空京

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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魔神バルバトス 1

 ズブ……と。
 アルク・ドラクリア(あるく・どらくりあ)、そして銀 静(しろがね・しずか)の胸の中に入り込んでいた腕が、引き抜かれた。すると、その両手の中に握られていたのは、まるで人魂を彷彿とさせる揺らめく灯のようなもの。
 女は――魔神バルバトスは、冷笑を浮かべていた。
 天使と見紛うような翼を生やし、美しくも艶やかな金髪を靡かせる女性。だが、その尾ていには、間違いなく魔族を象徴する尾も生やしていた。
 彼女は抜き出した灯を、どこからともなく現れた、宙に浮遊する壺へと収めた。壺はまるで喜んでいるかのように不気味な光を発する。
 バルバトスは妖艶にくすっと笑った。
「はい、お〜しまい。ね? 簡単だったでしょう?」
 誰も、言葉を発することはない。
 伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)も、そして音無 終(おとなし・しゅう)もだった。二位尼の面で顔を隠した終と、セシリア・ナートという名を名乗り、別人へと変装している藤乃。お互いに自らのパートナーの魂が引き抜かれるのを目にして、その場に立ち尽くすしかなかった。
 だがそれも、魂を抜かれて気絶していたパートナー二人が起き上るのを目にして、わずかに挙動を見せる。バルバトスはそんな二人を見てからかうように補足した。
「別に魂を抜かれたって、死ぬってわけじゃあないのよ? 一種の契約みたいなものになるのかもしれないわね〜。ふふっ……まあ、おいおい、分かっていくと思うわ。それよりも……」
 バルバトスの視線が、奥にいる娘に移行した。
「あなたはどうするの? アヤ……さん♪」
 その瞳は、まるで魔鎧を纏ってアヤという名を語りつつも、そんな彼女が天貴 彩羽(あまむち・あやは)だということを見透かしている。そんな瞳の色だった。
「確か……モートの配下だったのよね〜? あなた」
「知っているの?」
「もっちろん♪ あの……出来そこないでしょ?」
 その瞬間のバルバトスの冷笑は、彩羽自身が底冷えするようなものだった。
 モートのことを庇うようなつもりは毛頭ないが、自分が仮にとはいえ仕えていた相手を『出来そこない』呼ばわりされるというのは、どこか釈然としないものが残る。そんな彩羽の心を見通したように、バルバトスは続けた。
「ザナドゥとカナンの門を通るために、わざわざ実体まで消滅させちゃったお馬鹿さん……。そのおかげで得られた力もあったみたいだけど……やっぱりスマートじゃないわよねぇ、あんな力。そこにいるアルちゃんのほうが、よっぽど悪魔らしいわ〜」
 彼女は、彩羽の隣にいるアルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)を見やる。さしものアルもバルバトスの力は知っているのか、いつもよりか委縮したように身体を縮こませていた。
「それで? あなたは……どうするの?」
「私は――」
 彩羽は、バルバトスの不思議な水面のような瞳に引き込まれることのないように、己の決意を告げた。

(おいおい、こりゃ思ってた以上に上玉じゃんか。いやあ、翔もたまにはいい提案してくれるなあ。
 魂を捧げるなんていうとおどろおどろしいけど、要は俺とバルバトスが肉体のない裸の関係ができるってことだよな?
 ……いいぜ、魂のレベルで快楽を与えあえるようにしてやるぜ)

 ……そんな意気込み? を胸に、「バルバトス、俺が俺の色に染めてやろう」と迫ったソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)だったが、
「うふふ、面白いわね、あなた。……でも、その余裕が、いつまで持つかしら?」
 妖艶な笑みを浮かべながら、バルバトスがソールの胸に腕を突き刺すと、その表情が苦悶へ、そして快楽へと変化していく。
「あん……ふふ、ロノウェちゃんもいないし、ちょっとだけ遊んじゃおうかしら♪」
 ソールの胸でバルバトスの腕が蠢く度、ビクビク、とソールの身体が震え、波打つ。そんなのがしばらく続いた後、スッ、とバルバトスの腕が引き抜かれると、ふわふわとしたモノが掌の上で漂っていた。
「これ以上遊ぶと、この子、イッちゃいそうだわ。それは、ねえ……あなたも困るでしょ?」
「はあ……確かに、パートナーロストは私達契約者にとって致命的でございます故」
 振り返って尋ねられた本郷 翔(ほんごう・かける)が、目のやり場に困っていた様子で答える。魂を壺に仕舞って、さて、とバルバトスが向き直る。
「あなたは、私の秘書になりたいと言ったわね」
「ええ。そのためにザナドゥや魔族について知識を得てきました。今回は試用期間のつもりとお考えいただけますと」
 バルバトスの視線が、上から下まで見定めるように向けられていく。
「……ふふ。いいわ、面白そうだし、使ってあげる。ロノウェちゃん辺りからはすっごい目で見られるかもしれないから、覚悟してね♪」
 言ってくるり、と背を向けるバルバトスを見、翔は最初の一手がとりあえずは成功を収めたか、と実感する。
(さあ、次の一石は……)

「バルバトス様、この女の魂を捧げます故、どうか俺を陣営にお加えください。
 この女、契約者としては凡庸ですが、雑兵程度にはなれましょう」
 恭しくかしこまるウォルター・ウィリス(うぉるたー・うぃりす)が連れて来たアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、ウォルターが抵抗できないようにとけしかけた寄生虫に身体を弄ばれ、満身創痍といった様子であった。
(くぅっ……他のパートナーのために、私が苦しめば済むなら……)
 痛みと気持ち悪さに歯を食いしばるアリアを見つめ、バルバトスが歩み寄り、顎に手を当てて顔を向かせる。
「ふふ……苦しむ様を見ているのも嫌いじゃないわ。……だけどあなた、たまには快楽に身を弄ばれる感覚を味わってみない?」
「どういうこと――うっ!!」
 言うが早いか、バルバトスの腕がアリアの胸を貫く。直後アリアは、痛みでも気持ち悪さでもない、身体の内から湧き上がる高揚感に包まれていく。
「ああ、だ、だめっ……! こんなの、おかしくなる……!」

「ケッ、見てらんねぇな。ザナドゥに協力する事は伝えた、後は俺の好きなようにするだけだ」
 戯れには興味ないとばかりに、『ザナドゥに協力する、ただしそっちの下につく事はねぇ』と告げた白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が、松岡 徹雄(まつおか・てつお)と共にその場を立ち去る。
(ふふ……いいわぁ、ああいうの。認めてあげる、好きにおやりなさい)
 バルバトスは視線だけ竜造に向けながら、アリアへの責めを継続していた。そのうち一際甲高い声を上げ、アリアがぐたり、と地面に伏せると同時に、バルバトスの掌にはふわふわとしたモノが添えられていた。
「……あら、ヤリすぎちゃったかしら♪ ふふ、女は男と違うから平気よね。
 あなた、後は任せるわ。これからは私のために働いて頂戴」
「はっ、ありがたき幸せ」
 うつろな目を漂わせるアリアに背を向けて、バルバトスが羽をバサ、と広げる。

「さぁて……ロノウェちゃんと遊んでる内に、随分と人間が抵抗してくれてるみたいね。
 あまり遊んでると、魔王サマがひねくれちゃうから……さっさと済ませましょっか」



 魔族の軍勢は、勢いを増していた。
 政敏たちの策が乗じて魔族たちの前線侵攻をある程度まで防ぐことが出来たものの、それは逆に言えば敵の主力部隊がしびれを切らすきっかけを与えたことに他ならない。パイモンの配下『四魔将』はリーダーの魔神――バルバトスの軍が、ついに動き出したのだ。
「悠希……いくの?」
「……うん」
 カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)の問いに、真口 悠希(まぐち・ゆき)はしかと頷いた。その瞳に迷いはない。決然として両剣帯に挿したウルクの剣を撫でる。そんな彼女の意思を感じ取って、カレイジャスは告げた。
「バルバトス軍は、空中機動を得意とする魔族が中心となってる……迂闊な攻めは、禁物だよ。相手が突破しようと突出してきた所を引き付けて叩くのが良いと思う。私も、出来る限りのことはするつもり」
「うん……頼りにしてる」
 その的確とも言える助言に、悠希は素直に頷いた。すでにカナン軍は敵と交戦を始めている。半ば焦りにも思えるほど、彼女の手は剣の柄をしきりに掴み直していた。
「……だけど、無謀なことはしないって約束して」
「え?」
「命を投げ出してまで、戦うようなことは絶対にしないで。それはきっと、シャムスだって望んでないことだと、思うから」
 悠希の視線は、視界の向こうに見えたシャムスへと移った。
 彼女は――いや、きっと彼女だけではない。それは、カレイジャスもきっと、望んでいないことだ。今の悠希なら、それが分かる。
「うん、分かったよ」
 悠希が頷いたのを確認して、カレイジャスは元の魔鎧である赤きマントの姿になった。それを背中に装備して、敵陣へと攻め込む。上空から舞い降りてくる部隊へと、両の剣が唸りをあげた。
「悠希! 敵は強いぞ、油断するなよ!」
「はいっ!」
 シャムスの声に呼応して、悠希をはじめとしたカナン兵たちが続く。カナン兵の剣が振るわれれば、敵の魔術がそれを薙ぎ払い、敵が急降下してくるところあれば、剣はそれを切り払う。弓矢は宙を舞う魔族を撃ち抜き、敵の魔弾は次々とカナンの部隊に叩きこまれていった。
 そしてそこには――魔族だけではない、契約者の姿もあった。
「さて……どこまで出来るかな」
 静の操縦する小型飛空挺に乗った終が、アサルトカービンの銃口をカナン軍へ向けた。空からの銃撃によって足止めを行う終の思惑は、ただ一つ――それがどれだけ、バルバトスの信用を得られるかだ。もとより、静が魂を差し出した時点で引き返すつもりは毛頭ない。踏み出した足は、もはや前に歩き続けるだけだ。
 お面をつけた子どもが銃を手に攻撃を仕掛けてくる異様な光景の中で、セシリア・ナート――もとい、藤乃も動き出す。破壊神ジャガンナートの化身とされる剣斧を手に、己が信仰する限りをもって。
「やらせていただきますわ」
 変装した金髪をなびかせて、普段は使わないような高貴な口調を口にする。
 そんな彼女を見やる彩羽は、彼女の瞳の奥に恍惚な意識が見え隠れしているのを見て取った。そう、それは、まるで破壊そのものを楽しむような邪悪な光。高揚感に見舞われて、バルバトスという強大な力に陶酔しているのだ。
 ……果たして、自分はどうか?
「彩羽っ! なにボーっとしてるんだよ! さっさとやっちゃうよ!」
「え…………」
 彩羽の乗るは肉感的で不気味な装甲を持つイコン、アルマイン・トーフーボーフーだ。サブコクピットから聞こえてきたアルの声に意識を戻されて、アルマインは空を駆けた。
 奇声にも似た音を発したトーフーボーフーは、黒く輝く巨大な大鎌や、ナラカの気を凝縮させた魔のエネルギー砲を放つ。ある意味でそれは、破壊神のそれを思わせる破砕の嵐だった。
 と――そのとき。
「うああああぁぁぁ!」
 叫びをあげて、一機のイコンがトーフーボーフーへと迫った。振りあげたビームサーベルが、トーフーボーフーの外装を切り裂こうとする。ギリギリのところで、なんとか彩羽はそれを避けた。
「こいつは……」
 そこにあったイーグリットは、まるで相手を睨みつけるようにトーフーボーフーと対峙していた。
 バイラヴァ――狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)、そしてグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が乗るそれは、彼女のパイロット特性に合わせて細かなところがカスタマイズされた専用機だった。
 なぜ近づくまで気づかなかったのか……? 一瞬だけ疑問には思ったものの、それは水面のようにブレた相手の塗装を見てすぐに理解できた。迷彩塗装。こちらの情報を感知しだい、追尾していたということか。
『……その機体、忘れちゃいないぜ!』
 通信が開き、乱世の牙をむいた声が彩羽のコクピット内に響いた。さしたる驚きは見せない。彩羽も、どこかで分かってはいたのだ。彼女が自分を追ってくるであろうということを。
『アヤ……いや、彩羽! てめぇはまた、モートのときのように同じ非道を繰り返すつもりかよ!』
「非道?」
『そうだっ! カナンでの暴虐、ゆる族の無差別虐殺……てめぇのやってきたことは、もはや許されるようなことじゃねぇ!』
「キャハハハハッ! なに馬鹿なこと言ってるんだよ、こいつぅ。弱い奴が吠えたって、どうにもならないってことが分からないのかな? あんたも一緒に、ボクがざくざく斬り刻んで撃ち抜いてあげるよ!」
 アルが嘲笑のまま残忍な笑い声をあげた。
 大鎌を振りあがて構え、もはや、その残虐性を隠すつもりもない。そんなアルの笑い声は、乱世の怒りを増長させるのに十分だった。だが、そんなアルを制したのは他でもない彩羽だった。
「やめて、アル」
「ほぇ……? な、なんでだよ、彩羽!?」
 理解できないといった声色のアル。だが彩羽は、そんな彼女ではなく乱世へと口を開いた。
「私のやってることは、非道だと言ったわよね?」
「…………」
「なら、この行為は……この戦いは……この、カナンという地に降り立ったコントラクターたちは、そしてそれに頼ろうとするカナンの民は非道ではないと言うの!?」
 それまで冷然としていた彩羽の感情は、むき出しになって吐き出てきた。
「軍人でもない子どもたちを利用して、歪んだ未来を作ろうとしている。ネルガルのときだってそうだった! ザナドゥは、本当に倒すべき敵なの? 本当に倒されるべきなのは、カナンのほうじゃないのっ!?」
 泣き叫ぶような声。乱世はギリ……と唇を噛んだ。
「ふざ……けるな!」
 哀しみさえも帯びた声が発せられた。
「あたいには、よく分からねぇよ。確かに、てめぇの言うとおり、お偉い野郎どもはあたいらを利用しようとしてる奴もいるのかもしれねぇ。あたいらは道具として使われて、てめぇの言うような歪んだ未来が待ってるのかもしれねぇ。ザナドゥが本当に倒すべき敵なのかどうかも、よく分からねぇよ」
 それでも乱世は、言わなければならないことがあった。それを言わなければ、なにも変わらない。なにも、変えられないのだと。
「だけどよ……それで、てめぇが誰かを殺しちまったら、おんなじだろうがっ!」
「同じ……」
「てめぇがムカついてる連中と、同じになっちまうんだよ! 自分の目的のために、自分の理想のために、誰かを傷つけて、命を奪って……。そんなもんが、てめぇの望んだ未来だったのかよ! 自分で理想を汚して…………そんなもんが……そんなもんが、あんたの愛した姉ちゃんの望みだったのかよ!」
 どうにか、したかった。
 自分の姉が強化人間となったときから、何かが歪み始めていると気づいた。利用され、蝕まれ、ただの道具となり果てる自分たち。そんなものを、認めるわけにはいかなかった。だからこそ、求めたのだ。より良い世界を。より良い世界を作るための、力を。
 だけど、それは――
「止めてやる……! あたいがあんたを、必ず……!」
 バイラヴァが全武装をトーフーボーフーに向けた。アルが慌てて軌道を修正し、体勢を立て直す。
「あ、彩羽!? 来るよ!」
「…………」
 彩羽はしばし呆然としていたが、なんとかその頭をもう一度動かした。とにかくいまは、戦うしかない。たとえそれが、誰かが望んでも、望まざるとも。
「うおおおおおおぉぉぉ!」
 乱世が、バイラヴァが、トーフーボーフーに突貫した。