空京

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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■ザナドゥ〜橋頭堡確保(3)

「うぉぉおおおぉおおおおーーーっ!!」
 武器を手に突進してくる魔族に向かい、彼らもまた、武器を抜いた。敵の数、およそ千を超え、対する彼らはあまりに少ない。
 コントラクターにとって数の差は戦力の差と同義語とはならないが、それでもこれは圧倒的すぎた。まるで決壊したダムの鉄砲水を1人で受け止めるようなもの。まともにぶつかればただではすまない。
「近寄らせるな! できる限り押し戻せ!」
 イーオンは自らそれを示すように、禁じられた言葉で強化したサンダーブラスト、ブリザード、ファイアストームを、突破を図ろうとする敵先頭部隊に向けて放った。
 猛き火炎が渦を巻いて走り、氷雪が彼らをその場に釘付けとする。だがサンダーブラストは、その2つと比較すると効果が薄いように見えた。
 もしかすると抗雷撃属性を持つのかもしれない。そう判断するや、ファイアストームとブリザードのみに絞ってぶつけていく。そして少しでも戦力の増加と壁の補強を図るため、アンデッドのレイスたちも投入した。
 彼のそばにあって、その身を守るは美しき機晶姫、セルウィーである。
 詠唱する間無防備になる彼を狙ってくる魔族たちの幾多の剣を裁き、苛烈な意志でもってねじ伏せ、足や腕を狙って確実に戦意を削いでゆく。
 その白い細腕を、槍の穂先がかすめた。
「セル!」
 視界の隅でそれを見たイーオンがそちらを向く。そのときすでにセルウィーのランスバレストにより、敵魔族は退けられいた。
「私のことを気遣う必要は全くありません。イオは、十全の能を発揮してください」
 そう告げると、セルウィーは再び彼に背を向けた。見れば、先の傷だけではない、大小さまざまな傷が彼女の肌を傷つけている。
「……すまん」
(いいえ、イオ。そんなことを思う必要はないんです。私は機晶姫、たとえ腕を切り落とされようとも換えのきく存在ですから……)
 そう思っても、胸のどこかが熱くなるのをセルウィーは感じずにいられなかった。そして、そう思ってくれる彼のためだからこそ、こうして自分は剣をふるっているのだと。
 そして、そんな彼女に向かって同時にふるわれた2方向からの攻撃のうち、片方を防いだのがサナギだった。
「あなた……」
「へへっ。さっきのランスバレスト、ごっつーしびれたわぁ〜。さっすが美人さんのふるう技は、キレがええなぁ。
 なぁ、あんた、もう決めた相手おるんか? おらんのやったら、向こう帰ったらわいとデートせん?」
 剣をはじき飛ばし、前を囲った魔族たちに向かって野性の蹂躙を放つ。
「私は機晶姫ですよ?」
「だから?」
 あっけらかんと言う彼の姿に、セルウィーは口元が緩むのを抑えられなかった。
「戦いの真っ最中にナンパですか? ずいぶん余裕ですねぇ」
 近くで戦っていたユイ・マルグリット(ゆい・まるぐりっと)が、2人の会話を聞きつけてくすくす笑った。だがそうする間も暁の剣と高周波ブレードの二刀流で敵の攻撃をいなし、相手の体勢が崩れたところですかさず斬り伏せる。
「こーいう役得でもなかったら、こんなんやってられんわ! 敵多すぎや!」
 サナギもまた、笑いながらエペをふるい、周囲の敵を一閃していった。
 実際、サナギの軽口にこの場の戦いは集約していた。敵が多すぎる。もしも真面目に、冷静に、この場を判断していたなら、絶望に心が折れて立ち上がれなくなっていたに違いなかった。
 密集隊形をとり、津波のように押し寄せる大軍勢。その後ろには魔族しか見えず、はるか地平まで続いているかのようだ。数で押し切ろうというつもりか、前を行く魔族がなぎ払われようとも、全く意に介さず突き込んでくる。
 この戦いの目的は、敵の殲滅ではない。セフィロトの芽が成長を果たすまでしのぎきれればいいのだ。
(でも、それはいつ? あとどのくらい?)
 御影 美雪(みかげ・よしゆき)は、ともすればくじけそうになる気をふるいたたせながらクナイを手に戦っていた。
 戦うことは好きじゃない。ひとを傷つけるのはきらいだ。自分がだれかを傷つけたと思うと、たまらなくなる。
 だけど、されるがままになるのもいやだった。
 人を傷つけるぐらいなら自分の命を差し出すとか、そこまでは達観できていない。
 だから、ひたすら防御に徹して、向かってくる相手のみに集中し、倒していった。
 魔族が用いる長剣や槍と違って、クナイは接近戦で小回りがきく。大きく振り切った相手の懐に飛び込み、胸甲に覆われていない脇や腹部、腕を狙って動けない程度に切り裂いていく。あるいは得物を持つ手を蹴りつけ、武器を手放させ、その腕に突き刺す。
 ああ……ひとを傷つけるというのは本当にいやなことだ。たとえ相手が魔族であろうと、彼らだって自分と同じように痛みを感じるのだから。きっと、笑うことだって、喜びだって、知っているのだろう。
 彼の知る、悪魔や魔鎧たちのように。
(こんなこと、早く終わってくれ……早く……早く……!)
 そんな美雪の心の叫びをわがことのように感じとっているのが、美雪と背中合わせになって戦っている風見 愛羅(かざみ・あいら)だった。
「何かを護るということは、他の何かを護らないということ……」
 ぽつりと、そんな言葉が口をつく。
 カナンを、イルミンスールを、向こうの世界を守るために犠牲としているのは、ザナドゥか。あるいは美雪自身の心か。
 自らの心を自らの手で切り刻むようなことをしながらも、それでも彼はこの場に立ち、そうして武器をふるっている。
 きっと、彼はあとで泣くだろう。
 この激戦をくぐり抜け、生き残れた喜びをみんなと一緒に分かち合いながら、そのあとで、だれにも見られない場所でひっそりと涙を流すのだ。その手で傷つけてしまったものたちの痛みを思って。
(そんな彼だからこそ、私は彼をパートナーとして選んだのかもしれませんね)
 光条兵器の大型スレッジハンマーをふるい、目前の魔族たちを一気に横なぎする。
 こんな弱い自分には持ち続けることのできなかった、とうの昔に切り捨ててしまった感情を持つ美雪。
「……すべて、護ってみせます。美雪のことも、美雪が護ろうとするものも、すべて」
 大型スレッジハンマーを握り直し、愛羅はいまひとたび誓った。


 突き出される数十、数百もの槍の穂先をかいくぐり、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は戦場を駆けた。その手に握られるは怯懦のカーマイン。持ち手たる彼に従い、敵をことごとく貫く。
 彼は遊撃手だった。
 近接攻撃を行う魔族は仲間に任せ、セフィロトに向かって魔弾を放つ中距離の魔族を標的とする。
 あのセフィロトの芽が守りきれなければすべてが終わり。再びこのような攻勢に出るかどうかは分からない。敗北により、上層部が弱気になって、ザナドゥ侵攻を中止する可能性もある。
「そんなことにはさせない……!」
 今まさに魔弾を放とうとしていた魔族を見つけ、カーマインの射程に捉える。
「いけっ!」
 トリガーを引き絞った直後、その腕を切り落とさんとばかりに振り下ろされた剣を、彼は空蝉の術を発動させて避けた。たしかに腕を切り落としたはずがそうでなかったことにとまどう魔族の顎を蹴り上げ、卒倒させると再び薄闇にまぎれ込む。
 人の心身を蝕むというザナドゥの大気。しかしなぜかそれを、彼は心地よく感じた。
 地上のそれよりももっと、楽に吸える気がした。
 もっと、もっと、もっと。
 これは何だろう? このシンパシーは。いるべき所に自分がいるようなこれは。
 ただの錯覚? それとも――――
「……分からない。けど、それを突き詰めるためには、あの橋頭堡は必要不可欠なんだ!」
 火を噴く銃をただ1人の戦友とし、グラキエスは敵のただなかを走り抜ける。
「ふふふ……。我が主はことのほかザナドゥにご執心のご様子で」
 セフィロトの一枝に腰掛け、その勇姿を見守りながらエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)はくつくつ笑った。
 戦場を駆けるその姿はまさに野生の獣そのもの。邪魔する者は即座に則天去私で排除し、その身を蝕む妄執を容赦なく叩き込む。
 狙った相手は必ずしとめる……あの薄闇の中、何のスキルも用いていないのに1発もはずしていないことを、彼は気付いているだろうか?
 エルデネストはほくそ笑む。
 あれは私のもの。このザナドゥにおいて、あのすばらしい肉体、あの輝ける魂すべてが私のもの。どんな魔族が欲しようとも、もう遅い。
「ああ、主……私は契約通り、こうしてどんなときもあなたを見守っていますよ。そうやってただ1人戦うあなたも、居場所を求めてあがくあなたも、己の正体に苦悩するあなたも。そんなあなたを見ていることは、私にとって、今何より心地よい」
 そう、死したあなたを我が物とすることを考えるのと同じくらいに。
 いつかそのときがきたら、私はあなたを手に入れる。一遍の慈悲も見せずただあなたをむさぼり、奪い尽くし、その輝きすべてを私1人のものとさせていただく。
 でもまだ、今はそのときではない。
 ですからそれまでは、こうしてあなたを見つめていましょう。あなたのたどり着く果てを、見届けること。それが私とあなたの契約なのだから……。