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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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■世界樹クリフォト〜VSロノウェ強襲隊

「……ちぇっ。なかなか誘いには乗ってくれそうもないわね」
 メインモニターに広がる大軍勢を見つめながら、綾乃はだれにともなくつぶやいた。
 イコン4機による大火力で、中央に大きな穴を開けてやった。そこまでは良かったのだが、穴はすぐに前後左右から押し寄せた大量の魔族で修復され、本当にそこにあったのかも判別がつかなくなる。
 攻撃を加えられた彼らが追撃に出るかと思い、幾度か砲撃もしたのだが、方円の陣はいささかも崩れることはなかった。
 完全に防御に徹している。
「崩れてくれたらつけこみようもあったのに……敵さんもばかじゃないってことね。
 でもそれならそれで、やりようはいくらもあるっ」
 綾乃は壁となって立ちはだかる巨大魔族に向かい、ツェルベルスを走らせた。ポータラカ加速装置2基を搭載したその走りはまさに風。魔力の塊も捕らえることはできず、残像を貫き地を穿つのみ。
「やあっ!」
 体当たりをかまし、隣の巨大魔族へ飛び移って蹴り倒す。次々と飛び移り、向こう側へ蹴り倒すことで、守っている魔族たちを自重で押しつぶさせた。
『いまよ!』
「了解!」
 綾乃の指示を受けて、後方支援担当の斎賀 昌毅(さいが・まさき)のコームラント【ナグルファル】が壁の消えた空間から大形ビームキャノンを撃ち込む。さっと高圧縮の光が魔族の陣を走り、一瞬遅れて大爆発が起きた。
 数十の魔弾が飛んでくるが、距離がある上、人間型魔族の個々が放つ魔弾など、重厚な装甲を持つコームラントにとっては水鉄砲に等しい。
『各自一撃離脱を中止、中・遠距離からの砲撃に切り替えて! 無理しなくても、やつらはあの場から動こうとしないわ。巨大魔族が放ってくるあの魔力の塊とサンダーブラストにだけ注意して、安全圏から攻撃よ!』
 通信機から綾乃の指令が入る。
「了解、っと。
 マイア、ヴリトラ砲の準備だ。どこかで見てやがる敵の司令官に向けて、あの木まで届くどでかい一発をかましてやろうぜ!」
 スラスター弁を開き、最も優位な位置まで移動しようとしたときだった。
 何の前触れもなくいきなり横からの砲撃を受けて、ナグルファルは吹き飛んだ。
「なにっ!?」
「ま、昌毅っ!! 敵機出現――北北東の方角、距離約20だよ……っ」
 センサーを担当していたマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)自身、驚きの声で敵の存在を告げた。
「なんだと!?」
 なぜそんなに距離を詰められるまで気付けなかったのか?
 過負荷で乱れたメインモニターがオートリカバリーするまで数瞬を要した。設定が初期化され、めまぐるしく切り替わるモニター。やがて最適ポジションの外部カメラを自動選択し、さらにズームする。
 そこにいたのは、竜巻のような風に大量の木の葉を散らせたアルマインだった。
「ばかな……!!」
 ザナドゥのイコンなどではない、アルマインであることに、昌毅は驚愕した。
 驚きは、すぐさま胸を焼き尽くさんばかりの憤激へと変わる。
「きさま、人でありながら同胞を裏切ったのか!!」
 敵機アルマインはそれに答えなかった。――否、これがその答えだと示すかのように、マジックカノンの銃口がナグルファルに向けられた。ナグルファルは地に尻をつけ、先の被弾によりいまだ水平バランスが乱れている。かわせない。
「くそっ!」
 対抗すべく、大形ビームキャノンを構えた。
「だめ、昌毅!! ヴリトラにエネルギーを回してたから、出力が全然足りない! ……きゃああああああっっ!!
 アルマインの放った白光がメインモニターを埋め尽くす。
 マイアの悲鳴が全イコンに響き渡った。


「斎賀くん、マイアちゃんっ!!」
 近距離からマジックカノンの集中砲火を浴びたナグルファルを見て、師王 アスカ(しおう・あすか)はすぐさま機首を下げ、降下に移った。
 ナグルファルは黒煙を上げてはいたが、大破を免れていた。距離と武器を考えれば、それは相手がわざとそうしたとしか思えない。戦闘不能状態に追い込みたかっただけなのだろう。だがそれは結果論だ。向けられた銃口、放たれた砲撃……受けた瞬間の彼らの恐怖を思うと、アスカは吐き気がするほどの怒りを抑えられなかった。
「ラルム、敵機アルマイン機補足、固定して、照準が合い次第砲撃開始! 遠慮はいらないわぁ、全弾ぶち込んでやってぇ〜っ!」
「……う……うん……」
 サブコクピットのラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)から弱々しい声が届いて、ようやくアスカはハッとなった。
 自分の怒りが彼を必要以上におびえさせてしまったのだ。
 おとなしいラルム。争い事が嫌いで、ちょっとした大きな音や声にもおびえて泣き出す子がこの戦闘兵器に一緒に乗ってくれたのは――もちろん他のパートナーたちが現在大怪我を負って動けないでいるということもあるが――ひとえにカナンが自分の生まれ故郷だからだ。
『……みんなと故郷のために……ぼくも戦う……。もう……だれかが傷つくのを見るのは、いやだから……』
 小さな指で服の裾を握り締めながら、一生懸命我慢して、席についてくれた。泣き虫ラルム。あの子をこれ以上怖がらせちゃいけない。
「ラルム……これが終わったら、一緒に東カナンの南カフカス山へ行きましょうか〜。ラルムと私が、初めて出会ったあの場所。今ごろ、一面緑になってるんじゃないかしらね〜。きっとラルムの髪に咲いてるみたいなかわいいお花が、あの斜面一面に咲いてるわぁ。そこで、また野生の馬さんを見ながら、みんなでおいしいお弁当食べましょう〜」
「アスカ……。
 うん……。そうしたら、アスカ、ボクに絵を教えて……? そして……そして、みんなで笑って、手をつないで、おうちに帰ろう……?」
「ええ、そうしましょう……」
 そう穏やかに答える間もアスカの指は休むことなくコンソールの上を動き、敵機の個体識別にかかった。過去データと比較し、あのアルマイン機の搭乗者をすみやかに割り出すのだ。たとえここでできなくても、イルミンスールに戦闘データを持ち帰ればきっと判明できる。
 アルマインはイルミンスールのイコン。自分と同じ、イルミンスールのコントラクターである可能性はかなり高い。魔族はアーデルハイトを奪い、イルミンスールも攻撃したというのに!
(――く、ウゲンに殴られたところがまだ痛むわね……。でも、あなたのしたこと、絶対に許さないんだからぁ!)
「アスカ! 敵機照準固定完了!」
「撃って!!」
 敵機アルマインに向け、【ツァラトゥストラ】のマジックカノンが火を吹いた。


「斎賀機! 斎賀機応答せよ!!」
 綾乃は対角位置で黒煙を上げているナグルファルに向かい、必死に声を張り上げた。
「駄目だ、一切の応答なし。通信機がオシャカになったか、気絶しているかだ」
 ラグナが答える。
「脱出している様子もないから、気絶している可能性が高いな」
「通信機が壊れて、脱出ボルトが故障して出られないでいるのかもしれないわ!」
「ああ、その可能性もあったか」
 どちらにせよ、自力で出られない状況に陥っているのは間違いない。ナグルファルはおそらく腕ひとつ持ち上げられないだろう。完全に手足の関節部を吹き飛ばされている。そんな状態で魔力の塊かサンダーブラストを受ければ……。
「爆発するかもしれない。早く救出に向かわないと!」
「師王機が今、敵アルマイン機と接触した。斎賀機から引き離しにかかってる。行くなら今だな」
「了解」と、通信機のスイッチを入れる。
「当機はこれより斎賀機搭乗者たちの救出に向かう。高月機は魔族たち――何? これ?」
 突然、通信機が耳をつんざくようなビープ音を発した。ガリガリガリッと何かがこすれる音がする。
「ノイズ・グレネードだ! くそッ、魔族の攻撃にまぎれて気付けなかった!」
「あなたがこの隊の指揮官ね……」
 上空より飛来し、滞空しているのはチョコームラントだった。
 チョコレートで表面をコーディングされた装甲。背中や脚部のユニットから排出される排気熱からは、ほんのりと甘いチョコの香りが漂う。一見すればふざけたコームラント機にしか見えないのだが、その性能においてコームラントに劣るところはほんのわずかだ。しかもこの機体はそれを補うように増設強化され、武装化されており、並のコームラント以上に能力を増していた。
「通信は遮断させてもらったわ。そして、これで詰み、よ」
 外部スピーカーを通して、無感情な女の――というより、少女の声が聞こえてくる。
 そして大形チョコバルカンが惜しみなく発射された。
「うわっ! うわっ! うわっ!」
 至近距離で着弾したチョコが、一瞬でツェルベルスのモニターを埋めた。被弾の衝撃がコクピットを上下に揺さぶる。
「……くッ! チョコなんかで――」
「チョコをなめないでね。この攻撃は甘くないわよ」
 綾乃はひとまず距離をとろうとした。目と耳をふさがれたが、レーダーは生きている。周辺の地形データはすでにとってあるから往路のデータを使えばたとえ盲目状態であろうが帰還は可能だ。
「ラグナ、現在位置を算出、データをチェックして! 森の中へ一時退却――」
 ツェルベルスを後退させようとし、綾乃は気付いた。一切の反応がないのだ。バチバチと音をたて、明滅し、コンソールが沈黙していく。
「位置算出データチェック終了。そっちへ回す――どうした綾乃!」
「どうして!?」
 なぜ動かないの?
「……チョコをなめないで、と言ったでしょ」
 ツェルベルスの放出する熱で溶けたチョコが液状化し、駆動部を覆ってしまったのだ。装甲の隙間を伝い、あらゆる所へ潜り込み、その糖分で回路をショートさせてしまった。
「フル換装するしかないわね」
 チョコームラントの搭乗者は素っ気なくつぶやき、機能停止したツェルベルスを残して飛び去って行った。


「あれがシャンバラのイコン」
 ロノウェは、だれにも聞こえない声でつぶやいたつもりだったのだが。
「そうだ。そしてあれがあるからこそ、やつらは魔族にも十分対抗できると慢心している」
 地を這うほどにも低い男の声が背後から聞こえてきて、ロノウェは肩越しに振り返った。
 重厚な気配をまとった、見るからに周囲の人間たちとは一線を画した男が立っている。魔族の目から見ても武骨で荒削りと評せる男――三道 六黒(みどう・むくろ)は、彼女が自分に気付いたことを確認してから、おもむろにその横へと歩を進めた。
「無礼なっ! ロノウェ様に許可もなく近づいてはならないのですっ!!」
 ぱたぱたっとヨミが回り込んで制止の手を広げる。威嚇の牙が、それ以上近づくと噛むぞと言っていた。
「ヨミちゃん、ヨミちゃん」
 しゃがみ込んだ帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)が、おいでおいでをした。その手には、チョコ。
「……ヨ、ヨミは……ヨミは……そんな物に、つられないのです……」
 たしかに一歩も近寄ってはいなかったが、すっかり目は吸い寄せられ、口元からはよだれがたらたら垂れており、全然役目ははたせていなかった。
「あなたは?」
「わしのことなどどうでもよい。それよりもどうだ、あれをおぬしの力で倒してみぬか」
「なぜ? あの2人で十分敵は退けられる。新たな投入は必要ないわ」
 彼女の言葉通り、【ツェルベルス】隊は【{ICN0001756#アルマイン・デッド}】と【ショコラ】の活躍でほぼ敗北が決定していた。ナグルファル、ツェルベルス両2機は戦闘不能状態に陥り、ツァラトゥストラ機は今、アルマイン・デッドの放った嵐の儀式により砂に撒かれ、翻弄されている。じきにあれも戦闘不能となって落ちるだろう。アルマイン・M・エインセルはその機動力でショコラに揺さぶりをかけているが、ツァラトゥストラが落ちてアルマイン・デッドが参戦すれば、撃墜は避けられない。よくて撤退だ。そもそも、アルマイン1機でこの軍勢をどうにかできるはずもない。
「これ以上の戦力の投入は無駄にしかならない」
 自ら発した問いに自ら答えるように、もう一度彼女は口にした。
「無駄ではない。そうせねば、やつらには分からぬと言うているのだ」
「何が?」
「あそこで戦っておるのはともにシャンバラのイコンよ。イコンがイコンを撃破した――それでは人間におぬしら魔族の畏怖を与えることはできぬ。畏怖を知らぬ人間どもはおぬしを侮り続け、ますます兵を投じてこよう。あのイコンが味方せねば、襲撃は成功していたに違いないと」
 その可能性に、ふむ、とロノウェは考え込んだ。
 彼の言葉も一理ある。先々この地を支配するにあたり、魔族への侮りが人心にあれば、十分な効果を望めない。
 そんなロノウェの心の揺れを見抜いて、六黒はさらに誘惑をかけた。
「それに…………おぬしたちの送り込んだ尖兵、アバドンを易く葬った人間の持つ力に、興味はないか?」
「アバドン? あんな――」
 そのとき。
 彼女たちの前、ついにアルマイン・M・エインセルがショコラを振り切った。