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リアクション
■ザナドゥ〜橋頭堡確保(4)
それは、たとえるなら、まさに電光石火の一撃だった。
小さな少女の足が地を蹴るのを見たと思った次の瞬間には彼女の姿は掻き消え、ガツン!という重音とともに激しい衝撃がコクピットを揺さぶる。
「――くそッ、今度はどこだ!?」
緊急ランプが点滅し、破損が深刻であることを示す。
「右腰だ! 装甲が完全に破砕している! なんてこった! ギルガメッシュだぞ!?」
警告音のスイッチはとっくに切っていた。さもなくば、甲高いビープ音がずっと鳴り止まないままだったろう。
ギルガメッシュはすっかり少女の魔神に翻弄されていた。彼女の持つ、巨大ハンマーに。
敵魔族軍指揮官・魔神ロノウェは自重の3倍はあろうかという巨大ハンマーを、まるでタクトのように操っていた。くるくると回し、遠心力をつけ、振り下ろす。あるいは、水平に構えて殴りつける。ただそれだけだ。ビームを撃つわけでも、刃物が仕込まれていて切りつけてくるわけでもない。ただ、殴るだけ。
しかしその『殴るだけ』がギルガメッシュに与える衝撃は、先日戦ったエンキドゥの攻撃をはるかに超えていた。
わずか一撃。それでギルガメッシュの装甲は次々と粉砕され、丸裸にされていく。
「どこだ!? どこへ消えた!」
外部カメラ全てをメインモニターに映し出し、ロノウェの姿を探す。センサーが人間サイズに反応しない以上、目視に頼らざるを得ない。だがそれでは反応が完全に遅すぎた。彼女の姿を見つけることができても、操縦が間に合わない。
「――ふっ」
今また巨大ハンマーが振り切られ、右肘にクリーンヒットした。装甲がひび割れて砕け散り、バチバチッと青い火花が内部を走って肩まで駆け上がる。腕がだらりと落ちた。
「今度は何だ! エヴァルト!」
「過電流だ! 安全装置が作動していったん腕の接続が切れた。今再接続中だ」
数秒後再接続はしたが、何箇所かショートして使い物にならなくなっているようだった。ギギギとぎこちなく動いた指のうち、小指と薬指が全く動作しなくなっている。
「まいったな……このままだとやられる一方だ」
だがそれも無理のないことだった。
イコンは対人用に作られているわけではない。ロングソードもビームも、人を相手とするには大きすぎ、破壊力が高すぎる。ロングソードを振ったところで軽く避けられてしまうだろう。
相手はこれほどの破壊力を持つ魔神、ロングソードやビームが直撃したとしてはたして死ぬかどうか不明だったが、エヴァルトもレンも、試してみる気には到底なれなかった。
今また、ハンマーが打ちふるわれ、その衝撃がコクピットを上下に揺さぶる。
「なんとかあの動きを止められる方法があればいいが……」
そのとき、真正面にロノウェが立った。
巨大ハンマーを片手に持ち、走り込んでくる。
「あれは勝負をかける気だぞ」
「俺に任せろ!」
為す術なく翻弄されてきたこれまでのことを思えばずいぶん自信満々の声を出すエヴァルトに眉を寄せるレン。一体どこにその根拠があるのか……訝しむレンの目の前、メインモニターにあらゆる角度で映し出されていたロノウェが、跳んだ。
(来たぞ! 読みどおりだ!)
一直線に向かってくるロノウェに、エヴァルトは胸の内で快哉を叫んでいた。
きっとそうくると思っていた。さまざまな方角からきた攻撃は、ギルガメッシュの様子を見んがため。だが全く自分の攻撃についてこれないと知るや、あの魔神はコントラクターたちに絶望を感じさせるためにも、まっすぐコクピットのある胸部か頭部を狙ってくるに違いないと。
その読みは正しい。悔しいが、ギルガメッシュは彼女の動きに対処しきれない。敗北はほぼ決定している。
(だが一矢も報いずやられるつもりはないぞ!)
「やれ! ギルガメッシュ!!」
エヴァルトの強い意志に応えるように、ギルガメッシュは動いた。
弾丸のように飛来したロノウェを掴み止めたのだ。
「!! なに!?」
「エヴァルト、よくやった! そのまま放すなよ!」
「おう!」
自分の胸から下を握り込んだロボットの指。これにはロノウェも驚いたが、魔族たちの方がはるかに驚いた。
黄金のロボットが指揮官を今にも握りつぶそうとしている――。
「――そこっ!! 陣形が乱れてる!!」
ビシィッ! ギルガメッシュに掴まれた上空で、ロノウェの叱責が魔族軍へと飛んだ。ほとんど条件反射か、魔族たちはびくっと身を縮めて、あわてて持ち場へ戻っていく。
「ロノウェ様!」
「ロノウェ様ーっ!」
「ロノウェ様を助けろーっ」
「ロノウェ様、お待ちください! 今、われらがお助けいたします!!」
口々に叫びながら、後方にいた上級魔族が彼女を救出すべくギルガメッシュに向かって来ようとするのを見て、ロノウェはますます癇癪を起こした。
「ああもぉ……落ち着きなさいっ!! こっちはいいから、あなたたちはセフィロトの方に専心するの! そう命じたでしょ!」
ロノウェの怒りに、上級魔族たちも気圧された。命令に従うべく、広げていた翼をたたみ、元いた場所へ戻っていくが、いかにもしぶしぶ、未練たらたらに宙のロノウェをちらちら見ている。
「まったく……あの子たちったら、本当に落ち着きがないんだから」
こめかみに指を添え、ぶつぶつつぶやくロノウェ。
その彼女の手が、自分の胸に回ったギルガメッシュの人差し指に下りた。
「何をする気だ?」
目をすがめてモニターに見入る彼らの前、ギルガメッシュに触れたロノウェの手の周りで青白い稲妻が走った。
バチバチバチッと弾ける音がして、第二関節の一部から火花が飛ぶ。白煙が上がり、指がだらりと落ちた。
「あの魔神、雷撃を使うのか!?」
驚くレン。
エヴァルトの脳裏に閃いたのは、先の右肘に受けた攻撃だった。攻撃による負荷で走った過電流と思ったが、あれが雷撃による攻撃だとしたら……。
「やばい!」
拘束から抜け出し、ギルガメッシュの腕を足場として再び跳躍したロノウェから距離を取るべくバックをかける。だが遅かった。巨大ハンマーを持ち替えたロノウェの、渾身の一撃が胸部に入る。
「はぁっ!!」
白い炎のような稲妻をまとった巨大ハンマーが触れた瞬間、パキンと音がして、外部装甲が破砕した。ほぼ同時に、ロノウェの超級雷撃がむき出しとなった内部を走る。駆け抜けたすさまじいまでの雷閃は、例外なくあらゆる電子回路を一瞬で焼き焦がした。爆発的な衝撃に外装のほとんどが弾け飛び、白煙が上がる。ギルガメッシュの全身から、黒い油が滝のように吹きこぼれた。
「くそっ! 油圧が急激に低下……駄目だ、もう指1本動かせない!」
いくら動かそうと躍起になっても、もはやギルガメッシュは応えてくれなかった。全ての電源が落ち、コクピットは真っ暗な闇に包まれている。一瞬遅れて、座席下部につけられていた緑の非常灯がついたが、それも明滅し、すぐ消えた。
「エヴァルト……エヴァルト! 無事か!? ――駄目か、通信機もいっちまってる」
緊急脱出ボルトも作動していなかった。油圧ハッチだからレンやエヴァルトの力ではどうにもならない。完全に内部に閉じ込められてしまった。だが、まだ運が良かったのだ。ギルガメッシュはあの雷撃にここまで破壊されながらも、搭乗者である彼らだけは守ってくれた。
「ありがとう……すまない、ギルガメッシュ……」
くずれるようにシートに背をつく。
――運が良かった? 本当に?
それがただの幻想でしかなかったと知る衝撃が、次の一刹那、ギルガメッシュを襲った。
「ちくしょう! あの魔神、まだやるつもりか!?」
「……ギルガメッシュが負けた?」
外装のほとんどを失い、吹きこぼれた油で真っ黒く染まった無残なギルガメッシュの姿がコントラクターたちに与えた衝撃は、到底筆舌に尽くせるものではなかった。
黄金の騎士ギルガメッシュ。勇者のイコン。襲い来る数々の災厄を打ち破り、カナンを勝利に導いてきた、象徴ともいうべき存在。先日北カナンで起きたネルガルの反乱でも、シャンバラのイコン部隊の先頭に立ち、敵軍最強のイコン・エンキドゥを相手どったというイコンだ。それが、魔族に一方的にやられてしまった。
魔神はまた、このことが彼らに与えるその衝撃すら、熟知しているようだった。もう動かなくなったギルガメッシュのふくらはぎに巨大ハンマーを打ち込み、仰向けに倒れたところでさらに頭部に打ち込む。
魔神のふるう巨大ハンマーがギルガメッシュを破壊していく鈍い音が、周囲に響いていた。
この現実に、だれもが言葉を失った。敗北を悟ったその瞳に浮かぶのは、恐怖と失望。そしてあきらめ。襲い来る魔族と戦い続けてはいたが、その面に冴えはなく、機械的にただ反応しているにすぎない。心がくじけていくにしたがって、腕は重く、剣も、槍も、持ち上がらなくなっていく。
だが、その瞬間――
「何を呆けている!!」
獅子が吼えた。
「そうやって傷をなめるのも膝を抱えるのもおまえたちの勝手だが、全部あとにしろ!! ここは戦場だ!! そしてあそこには、俺たちの救出を待つ者がいる!!」
レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)は己が持つ剣でギルガメッシュを指した。
「搭乗者の脱出ポットは射出されなかった! レン・オズワルド、エヴァルト・マルトリッツ両名はギルガメッシュの中に取り残されているということだ! これより敵軍勢を突破し、両名の救出に向かう! この中に勇ある者はいるか! 腕に覚えある者は前に出よ!」
レオンハルトの勇声に応えるように、決して少なくない数の者が彼の前に集結した。
「これは多勢に無勢の負け戦だ。分かっているな?」
1人ひとりを見返して、豪胆にもにやりと笑う。
「分かってるよぉ。あのケダモノたちに、ボクたち教導団の張りを見せつけてやるんだろ」
麻上 翼(まがみ・つばさ)がレーザーガトリングを掲げた。がちゃりと重い音がして、安全装置が解除される。
「よし。では行くぞ。ついて来い!」
「おう!!」
「シャンバラ国軍【鋼鉄の獅子】隊、まかり通る!」
押し寄せる魔族に向かい立ち、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は声を張り上げ宣言した。手元のスイッチを入れると同時にフシュッと圧力の漏れる音がして、ヴォルケーノ前部に開いたハッチから次々とミサイルが飛び出していく。ミサイルはわずかに弧を描き、密集隊形で前方をふさごうとしていた魔族たちを派手に吹き飛ばした。
薄闇の中、爆音とともに開く炎の華たちが周囲を照らす。
さながらモーゼの紅海のごとく開かれた道。すぐさま左右の敵によってふさがれるのが常の道だが、魔族は飛来した小さなミサイルによる破壊の大きさに、思いのほか度肝を抜かれているようだった。
「今のうちだ!」
人間からの砲撃に対処できずとまどっているのだと見抜いたレオンハルトの号令で、彼を先頭とし、【鋼鉄の獅子】隊が魔族の群れに中央突破をかける。
そのだれもが、彼の婚約者たるナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)をおもんばかって口には出さなかったが、これはルースの弔い合戦だと思っていた。
ルース・メルヴィンがかの地にて死んだ――それは、確たる言葉として報告を受けてはいなかったが、ルースのパートナー・ソフィアが昏倒し、今も意識不明状態でいることを思えば、あきらかだった。
ルースは死んだのだ。
疑う余地もない。
そして彼が狙った『魔神』が、今ここにいる。
目の前、ギルガメッシュを破壊している魔神がその魔神かは分からない。そうかもしれないし、違うかもしれない。今はそんなこと、どうでもいい。『魔神』が、彼を殺したのだ。
友を殺した。
「そこをどけ!!」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はそう口にしたが、どくわけがないのは分かっていた。だから、彼らが従うかもしれないとの間もあけず、ブライトマシンガンを前方にばら撒く。
「さああなたも行って!」
パートナーに負けじとルカルカの放った嵐焔のフラワシが、さらにその暴威をふるう。この両翼からの攻撃を抜けて現れる魔族たちは、レオンハルトが一刀の下に斬って捨てた。その後ろではルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)が、仲間の闇黒耐性を上げる幸せの歌を声の限りに歌い上げる。
苛烈な、それでいてまったく無駄のない攻撃、一糸乱れぬ動きは、彼らが相当の場数を踏んだ手練れであることを見る者に悟らせる。たとえそれが人にあらず、魔族であったとしても。
彼らの足止めとして、剣や槍を持つ下級魔族が四方より襲いかかるのは変わらなかったが、それに上級魔族からの魔弾攻撃が加わった。
薄闇の向こうから飛来するそれらを感知して、身を包むイナンナの加護が光を増す。
「――くっ!」
致命傷となりそうな場所に向かってきたほとんどは避けられたが、やはり何発かはくらってしまった。
肩をえぐり、脇を裂き、顔をかすめた無属性の気弾。この程度ならばどうってことはないが、くらい続ければ命が危うい。
「させるもんかーっ!!」
魔弾を放ちかけた魔族を見つけて、右側面についていた麻上 翼(まがみ・つばさ)がレーザーガトリングを放った。ギャリギャリと音をたてて回転して、火線が魔族を後方へ押しやる。だがその後方の上級魔族までは届かない。
「ちッ!」
「翼、ガトリング砲に切り替えろ! 層が厚い!」
反対側でルミナスライフルを用い、上級魔族を狙い撃ちしていた月島 悠(つきしま・ゆう)が指示を出した。ルインが歌を怒りの歌へと移行させ、攻撃力の強化を図る。
「ボクたちは負けるかもしれない! だけど、おまえたちにだってただ勝たせてなんかやるもんかーっ!!」