リアクション
南カナン攻防戦〜南カナン〜 2
周の駆るイコン――ストライプは、迫ってきた敵陣と肉薄して近接戦闘に打って出ていた。
「く、くそ……!」
だが、いかんせん数も多い上に、翼による小回りのきいた動きは、ある意味でこちらの機動性を上回っていた。アサルトライフルを撃ち込みながらブーストを点火。後退しつつも、敵が近付けば攻撃をシールドで受け止め、即座にサーベル攻撃へ移行する。
サーベルが敵の一人を切り裂いた。
が――その間に、背後へと回り込んでいた敵の魔弾が、背面装甲を貫こうとする。
「ぐああぁっ!」
「周くん!?」
レミが悲痛な声をあげた。
周が一時動けなくなった代わりに、機体のコントロールを担う。なんとか次なる敵の魔弾を避けて、体勢を立て直した。
「周、大丈夫かっ!?」
恭司のMG−Dが旋回し、周を狙ってきた敵をレーザーバルカンで掃射する。その間に、周は操縦桿を握りなおした。
「な、なんとか……助かった、レミ」
「ううん、これぐらいなら……」
だが、敵の猛攻が続いているのは変わりなかった。そのまま機体の推力コントロールを担うレミに対し、攻撃へと集中する周。
アーカディアの音響装置から聞こえてくる歌の力が、なんとかその集中力と活力を底上げしてくれているが、それでも徐々に敵の攻撃を防ぎきれなくなってくる。なんとかしなければ――。そう思ったとき、恭司の機体から通信が開いた。
「なにか……くる……」
六鬼がレーダーに機影を捉えたようだった。
それは――その機体は、弾丸のようなスピードでこちらへと近づいてきた。
「あれは……ガネット型っ!」
機体製造型ガネット。驚異的な速さで飛行するシャチのような機体は、戦闘空域へと入ると人型に変形した。通信が開く。聞こえたのは、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)の快活な声だった。
「待たせたな!」
「ミュー!? …………ったく、遅いっての」
シュヴェールトヴァール――血河の戦鬼の異名を冠するイコンは、殻のような両翼の装甲を広げて敵へと突貫した。サブパイロットのリリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)が機体コントロールを担う。
「ミュー、ビームキャノンだけじゃなくて、今回は新型のアサルトライフルを搭載してるのですよ。装備が増えた分だけ重量はあるけど、そこはミューの腕を信じてるですよ!」
「まかせときなっ! ……とっておきの機体さばき、見せてやるぜ!」
ミューレリアは不敵に告げて、魔族たちと交錯した。
早速握られたアサルトライフルの引き金を引き、銃弾の嵐をぶちこんでゆく。そのまま移動を続ける彼女の背後に回った魔族たちへ、背中越しにミサイルポッドを射出した。敵を追うために固まって行動していた魔族たちは、爆発に巻き込まれて塵と化す。
とどめは――ビームキャノンだ。
「いけえええぇぇ!」
光粒子のキャノン砲が、一気に敵陣を貫いた。ようやく敵の集中砲火から逃れて、周と恭司が戦域から距離を取る。合流したミューレリアとともに、陣形を組んだ。
魔族たちの目がこちらを睨み据えている。
先ほどは奇襲によって突貫が成功したが、相手も体勢を立て直した今では、それが通用するかどうかは疑問だった。
しかし――諦めるはずもない。
「ミューちゃんが間に合ってくれて、良かったですぅ〜」
アーカディアが日奈々の気持ちに合わせて踊るようにくるくると回った。
「どうせならバトルより、観光にでも行きたかったけどな〜」
「同感だぜ。女の子とのデートのほうが、何倍も楽しいってのにな。……あ、ナンパの方がいいかな?」
「周くんっ!」
軽口を交わし合うミューレリアと周。レミが周を叱責するのを聞いて、恭司はくすっと笑った。
「恭司……?」
六鬼がモニターに映るそんな彼を見て、小首をかしげた。
不安はある。無論、緊張も、そして冷静に見た度合いの戦力差も。だが、それを補ってでも、こうして戦える意思がある。
恭司は言った。
「これが終わったら、観光もデートもできる。……やるぞ」
「……ああ」
重なり合う声を聞いて、呼応したようにイコンは駆動の音を鳴らした。
●
T・F・S配送用トラックを運転する
リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)の目にも、わずかな焦りが見えた。
「大丈夫ですわ、リュース兄様。きっと、間に合います」
「……だと、いいですけどね」
背後の荷台窓から心配そうに声をかけてきた
シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)に静かに答えて、彼の運転するトラックは圧巻の戦場を走った。
地上を漂うのは、大量の魔族たちによって増幅していた魔の瘴気だった。その異様な気配のもと、バルバトス軍を中心とした魔族の大軍勢は容赦なくカナン軍を蹴散らす。圧倒的な力の差を前に、兵士たちも次々と倒されていった。
だが、そこにはまだ諦めという気配はない。ネルガルのときの戦いが功を奏したというべきなのか、あるいは、元々あるべき兵たちの底意地なのか。それは分からない。ただ確かなのは――彼らはどれだけの脅威を前にしても戦いを諦めておらず、そして同時に、リュースたちもそれに応えようとしているということだった。
トラックが傷ついた兵士たちのもとに辿りついた。荷台から降りたのは先ほどのシーナ。それに
ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)や
ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)たちだった。
「ヴィナ、急いで負傷者の搬送をお願いします」
「ああ、任せといてよ。いくよ、セシル」
「ええ」
ヴィナに引き連れられて荷台から飛び出た
ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)が、指笛を鳴らした。すると、空から舞い降りてきたのは一匹のレッサーワイバーンだ。
二人で騎乗して、セシルが手綱を握る。
周辺の部隊編成とルートは、ヴィナの頭の中にあった。彼の指示に従って、余計な手間をかけることなくスムーズに飛行する。前方で、兵士にとどめを刺そうとする敵を見つけた。
ワイバーンの炎が、敵を包みこむ。
「大丈夫ですかっ……!」
「あ、ああ…………ぐぁ……」
すでに右腕をやられ、腹部から血が溢れていた。その他にもいる負傷者をワイバーンにかつぎ込むと、彼らはすぐにトラックのもとに向かった。
戦いがこんなにも過酷かつ困難になっているのは、ネルガルの叛乱のせいか? ヴィナは、セシルの後ろで負傷者に応急処置を施しながら、そんなことを思った。思えばその疲弊と荒廃がなければ、ここまで敵に押されることもなかったのかもしれない。また、なんでもザナドゥがこちらへと侵攻してきたのは、1000年周期の災厄の枠を、ネルガルの叛乱が覆したからだと言う。
クリフォトの分身だという樹へ振りかえり、ヴィナは呟いた。
「……あの戦いで一番得をしたのはザナドゥだったか」
やがてワイバーンがトラックに辿りつくと、すでにルディたちも他の負傷した兵を運び込んでいる最中だった。荷台の中では、ルディと
オブジェラ・クアス・アトルータ(おぶじぇらくあす・あとるーた)をはじめとした、医療班の面々が負傷者たちの治療を行っている。
光の加護を与えるヒールの魔法や命のうねりが、温かな光芒を奔らせて深手を負った兵たちを包みこんでいた。
「どうだい?」
「軽傷の方はまた戦場へと出られていますけれど、さすがに、ここまで酷い状態の方は……。一度旗艦に戻ることを考えたほうがよろしいかと思いますわ」
と、なれば――リュースたちにそれを託すことになるか。
彼も今は負傷者の収容のため、トラックから離れてしまっている。まだ収容人数には余裕がある状態だ。これが一杯になった頃には、旗艦のほうへの輸送を任せることになるだろう。
「一応は治療を施してあるけど、なにが起こるか分からない。収容を急いだほうがいいわね」
オブジェラが荷台から降りてきて言った。
「人を救う戦い……何とか勝ちたいわね」
「…………ええ、本当に」
ルディは、哀しそうな光を瞳に浮かべて応じた。
それは、悲惨な戦場の状況が、希望を消し去っていたように思えたせいなのかもしれない。ヴィナは彼女から目を逸らし、セシルを連れると、再びワイバーンに乗って負傷者の確保へ向かった。それ以上、哀しい光を見せないために。