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リアクション
■ザナドゥ〜橋頭堡確保(2)
「木の枝から魔族の軍が現れていた?」
【龍雷連隊】の持ち帰った情報に、橋頭堡の者たちはいっせいにざわめき立った。
「ええ。それも、ものすごい数で」
切れた息が整うのも待たず、ユイは急いで説明をする。
「おそらくだけど、あれもクリフォトよ……私たちがくぐってきた、セフィロトと同じ、亀裂の道だった……多分、彼らは、クリフォトをゲートにして、長距離の移動を、可能にしているのよ…」
地上のこの会話は、上空のギルガメッシュに搭乗したレン・オズワルド(れん・おずわるど)とエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)にも届いていた。
「聞いたか、エヴァルト。魔族の大軍勢だそうだ」
「ああ。腕が鳴るぜ」
通信機から聞こえてくる、エヴァルトらしいどこかうきうきと弾んだ声に、コクピットでポキポキ指を鳴らしている彼の姿が容易に想像できて、レンは苦笑した。
と、その視界に、メインモニターに映ったノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の姿が入る。
彼女は宮殿用飛行翼を用いて、まるで随伴歩兵のようにギルガメッシュの周囲を飛んでいた。
「ノア。おまえもそろそろ下に降りていろ」
「……はい」
ノアとしてはレンのそばにいて一緒に戦いたいのだが。彼がこれから繰り広げるであろう、イコンでの戦いに生身の彼女がそばにいては戦いづらいというのも分かっていたので、ノアはおとなしく従い、降下した。
その後ろ姿に、エヴァルトはパートナーロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)をぼんやりと思い出す。
(あいつも、もしここにいたらああやって従ったかな?)
うーん……と想像してみたが、さすがに難しかった。どちらかというと、一緒に戦うと言ってそばから離れない気がする。
(やっぱ、向こうに置いてきて正解か)
いつも強気で勝気なロートラウト。
『こっちのことは心配しないで。ボクが守る以上は、イナンナ様にはかすり傷ひとつつけさせたりしないからっ』
そう言って、彼の背中を押して搭乗を促した。
だがそんな彼女も、ゲートが開き、いざザナドゥへ向かわんと動きだしたギルガメッシュを見上げたときは、ついに本音をもらした。
『エヴァルトの言うとおり、ここで待ってるから……だから、戦いの始まりで、いきなり死んだりしたら嫌だよ……』
多分、彼女は聞かれていないと思っている。少し震えた小さな声。思い出すだけで、エヴァルトの四肢に活力を与えた。
「必ず戻るさ。必ず……!」
(ギルガメッシュよ。兄弟機を撃破させた直後ですまないが、また力を貸してくれ。セフィロトを、カナンを護るため、そしてここにいるみんなを全員無事に向こうの世界へ連れて帰るために!)
エヴァルトの想いに応えるように、ザナドゥの闇の中、ギルガメッシュは強い輝きを放った。
「なんやなんや。皆えっらい辛気くさい顔しとるなぁ」
魔族の大軍勢が接近しているという情報に、カナン側から追加投入されてきた第2陣の1人、蚕 サナギ(かいこ・さなぎ)はそう言ってカカカっと笑った。
だが彼の前に立ち並んだ者たちは、にこりともしない。ついにこれから魔族との戦いが始まるというのだ、緊張こそすれ、笑うどころではないといった風情の面々にとがめるような目で見られ、サナギは、おや? と片眉を上げた。
「まぁまぁ、そう切羽詰らんでもええやろ。そういうときこそこれ! 『ザ☆納豆』!!」
と、どや顔で、手持ちの袋からわらに包まれた納豆を取り出す。
「ザナドゥ言うたらやっぱ、これやもんなぁ」
周りの者には完全に意味不明なことなのだが、サナギ的には面白いことのようだ。くつくつ笑っている。
どう反応すればいいものか、すっかり取り残されてしまっている――中には途方に暮れているっぽい表情をした者もいる――人々に気付いて、サナギは目をぱちくりさせた。
「え? キミらザナドゥ知らんのん? ミス納豆は? マジ?」
ぶんぶんぶん、首を縦に振る。
「かーっ、マジかー」
額に手をやり、ぱしんっと鳴らす彼に、慌ててパートナーの岡本 森(おかもと・しん)がセフィロトの影に引っ張り込み、耳打ちした。
「ちょ、サナギ、みんな真剣なんや、あんま茶化したらあかんで。俺らかて、がんばんなあかんねんから」
「そら知っとるけど、みーんなこれから葬式みたいなツラしとるし、なんや笑いも必要か思てやな。こう、どっかーん笑いをな」
笑えません。全然笑えてませんから、と森は首を振る。
「え、おもんない?」
2人でこしょこしょしつつ、大きな声で話していたら。
「おまえたち、そのくらいにしておけ」
少しあきれたような言葉がかかった。イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)である。
「たしかに敵を前に気負いすぎるのは問題だが、腑抜けすぎるのもよくない」
サナギが何をしようとしていたのか承知の上だと知らせ、そう諭す。
「戦いには適度の脱力、適度の緊迫感が必要なのだ」
「……ほら、怒られた」
森がつんつん肘でつっつく。
「せやなぁ。わしが悪かったわ。すまん」
イーオンの前に進み出、ぺこっと頭を下げて殊勝さを見せた直後。
「でもまぁ、ええやん。こうして口きいてくれただけでめっけもんや。
なぁそこのあんた。わろてみ? そんなかいらし顔してんのにもったいないで?」
今度はイーオンの後ろに控えていたセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)にちょっかいをかけ始めた。
「なぁあんた、あんたやってほんま、ザナドゥのこと知らんのやろ? どうする? わしの言うようにでっかい納豆の化けもん棲んどったら? ここおるん魔族やしな、じゅーぶんありえんで? こう「ねっばー、ねっばー」言いながら、よーさん襲てくんねん。しかも、ネバネバしとるだけあってネバーギブアップや。たち悪いで」
と、顔を寄せてもセルウィーが動じず抵抗も示さないのをいいことに、肩を抱き込む。
「あれ? 分からんかった? ネバネバとネバーギブアップをかけてん。笑えるやろ?」
もちろんセルウィーはどこまでも無反応だ。抵抗はしないが、許容もしない。
「サ、サナギ……男でも女でも誰にでも声かけんのやめ! ってゆーか、それ人間やない、機晶姫や。ナンパしてどないするねん」
「え? うっそー」
森の言葉に心底驚いてまじまじと見入るサナギ。
「――セル、ライトニングランスだ」
「イエス・マイロード」
処置なし、と言わんばかりのため息でイーオンから指示が入った瞬間、セルウィーの手は目にも止まらぬ速さで高周波ブレードを抜き放ち――サナギはザナドゥの暗い空にぴかりと光る小さな星になった。
「サナギ〜〜〜っ」
森があとを追って走る。
『おまえたち、ばかもほどほどにしておけ』
上空のギルガメッシュからレンの声が聞こえてきた。
『来たぞ。やつらだ』
前方、こちらの目を射抜かんばかりの光輝に包まれた樹を目にして、ロノウェはそちらへ顔を向けた。
あれはセフィロトだ。だれに聞くまでもなく分かる。セフィロトがこのザナドゥに顕現しようとしている。目的はもちろん、ザナドゥへの侵攻だろう。自分たちがしたことと同じことを、やり返そうとしているのだ。
だが、あれは世界樹としてはまだ若芽も同然。今なら摘み取るのも易い。
ロノウェは巨大魔族の肩の上、すっくと立ち上がった。
「あれなるは世界樹セフィロトのゲート! 決して完成させてはなりません!」
その檄に、ロノウェ軍は、おお! と声を上げた。
剣を、槍を、盾をぶつけ合って打ち鳴らし、大音声をたててゲートを守護するように立つ人間たちを威嚇する。
「あの程度の数、わが軍の敵ではありません! 一気に蹴散らしてしまいなさい!」
ロノウェの指示により、魔族たちは魚鱗の陣形へと変化した。一点突破、そしてすぐさま3列横隊となってセフィロトと防衛者たちを分断し、外側2列が人間たちを殲滅、その間に内側の1列がセフィロトを倒木させる。それができなければ鶴翼の陣となって彼らごとセフィロトを包囲し、魔弾を用いた中距離攻撃にてセフィロトを叩く。それがロノウェの立てた作戦だった。
「全軍、突撃!!」
ロノウェの号令がかかり、魔族たちがいっせいに走り出そうとした瞬間。
竜巻のようなエア・バスターで彼らを吹き飛ばし、ザナドゥの闇にありながら燦然と黄金に輝くカナンのイコン――ギルガメッシュが地に降り立った。
熱風にあおられ、地に叩きつけられたまま起き上がれないでいる魔族の際すれすれにビームを撃ち込む。もちろん出力は絞ってあったが、それでも一瞬で蒸発し、穿たれた穴の巨大さに魔族の目は釘付けになり、あきらかにおびえが浮かんだ。
後方セフィロトからの光を弾いてきらりと輝いたロングソードが半弧を描いて地を走り、境界線をひく。
『カナンの宿敵たる魔族どもよ! これより先近寄るは何人たりとこのギルガメッシュが許さん! 潰される覚悟のあるやつのみ、ここから先に入るがいい!』
エヴァルトの宣言が高らかと上がった。
まるで戦勝宣言のように、勝ち誇った声。
しかしロノウェには分かっていた。自軍に対するイコンはカナンのギルガメッシュ1機。そしてあれは大きすぎる。魔族の軍を相手とするには全く不向きだ。
人間たちは一体何を考えて、あんな無駄なものを送り込んできたりしたのだろう? 非効率この上ない。
ロノウェとしては、かなり理解に苦しむ采配だった。
「ロノウェ様、いかがいたしましょう?」
真下に控えていた上級魔族が訊いた。
「おまえたちはすみやかに作戦を遂行しなさい。あのお人形は私が解体します」
「――ははっ」
巨大ハンマーを手に、ギルガメッシュめがけて跳躍しようとし――そこでロノウェは、裏切り者たちの存在にはたと気付いた。
くるっと振り返り、自軍の最後尾にいた彼らを見下ろす。
「あなたたち。魔族軍に下ることを望んだとはいえ、こちらとしても口ばかりの無能者はいりませんから。その力と覚悟を見せなさい」
そう言い置いて。
ロノウェは跳んだ。