空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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バルバトス強襲

「エンヘドゥ! エンヘドゥ……っ!」
「…………」
「おい、エンヘドゥ!」
 呼びかける声も聞かずに先を歩く彼女にようやく追いついて、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)はその腕を掴んだ。
 少女は――エンヘドゥ・ニヌアは振りかえる。正悟は、少しばかり不機嫌そうなその表情を見返した。
「……さっきから、何度も待てって言ってるだろ」
「どうして……止めようとするんですか?」
「ここは戦場だぞっ! なにを考えてるんだ……ッ!」
 思わず声を荒げる正悟。
 そのとき。ようやく二人のもとに、仲間の護衛者が追いついてきた。
「正悟さんっ!」
 駆けよって来たのは、榊 朝斗(さかき・あさと)たちだった。
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)七瀬 巡(ななせ・めぐる)も、遅れてやってくる。そこにはもちろん、正悟のパートナーでもあるエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)もいた。彼女は険悪そうな二人の空気を見て、不安げに眉を寄せていた。
 朝斗が、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)に一瞬だけ目配せをして声をかける。
「エンヘドゥさん……どうして……?」
 エンヘドゥは、黙り込んでいた。
 シャンバラに留学が決まっていた彼女とともに、南カナンへと帰って来たのが先日のことだった。もちろん、朝斗たちは彼女の護衛としてともに南カナンへ帰国したのだが、エンヘドゥは兵の士気を高める意味でも戦場に近い場所まで行くことと提案したのである。
 それまではまだ良かった。自分の実力を過信しているわけではないが、そのための護衛であるし、彼女もまたニヌア家の娘としての役目を果たそうと決意していたのだろう。それに水を差すようなことはするまいし、正悟も朝斗も、心配はあったものの承諾はした。
 だが――
「戦地の真っただ中に向かうなんて、聞いてないぞ!」
 正悟は責め立てるような声を発した。その手は、ずっと彼女の腕を掴んだままだ。
 周囲の戦闘の余波が地鳴りと悲鳴を響かせる中で、彼らはしばらく黙したままだった。だがやがて、少し落ち着きを取り戻した正悟が口を開く。その瞳は、哀しみにも似た光を灯していた。
「命を諦めるような真似はしないと……約束しただろ?」
「……ええ」
「なら、どうして……?」
「自分の命を捨てるつもりは、ありません」
 エンヘドゥは顔をあげて、決然とした瞳を向けた。
「しかし、私は同時にニヌア家の娘でもあるのです。ならば、そこには私の使命があり、私の役目というものもあるはずです。黒騎士が……姉が戦いの場で己の役目を果たすならば、私には、私なりのやり方があります。そのためには、事の中心にいなくては、意味を成さないのです」
「エンヘドゥさん……」
 歩が、彼女を見つめながら声を洩らした。
 そこにいたのは、視察の旅であれほど眩しい笑顔を見せていた、お嬢様の姿ではなかった。一人の領家の娘。ニヌア家の娘としてのエンヘドゥ・ニヌアがそこにいる。
 正悟たちは彼女を知っている。だからこそ、彼女がそこにいるという意味もまた、理解できてしまっていた。
「…………分かった。なら、好きにしてくれ」
「ありがとう、正悟」
「だけど、これも確かだ、エンヘドゥ」
 正悟は、光条兵器を生み出した。両端を刃とする双刃剣――ディバインダンサーが彼の手に収まる。
「前にも言ったろ? 君がどういう存在であっても味方でいるって……だから俺は、君の影を踏もうとする者がいるならば、必ずぶった斬る!」
 瞬間。
 エンヘドゥに気づいて周囲を囲んでいた魔族たちの行く手が、ディバインダンサーの放った衝撃波で防がれた。大地をえぐった光の刃のもと、エンヘドゥを背後にやる正悟。
「悪い、朝斗、歩……お前たちにも、付き合ってもらうことになる!」
「言われなくても……だよ!」
 朝斗は刻印魔弓ブラッディフィアーを構えると、魔族の攻撃を避けて跳躍した。推進装置を搭載した靴、ロケットシューズが、彼に空中で戦う力を与えてくれる。その場に床でもあるかのように自在に宙を駆けた朝斗は、中空から矢を放った。赤みを帯びた闇の矢は、魔族たちの背を貫いた。
「ルシェン! 七瀬さんたちと、エンヘドゥさんの傍に!」
「了解です!」
 空と地を素早い動きで駆けまわりながら戦う朝斗の代わりに、ルシェンが正悟とは反対側でエンヘドゥの守りについた。エンヘドゥを庇うようにして、歩と巡が彼女を挟み込む。
「エンヘドゥさん、動いちゃだめだよ」
「そうそう。歩ねーちゃんの言うとおり! 絶対だよ!」
 なるだけなら、戦いたくはない。
 歩はそう願うが、事態が事態だ。そうも言ってられないだろう。だが、せめて、エンヘドゥを守ろうとすることだけに、彼女は専念しようとしていた。
 また戦争が続くの……? そう思うと、やるせない気持ちが膨らんでいく。話し合いで解決することは難しいのかもしれないが、この場を乗り切ればもしかしたら――それも、可能なのかもしれない。
「エンヘドゥさん」
「はい……?」
「エンヘドゥさんが言ってた、自分のやり方って――」
 問いかけようとしたとき、魔族の魔弾がすぐ近くに叩きこまれた。爆風が襲い、それもうやむやになる。
 横で、エミリアが魔術による援護を行っていた。閃光とともに落下した天からのいかずちは、空を飛ぶ魔族たちを叩き落とす。
 自分にも何かできないかと、歯がゆく思っているのか。思わずエンヘドゥはぐっと拳を握り締めた。それを気配で見てとって、ルシェンが言った。
「無茶なんてしないでね、エンヘドゥ。私たちも……気持ちは一緒なんだから」
「そういうことです。私も、そして正悟たちも、ね」
「……はい」
「あら〜?」
 と、不気味で妖艶な声が、頭上から降り注いだのはそのときだった。同時に、エンヘドゥにとっては親愛なる者の声も聞こえてきた。
「待て、バルバトスッ!」
 剣線。
 黒き鎧をまとったシャムスが、バルバトスを追って来たのか彼女の背後から斬りかかった。消えたようにそれを避けたバルバトス。残像を通って、シャムスは降り立った。
「シャムスねーちゃんっ!」
 彼女を発見した巡の声。と、それに気づいて振り返ったシャムスの目が、ある一点で驚愕に見開かれた。
「エンヘドゥ!? なんでここに……っ!?」
「フフフ……これはまた、面白いお客さんがいらっしゃるじゃない〜」
 油断。
 その瞬間――シャムスの視界から消えたバルバトス。気づいた時には、すでに遅い。彼女の構える槍の切っ先は、上空からエンヘドゥたちを捉えていた。
「エンヘ――ッ」
 シャムスの声が届くよりも早く、バルバトスの槍から、圧倒的な衝撃波が降り注いだ。それは正悟や朝斗、歩たちを一斉に吹き飛ばし、隕石でも落ちたかのようなクレーターを作りあげた。一瞬の静寂さえも生み出したその破壊力は、これまでシャムスと戦っていた力がほんのわずかなものだったということを如実に表していた。
 だがもはや――そんなことは考えるものですらなかったのかもしれない。
「イナンナはセフィロトでザナドゥの門を開けちゃうし、そのせいでロノウェは敵の攻撃にかかりっきりだし――ほーんと、面白くないってのも考えものよね〜。せめてこれぐらい……お土産がなくっちゃ♪」
 傷ついた身体をなんとか奮い立たせ、起き上ったシャムスたちの視界に、信じられない光景がある。それは、気を失った黒騎士の妹が、愉快げに笑うバルバトスの腕の中にあることだ。
 愕然としたシャムスたちの前で、バルバトスは一声――クスッ――と、酷薄の声を洩らした。
 ザナドゥの門は開かれた。
 だが、その代償は大きく。バルバトスはエンヘドゥを抱えたまま、その場から消え去ってしまった。引き上げて行く魔族たちの背を追うことは出来ず、膝をついたシャムスは静かに、大地に向けて拳を叩きつけた。

「さ、お土産も手に入れたことだし、帰りましょっか♪
 ……あら、何? あなたもお土産になりたいのかしら?」
 攫ったエンヘドゥを腕に、帰還しようとするバルバトスに視線を向けられ、はぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)が姿を見せる。
「流石はバルバトス様。私はあなたにお会いしたく参りました。
 ……是非、私の魂をお使いになりませんか?」
 不敵な表情で微笑む少女のような外見のソレを見、バルバトスがふぅん、と何かを分かったような呟きを漏らす。
「ふふ……面白そうじゃない。ちょうどこの子の世話係も必要って思ってたトコだし……いいわ、あなたの魂、いただいてあげる」
 バルバトスの手が伸び、少女の胸に触れたところで、ピタ、とその手が止まる。

「カグラになにするつもりだ!!」

 姿を現した土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)が、銃をバルバトスに向けながら、険しい表情を浮かべる。
「あらぁ、私は何も、イケナイことはしてないわよ? ただこの子が私に魂を捧げると言うから、その通りにしてあげようとしただけ」
「嘘だっ!! あたしは、認めない……カグラが悪魔に魂売ってまで、戦いたがるなんて!
 おい! 正気に戻れよ、カグラ!」
 雲雀の懸命の訴えに、ふふ、と微笑んだ“カグラ”は言い放つ。
「もういいでしょうヒバリ……『不滅の雷』の力を取り戻すのに、『カグラ』は邪魔なのよ」
「なっ――」
 信頼していたパートナーに言われ、雲雀の表情に動揺が走る。
(……どうする? 撃つか? いや、あいつの腕に抱えられているのは……お姫様!?)
 撃てば確実に、バルバトスはエンヘドゥを盾にする。その可能性を否定出来ない以上、雲雀はもう攻撃出来ない。
「話は終わったみたいね」
 言うが早いか、カグラの背中から胸へ、バルバトスの腕がめり込む。カグラの胸から生えるバルバトスの腕を目の当たりにして、雲雀が驚きで身体を硬直させる。
 バルバトスの腕が引き抜かれ、そして掌には、ふわふわとしたモノが漂っていた。
「確かに魂はいただいたわ。……あなた、彼女と共にこの子のお世話をなさい。
 もちろん、おかしな真似をするようなら……分かってるわね?」
 その時は、カグラだけでなく、あなたも殺す。バルバトスの目は、そう言っていた。
(ちくしょう……ちくしょうっ……!)
 己の力の無さに、雲雀は歯を食いしばりながら、バルバトスの言う通りにする――。