、お前にどうこう出来る相手じゃない。さっさと逃げろっ!!」
だからこそ、大助はグリムゲーテに言ったのだろう。彼が普段の温和な殻を突き破ってでも戦わねばならぬほどの相手だと、知れたから。しかし……彼女は。
「私だって、カナンを護るために戦う一人よ! ……カナンのためにも、そして黒印の騎士としても、侵略者に背中を見せるワケにはいかないのよ!」
「グリム……」
逃げるわけにはいかない。
それは、大助だけではなく、その場にいた誰もが抱いた決意だ。
バルバトスは、そんな契約者たちの光ある瞳を、面白そうに見つめた。まるで、そんな希望と決意を打ち砕くことを、想像しているかのように。
「ふふふ……なら、その覚悟がどこまで続くか、見てみましょうか〜」
そして――突撃してくる。
圧倒的な速さで眼前まで迫った彼女の槍が、まずはグリムゲーテへと突き立たんとした。だが、そのとき――横合いから放射されたビームキャノンが、彼女を貫こうとした。
「……っ!?」
残像を残して、バルバトスは上空へ飛び立つ。何者かと見やったその先にあったのは、コームラント・トリスタンだった。
「秋人っ……!」
「大助さん、今のうちに一度さがって!」
外部通信で、蘇芳 秋人(すおう・あきと)の声が聞こえてきた。大助はすばやくグリムゲーテのもとに駆け寄り、彼女を連れてその場を離れる。バルバトスは逃がしはしないとばかりに追いかけようとするが、行く手をビームキャノンの光粒子が防いだ。
舌打ち一つ。トリスタンを睨みつけるバルバトス。
水面のような瞳に金髪を靡かせたその姿は、魔族と言われなければ天使と言っておかしくない。一瞬、秋人はそれが自分の行方不明の義姉のように思えた。
「秋人様……?」
「いや……そんなわけないよね」
サブパイロットの蘇芳 蕾(すおう・つぼみ)の声に気づかず、頭を振る秋人。蕾もまた、秋人の様子に気づいてバルバトスを見据えた。確かに……容姿だけで言うならばかつての秋人の記憶に似ているのかもしれない。だが、そんなことはありえないだろう。なにせ、奴は魔族だ。無慈悲で狡猾なその目は、今度はこちらを捉えている。
突出し過ぎた……まずい……!
そう思った時には、すでにバルバトスの放った槍の衝撃波が、トリスタンを吹き飛ばしていた。
「うあああぁぁ!」
「お痛する子は、お仕置きしなくちゃね〜」
バルバトスの手が、トリスタンへと迫る。
と――そのときだった。彼女は目を見開くと、突如動きを止めた。その瞬間、目の前を無数の矢が突き抜けた。その矢は、上空へと打ちあげられていたしびれ粉の袋を引き裂く。
「フン……!」
翼をはためかせ、突風を起こしてしびれ粉を散らすバルバトス。
地表を見ると、そこには媛花と、彼女の召還した悪魔レヴィ メルビィ(れう゛ぃ・めるびぃ)――そして、弓を構えるシャムスたち南カナン兵の姿があった。
レヴィは悪魔だ。一瞬、味方なのかとも判断しかねるが、それもすぐに誤解だと知れる。周りを取り囲んだ魔族たちが、レヴィの放ったワイヤークローにて一斉に引き裂かれたからだ。
それを見て声をあげて笑う彼女の姿は悪魔そのものだが――だからこそ、同族殺しも楽しくて仕方がないのだろう。
「なるほどねぇ……仲間もそろって、体勢も立て直してきたってところかしら〜。フフフ……面白くなってきたわぁ」
契約者たち、そしてシャムスを見下ろして、バルバトスは心の底から嬉しそうに嘲笑した。