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リアクション
南カナン攻防戦〜南カナン〜 1
カナン軍は追い込まれていた。
魔族たちのイコンにすら相当する圧倒的な力に、徐々に戦力を落とされていたこともあったが、敵軍への強襲作戦が失敗したのを皮切りに、その差は拍車がかかったように開き始めていたのである。
それでも、なんとか南カナンから敵を侵攻させまいとシャムスたちは奮闘していた。兵たちが傷つき、失われ、苦しみもがきながらも――それでも、再びカナンに魔の手が伸びぬよう、抗っていた。
「魔族の侵攻は顕著なものになってきたか。兵も後退を余儀なくされているな」
剣線――抜き放った刀で魔族を切り捨て、瑞江 響(みずえ・ひびき)は現状を見回して呟いた。言の葉を口にしながらも、刀を振る手が止むことはない。幾多の剣線が糸のように紡がれると、魔族の攻撃の手を防ぐ牽制となる。
パートナーのアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が、そこにバニッシュの光を叩きこんだ。眩しい光の光芒が、魔の存在を消し去る力となる。
「なに、響。たとえカナンがやられてしまっても、お前は俺様が守ってやるさ。安心しな」
「なら俺は、カナンを守ってみせるさ。……無茶だけはするなよ、アイザック」
「分かってるっての」
地上を駆ける響とアイザックは、互いを補いつつなんとか魔族に対抗する。
光精の指輪が放った光の魔法は、相手の視界を奪うことに応用することもできる。その間に、響は敵を切り裂いた。その隙を突いて魔法を叩きこむアイザック。いかんせん、響を第一に考える彼のことだ。響が少しでも攻撃を受けようものなら、無数のバニッシュが炸裂する。
「おい、アイザック……無茶するなってさっきも……」
「恋人が危ない時は身体を張って守る。当然のことだろ?」
こちらがなにも言い返せなくなるような、眩しい笑みを見せるアイザック。照れくさくも、それが彼らしいことであるのかもしれないと……響は頬を朱に染めて次なる標的に移った。
もはや、勝ち目があるとは到底思えない戦況だった。だが、それでも良い。ザナドゥ侵攻の道が拓かれるまで、敵を防ぎ切る。それが、自分たちの役目だ。
幸いというべきか。バルバトス軍にだけ関して言えば、地上部隊の数は少ない上に、そもそもの編成数も少ないときている。無論、その分だけ、翼を生やした奴らは、空中を進行しているわけだが――ふと響が見上げた空を、イコンの機影が過ぎ去っていった。
そこには、鈴木 周(すずき・しゅう)の乗るイーグリット・アサルト、ストライプの姿もあった。
「さーてっと、この俺が来たからには百戦錬磨の鬼に金棒ってもんだぜ! 突撃してさっくり親玉を成敗して――」
「この、馬鹿周くん!」
「どわぁっって、……レ、レミ、なんだよ!」
「いきなり突っ込もうとするんじゃないの! 黙ってるとすぐ無茶するんだからー!」
「わ、わーった、わーったよ、地道にやるって!」
サブパイロットのレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)に怒鳴られて、仕方なく周は敵に突入してボッカンボッカンやっちまおうという計画を改めた。
カナンの女神イナンナ様というのは美人だという話だし、色々と目立つように戦いたかったわけだが……いずれにしても、近接戦闘でやることは変わりあるまい。美人を守るためになら、手を抜くようなつもりは毛頭なかった。
「日奈々、恭司さん、準備はいいか?」
通信を開いて、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)と橘 恭司(たちばな・きょうじ)に声をかける。モニターに映ったのは、二人のコクピット映像だった。
「せっかく……ここまで、復興したのに……それを、台無しにさせるようなこと……絶対、させないですぅ〜。だ、だから……迎え撃つですぅ」
「あたしも同じく。こっちは準備OKだよ」
日奈々にしては珍しく多くを喋ったものだと思いつつ、サブコクピットの冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は機体の操縦調整に入った。日奈々がミサイル弾数を確認し、ストライプからわずかに距離をとって体勢を整える。
視力を失っている日奈々に合わせて改良されたキラーラビット・アーカディアは、外部情報を取り込んで日奈々に聴覚を基本として感知させてくれる。日奈々にとっては、ある意味で最大の武器たる存在だった。カナンを守ると、そう願う、彼女のとっての。
動き出したアーカディアを見守るようにして見やっていた恭司も、己のイコン――MG−Dの軌道を変えた。慣れないイコンに戸惑うサブパイロット、八神 六鬼(やがみ・むつき)のことが半ば気がかりだが、勘のいい彼女だ。すぐに慣れることだろう。それまでは、大まかな部分はこちらで調整せねば。
「北都は後方援護、洋は地上で迎え撃つらしい。敵の中心部、とまではいかないが、希望通りに敵と戦えそうだぞ。ただし、相手が突撃してきて……だがな」
先ほどの周とレミの会話を聞いていたのか、からかうようにして恭司が言った。
「そ、そいつはちょっと勘弁してほしいところだけど……」
「そうもいかないのが、今の状況だろう?」
通信もそこそこに、恭司が言葉を切った。前方からやって来たのは、無数の影だ。
「来たぞ」
緊迫の声で告げられるのは、戦いの火ぶたを切って落とす言葉だった。
相沢 洋(あいざわ・ひろし)は、シュトルム・ブラウ・リヒターを駆って地上から敵飛行部隊へと20ミリレーザーバルカンを放射していた。二基のバルカンから放射されるレーザーは、下方から雨のように敵へと降り注ぐ。
「敵主力部隊は飛行魔族! 光輝属性の20ミリレーザーバルカン2連、地対空ミサイルを装備した陸戦形態、リヒターモード。まさに伝説の対空戦車ゲパルト! たいていの奴なら消し飛ばしてくれるわ! みと、レーダーチェック。突入している周たちの機体を援護する!」
「は、はい!」
洋の指示を受けて、乃木坂 みと(のぎさか・みと)はレーダーを素早くチェックした。モニターに映るのは上空の空域戦闘範囲におけるイコン情報を感知したもの。レーダー情報をもとに、洋がバルカンとミサイルを次々と撃ち込んでいった。
「多数の敵がレーザーバルカンで撃破されています!」
「ははは! 見たか! 異世界の兵器技術を再現した、この機体! この火砲! 受けよ! 獣人の森の最新兵器を!」
無駄に支配者的な笑い声をあげて戦う洋。陸上に同様に戦う仲間たちは半ばあきれた視線を送っているが、実力は決して口上に負けていなかった。
敵部隊は地上のイコンへと気づき、即座に対応して下降してくる。だが、脚部の機動性を生かして地をずれるように移動するシュトルム・ブラウは、ハンドガンでそれに対抗した。撃ち抜かれる魔族の体躯。洋が得意げに大笑する。
「ふはははは! 新型実験を兼ねているとはいえ、そう易々とやられはせんぞ! ……ってのああぁぁ!」
脚部のモーター音を鳴らし、移動しつつも空域戦闘を援護していくシュトルム・ブラウの背後に、いつの間にか魔族が回っていた。彼らの放った魔弾が、シュトルム・ブラウの装甲を叩く。
敵の侵攻はついに地上の援護部隊を薙ぎ払おうとするまでに至っていた。
逆に――空域で周たちとの交戦を突破した敵を待ち構えるのは、同じく未知数の多き機体、アシュラムだった。
サブパイロットのクナイ・アヤシ(くない・あやし)が、清泉 北都(いずみ・ほくと)へと告げる。
「レーダー感知。敵の接近を捕捉しました」
「了解。エネルギー残量は大丈夫かな?」
「機動エネルギーは十分です。クラッカーの弾数だけは気を付けなければなりませんが……管理はこちらに任せ、北都は戦闘に集中してください」
頼りがいのあるクナイの冷静な声。北都は力強く、それに頷いた。
敵の狙いは世界樹セフィロトがあるとされる神聖都キシュだ。たとえ敵の力がどれだけ強大であろうとも、その防衛ラインだけは守ってみせる。北都は、ぎゅっと操縦桿を握り締めた。
「来ました」
クナイの声。
敵飛行部隊が、天使のような翼をはためかせてこちらへと接近してきた。レイピアを構えたアシュラムが、それを迎え撃つ。
「はあぁッ!」
スマートな体躯をしているアシュラムの動きは、まるで舞いでも踊っているかのように優雅なものだった。無駄な動きを避けた必要最小限の剣さばき。すれ違いざまに切りつけるその様は、どこか西洋の騎士を思わせた。
無論――敵もそれを見ては対策を講じないわけもない。構えた槍から一斉に魔弾を放射してくる。が、もう片方の手に構えたハンドガンが、空中で魔弾を撃ち落とした。途端――爆発。
魔弾の爆風で魔族たちの視界が隠れた。そこに、飛び込んできたのはクラッカー弾だ。敵が気づいた時にはすでに遅く、炸裂したクラッカー弾が彼らを排除した。
だが、北都の額にも汗がにじむ。敵の動きは素早い。どれだけ、このような戦い方が持つか……? クナイは緊張と不安で強張っている彼に気づいていた。何か言おうかと口を開きかける。
だが、北都は、前方にいる周たちへと目をやっていた。彼らも、必死で戦っているのを見る。
(そうだよね。負けられ……ない)
北都は額の汗をぬぐうと、次なる標的へと視線を向けた。
「行こう、クナイ」
「……はい」
アシュラムは、レイピアの切っ先を掲げた。