空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】魔族侵攻、戦記最初の1ページ

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●世界樹イルミンスール内部

「大丈夫!? 怪我してない!?」
「あ、ああ、大丈夫だ。ありがとう」

 イルミンスール魔法学校の一教室、机や椅子が散在するそこでは、久世 沙幸(くぜ・さゆき)が救助に当たっていた。
「……うん、ここはもう大丈夫みたい。次行こ、ウェンディ……ウェンディ?」
 気配がないのを気にした沙幸が振り返ると、ウィンディ・ウィンディ(うぃんでぃ・うぃんでぃ)が教室の隅でカタカタと震えていた。
「ザ、ザナドゥが地上に現れたじゃと? あわわ、ヤツが……ヤツが来ておるやもしれぬ……わしはどうすればいいんじゃ……」
「ウェンディ、ねえ、ウェンディ!」
 沙幸に呼びかけられ、ウェンディがハッ、と顔を上げると、そこには心配そうな表情の沙幸の顔があった。
「ねえ、どうしたの?」
 真っ直ぐに見つめられ、ウェンディはしばし口ごもった後、「実は……」と前置きして話し出す。自分を作った悪魔が地上に現れたこと、自分はその悪魔を嫌悪していることが、ウェンディの口から語られる。
「そっか……その悪魔が、ウェンディはとっても怖いんだね」
 沙幸の言葉に、コクコク、とウェンディが頷く。少し悩んで、沙幸が言葉を口にする。
「ウェンディ。今は……今だけは、その悪魔が怖いのを忘れて、助けるのを手伝ってほしいな。
 その悪魔が現れたら、私が何とかしてあげるから!」
 沙幸の言葉を受けて、ウェンディが少しずつ、恐怖に怯えていた表情を和らげていく。
「……そ、そうじゃな。沙幸の言う通りじゃ。きっとこの状況を不安に思っておるのは、わし以外にもたくさんいるはずじゃ。
 今は、人命救助に集中せねばな」
 スッ、と立ち上がったウェンディの顔には、頑張るという意思が現れていた。
「うん、行こっ!」
 沙幸が、ウェンディの手を取って、次の場所へと向かっていく。
(……大丈夫、なんとかなるよ、うん!)
 もし本当に悪魔に遭遇したら、浮かびかけた不安な心を抑えつけて、沙幸は救助活動に当たる。


「もう、いきなり来たと思ったら、何するのさ! ここは僕達の家でもあるんだからね!」
 突然襲って来たザナドゥへの怒りを口にして、エンデ・マノリア(えんで・まのりあ)が気持ちを切り替え、教室に飛び込む。そこには先のイルミンスールの墜落で怪我をしたり、起きたことが理解できずに混乱する者たちがひしめき合っていた。
「みんな聞いて! イルミンスールは落ちちゃったけど、襲って来た人たちはもうここには来てないよ! だから安心して!」
 教室にいる者たちに向けて、エンデが声を上げる。遠目からでもハッキリ見えるほどの魔族の大軍は、世界樹イルミンスールを無視するように進路を取っているようであった。外に出てそれを確認したエンデは、イルミンスールが戦場で怪我をした者や、戦うことが出来ない者たちの避難場所・治療場所になる可能性を考慮し、今の内に少しでも混乱を鎮め、準備を整えておこうとしたのであった。
「イルミンスール、大丈夫?」
 傍に寄ってきたオーフェ・マノリア(おーふぇ・まのりあ)が、イルミンスールを案じる言葉を発する。言葉少なながらエンデには、オーフェが自分と同じ思いで、自分に出来ることを精一杯やろうという思いであることが分かっていた。
「大丈夫だよ。他のみんなも動いてくれている。だから大丈夫。僕達も精一杯のことをやろう」
 エンデの言葉に、オーフェがうん、と頷く。
 そして二人は、教室にいる者たちの治療や、新たに運ばれてくるかもしれない怪我人を収容するための準備に取り掛かる。


 一つの教室では、大小様々な翼を持った者たち、イルミンスールの森の侵食に巻き込まれたザンスカールに住んでいた者たちが、ひとまず身の安全を得られたことに安堵の表情を浮かべていた。
「皆様、お怪我はございませんか? 不便があれば遠慮無く仰って下さい」
「ありがとうございます。その時があれば是非、頼りにさせていただきます」
 その中をルーザス・シュヴァンツ(るーざす・しゅばんつ)と、彼に付き合う形でフィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)が、気遣いの心を見せながら治療や世話を行っていた。ザンスカール家に連なる者たちが女性ばかりということもあって、教室の中は女性の比率が高いものの、非常事態ということと彼らの心遣いが、二人を場の中に適応させていた。
(本当はちょっとでも魔法使いとして役に立てればいいんだけど……)
 己の力不足を嘆きつつ、フィッツが視線を向けた先には、避難してきたザンスカール家の先代当主と現当主、ルーレン・ザンスカール(るーれん・ざんすかーる)が話をしていた。
「こちらは大丈夫です。貴女は現当主として、相応しい振る舞いを。エリザベート様のお力になって差し上げなさい」
「……はい。わたくしも顔を出しに伺いますわ」
 そのようなやり取りが交わされ、互いの存在を確かめるように身体を合わせた二人が離れ、ルーレンがフィッツたちの元へやって来る。
「自分達で、皆様のお世話を致します。日に一度は状況の報告も行います」
「分かりました。皆さんを、どうかよろしくお願いいたします」
 一礼して、校長室の下へ向かうべく教室を後にするルーレンを見送り、二人は行動を再開する。

●イルミンスール大図書館

 イルミンスールの墜落という緊急事態に際しても、大図書館の内部は普段と変わらぬ荘厳さとでも言うべき雰囲気を醸し出していた。
 その、膨大な書籍が収められている室内を、数名の生徒たちが目的のために訪れていた。

「ゴホゴホ! ……むぅ、この辺りでもかなりの埃っぽさだな。まったく、このようなところで私は何をしているのか……」
 取り出した本から漂う埃に、ドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)が咳き込みつつ中身を確認する。ドゥムカがいる位置は比較的最近に書かれた書物が多く、今回のザナドゥ侵攻に関しての手がかりは殆ど見つからなかったが、それでも断片的な情報を合わせれば何らかの情報は得られるだろうと、ドゥムカはやはり咳き込みつつ次の本に手を伸ばす。
(ま、本格的な調査はケイラたちに任せるさ。母校の命がかかってるんだ、きりきり働かないとな)
 そう思っていたドゥムカは、手に触れる本じゃない感覚にん? と首を傾げる。視線を運べば、自分の手が誰かの手に触れていた。
「っと、これは申し訳ない」
「……いえ」
 ドゥムカの謝罪の言葉に、月舘 冴璃(つきだて・さえり)が表情を変えず答える。
「……イルミンスールの方?」
「ああ、そうさ。ちょっと調べ物をね……」
 言いながらドゥムカが引っ張り出した別の本、それを見た冴璃の表情が、ほんの少し変わる。
「それ……」
「ん? 『ザナドゥについて』? うーん、必要は必要だろうが、私たちの探しているものとは違うな。……これが必要だったのか?」
「……ありがとう。……そうです、お礼代わりというのもおかしな話ですが、私のパートナーがザナドゥ出身なのです」
 言って、ドゥムカから本を受け取った冴璃が、シュゼット・サンテール(しゅぜっと・さんてーる)を呼ぶ。
「ええ、確かに。わたくし、ザナドゥの『アムトーシス』というところに住んでおりましたわ。
 知ってる範囲で話して欲しい? では……」
 冴璃の求めに応え、シュゼットがザナドゥの一都市の様子を語る。それをドゥムカが素早く書き留める。
「ふむ、これは有用な情報になりそうだ。ありがとう、では私はこれで」
 ケイラに報告するための情報を持って立ち去るドゥムカを見送り、冴璃が受け取った本のページを捲り視線を運ぶ。確かにザナドゥについて、魔族について一通りのことは書かれていたが、冴璃が知りたかった一番のこと、『なぜザナドゥは封印されていたのか』の答えは、『魔族が危険な存在であるから』としか書かれていなかった。おそらく、地上人が執筆した本なのであろう。
「それにしても珍しいですわね? 冴璃が直接関係のない事柄について調べるなど」
「……魔族がどのような存在なのか、単なる知的興味です。……それに、拒まれながらも現れたのは、初期の地球人も同じです。地球人との相違点も知りたかったので」
「なるほど。まあ……若干似てるかもしれませんわね」
 そんなやり取りが続いた後、二人は一旦別れて調べ物を続ける。

 その頃、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)、それに行動を共にすることになったミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は、比較的奥の方まで足を伸ばしていた。
(ミレイユがここへ走りだした時は、相変わらずと思いましたが……こうして頼れる皆さんと合流できたのはいいことです。
 私は彼女たちに危害が及ばないよう、周囲の警戒に務めましょう)
 ザナドゥの魔族がわざわざここまで手を出してくるとは思えないまでも、全くしないとも思えず、シェイドは気を張り巡らせ、殺気の出所がないかを確認する。
「持ってきたわ。ここ最近ではこれが全部だそうよ」
 パビェーダが、司書の協力を得てアーデルハイトが借りたという本を一行の前に置く。それをミレイユ、ケイラが一冊一冊目を通していく。
「わ、凄い埃だ。ドゥムカさんもこっちの方探してくれたらって思ったけど、これじゃあね」
 風もないのに巻き上がる埃にケイラが苦笑して、ページをめくっていく。探しているのは『イルミンスールの回復方法』について。
(今まで浮いてたのも不思議だけど、落ちちゃったってことは疲弊したってことだよね。なんか、扶桑がどうとか言ってたし……。
 少しでもいい、何かないかな)
 作業を続けるケイラの横で、ミレイユがやはり書物のページを捲りつつ、心に思う。
(話には聞いてるけど……でも、今はどうやったらイルミンスールをもう一度元気に浮上させられるかを見つけることが先だよね)

 一部の生徒たちの間には、イルミンスールが墜落してしまったのは、マホロバの世界樹『扶桑』に生命力を分け与えたからだという噂が飛び交っていた。イルミンスールの生徒たちの中には、直接その現場を見ていた者たちもおり、そして生命力を分け与えたこと自体は事実である。

(イルミンスールは、あたしたちの手で蘇らせるのよ。……婆さん、あんたのことだからどうせ『こんなこともあろうかと……』とか言って何か対策でも練ってたんでしょ? みんな困ってるんだから、早く出しなさいよね)
 心に呟きながら、菫は司書の案内で、アーデルハイトがよく利用しているという個室を捜索する。何かを動かすたびに埃が舞う様は、この部屋の主が長く訪れていなかったことを示しているようであった。
「……まさか、何もないっていうの?」
 そんなことを思いかけた時、机の傍らに置かれていた数枚の紙切れが目に留まる。すがる思いでそれに目を通した菫が理解できたのは、

・世界樹は基本的には、大地に根付くことで力を蓄え、大きさを増し、成長すること
・その他に、世界樹独自の成長法があるのではないかという仮説(クリフォトは生物の魂や憎悪といった負の感情によって成長すること、セフィロトは希望といった正の感情が成長に作用するのでは、ということが書かれていた)

 であった。
「なんで肝心のイルミンスールが書いてないのよ!」
 思わず破り捨てそうになるのを堪えて、菫は紙切れを仕舞う。希望なんて抽象的なもの、ましてや生物の魂なんてもってのほかだが、今はこれが大切な手がかりでもある。
「……戻ろ」
 見つけた手がかりを元に話をするため、菫は部屋を後にする。


「……あれ、落ちちゃってる」
「うお、ホントだ。なんだよ、せっかく来てみたのに、墜落してんのか」
 浮遊するイルミンスールをひと目見ようとやって来た三井 静(みつい・せい)三井 藍(みつい・あお)は、しかしイルミンスールが墜落しているのを目の当たりにして落胆する。
「……帰ろうか」
「そうするか」
 このままここに留まっていては、何かに巻き込まれる気がする。そんな気分を感じ取った二人は、早々にその場を引き上げる。
 そして、二人とすれ違うように、イルミンスールを訪れる者たちの姿があった――。