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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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■南カナン攻防戦〜東カナン軍(1)

 禍々しく闇の気を発散する、ねじくれた巨木。
 女神イナンナの祝福を取り戻したカナンの地にありながら回復の遅れた南カナン辺境の砂漠で、その回復の象徴となるべき緑の地に、それはあった。
 彼らの思い描いたことは愚か者の見る夢でしかないとあざけるかのようなその姿。足下に林立した木々の間からは、続々と異形の姿をした化け物たちが吐き出されてきている。胸甲や手甲といった、簡素な鎧をまとった者もいれば、下ばきだけの者、何もまとっていない者もいる。剣や槍といった武器を持つ者もいれば、鋭く研ぎ澄まされた牙や爪を武器とする者もいる。木々の間から出た途端、思い思いの方角へ散っていく――それは主に、最も近い位置にいる敵兵に対してだった――その動きはとても、指揮官に統率された軍隊には見えなかった。何もかもがバラバラの、ただの有象無象の荒くれ集団としか。
 だがそんな彼らにも、ただひとつ共通していることがある。
 それは、けだものだということ。
 2本足で歩こうと、着衣を纏おうと、武器を使いこなそうと、関係ない。
 あれは野獣の群れだ。
 東カナン領主バァル・ハダドは、東カナン軍軍帥として少し小高い砂丘から戦況を見ていた。
 前衛に立つ槍歩兵たちには、魔族1に対し3名以上であたるよう指示している。小山ほどもある魔族には装甲の厚い重騎馬兵が、動きが早い魔族には速騎馬兵が主として対処し、補助として弓騎馬兵が中距離から弓を射かけている。陣形は魚鱗。相手には戦術というものがないため、攻守に適した、理想的な形が組めている。
 それでも――それでも、決定打は得られずに、戦いは長期戦の構えとなった。
 あの林の奥には、どれほどの兵力が温存されているのだろうか。これまで3度偵察兵を出したが、1人も帰還は果たせなかった。
 現れる魔族は増えこそすれ、減りはしない。まるであの巨木が生み出しているかのようだ。今この瞬間にもあの巨木の下では化け物どもが製造されているのではないか、そんな懸念まで抱いてしまいそうになるほど果てしがない。
 編成し、小隊ごとに3交代で休憩をとらせてはいるものの、長引く戦いに回復よりも疲労が上回っている。蓄積された疲労は集中力を奪い、ミスを誘発する。
 もうすでに何度か、その現場を彼は目撃していた。押し切られ、陣形が幾度となく崩れかけた。その都度、現場の将軍たちの働きで持ち直してきたが……。
 あの巨木の下へ斬り込まねばならない。敵戦力の規模が掴めず、ためらってきたが、いつまでも受け手に回っていては兵が疲弊するのみ。――いちかばちかの賭けになってしまうが……。
「伝令兵」
「はっ」
 少し離れた位置にいた、まだ歳若い青年がバァルの横に駆け寄り地に片膝をついた。
「シャムス殿と連絡をとれ。ここは東カナン騎馬軍が死守する、その間に南カナン歩兵軍が――」
 森の中の敵後衛を攻めろ、そう言おうとしたときだった。
 視界の隅を、何かがかすめた。
「なに!?」
 視線を前方へ戻す。
 東カナン軍へ向け、上空から、さながら驟雨のごとき槍が投擲されていた。
 ばっと空を振り仰ぐ。いつの間に距離を詰められていたのか――翼を持った無数の魔族が空に展開している。
「くそったれどもがァ!!」
 龍騎士ジバルラの怒声が、かすかに聞こえた。カナンの危機と駆けつけてくれたジバルラ率いる西カナン軍のワイバーン飛空部隊が果敢に迎撃していたが、数の差はあきらかだ。ざっと見てもジバルラの隊の5倍はいる。敵側も勝負に打って出てきたということか。彼らをすり抜けた魔族たちが、次々と地上の人間に向け、槍を打ち込んでいた。
 弓騎馬隊が応戦すべく射ていたが、射程距離を読まれていて、届かない。
 上空からの攻撃に対処しきれず崩れ始めた自軍を、半ば愕然と見下ろしていたとき。
「バァル様!」
 先の伝令兵が悲鳴のようにその名を呼んだ。
 敵指揮官・バァルに向け、複数の槍が四方から投じられた。どちらへ避けようとしても避けきれない。
 バァルはバスタードソードを抜いた。最低限守るべき場所――頭部、胸部――を庇うよう、剣の腹と己の腕を盾とする。槍が突き刺さる衝撃を覚悟した、その瞬間。
「させません!!」
 聞き覚えのある男の声が、後方からした。
 光の閃刃が空を走り、槍を切り刻む。威力を失い、バラバラと落ちた槍を確認して、光の閃刃が飛んできた方を見ようとしたときだった。
 戦場の大気を揺るがす爆音を響かせ現れた無数の鋼鉄の騎士が、バァルの頭上を飛び越えて空に展開している魔族の軍に突貫した。
「あれは……シャンバラの、イコン?」
 飛行ユニットから放出される熱風にあおられつつ見上げるバァルの視線の先で、金色に輝く1機のイコン――肩にロイヤルガードエンブレムの描かれたイーグリット・アサルト【グラディウス】が、その手に握った光の剣で、バァルを狙った魔族たちを一瞬で斬り伏せた。
『やっほー、バァル! お待たせーっ! 助けに来たよ!』
 黄金の騎士からした声は、まぎれもなく友・小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のもの。
 バァルに手を振って見せたあと、魔族と戦っている仲間のイコン機の方へ飛び去って行く。
 それを見て。
「……くそッ」
 バァルは苛立ちにあかせ、投げ捨てるように剣を地に突き立てた。
 腹立たしい。こうなることをおそれていたのだ。
 戦闘が長引けば、彼らが現れるのは分かっていた。そうなる前に戦いを終わらせたかったのに。
「まただ。また彼らを巻き込んでしまった」
 これは、カナンの戦い。カナン人である自分たちがどうにかすべき問題。
「ここは彼らが命を賭ける戦場じゃない。こんなのは間違っている……!」
「間違ってなんかいませんよ」
 すぐ後ろから、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)の声がした。
 バァルは振り返り、先の光の閃刃を放ったに違いない彼を見返す。
「遙遠……」
「ここは、遙遠たちの戦場でもあるんです」
「違う! ここはカナンだ! シャンバラじゃない!!」
「国なんか関係ないって、まーだ分かんないのかな? バァルは」
 七刀 切(しちとう・きり)が、大太刀『黒鞘・我刃』を肩に担ぎながらひょこひょこ歩いてきた。
「ワイらはね、国のためになんか戦わないんよ。いつだってそこに住む人たちのために戦うの。バァルも、カナンの人たちも、今はもうみーんな友達。友達の大切なもののために戦うのは、ワイらにとって当然なんよねぇ」
 バァルはその言葉がうれしくもあり、自分が情けなくもあって、複雑な表情を浮かべた。
「だがカナンは……自らの足で立たなくてはならないんだ。寄りかかっていては、いつまでも1人で立つことなどできやしない」
「立っているじゃないですか。東カナンの人も、南カナンの人も、みんな、あんな恐ろしい魔族たちを相手にしても、懸命にカナンのために戦っています」
 遅れて駆け寄ってきたコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が息を整えつつ話す。
「きみは……?」
「コトノハ・リナファといいます。セテカさんには以前大変お世話になりました。バァルさんとは初めてでしたね」
 その名前には覚えがあった。たしか、シャンバラ人を招待して行った馬追いの報告書の中にあった名前だ。
 自分を見るバァルの訝しげだった表情が腑に落ちたものに変わったのを見て、コトノハは先の言葉をつないだ。
「ねぇバァルさん。立ち上がった人は、次に何をすればいいか分かりますか? 周りを見るんです。そうしたら、自分が独りじゃないって分かります。そして、手が差し伸べられていることも。
 私たちは寄りかかっているんじゃありません。手を差し伸べあっているんです。こうして」
 バァルの手を取り、そっと握る。
 そこへ、矢野 佑一(やの・ゆういち)ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が走ってきた。
「バァルさん、セテカさんはどこです? 姿が見えないようですが」
「あいつなら、負傷した将軍たちの穴埋めをかねて中衛についている。そこで指揮をとっているはずだ」
「そうですか。ミシェル、行こう」
「うんっ」
 2人して下方の戦場へ向かって駆け出して――ふと、佑一が振り返った。
「バァルさん、上空の魔族はイコンの部隊が抑えてくれます。ただ、地上からは小さく見えても10メートル級のロボットですから、ガトリングやライフルから排出される空薬莢は相当な熱量と体積があります。飛行ユニットから排気される熱量、ソニックブームも、まともに浴びればひとたまりもありません。気をつけるよう、兵に徹底してください」
「分かった。そうしよう」
 バァルの返事を聞き、頷くと、佑一は再び走り出し、今度こそ振り返らなかった。


 突如降り注いだ槍の雨に動揺した東カナン軍を次に襲ったのは、魔族の特攻だった。
 槍の雨を避けるべく盾が上空に掲げられた隙を狙って、横から槍や剣が突き込まれる。
 悲鳴と怒号がまじり合い、押されるかたちで陣形が崩れていく。
「惑うな! 上空はジバルラの隊が守ってくれる! 眼前の敵に集中しろ!!」
 東カナン軍上将軍セテカ・タイフォンの声が戦場に響き渡った。
 そんなこと、彼自身信じてはいない。ジバルラは善戦しているが、上空の敵の数はあまりに多い。多勢に無勢と評していいほどに。だがほかに何と言える?
 ただひとつはっきりしているのは、上空ばかりを気にしていれば、地上の敵にやられるということだ。
「はあっ!!」
 自らそれを示すべく率先して迫り来る魔族たちの一群に走り込んだセテカは、敵の血に濡れたバスタードソードをふるい、容赦なく斬り捨てていく。
 魔族の放つ遠距離からの魔弾は剣で弾き、一気に距離を詰めるや苛烈な一撃でもってなぎ払った。
 即死した敵の体が弧を描き、地に沈む前に、背後から突き込まれた槍をかわして斬り上げる。ほんのまたたきほどの間に、彼の腕が届く範囲にいた敵は命なき死骸となり果て、重なり倒れていた。
 上将軍の地位は、決して上級貴族の位にあかせて手に入れた飾りではない。そんなもので兵の心は掴めない。磨き抜かれた剣技、大群の敵を前にしても決してひるまぬ強き心、そして彼に従えば勝機はあると信じさせるカリスマ性、それがセテカにはあった。
「……うおおおおーーーっ!!」 
 勇猛に戦う上将軍の姿に、東カナン軍兵たちも先の勢いを取り戻したようだった。
 剣を握り直し、馬を駆り、あるいは地を走り、魔族たちに再度立ち向かっていく彼らを見て、セテカはあらためて振り仰いだ。
 降り注ぐ槍の数は減っていたが、魔族の数はあきらかに増えていた。カタパルトを用いるよう後衛へ指示を出そうかとも思ったが、やめた。あれは飛ぶ敵に対してはほとんど役に立たない。むしろ自軍の方が危なくなる。
「……くそ」
 今さらながらに、ネルガルを駆り立てた焦燥をわがもののように感じた。
 後方より現れたシャンバラのイコンたちが上空の魔と激突してもその苦い思いは晴れず、むしろますます胸を掻き毟られる思いだった。
 女神の庇護の下、安寧の中で5000年という時間をカナンはどぶに捨ててきた。その結果がこれだ。
 この憤りは、まぎれもなくカナンに対してのもの。カナンを愛している。偽りなく。だが同時に、これほどまで憎むことができるのか……!
 相反する思いに囚われ、立ち尽くす彼の隙を突いて、魔族の槍が襲った。
 身を引いて避けたが間に合わず、頬を薄く裂かれる。槍が引き戻されるより早く袈裟懸けに斬り捨てたとき、確かに相手が不自然に硬直していたのをセテカは見た。
「セテカさん、大丈夫!?」
 ミシェルが駆け寄り、具合を見るように背伸びをして頬の傷に触れる。
「きみか」
 何をどうしたのかまでは分からなかったが、先の魔族が動きを止めたのはミシェルが何かしたからだというのは見当がついた。
「セテカさん、血が……」
「この程度なら平気だ。傷跡も残らない」
 痛みの具合でそれがどういった傷か把握できるほどには実践を積んでいる。もう血も止まっているだろう。
「それより、来てくれてありがとう。助かるよ」
 その言葉を聞いて、無光剣を手に近寄る敵を斬り伏せていた佑一がくすりと笑う。
「セテカさんは素直ですね」
「? 何が……ああ、バァルか」
 一瞬きょとんとしたものの、すぐに推察できてセテカも笑う。
「あいつは生真面目だからな」
 そう言葉をかわす間も、2人は互いに背を向けたまま、襲いかかってくる魔族を討ち払っていた。2人に挟まれるかたちでミシェルが、フラワシのミーアシャムを用いて魔弾を放とうとしている魔族の動きを封じていく。
 そこに、地獄の天使を用いた遙遠が舞い降りた。
「セテカさん、いったん兵を退いてください。イコンの地上部隊も投入されています。じきにここへも来るでしょう。イコンとの共同戦に慣れていないカナン軍では被害を拡大させるだけです。前線はコントラクターやイコンに任せて、カナン軍は徐々に後退を――」
 と、そこまで言って、遙遠は言葉を止めた。
 セテカは彼に背を向けたまま前線に視線を巡らせ、まるで話を聞いているように見えなかったからだ。
「セテカさん?」
「……全軍を投入する」
「はぁ?」
 ひとの話を聞いていなかったのかと驚く遙遠を振り返り、セテカはにやりと不敵に笑った。
「きみたちが来てくれて、本当に助かった。これで計画が実行に移せる。
 バァルに伝えてくれ。合図を見たら全軍を投入しろと」
「合図? どんな合図です?」
「そのときが来れば分かる」
 言い残すようにして、セテカは走り出した。敵との交戦が最も激しい前線へ向けて。
「まったく、あの人は……。自分が将だという自覚があるのかな」
 単独行動は慎んでもらいたいのに、とため息をつく佑一の袖を、ミシェルが引っ張った。
「ボクらも行こう、佑一さん。セテカさんってば、1人にさせてたら死ぬまで無茶しかねないものねっ」
「……どうする? 遙遠。僕たちも行く?」
 ガーゴイルの上から緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)が問いかけた。
「…………」
 遙遠は地獄の天使を展開し、再び空へ舞い上がる。
「追うにしても、先にバァルさんに伝言を伝えてからです」
 バァルのいる後衛の陣へ引き返しながら、ちらと後方のセテカに目を向ける。
 待ち受ける魔族たちの中へ飛び込み、斬り伏せながら進む彼と、その周囲で戦う佑一たち。そしてそれに加わるべく、さらに数人のコントラクターたちが駆け寄るのが見えた。
 おそらくは、追うことになるだろう。セテカの伝言を伝えればバァルがどう言うか、遙遠には察しがついていた。