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リアクション
「見つけたわ!! 敵後衛の本陣よ!」
ただひたすらに敵の姿を求め、さながら獲物を狩る猟犬のごとく森の中を疾駆したヴァラヌス鹵獲型イコン【ツェルベルス】。そうしてたどりついたクリフォトの根元、開けた場に展開されている軍勢をついに目にしたことで、志方 綾乃(しかた・あやの)は思わず歓声を上げてしまった。
それは、通常であればあり得ない反応だっただろう。
巨大な世界樹クリフォトを守るように全方位に展開された、数千の魔族たち。その前方には5〜6メートルはある、ゴーレムのような屈強の魔族が壁となって立ちふさがり、後方の兵を守っている。その数およそ100。対する綾乃たちイコンは、わずかに4機を数えるのみだ。規模があまりに違いすぎる。
だが綾乃の闘志はおさまることなく燃え盛り、むしろ自分の存在を知って動き始めた巨大魔族たちを見て、さらに増したようだった。
ツェルベルスめがけて放たれてくる魔力の塊を、後方に、横にと跳んで避ける。
「ラグナ、ミサイルポッド準備して!」
「了解! 目標はどうする?」
「どこでもいいわよ! こんなの、目をつぶって撃ち込んだって当たるじゃない!」
「りょーかい」
打てば響くといった綾乃からの小気味よい返答にクククッと笑って、ラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)はパチンと安全装置を解除した。ミサイルポッドの射出口が開くと同時に、ツェルベルスの背後、森を抜けてきた3機のイコン――【ツァラトゥストラ】、【ナグルファル】、【アルマイン・M・エインセル】が爆音を立てて上空へと舞い上がる。
「これより各自最大火器による一斉集中砲火を行う! 師王機は右舷、高月機は左舷、斎賀機は上空より敵陣へ向けて正射! タイミングはわたしが! 今各機に送るわ!」
『『『 了解! 』』』
綾乃の手がコンソールをすべるように動き、あらかじめ同期させてあった各機のコクピットにタイムコードを送信する。
照準機にタイマーが表れカウントが始まった。5……4……3……2……1……
「いけーーーっ!!」
赤点が点灯すると同時に、いっせいに各自トリガーが引き絞られた。上空に展開したイコンからビームが、ミサイルが、カノンが、ロノウェ軍に向かって撃ち込まれる。
ツェルベルスのミサイルポッドからも、ミサイルが全弾発射された。最初の1発が壁となって立つ正面の巨大魔族を撃ち抜き、1発が押し倒し、1発が後方の魔族の陣へと入る。そして最後の1発は、彼らの上を抜け「亀裂」へと向かった。
瘴気を放つ、異界への扉。そこに吸い込まれるかのように見えた、一瞬。
何かの影が地上からミサイルへ向かって飛んだ。
「!!」
はじめ、それは撃墜するべく放たれた対空ミサイルだと思った。しかし違う。ミサイルはあんな軌道を描いたりはしない。そして、ハンマーをふるうことも。
「……ふっ」
ロノウェは亀裂のはるか手前でミサイルを叩き落とした。爆風を背に巨大魔族の肩に降り立ち、遠心力でくるくると自身の3倍の質量があるのではないかと思える巨大ハンマーを回す。
丸眼鏡が、太陽の光を反射して、きらりと光った。
「そこっ!! 挑発に乗らないっ!」
ビシッ! 右手前方の自陣を指差す。
ロノウェの叱責を受けて、敵に向かって飛び立とうとしていた飛行系魔族たちがたたらを踏み、あわてて元いた位置に戻った。
「各自防御の構えをとりなさい! 敵には魔弾、魔力の塊あるいはサンダーブラストで対応! 決して持ち場を離れないように! もし離れたりしたら、あとでおしおきよっ」
ぷんすかぷんぷん。
わが軍の主目的はこの入り口の死守だあれほど言ったのに。どうしてみんな、いつもいつも教えたことをすぐ忘れちゃうのかしら……と、ぶつぶつつぶやきながら戻ってきたロノウェを出迎えたのは、満面の笑顔で拍手するゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)だった。
「いやーカッコイイよねー、ロノウェちゃん」
ピク、とロノウェの眉が反応する。
「……「ちゃん」?」
そのとき、最初の爆音と同時に届いた爆風でコロコロ転がってひっくり返っていたヨミが、ハッと意識を取り戻した。
「こーんなに小っちゃいのにさぁー、あんな高いとこまで飛び上がって、ハンマーのひと振りでミサイル破壊しちゃうなんて。さすが魔神サ――いてっっ!」
「口を慎むのですっ、下郎っ」
ぱたぱたぱたっと駆け寄ってふくらはぎに蹴りを入れ、膝カックンになったところをすかさずシパーンとはたく。
「ロノウェ様とお呼びするのですっ!! あと、このヨミのことをヨミ様と呼ぶのを許しましょうっ。わが軍に下るのであれば、粉骨砕身の覚悟でお仕えするのですよっ」
ふんっ!
鼻息荒くふんぞり返る3歳児(外見)に、ゲドーはまずあっけにとられ、次いで腹を抱えて爆笑した。
「――いいッ! いいよ、ヨミちゃん! サイコー!!」
「「ちゃん」ではないというのにッ!」
ウキーッと拳を振り上げるヨミの前、悪魔シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)がひょいっとゲドーの首根っこを掴んで引っ張り上げた。
「シメオン?」
「ロノウェ様に、見苦しい姿をお見せしてはなりません」
謝罪するように、シメオンはロノウェに軽く頭を下げた。
まさかこの悪魔がそのような殊勝な態度を見せるとは思わなかったと、軽く目を瞠るゲドーの前、シメオンはロノウェに懐から1枚の紙を取り出して差し出す。それは、カナン開拓マップだった。
「魔神ロノウェ様、あなた様にこれを謹んで献上いたします。この地にあって、何かお役に立つかもしれません」
彼女がそれを受け取ると一礼し、シメオンはゲドーを引っ張ってその場を退出した。
「ちょっ、ちょっ……どこ行くんだよ?」
「彼らをイコンで迎撃します。私たちの力をロノウェ様にご覧いただくのです」
「ええ〜〜〜」
わざわざ危ない真似なんかしたくない、イタイのいやだしなぁ、というのがゲドーの本音ではあったが、何でも最初にガツンとやっておくのが大事だというのは経験から知っていた。ここで見せ場を作っておけば、あとあと有利な立場に立てることも。
(あんだけライバルがいたら、競争率高そうだし。埋もれるのなんか絶対ヤダ)
ゲドーはしぶしぶ納得して、自機【{ICN0001756#アルマイン・デッド}】に乗り込んだのだった。
「失礼なのですっ! あの男、絶対絶対失礼なのですっっ」
「いいから、ヨミ」
ぷふー、ぷふーと毛を逆立てっぱなしのヨミの頭をいい子いい子していたロノウェ。その前に、すっ……と何か、板のような物が差し出された。
「これは?」
「チョコ。よかったら食べて。糖分は頭脳を回すわ」
エルセレーヌの手の中のそれを、ロノウェはうさんくさげに見つめる。どう見てもただの真っ黒な板だ。
「毒じゃないわ。ホラ」
銀紙を剥いて一部をくわえ、パキンと折った。そのまま、食べて見せる。残りをロノウェが受け取ったのを見て、エルセレーヌもまた、レイジを従えて彼女の前から立ち去った。
アルマイン・デッドに続き、チョコームラント【ショコラ】が、ほんのりチョコの匂いを振りまきながら飛び立っていく。
手の中の板っぽいそれが、同じ匂いを放っていることにますます眉間に縦じわを寄せながらも、なんだか食欲をそそるおいしそうな匂いでもあったので、ロノウェはそっと端っこをかじってみた。と、口の中に広がった強い甘みに、眉間のしわが一瞬で消える。ぱちぱちと、我知らず目がまばたきをした。
「……おいしい」
「ロノウェ様、そんなあやしい物をお口されてはいけないのですっ」
まずヨミがお毒見を、とぴょこぴょこ手の中の板チョコに向かって飛び跳ねていることにも気付かず、ロノウェは口端についたチョコをぺろりとなめとった。
その手から、するりとカナン開拓マップが抜き取られる。
「バルバトス様」
「うふっ。あなた、ここから離れないんでしょ? これ、せっかくだから私がいただいてくわね」
親指と人差し指、2本の指でつまんだそれをひらひらさせながら、背中の4枚羽を広げる。
「どちらへ?」
「そうねぇ。イイ男のいるとこかしら?」
またからかいだ。そうと分かってはいても、ロノウェは顔に血がのぼるのを抑えられなかった。
翼がはためき、きらきらと光の粒子をふりまきながらバルバトスは上昇していく。そして、戦局を立て直すべく前線へと向かう主を追って、飛行型魔族の一軍がクリフォトの周囲からいっせいに飛び立った。
「――お願いします」
不承不承といった体で、ロノウェはつぶやいた。