校長室
リアクション
● 「くっ……!」 エリシュ・エヌマにまで到達した敵空中部隊を迎え撃つのは、ローザマリアだった。彼女のイコン――HMS・レゾリューションは脚部をしっかりと固定し、20ミリレーザーバルカンを撃ち放つ。大型化された機体に合わせ、武器そのものの威力も相対的に上がっている。敵部隊に向けて、無数の射出口が吼えた。 「来たわ――オープン・ファイアリング!」 猛々しく敵を蹴散らすローザマリア。 しかし、その機体にもすでに限界が近づいていた。そもそも、二人乗りであるイコンを一人で操るということは、その機能に大きな制限がかかることを意味する。大幅な性能ダウンに加え、脚部を固定した状態では敵の格好の的だ。 だがそれでも、ローザマリアは必死で戦った。負けるわけにはいかない……! ここで堕ちるわけには、いかないのだ。 そのときだった。 「え……」 別の方角より、20ミリレーザーバルカンの弾が敵を蹴散らしたのは。呆然としたローザマリアのモニターに、機影が飛び出してきた。まるで、彼女の盾となるように。 「此方クレーツェト。これより直掩機としてエリシュ・エヌマの護衛に就きます」 通信が開き、どこか高尚な雰囲気を漂わす声が聞こえた。 パイロットは――富永 佐那(とみなが・さな)だ。パートナーの吉川 元春(きっかわ・もとはる)をサブパイロットとして、彼女のイーグリットは空を駆けた。 「行きますよ、殿。敵陣に打って出ます!」 「了解しました。調整は任せてください」 旋回。 エリシュ・エヌマに接近する敵空中部隊へとクレーツェトは飛行する。機体に備えられたレーザーバルカンを無数に撃ち続けながら、ビームサーベルが音と光を紡いだ。交錯する瞬間、敵は次々と切り屠られてゆく。 「佐那……お前は……」 「エリシュ・エヌマは南カナンの希望、それはひいては全カナンの希望と言う事でもあります。だから、絶対に守り通すと、私は決めたんです!」 佐那の決意は、誰にも止められない刃となる。 ビームサーベルによる近接戦闘とレーザーバルカンの遠距離射撃。魔族たちは成す術なく倒されてゆく。だが、それだけで終わるものではない。一機だけでは防ぎきれない敵の進路は、存在する。敵部隊はそのまま、レーザーバルカンを撃ち尽くしたローザマリアへと接近した。 が――魔族は地に倒れた。 「悪いな。ここを、通らせるわけにはいかないんだ」 刃を抜き放っていたのは、一人の男だった。 冷たく、酷薄とも言える炯眼。血のように紅きその双眸は、敵の命を断つ糸でも見えているかのような、そんな力を感じさせる。だがその奥には――温かい光があった。 護るべき者を、護るべき存在のために、振るわれる刀。氷室 カイ(ひむろ・かい)は、二対の刀を握り締めた。そして、その隣には彼を支える雨宮 渚(あまみや・なぎさ)がいた。 そのとき、エリシュ・エヌマの甲板ハッチが開いてグロリアーナが顔を出す。 「ローザ、もうよい。戻れ!」 すでに、ローザマリアはやれるだけのことをやった。後は、カイたちに任せて艦に戻れということだ。フレアライダーに乗ったグロリアーナが、奈落の鎖で敵の動きを封じてHMS・レゾリューションのもとにやって来た。 「グ、グロリアーナ……これは……?」 「増援だ。貴瀬がすでに手配しておいた者たちが、間に合ったのだ」 そう言って、すぐに彼女はローザマリアを連れて艦へと戻った。最後に、カイは彼女たちへと視線をやった。不安げに見返した彼女たちに、頷いてみせる。ハッチが閉じて、姿が見えなくなったところで、彼は隙を突いて襲いかかってきた魔族をいともなく切り伏せた。 「カイ、無茶はしないようにね」 「ああ。分かってる」 空中の敵は佐那が引き受けてくれている。ならば、甲板にまで降り立った敵を断つのは、自分の役目だ。 「ようやく1つの戦いが終わって皆が未来を見据え始めたのに、今度は魔族だなんて……運命なんて、そんなものなのかしらね」 少しだけ哀しげに、渚が言った。 運命。その言葉に、どれだけの重みと意味があるのかは分からない。だが少なくとも、渚にとってそれは、過去の呪縛と同等のものなのかもしれない。そしてそれは、カイにとっても。 だが、だからこそ――。 「運命など、断ちきればいい」 「え……?」 「俺とお前が出会ったように、俺が、この刀を持つ意味を見つけたように……変えられないものなど、どこにもない。俺が……いや、俺たちが、変えてやるんだ」 カイは、決然とした光を瞳に灯した。 「……そうね。嘆いてばかりもいられないわね、私達には戦う力が有るのだから。私達は負けないわ……ううん負けられないの。カナンの未来、そこに生きる人々、私達で守りましょう!」 「ああ。俺たちが、護ってみせる」 魔族と対峙して、カイは刀を振るった。――護るべきもののために。 ラーメンの力を なんとはなしに言うならば、それは夢というやつだった。 「オレの夢は……! カナンにラーメン文化を根付かせること!」 そして夢というやつを持った人間は強い。少なくとも、時として他人という存在に対して異様なほどの存在感を与えることがある。 渋井 誠治(しぶい・せいじ)はつまり――そんな奴だった。 「ま、魔族なんて……へ、へへ、全然怖くないぜ!」 「誠治………………足が震えてますよ」 ラーメンを片手に足をぶるぶる震わす誠治に、ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)は冷静な指摘を投じた。 「ふ、震えてなんかないってのっ!」 「なら、いいですけどね」 微笑して、ヒルデガルドは誠治より先に飛び出した。彼女たちが守るのは、南カナンの給水施設だ。戦いにおいても、そして日常生活においても欠かせぬその施設は、魔族たちも当然狙ってくる主要な的の一つだった。 魔族たちを前にして、ビビりな性格が表に出てしまっている誠治の代わりに、ヒルデガルトはアーミーショットガンを構える。銃口が敵を捉え――吼えた。 無数の弾丸が敵を貫き、その動きを止める。その間に、彼女は誠治を叱咤した。 「カナンの人たちにラーメンを伝えるんでしょう? なら、ここで止まってるわけにはいかないわよ」 「……おうっ!」 誠治は、己の身を奮い立たせてようやく突き進む。 片手に持っていたラーメンのどんぶりを念波によって弾き飛ばし、敵にぶつけた。もちろん、それは牽制に過ぎない行為だ。本命は光条兵器――ハンドガンへと姿を変えたそれの銃口から、火が噴いた。 カナン兵たちとともに戦いながら、誠治は彼らに呼び掛ける。 「オレたちは絶対負けない。終わったら一緒にラーメン食おうぜ、みんな!」 そんな彼の声に、カナン兵たちの気合いの声が続いた。 そんな誠治たちを見て、ヒルデガルドはくすっと笑みを漏らす。はたから見れば幼稚な夢も、一歩踏み出せば、それは勇気になる。誠治はいつも気づかぬうちに、そうして前に進むのだ。そしてだからこそ――そんな彼と私は、パートナーになったのかもしれない。 「誠治…………私のラーメンは、大盛りでお願いするわね」 「へい、了解!」 戦いの後のラーメンを頭に思い浮かべながら、誠治たちは引き金を引いた。 |
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