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リアクション
カナンの世界樹、セフィロト。
ザナドゥの世界樹、クリフォト。
そして、シャンバラの世界樹、イルミンスール。
パラミタに存在する国家には必ず、国の礎、もしくは象徴となる世界樹が存在している。
……しかし、この世界樹については多くの者が、大切な存在であること以上のことを知らない状態にあった。
そんな、ある意味で謎に満ちた世界樹を研究し、パラミタ・地球に存在する各種問題に活用できないかと考える契約者たちが、『世界樹研究機関』設立を目標に、イナンナへの面会を希望していた――。
「……なるほど。現時点では、アーデルハイト殿をクリフォトから救出する確実な方法はない、と」
「ええ。話したように、ザナドゥの現魔王はクリフォトに封印されている大魔王と、お姉様の血縁者である可能性があるわ。であるならば、それを利用したお姉様のクリフォトへの取り込みが行われていれば、解除出来るのはやはり血縁者でなければならない……と考えられるの」
イナンナから回答を受け、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が難しい顔をして考え込む。彼はアーデルハイトの件と似たような例として、世界樹『扶桑』の件を目の当たりにしてきた。それでもやはり、情報不足は否めない状態にあった。世界樹について最も詳しいと思われていたアーデルハイトがあのような現状の中、次に詳しいとなれば、アーデルハイトの“妹”でありセフィロトの化身でもあるイナンナと予想される。
「コーラルネットワークから、アーデルハイトと世界樹クリフォトとの現在の関係情報を得られないだろうか?
どんな手がかりでも構わない、少しでも掴むことが出来れば、『ザナドゥに操られてるアーデルハイト殿を救出する』ことを望んでいる人々の助けになると思う」
牙竜の言葉に、今度はイナンナが難しい顔をして考え込む。イナンナの回答を(特に、血縁者云々の部分を)記録していた武神 雅(たけがみ・みやび)の提案、『アーデルハイト殿を救出するまでの情報をシャンバラと共有するための窓口を作る』に対しても、黙り込んでいた。
「協力体制を作るためには、世界樹研究機関という組織の目的をしっかりと定める必要があるでしょう。
イナンナ様、こちらからは以下三つの目的を提示します。どうかご検討を」
ロイヤルガードである騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、組織の設立に当たって当面の目的を明確にするべく、以下三つの提案を口にする。
・コーラルネットワークに深い知識を持ったアーデルハイトの不在を補う為、世界樹についての調査研究機関組織の立ち上げによる情報収集
・調査研究で得られた情報から、アーデルハイトを救出する手がかりを一つでも多く探すこと
・その為に組織本部は、シャンバラの世界樹でもあり大図書館も兼ね備え、アーデルハイトの子孫、エリザベートのパートナーでもあるイルミンスールに設置する
「……イルミンスールに設置する理由が不明瞭な気がするけど。カナンではいけないのかしら」
ある意味で尤もな指摘をしつつ、イナンナは再び考え込む。
良くも悪くも、シャンバラの契約者の存在はカナン復興に大きく寄与した。そして今また、ザナドゥとの戦いにおいて契約者の存在は大きな力になる。詩穂のパートナーである清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)のように、カナンも知らないザナドゥの情報を――ザナドゥに住まう種族の一般常識などは、カナンでもそれほど知られていなかった――知れるだけでも違う。
――自分たちだけで何かを成し遂げられるほど、カナンはまだ磐石ではない。だがこれは、他力本願と揶揄されはしないだろうか。
また、契約者の背後にあるであろうシャンバラ政府も、イナンナの思考の対象になる。
――彼らは、カナン再生のために尽力してくれた。だから一定の信頼は出来る。……でも、シャンバラはいざという時、カナンをどうするのかしら。
この点においては、シャンバラは非常に“付き合いにくい”国家であった。“国民”である契約者の意思が国家の方針に反映される、といえば聞こえはいいが、そのせいで国家の意思が契約者の数だけあるように思えてしまう。
イナンナの脳裏で様々な錯綜と交錯が繰り広げられた後、妥協点とも言うべき回答を口にする。
「……分かったわ。本部をイルミンスールに置くことは認める。……だけど、世界樹の調査範囲はセフィロトとクリフォト、それにイルミンスールに限定して頂戴。他の国を巻き込んで、余計な騒動を抱えられるほど、カナンはまだ強くない」
イナンナの回答により、組織に一応の目処がついたことで、契約者はそれぞれ行動を起こす。カナン側には雅の提案した窓口が作られ、イナンナの許しを得て世界樹に関する資料を集めようとする者たちもいた。
(ボクらは今まで、世界樹をはじめとするこの世界について、あまりにも乏しい知識しか持っていなかった。
『世界樹研究機関』に所属することになったんだ、この世界について研究するのも、いい機会だと思う)
神官に案内された資料庫で、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)が過去に書かれた神話のたぐいから、世界樹に関する記述を拾っていこうとする。内容はどれも『セフィロトという世界樹がカナンの民に豊穣をもらたしてきた』というものばかりであったが、それもはじめの一歩ということで記録していく。
(妾は小難しい学問やら神話やらは好かん。じゃが、何も知らぬままでは何も出来ぬ。
さるよ、存分に学ぶがよい。そのためであれば妾は手を貸そうぞ)
作業を続けるみことを、本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)が何かあった時の為に傍で控えつつ、見守る。
(ザナドゥの魔王を相手に、地球的な軍事指揮が通用するとは到底思えない……国軍だからといって、全てを力で押さえ込めるわけではない)
思いに耽りつつ、叶 白竜(よう・ぱいろん)が世界樹セフィロトへ趣き、周囲の調査や樹の様子を観察する。ザナドゥへの道を拓いているとのことで、離れた場所から見上げた樹は、ほんの僅か光を放つ程度に留まっていた。
(世界樹が持つ強大な力……本来の力を発揮した時には、どれだけの奇跡を発するのか……その力こそがザナドゥとの戦いにおける決定打となるのだろうか……)
思考を重ねる白竜の横で、彼と共にセフィロトを訪れた世 羅儀(せい・らぎ)が呟く。
「コーラルネットワークだっけ。世界樹同士で会話? 樹に人格があるってことかな。なんかわくわくするねぇ」
そんな羅儀の呟きも、白竜には届いていないようであった。
「……やれやれ、ここも決して安全じゃないってのに」
ここを訪れるまで、複数の契約者、およびイコンに遭遇した。カナン首都キシュを狙うザナドゥの魔族が、侵攻してくる可能性を考慮してのことである。
羅儀は白竜が調査を終えるまでの間、周囲の警戒に努めていた。
「……そっか。色々と答えてくれてありがとう、イナンナ様。
ヨン、今の回答、記録したか?」
「はい、大丈夫です、アキラさん。精霊の共通知識へも、記録しました」
イナンナに質問をアレコレと投げかけていたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)へ、それをまとめていたヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)が頷く。当初予定していた質問のいくつかには、イナンナ自身が分からないものがあったりし、それを省いた回答は、
・クリフォトもコーラルネットワークに加入しており、序列はナラカやポータラカの世界樹とほぼ同じ。その下にカナン・コンロン・マホロバと続いて、一番下がシャンバラ。二国分足りないが、その二つについては分からないことが多い。
・契約しているかどうかハッキリとしたことは言えない。
・弱まるかどうかは言えない。セフィロトの、光の加護が施されている地域へは、クリフォトは出現できない可能性がある。
・アーデルハイトをクリフォトから救い出す確実な方法はない。
・ルシファーは、5000年前の時点でザナドゥを治めていた“大魔王”。
シャンバラ王国崩壊の際に封印が解けかけ、ザナドゥは地上に顕現しようとしたが、アーデルハイトとイナンナが力を合わせ、ルシファーをクリフォトに封印することでザナドゥの顕現を防いだ。
であった。
「……で、これはまあ、おまけみたいなモンなんだけど。
イナンナ様は、ネルガルの事をどう思っているんだ?」
「……おまけと言う割には、おまけで済ませられないわね。
……ネルガルのした事は、裁かれるに値するもの。けれど、豊穣を、そして災厄をただ受けるだけだったカナンの民を憂い、自らの手で繁栄を勝ち取れるだけの力を持たせようとした思いは、無駄にはしたくない。
今すぐには変われなくとも、結果として他者の力を借りることになるとしても」
アキラの最後の問いに答えたイナンナの表情は、凛としていた。
そしてイルミンスールへも、本部設立に向けて動き出す者がいた。
●イルミンスール:校長室
「世界樹の調査を行う研究機関の設立、ですかぁ?」
風森 望(かぜもり・のぞみ)に打診を受け、エリザベートがうーん、と腕を組んで考え込む。
「既にカナンからは、世界樹の対象を限定することで承諾を得ております。シャンバラの世界樹はイルミンスールですから、契約者であるエリザベート様に機関の代表責任者をお願いしたいと思います」
「私は構いませんが……大丈夫なんですかねぇ?」
「……マホロバの件でございますか?」
望の言葉に、エリザベートが頷く。マホロバの件、イルミンスールと扶桑との間での生命力の授受に集約される一連の行動が大きな反響を生んだことを、エリザベートは実感していた。
「マホロバは対象に入っていないのでございましょう? わたくしとしては、マホロバと協力するのも手かと思いますのにね」
「どこも“それどころではない”のでしょう。シャンバラ政府もエリュシオンのことで他に手が回らない状態ですし」
ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の言葉に、望が答える。マホロバにはマホロバの、シャンバラにはシャンバラの問題があり、なかなか世界樹という共通項を通じて協力し合う、という体制にはならないのが現状であった。
「はいはーい! そもそも、世界樹のことがよく分かりませーん! いい機会だと思うから、世界樹の一般常識って言うのかな? それについてイルミンスール魔法学校から提供可能な情報を整理して、誰でも参照できる形にして提供すればいいと思いまーす!」
話を聞いていたカッチン 和子(かっちん・かずこ)の言葉は、一部の者にとっては『それは単なる本人の勉強不足では』というツッコミを生むかもしれないが、大方の生徒を代表する意見でもあった。人はなかなか、自分の生活に関わってくるのかの見当がつかない項目については、積極的に勉強しようとしない。
「世界樹の研究機関に、是非俺を加えていただきたい! 俺はこの日を待っていた!
……そして、出来ることなら俺の給料……もとい、研究費の補助をいただければ――」
同行していた犬養 進一(いぬかい・しんいち)の言葉を半分聞き流して、エリザベートが方針を口にする。
「じゃあ、まずは世界樹について知っていることを皆さんに説明できるようにするですぅ。
分からないよりは分かった方がいいはずですぅ」
「あの、エリザベート校長、研究費は……」
「成果報酬ですぅ!」
「そ、そんなぁ……」
涙を流す進一、そして一行は、資料集めのためにイルミンスール大図書館へ足を運ぶ――。
「えーと……この本か? うぅむ、こんなヘビがうにょうにょしたような字、シンイチは読めるのか?」
進一に指示された本を、よく分からないながらもトゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)が集め、持っていく。持っていった先では早速、資料作成が行われていた。
「用語で一番面倒なのは、“イルミンスール”だな。よく『世界樹イルミンスール』と『イルミンスール魔法学校』が同じ『イルミンスール』で書かれることがある。……ああ、『世界樹』が『世界樹イルミンスール』と世界樹一般を指している場合もあるか。
……うわ、なんか面倒。本当にまとめるの?」
「流石にやらないとマズイと思うんだよ。イルミンスール……世界樹イルミンスールがこんな状態だしね」
ボビン・セイ(ぼびん・せい)のこぼす愚痴に、和子が答える。
ちなみに、まとめられた資料の内容を一部抜粋すると、以下のようになる。
・世界樹とは、パラミタの各国に必ず一つ存在する、国家神と並び国の礎となる存在である。(世界樹イルミンスールはシャンバラ王国崩壊の際に一度枯れ、国がないまま育てられてきた経緯があるため、必ずしも国の礎となっていないケースはある)
・世界樹同士は、『コーラルネットワーク』という存在で繋がっている。繋がっている、という表現は比喩的表現であり、実際に何が出来るのかということは明らかになっていないが、先のニーズヘッグ襲撃のように、コーラルネットワークから侵攻を受けたり、扶桑との関わりのように、互いに生命力を授受することが出来たりするようである。
・コーラルネットワークの存在から、世界樹にはどうも固有の意思があるように言われている。
・その関係か、世界樹はしばしば、本来の目的であるパラミタの安寧という目的を逸脱した行動を取ることがある。
世界樹の価値基準は、人間のそれとは根本的に異なっているようだ。
・世界樹が契約者を持つ場合もある。世界樹イルミンスールはイルミンスール魔法学校校長、エリザベート・ワルプルギスと契約しているし、扶桑もかつて契約していたことが明らかになった。
「……なんだか、改めて分からないことだらけだというのを確認した感じがするわ」
「ま、こんなとこじゃない? 今はこれでよしとしようよ、俺もう疲れたよ」
今後、世界樹について研究が進めば、分かることも増えてくるだろう……今はそう思うしかなかった。