校長室
リアクション
● 魔族の軍勢は、勢いを増していた。 政敏たちの策が乗じて魔族たちの前線侵攻をある程度まで防ぐことが出来たものの、それは逆に言えば敵の主力部隊がしびれを切らすきっかけを与えたことに他ならない。パイモンの配下『四魔将』はリーダーの魔神――バルバトスの軍が、ついに動き出したのだ。 「悠希……いくの?」 「……うん」 カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)の問いに、真口 悠希(まぐち・ゆき)はしかと頷いた。その瞳に迷いはない。決然として両剣帯に挿したウルクの剣を撫でる。そんな彼女の意思を感じ取って、カレイジャスは告げた。 「バルバトス軍は、空中機動を得意とする魔族が中心となってる……迂闊な攻めは、禁物だよ。相手が突破しようと突出してきた所を引き付けて叩くのが良いと思う。私も、出来る限りのことはするつもり」 「うん……頼りにしてる」 その的確とも言える助言に、悠希は素直に頷いた。すでにカナン軍は敵と交戦を始めている。半ば焦りにも思えるほど、彼女の手は剣の柄をしきりに掴み直していた。 「……だけど、無謀なことはしないって約束して」 「え?」 「命を投げ出してまで、戦うようなことは絶対にしないで。それはきっと、シャムスだって望んでないことだと、思うから」 悠希の視線は、視界の向こうに見えたシャムスへと移った。 彼女は――いや、きっと彼女だけではない。それは、カレイジャスもきっと、望んでいないことだ。今の悠希なら、それが分かる。 「うん、分かったよ」 悠希が頷いたのを確認して、カレイジャスは元の魔鎧である赤きマントの姿になった。それを背中に装備して、敵陣へと攻め込む。上空から舞い降りてくる部隊へと、両の剣が唸りをあげた。 「悠希! 敵は強いぞ、油断するなよ!」 「はいっ!」 シャムスの声に呼応して、悠希をはじめとしたカナン兵たちが続く。カナン兵の剣が振るわれれば、敵の魔術がそれを薙ぎ払い、敵が急降下してくるところあれば、剣はそれを切り払う。弓矢は宙を舞う魔族を撃ち抜き、敵の魔弾は次々とカナンの部隊に叩きこまれていった。 そしてそこには――魔族だけではない、契約者の姿もあった。 「さて……どこまで出来るかな」 静の操縦する小型飛空挺に乗った終が、アサルトカービンの銃口をカナン軍へ向けた。空からの銃撃によって足止めを行う終の思惑は、ただ一つ――それがどれだけ、バルバトスの信用を得られるかだ。もとより、静が魂を差し出した時点で引き返すつもりは毛頭ない。踏み出した足は、もはや前に歩き続けるだけだ。 お面をつけた子どもが銃を手に攻撃を仕掛けてくる異様な光景の中で、セシリア・ナート――もとい、藤乃も動き出す。破壊神ジャガンナートの化身とされる剣斧を手に、己が信仰する限りをもって。 「やらせていただきますわ」 変装した金髪をなびかせて、普段は使わないような高貴な口調を口にする。 そんな彼女を見やる彩羽は、彼女の瞳の奥に恍惚な意識が見え隠れしているのを見て取った。そう、それは、まるで破壊そのものを楽しむような邪悪な光。高揚感に見舞われて、バルバトスという強大な力に陶酔しているのだ。 ……果たして、自分はどうか? 「彩羽っ! なにボーっとしてるんだよ! さっさとやっちゃうよ!」 「え…………」 彩羽の乗るは肉感的で不気味な装甲を持つイコン、アルマイン・トーフーボーフーだ。サブコクピットから聞こえてきたアルの声に意識を戻されて、アルマインは空を駆けた。 奇声にも似た音を発したトーフーボーフーは、黒く輝く巨大な大鎌や、ナラカの気を凝縮させた魔のエネルギー砲を放つ。ある意味でそれは、破壊神のそれを思わせる破砕の嵐だった。 と――そのとき。 「うああああぁぁぁ!」 叫びをあげて、一機のイコンがトーフーボーフーへと迫った。振りあげたビームサーベルが、トーフーボーフーの外装を切り裂こうとする。ギリギリのところで、なんとか彩羽はそれを避けた。 「こいつは……」 そこにあったイーグリットは、まるで相手を睨みつけるようにトーフーボーフーと対峙していた。 バイラヴァ――狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)、そしてグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が乗るそれは、彼女のパイロット特性に合わせて細かなところがカスタマイズされた専用機だった。 なぜ近づくまで気づかなかったのか……? 一瞬だけ疑問には思ったものの、それは水面のようにブレた相手の塗装を見てすぐに理解できた。迷彩塗装。こちらの情報を感知しだい、追尾していたということか。 『……その機体、忘れちゃいないぜ!』 通信が開き、乱世の牙をむいた声が彩羽のコクピット内に響いた。さしたる驚きは見せない。彩羽も、どこかで分かってはいたのだ。彼女が自分を追ってくるであろうということを。 『アヤ……いや、彩羽! てめぇはまた、モートのときのように同じ非道を繰り返すつもりかよ!』 「非道?」 『そうだっ! カナンでの暴虐、ゆる族の無差別虐殺……てめぇのやってきたことは、もはや許されるようなことじゃねぇ!』 「キャハハハハッ! なに馬鹿なこと言ってるんだよ、こいつぅ。弱い奴が吠えたって、どうにもならないってことが分からないのかな? あんたも一緒に、ボクがざくざく斬り刻んで撃ち抜いてあげるよ!」 アルが嘲笑のまま残忍な笑い声をあげた。 大鎌を振りあがて構え、もはや、その残虐性を隠すつもりもない。そんなアルの笑い声は、乱世の怒りを増長させるのに十分だった。だが、そんなアルを制したのは他でもない彩羽だった。 「やめて、アル」 「ほぇ……? な、なんでだよ、彩羽!?」 理解できないといった声色のアル。だが彩羽は、そんな彼女ではなく乱世へと口を開いた。 「私のやってることは、非道だと言ったわよね?」 「…………」 「なら、この行為は……この戦いは……この、カナンという地に降り立ったコントラクターたちは、そしてそれに頼ろうとするカナンの民は非道ではないと言うの!?」 それまで冷然としていた彩羽の感情は、むき出しになって吐き出てきた。 「軍人でもない子どもたちを利用して、歪んだ未来を作ろうとしている。ネルガルのときだってそうだった! ザナドゥは、本当に倒すべき敵なの? 本当に倒されるべきなのは、カナンのほうじゃないのっ!?」 泣き叫ぶような声。乱世はギリ……と唇を噛んだ。 「ふざ……けるな!」 哀しみさえも帯びた声が発せられた。 「あたいには、よく分からねぇよ。確かに、てめぇの言うとおり、お偉い野郎どもはあたいらを利用しようとしてる奴もいるのかもしれねぇ。あたいらは道具として使われて、てめぇの言うような歪んだ未来が待ってるのかもしれねぇ。ザナドゥが本当に倒すべき敵なのかどうかも、よく分からねぇよ」 それでも乱世は、言わなければならないことがあった。それを言わなければ、なにも変わらない。なにも、変えられないのだと。 「だけどよ……それで、てめぇが誰かを殺しちまったら、おんなじだろうがっ!」 「同じ……」 「てめぇがムカついてる連中と、同じになっちまうんだよ! 自分の目的のために、自分の理想のために、誰かを傷つけて、命を奪って……。そんなもんが、てめぇの望んだ未来だったのかよ! 自分で理想を汚して…………そんなもんが……そんなもんが、あんたの愛した姉ちゃんの望みだったのかよ!」 どうにか、したかった。 自分の姉が強化人間となったときから、何かが歪み始めていると気づいた。利用され、蝕まれ、ただの道具となり果てる自分たち。そんなものを、認めるわけにはいかなかった。だからこそ、求めたのだ。より良い世界を。より良い世界を作るための、力を。 だけど、それは―― 「止めてやる……! あたいがあんたを、必ず……!」 バイラヴァが全武装をトーフーボーフーに向けた。アルが慌てて軌道を修正し、体勢を立て直す。 「あ、彩羽!? 来るよ!」 「…………」 彩羽はしばし呆然としていたが、なんとかその頭をもう一度動かした。とにかくいまは、戦うしかない。たとえそれが、誰かが望んでも、望まざるとも。 「うおおおおおおぉぉぉ!」 乱世が、バイラヴァが、トーフーボーフーに突貫した。 |
||