空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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(ここがザナドゥ、か……)
 久我内 椋(くがうち・りょう)は、眼前で繰り広げられている戦いから目をそらし、周囲を見渡した。
 空に太陽のない、薄闇の世界。
 自分の手の届く範囲以外ではすべてがうすぼんやりとして、影か、それともそれより濃い影か、その程度しか判別がつかない。
 こんな気の滅入る場所にいるぐらいなら、たしかに戦ってでもあの世界を得ようとする気持ちが分かる気がした。
 だが反面、ここに生まれた者が、ここしか知らない者が、そんなことを思うだろうか? とも思った。悪魔や魔鎧のように、不都合なく出入りできるのであればなおさら。
 つまるところ、あそこで戦っている魔族たちも、魔神の命令に従っているだけなのだ。自分よりはるかに強い力を持つ、魔神の願いに操られているにすぎない。
 魔神の望みをかなえるために、命を賭けて戦っている。それもこれも、自分が弱いから。弱ければ、結局は自分の命すら他人に左右されて終わる。それは向こうであれ、こちらであれ……きっと、どの世界に行こうとも変わらない、不文律なのだろう。
「少年」
 呼ばれて振り返ると、どこか見透かすような嗤いを浮かべて、浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)がいた。
 銀色の輝く髪に琥珀の瞳。悪魔でいながら天使を彷彿させるその姿。もちろん、故意に違いない。それだけで、彼が酔狂なしゃれ者であると想像がつく。口端を上げて笑みをつくりながら、目には全く届かせていないその笑みも。
「なぜ動かないんだい? せっかくこの我が手を貸してやっているというのに」
「――俺は、この場面には必要ないようですから」
 事実、ロノウェ軍は指揮官ロノウェの指揮なしでも十分コントラクターたちを追い詰めていた。はじめにロノウェが立てた作戦どおり魚鱗の陣形から突き崩しにかかったのだが、範囲攻撃魔法を受け、分断、突破ができないと判断するやまたたく間に鶴翼の陣形に変化し、後方から伸びた両翼がその圧倒的な数でもって彼らをセフィロトごと包囲、封じ込めてしまった。
 中距離から上級魔族が魔弾を放ち、下級魔族が近接距離から剣や槍で攻撃している。魔弾に対し、コントラクター側は魔法をぶつけて相殺するという対処をしているが、決定的に魔法を使える者の数が足りていないため、防ぎきれていない。本来であればこれを防ぐべきはギルガメッシュなのだろうが、ロノウェに手をふさがれ、対応できないでいる。
 結果、セフィロトは枝を落とし、幹を削られ、そちらの修復に成長のための力を奪われている。全身を包む光輝も、自分たちが来たときに比べてわずかに陰りを帯びている。おそらくこの状態があと数十分も続けば、あの樹は不完全なまま成長を止めるか、立ち枯れるだろう。
 いや、その前にコントラクター側の戦闘力が尽きるか。
「よく訓練された兵による、見事な攻撃です。統制がとれていて、一分の隙もありません」
「少年……」
 椋の返答に、クロケルはやれやれと首を振った。なぜそうもおろかになれるのだと言わんばかりに。
 まるで、かわいそうな子を見るようなその目つきに、かちんとくる。
「何ですか?」
 内心の不満を押し殺し、面には出さないようにして、椋はクロケルに正面を向いた。
「少年は「必要」の意味を理解しきれていないようだね。
 特別サービスで、1つ教えてあげよう。この地で何かを得たいのであれば、彼らにとって使える子になりなさい。人間は信用しないと公言する相手から何かを引き出したいのであれば、少なくとも少年は、少年にとって利用価値のある存在にならなくてはいけない。さもなければ利用されるだけで、またここでも何ひとつ得られないまま終わることになってしまうよ」
 ふいと横を向いた椋の面が、見るからにこわばっていた。
 彼が何を思い出しているか承知の上で、薄く嗤ったクロケルはその顎に爪かけ、強引に自分の方を向かせる。
「そこで、だ。少年。我からの忠告を聞きたくはないかい?」
 ああ、これが言いたかったのかと椋は思った。おかしいと思ったのだ、クロケルが何の見返りもなしに、積極的に忠言を吐くなどあり得ない。
「……お願い、します……」
 クロケルに対し、何度も口にしてきた言葉だが、いまだになめらかに口をついてはくれない。まるでのどにかえしがあって、ことごとく引っかかり、邪魔をするようだ。
 もっとも、クロケルは言葉そのものよりも、それを発するときに相手の中に沸き起こるさまざまな感情を見ることが好きなのだろうが。
「ふふっ。少年にそう言われては仕方ない。忠告してあげよう。
 シャンバラでもカナンでも見つからなかったものが、なぜこのザナドゥでなら見つかると思うのかね? 少年は本当に、自分にとって必要なものが何か、分かっているのかな?」
「どういう意味です?」
「いや、なに、血眼になって探していたものが実は本当にほしいものではありませんでした、というのは実際よくあることだからねぇ。
 少年は一度、自分が本当は何をほしがっているのか、見つめ直してみる必要があるんじゃないかな」
「何をばかな――」
「見てごらんなさい」
 クロケルは椋の前を横切るように戦場を指差す。
 その先にあるのは三道 六黒(みどう・むくろ)。コントラクターたちに向かい、剣を手に悠然と歩み寄る姿だった。
「彼は知っているよ。己の欲するものと、それを手に入れるための手段、自分の利用価値、そして自分にとって利用価値のある自分を。
 少年には、はたしてそれがあるかね?」
 胸を焼く痛みに、とっさに椋は言葉を返せなかった。開いた口から漏れたのは喘ぐような息であり、口内に広がったのは苦い味だった。
 クロケルは、嗤った。


「未来、ここはザナドゥのどの辺りや? 行ったことあるっつったけど、見たことない景色や」
「ん〜とね〜、東の端の方ね。ここから真西に進めば『ロンウェル』、南西に進めば『アムトーシス』があるはずよ」
 侵入した契約者たちを排除せんと襲いかかる悪魔へ、日下部 社(くさかべ・やしろ)が電撃を浴びせつつ横の響 未来(ひびき・みらい)に尋ねる。ロンウェルは魔神ロノウェが、アムトーシスは魔神アムドゥスキアスが治める都市であること、その先にも残りの魔神の治める都市があることが未来の口から語られる。
「そっか〜、とにかくまずは、この場所の安全を確保せんとな!
 ……しっかし、未来は俺らの味方について大丈夫なん? 悪魔の世界にも立場とか、色々あるんやろ?」
「あら? マスター、心配してくれるの? 大丈夫よ、こう見えても私強いんだから♪
 ……流石に、四魔将の奴らには負けるけどね〜。奴ら全員、5000年以上生きてるし」
 だからこそ彼らはある意味、『魔神の中の魔神』として他のザナドゥの魔族から崇められているのだと、未来が言う。
「あれ、てことは未来、もしかして――あ痛っ!」
「女の子に歳なんて聞いちゃダメ! ……そうね、5000歳未満だ、とだけ言っておくわ。だから私は魔神だけど、奴らにとっては魔神じゃない、ってことになるかしらね。さっき立場って言葉が出たけど、5000年前を境にして、それ以前に生まれた魔族とそれ以降に生まれた魔族とでは、結構考え方に違いがあるのよね〜。昔の魔族ほど、自分たちを地下に追いやった地上人に恨み持ってて、今の魔族はまあ、色々ってところかしらね〜」
「なんや、悪魔の世界もややこしいなぁ。……で、未来はまあ、今の魔族側で、俺らの味方をするっちゅうわけやな」
「そういうこと! ……それにね、私はあんな素敵な『音』が溢れる世界が気に入ったの。だから好き勝手させない!
 ……私はソロモン72柱が1柱、魔神オロバス! 主を導く為にこの地に戻ってきた! 邪魔は許さないわよっ!」
 話を強引にまとめて、未来が手に炎を宿し、向かってくる魔族へ見舞う。

(そうか、この前ザナドゥに行った時は、街に直接出ていたもんな。街以外の場所に立つのは、初めてだ。
 あの時行った街がすぐ近くにあるならいいんだが……それより、そもそもこの場を安全に離脱出来るかが問題だな)
 ザナドゥに降り立った椎名 真(しいな・まこと)の視界に広がっていたのは、既に布陣を整えていた魔族と契約者たちとの戦いであった。金色に光るイコン、ギルガメッシュを先頭に戦う契約者たちと、カナンから急ぎ帰還した魔神ロノウェ率いるロノウェ軍との戦いは、一進一退といったところであった。
「真さん……」
 不安な面持ちの綾女 みのり(あやめ・みのり)に真が、険しかった表情を気持ち柔らかくして答える。
「……今はまだ、戦えない。俺はザナドゥについて、この地に住まう魔族、悪魔についてよく知らない。
 みのりの話を聞く限りでは、皆が皆悪い人ばかりではないように思う。……だから、今はどちらにもつけない。
 戦況が落ち着いて、今いる場所と近くの街への道筋が明らかになったら……その時は一緒に行こう、みのり」
「……はい、真さん」
 納得の表情を浮かべるみのりから視線を外し、真が戦況の推移を見守る。

「カナンの国家神の話では、この樹の近くではとりあえず、地上と同じように振る舞えるって話だけど……」
 ザナドゥに降りる前にイナンナから説明を受けた沙 鈴(しゃ・りん)が、『ザナドゥでの移動手段の確保と地形図の把握』を行うべく、まずは持ち込んだ騎乗用動物、軍用バイク、小型飛空艇が地上と同じように使用出来るかを試す。どうやら『樹』からある程度の範囲の間では、特に問題ないようであった。
「戻ったわ。やはり、光輝属性はザナドゥの魔族に有効みたい。程度の差はあるみたいだけど」
 鈴の元に綺羅 瑠璃(きら・るー)が戻ってきて、ザナドゥの魔族に対して光輝属性の攻撃がどこまで有効化を試した結果を報告する。どうも、人型に近い者に対しては効果が低く(特に秀でた効果がない、という意味で)、異形の者に対しては効果が高いという結果が出た。
「そう、有用な情報ね、後で利用出来るようにしておきましょう。……後は、この近くに友好的・中立的な勢力の拠点でもあれば、地理情報の取得も楽になるのだけど……」
「その為には、この地の戦況の安定を図らなければならないわね」
 二人の前方では今も戦いが続いており、まずはこれをどうにかしなければ前には進めないだろう。
 二人はやるべき事を定め、それぞれ行動を起こす。

「前方は魔族の待ち伏せで一進一退……と。それじゃ俺たちは、反対側を見て回るか。
 こっちにも魔族がいた場合、最悪背後を突かれることになりかねないからな」
「了解した。では我は空中から見て回ろう」
 地上から周囲の状況を探ろうとする三船 敬一(みふね・けいいち)と、レッサーワイバーンに乗り空中からコンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)が、周囲の状況を探る。この辺りは草木もなければ魔族が住んでいる形跡もない、まさに『何も無い』という言葉が相応しい状態であった。
「……ん? なんだ、前方がやけに歪んで見えるな」
 車を降り、敬一が前方の空間を注視する。まるで透明なカーテンでも張ってあるかのように、前方の空間がゆらゆらと歪んでいた。
「……どう思われる、三船殿?」
「これは、迂闊に触れればマズイことになりそうだな。俺の第六感がそう告げているぜ」
 研ぎ澄まされた感覚でそれらを感じ取った敬一が、銃を抜き空間に向けて放つ。放たれたはずの銃弾は、途中で忽然と姿を消したように見えなくなってしまった。
「原理はよく分からないが、この先に進むとどこかに飛ばされるようだな。……よし、この空間がどこまで続いているか調査だ。
 後でザナドゥを訪れる他の仲間にも分かるようにしておくぞ」
「了解した」
 そして二人は、空間がどこまで続いているかの調査に入る。