|
|
リアクション
■ザナドゥ〜橋頭堡確保(5)
「むっ……」
前方、魔族たちの間から現れた者を見て、レオンハルトは足を止めた。
あきらかに魔族ではない、その風貌。そして身にまとった雰囲気……ただ者ではない。
「やつは……」
その言葉を聞きつけた脇のルカルカが彼の視線を追い――面をこわばらせた。無意識的に、握り締めた手の中に光の閃刃が集束する。
「三道……六黒……!!」
ザナドゥの尖兵としてカナンに騒乱の種を撒いたアバドンの配下の者だ。
北カナンの地下水路で彼と繰り広げた死闘は、いまだ記憶に生々しい。
「隊長、やつがアバドンの逃走に手を貸した男です! 気をつけてください!」
「ほう」
ルカルカからの説明に、得心がいったと頷く。剣についた血のりを振り払い、六黒と正面を合わせた。
「きさまが三道 六黒か。うそかまことか、名に負うその力、とくと見せてもらおうか」
「――わしはもはや六黒にありて六黒にあらず。黒き太陽(アバドン)の名を継ぎし者なり」
「なに?」
それはどういう意味か。
訝しむ彼の隙をつくように、六黒が仕掛けた。
「……速い……!」
数々のアイテムの上乗せにより高速化された彼の必殺の一撃を、間一髪、レオンハルトは豊富な経験と勘で受け止めた。
すれ違いざま、2人の剣と剣がまじわる音が高く上がる。飛び散る火花、重い剣げき音。交錯する視線が、互いの腹の内を探り合う。
「レオン様!!」
剣先を受けて切れた、決して浅くはない彼の頬傷を見て、後方、ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)が声を上げる。
「来るな! ……こいつの相手は俺だけで十分だ」
傷を探るようにあてた指についた血をなめとって、傲岸不遜の笑みを浮かべる。
「ですが!!」
「あなたの相手は……私……」
そんな言葉が横手からして、ナナはぎくりとそちらを向いた。
どこかうつろな表情を浮かべた和服美女――獅子神 玲(ししがみ・あきら)が、剣を手に立っている。すぐ後ろでしゃがみ込み、声を殺して笑っているのはそのパートナーの悪魔ギーグ・ヴィジランス(ぎーぐ・う゛ぃじらんす)。
「あなたは……」
問わずとも分かる。彼女も、魔族側についた裏切り者のコントラクターだ。
ぼんやりとした表情からは敵意も何も伺えなかったが、それは見せていないだけとかいうよりも、欠けているとみるのがふさわしいようだった。
この女性には、決定的に何か――人として必要不可欠な何かが、欠けている。
直感的にそう悟り、用心深く忘却の槍を構えたナナの前、突然、きゅるるるる〜〜〜〜という軽い音が女性からした。
「な、何ですか? 今の……」
あれってあれってもしかして……もしかしなくても、腹の虫?
場の緊迫感大崩れ。
いきなり脱力しかけてとまどうナナの前、和服美女は帯に手をあて、独り言のようにつぶやいた。
「…………おなか、すきました。ごはんをくれたら、見逃してあげてもいいです……」
とたん、後ろにいたギーグがあわてて立ち上がった。
「おいおい、なーにトボけたこと言ってんだよ? ぁあ? ロノウェ様が言ってたろー? 力見せろってよォ。
ここで功績あげなきゃ、いい地位がもらえないかもしれないんだぞ! ライバルの数を見ただろう!
だがギーグに「ロノウェ軍にいけば毎日おいしい物が腹いっぱい食える」とだまされてついてきた玲には、ギーグの言う権力闘争などどうでもよかった。
「……私は、弱い者には、興味ありません……」
彼女は弱いと言わんばかりの言葉に、かちんときたのはナナのパートナー、仮面を付けた侍音羽 逢(おとわ・あい)の方だった。
「聞き捨てならぬぞ、そこの女! ナナ様に無礼であろう!!」
ナナをかばうように、ずいっと前に出る。
「逢……いえ、ブシドー様。よいのです」
「いいや、あのような暴言、許してはおけん!」
息巻く彼女に、ピコーンと反応したのはギーグだった。
「へぇ〜、許しておけなかったらどうするってーんだよ? 仮面のネーちゃん」
「成敗いたす!!」
(よっしゃあ!)
「ああ言ってるぜぇ? 言わせといていいのかぁ?」
「でも……おなかが……」
おなかいっぱい食べられると聞いたのに、まだひとつも口にできていません、とうらみがましい目でじとっとギーグを見る。
「がーっ!! これが終わったらてめェの好きなモン、いっくらでも食わしてやっから!!」
「でも……南カナンでも、食べ物は出ませんでした……」
「もし出なかったら、俺がおごってやる!」
その言葉に、玲の背筋がシャキっと伸びた。剣が持ち上がり、構えをとる。
「約束しましたよ、ギグ」
「ああ」
(――ケッ、だまされやすい女だぜ、まったくよォ)
にしたってなんで俺がこんなに疲れなくちゃなんねぇんだ、と影で額の汗をふきふき。そんな彼に、ナナが声をかけた。「あなた」と。
「あなた、南カナンに、いたの……? なら、もしかして……ルース・メルヴィン様を、ご存じありませんか? あの御方は……」
そのかすれた声に宿るのは、不安と、怯えと……そして、聞く者の胸が切なさに寂しくなるほどの、大きな希望。
「ああ、知ってるよ」
ギーグはにっこり嗤った。人の弱さを。
「ロノウェ様に殺されて、ボロゾーキンのように道端に転がってるよ。今ごろ虫にでも喰われてんじゃね?」
「きさまっ!!」
ふらりと倒れかけたナナを支えたブシドーの剣が、ギーグを狙って振り切られる。ギーグはそれを後ろに退いて避けた。
「おっとっと。
さぁ出番だぜ、相棒。ちゃーんと守ってくれよォ、俺が飯のタネなんだからよ」
自分を盾にするようにさっと後ろに回り込んだギーグを、玲は感心しないという目で見たものの、剣の構えを解こうとはしなかった。
彼の言うとおり、今の彼は大事なごはんのタネだ。
「今度こそ、守らなかったら許しませんからね、ギグ」
薄闇の中、玲の髪がきらきらと輝き始めた。最初、何かの見間違いかと思ったブシドーの前、頭頂部から水が伝い落ちるように髪が金色に変わっていく。そして髪の間からせり出してくるは、鬼の1本角。
「はぁっ!」
かけ声とともに放たれた、鬼神力を上乗せしたなぎ払いが2人を襲った。
少し離れた草の斜面に腰をおろし、戦いを傍観している者がいた。
魔鎧漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)をまとった中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)である。
ドレスをまとっているせいか、彼女はザナドゥの空気に長時間さらされようとも倦怠感を覚えることがないようだった。
「綾瀬、参加しなくて本当にいいの?」
ドレスが少し不安げに問う。対し、綾瀬は膝に乗せた腕で頬杖をついたまま、いいの、と応じた。
「私はまだどちらにも組する気はありませんもの。ただ見ていたいだけ」
「でも……ロノウェ様は、覚悟を見せてと言われたのに」
「覚悟なら見せていますわ。だれに何を言われようとも、傍観者であることを貫いているでしょう? あの魔神のお気には召さないかもしれませんが、それが私の望むことですし、それを得るための覚悟をこうして見せているんですから、だれにとやかく言われることもないでしょう」
あの少女の姿をした生真面目な魔神に、早くもそれを告げる時を待ちわびてか、綾瀬はくすくすと笑う。だがドレスの方は、そんな楽観的な気分にはなれなかった。
魔神ロノウェ。ただの魔鎧や悪魔にとって神に等しき四魔将の1柱たる彼女とこれまで会する機会は一度もなかったが、それでも噂として彼女にまつわる話を聞いたことは幾度となくある。配下の者に求める水準の高さ、規律に反する者に対する厳しさは四魔将の中でも群を抜くという。
(命令に従わない者を、彼女が快く思うかしら?)
綾瀬の言葉は、あまりに綾瀬にとって都合が良すぎる気がした。魔は、人を利用することはあっても、利用されることは好まない。ましてや利用価値がないと判断されたなら……。
「綾瀬、用心して。姿形が子どもに見えるからといって、本当に子どもではないのよ。バルバトス様、ロノウェ様方四魔将は特に」
「ええ、ええ。分かっているわ。大丈夫」
くすくす笑う綾瀬と対照的に、ドレスの心は深く沈んでいったのだった。
「――くっ!」
回転しながら飛んできたフルムーンシールドに腕を裂かれそうになり、レオンハルトは後方へ跳んだ。
「隊長!」
「来なくていい!」
駆け寄ろうとしたルカルカたちを制するように、ばっと手を上げた。
「それよりもおまえたちは、一刻も早く向こうの2人を救出するんだ!」
「隊長、でも……っ!」
「いいか? 向こうにはあの魔神がいる。おまえたちの方がよほどしんどいはずだ。気を引き締めてかかれよ」
彼は、一度だけ4人を振り返ると、次の瞬間面前の敵に向かい、突撃をかけた。その身を包むヒロイックの強い輝き。そして則天去私が発動する。
振り切るように、ルカルカは背を向けた。
「――行くわよ」
「ルカ?」
「隊長に代わり、私が臨時に指揮をとります! ダリルと私が正面を引き受けますので月島、麻上両名は弾幕援護で周囲の敵を近寄らせないようにしてください!」
「了解!」
「ラジャー!」
ダリルの援護射撃の中、ミラージュを発動させて突っ込んでいくルカルカ。その身を包むようにカタクリズムの力の風が渦を巻いている。
「翼、上空の飛行型魔族にも気を配っておけ。数は少ないがいるぞ」
「おっけー」
悠と翼は互いに背を預けあう格好でガトリング砲をばら撒きながら、2人を追って走った。
風が運んできた人の叫びを耳にして、ギルガメッシュの上、ハンマーをふるっていたロノウェは手を止めて下方を見た。
人間の一部がこちらへ向かってきている。すばらしく攻守のとれた精鋭部隊だ。こちらの部隊も包囲し、食い止めようとしているが、着実に押し切られている。
「……私のせいね」
足下のギルガメッシュに目を移す。
彼らの意気をくじくつもりで破壊していたが、やりすぎたのだ。反対に、怒りをあおる結果になってしまった。
だが、これまで数千年に渡って自分たちの邪魔をしてきたカナンのイコンだと思うと、ついハンマーをふるう手に力が入って止められなかった。
失態は、認めなければ。
あの者たちは私がしとめよう、そう決めてそちらへ向かうべく胸部から腕に飛び降りたときだった。
「魔装変身!」
そんな言葉が文字通り上空から降ってきて、何者かが先までいたロノウェの場所に降り立った。
「おまえは……?」
「魔装侵攻シャインヴェイダー、只今――って、うわお!」
ドゴン!
振り下ろされた巨大ハンマーを、蔵部 食人(くらべ・はみと)――いや、シャインヴェイダーはギリギリで避けた。
「ぽ、ポーズをとっている最中に攻撃するのはご法度なんだぞ! 委員長ちゃんっ!」
危なかった、ぺしゃんこになるところだったと、バクバクする心臓を押さえつつ、シャインヴェイダーは注意する。
名乗りを上げ、ポーズを決めるまでは攻撃不可!
それはテレビ番組でおなじみの特撮変身ヒーローに慣れた者にとっては周知の事実かもしれなかったが、魔神であるロノウェに通じるはずがない。
ロノウェはそれを、単に朝焼け色の魔鎧を装着した人間が奇襲をかけただけだと理解した。あとはただ、意味もなく手足をくねらせているだけの変な人間だ。
「いいか? 今からもう一度ポーズをとるから、攻撃はしないよう――って、聞いてる? 委員長ちゃんってば!」
ドカン、ドコンと、ちょこまか逃げるシャインヴェイダーを追って、巨大ハンマーが振り下ろされる。
「ダーリン、超やっばーい! ますますギルガメッシュが破壊されちゃってるっっ」
魔鎧魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)があわて気味に早口で言った。人間形態をとっていたら、口元に手をあてていたことだろう。
「ダーリンが避けてるからっ」
「ったって、ふつー避けるだろっ! これはっ!!」
だが相手はギルガメッシュすらぶっつぶす魔神。逃げ切れるはずもない。
バーストダッシュを使って横に回り込むや、つん、とほっぺをつっついた。
「まったく、委員長ちゃん、生真面目すぎるぜ」
「――なっ……!!」
つつかれた箇所に手をあて、カッとほおを赤く染めたロノウェを見て、シャインヴェイダーは「およ?」と小首を傾げた。まさかこんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだ。相手は魔族の中でも最強の四魔将……だろ?
「なっ、何をするんです!! だ……大体、何!? その「委員長ちゃん」というのは!」
「えー? だって、モロ優等生の委員長タイプじゃん。融通がきかなくて生真面目で、すーぐひとのこと指図したがって。
学生時代、学級委員とかやってなかった? 生徒会長とか? ザナドゥにも学校ってあるんだろ?」
「してません……っ!!」
ほおを赤く染め、動揺に声を揺らしながら巨大ハンマーをふるうロノウェを見て、シャインヴェイダーは思った。
(うわぁ……なんだろ。この子、もっともっとからかってやりたくなるっ)
「けど、それはまた次回のお楽しみだなぁ」
残念無念。
シャインヴェイダーは魔装紅翼ヴェイダーウイングを用いて後ろに距離をとると、そこにあったギルガメッシュのハッチに則天去私を叩き込んだ。
「ぐぎぎぎぎ……」
強引にハッチをひしゃげさせ、人がくぐれる程度の穴を作る。
「出てこい、レン!」
そして同じようにエヴァルトのコクピットのハッチもひしゃげさせると、彼に出てくるように促した。
なぜかそれをロノウェは止めようとはしなかった。あるいは、この状況で搭乗者に対しそこまでしてしまったなら、ますます人間たちの闘志をあおる結果になると判断したのかもしれない。
2人を救出したシャインヴェイダーを見上げるロノウェ。しかし次の瞬間、彼女ははっとして横から突き出されたレーザーナギナタを回避した。
「はじめまして。人にも“それなりの者”がいる事を、ご存じ?」
渾身の突きをかわされたことへの狼狽をうまく押し隠し、ルカルカは告げた。少しでも相手に不審な動きがあれば、すぐさま対処できるよう、低く身構えている。
彼女の見たところ、ロノウェは、全く関心が持てないでいるようだった。丸眼鏡がセフィロトからの光を反射して、奥にある目が伺えないというのもある。だがにこりともしない口元からして、おそらく目も、笑ってはいないだろう。
おもむろに巨大ハンマーが持ち上がる。
「――ダリル?」
「ああ、3人の保護は完了した。撤退するぞ」
その言葉と同時に、ロノウェは跳んだ。
宙のロノウェに向け、ルカルカが我は射す光の閃刃を次々と放つ。そのすべてを、ロノウェは雷撃で叩き崩した。
ドカンと地を揺るがし、穴を穿つ巨大ハンマー。
大振りした今がチャンスと、ルカルカたちはきびすを返して走り出す。
――垂、作戦開始だ!