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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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南カナン攻防戦~南カナン~ 3

 愛竜ルビーベルを駆って、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)は戦場の空を飛んだ。
 まだ若き雌の竜であるルビーベルは、赤を基調とした手芸品や花などの飾りを轡周辺に身につけており、女の子らしい雰囲気を醸している。無論、主である鈴鹿の命には従順に従うわけだが、どこかそれは女性同士の友人でありパートナーのような、そんな信頼関係にあるように思えた。
「彼奴らは先日相手取った神官達とは違うからのう……気をつけるのじゃぞ、鈴鹿」
「はい……分かってます」
 同じくワイバーンで並走するパートナーの織部 イル(おりべ・いる)に言われて、鈴鹿は静かに応じた。やがて見えてきたのは、負傷者たちが退避させられている一画だった。
「イル様」
 視線を送る鈴鹿。イルが頷くのを確認して、彼女たちは戦地へと下降した。
 戦闘の余波を避けつつ、地に降り立つ鈴鹿たち。負傷者の元にたどり着いたとき、すでにそこには、先に応急手当てを施している神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)らの姿があった。
「翡翠さん!」
「おや……鈴鹿さん。ちょうど良かったです。こちらの方を、輸送班のほうに運ばなくては……」
 翡翠は、自らが包帯を巻いた兵士の肩を担いだ。気を失いかけているのか、呻くような声をあげるだけで、兵士はなすがままにルビーベルの背へと運ばれる。
 負傷した兵士は彼だけではなかった。ルビーベルとイルのワイバーンだけでは追いつかないほどの負傷者が、戦場には点在している。
「次から、次へと切りが無いですね」
 山南 桂(やまなみ・けい)が嘆くように言った。彼も、ワイバーンの背に負傷兵を乗せたり応急処置を施したりと、翡翠らの補佐として忙しなく動いている。
 そんな彼に、翡翠は微笑して返す。
「そうですねえ、確かにキリが無いですけど…………救える命ならやはり出来る限り救いたいものです。また、戦いに出られるとも思うので」
 その微笑は少しだけ哀しげなものだった。おそらくは、戦地へと再出発する兵士のことを思い起こしているのだろう。仕方のないこととはいえ、やるせない気持ちは、高まる。そしてそれは、その場にいる医療班たち皆が思うことだった。
「皆さん、無理せずに治療当たって下さいね。倒れからでは、遅いのですから、特に、主殿?」
「ええ……分かっていますよ」
 ジト、とした目を向けてきた桂に微苦笑を返して、翡翠は次なる負傷者のもとに向かった。
 そんな彼のもとに、岬 蓮(みさき・れん)の心配そうな声が聞こえてくる。
「お兄さん! 無茶したら傷が開いちゃうから、だめだよ!」
「ぐっ……し、しかし……」
 男の兵士は、腹部の傷口から血を流しながらも必死で立ちあがろうとしていた。慌ててそんな彼を制止しようとする蓮だが、融通の利かない性格なのか、兵はまるで言うことを聞こうとしない。と――そんな兵士の前で仁王立ちして、パートナーのアイン・ディアフレッド(あいん・でぃあふれっど)が声を荒げた。
「騒ぐな、はしゃぐな! 蓮の言うとおりやぞ! 傷開いたらどうすんねん!」
「だけど、ここで俺が立ち止まるわけには……!」
 兵士は、一個小隊を預かる小隊長だった。
 部下の兵士がまだ戦っているというのに、自分だけが逃げ帰るというのが許せないのだろう。もちろん、その気持ちはわかる。だが、アインは彼の肩を押さえ込んだ。
「あほぉっ! 勇気と無謀と違うんやぞ! あんたが行ったところで、仲間の足を引っ張るだけや! 今はおとなしく、鈴鹿のワイバーンにでも乗っとり!」
 あるいは兵士とて、分かっていたのかもしれなかった。
 アインの叱責の声を聞いて、肩を落とす兵。蓮は、そんな彼の手をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ。きっと」
「…………」
「私たちも、出来る限りのことはする。だから、兵士さんも……ね」
 兵士はこくりと頷いた。半ば悄然とした顔だったが、きっと彼も理解してくれたのだろう。おとなしく彼も、ワイバーンに乗せられる。
 ようやく気持ちが落ち着き、少し冷静になってきたアインが鈴鹿に言った。
「それじゃあ、お願いします」
「はい」
 鈴鹿が力強く頷いて、負傷者を乗せたルビーベルとワイバーンが飛び立った。それを見送って、蓮たちは再び他の負傷者の確保へと回った。
 名も知らぬ兵との約束を、守るために。


 ルビーベルが救護班――リュースたちのトラックへと戻ってきたとき、その荷台では、すでに数多く収容されている負傷兵たちの治療を行うネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)らがいた。
「はーい、それじゃあ、次の人ー」
 どう見ても幼女にしか見えない彼女に治療されるというのも、兵士としては首をかしげざる得ない話だが……実力は本物である。その小さな手のひらからかざされる光芒は、兵士の痛々しい傷を徐々に癒してくれる。鈴鹿たちが運び込んだ負傷者たちも、彼女の力によって回復を待っていた。
 彼女の意識の隅にはイナテミスのこともあった。イナテミスにある『子供の家』のスポンサーをしている彼女としては、それらとの関係はなくなることはない。気がかりなのも、当然だと言える。
 しかしそれでも――今は出来ることをしたいと、そう思えた。
「マリアさん、どーお?」
「ええ、これならなんとか、こちらでも処置できるわ」
 ネージュに答えたのは、マリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)だった。彼女はネージュから頼まれた、深手の傷を負った兵の治療を行う。正確には、縫合だ。その点に関して言えば、ネージュよりも専門的な知識を持ったマリアのほうが、適任だと言えた。
 ネージュのヒールによって疲労を回復させた兵の直接的な応急処置は、マリアが担う。お互いを補うようにして、負傷兵の治療を行っていく二人。
 そんなとき、トラックが衝撃で揺れた。
「な、なに……!?」
「くそ、敵に気づかれたか」
 負傷兵を収容していることに気づいた魔族たちが、直接こちらへと攻撃の手を向けてきたのだ。だが――それを甘んじて受けるほど、リュースたちも考えがなかったわけではなかった。
 魔族たちに向けて、護衛者たちが攻撃を仕掛ける。
「水穂ちゃんだぁ!」
 ネージュが声を張り、マリアは静かに外を見やった。
 そこにいたのは、高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)の操る飯綱零式・木花咲耶。それに、マリアの契約者であるジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)だった。
「ジュンコさん、行きますよ!」
「ええ」
 簡潔に、かつ短く答えたジュンコが、トマホークを片手に木花咲耶の機体に飛び乗った。まるで九尾の狐を彷彿とさせる姿の木花咲耶は、レーザー状の長き尻尾を揺らす。機重安定を保つためのそれは、センサーマストとしての役割だけではなく、それそのものがレーザーブレイドとしての武器となる。
 つまり――瞬間。
 尻尾が揺らめいたと思った時、槍を構えていた魔族たちが次々と尻尾によって引き裂かれた。
「絶対に、このトラックに近づけさせはしません!」
 水穂が声を張りあげた。
 それに呼応して、まさしく狐のように動き回り出した木花咲耶の背から、ジュンコは跳躍する。トマホークを背面まで引きこんだ。次いで、振り抜く。まるでブーメランのように飛翔したトマホークが、魔族たちを切り裂いて――彼女の手へと戻ってきた。
 宙ではっしとそれを再び握り締め、彼女は地に降り立った。
「希望の光……守ってみせますわ」
 呟かれたのは決意の言葉だ。炎の意思を静かに瞳の中で燃やして、彼女は魔族たちを見据えた。
 木花咲耶のミサイルポッドの爆風を利用して、跳躍を繰り返しながら敵を切り裂いてゆく。その姿は、戦いに生きる者の非情なるそれだ。だが違うものがあるとすれば、それは、護るべきもののために戦っているということである。
 トラックのエンジンが動き出した。
「準備はいいですか?」
 リュースが荷台に向けて問いかけた。
 旗艦に向けて動き出すながら、ジュンコたちが魔族の攻撃をひきつけている今だ。荷台に乗る仲間たちの返事が聞こえてきた。可能ならもっと慎重にやるべきだったが、もはや一刻の猶予もない。リュースはすぐにアクセルを踏み込んだ。
 魔族の翼を切り裂き、ジュンコは背後で走り去ったトラックを見やった。負傷者を守るために、自分たちが残る結果となったが――生きて帰れる保証はない。
「皮肉なものですわね」
「でも……逃げてしまうよりかは、ずっとマシですよ」
 水穂がくすっと笑って言った。
 ジュンコは少し目を丸くしたが、やがて同じようにほほ笑んだ。
「ええ、ほんとにそう、ですわね」
 無数の魔族たちを相手に、ジュンコたちは一歩も退くつもりはなかった。