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リアクション
環菜が去った後も、校長室には代わる代わる生徒たちが訪れる。エリザベートを心配して、あるいはエリザベートに相談があって、思惑は様々ながら皆、エリザベートのことを案じてのことであった。
「エリザベート校長の身はお察しする。……だが、イルミンスールの置かれた状況を思えば、ここで戦争という自体になることは極力避けねばならぬように思うのだ」
アリス・ミゼル(ありす・みぜる)の付き添いを受け、そう切り出した四条 輪廻(しじょう・りんね)が、正面からぶつかり合うことを避け、ザナドゥと外交の席を設けてはどうかという提案を持ちかける。エリュシオンの脅威が抜けない中、多くの疲弊はイルミンスールの滅亡に繋がること、これは個人的興味という前置きで、ザナドゥの技術や文化が地上のそれらと交わり合うことで、新たな力が生み出せるのではないかという理由が、輪廻の口から語られる。
「確かに、戦争を避ける努力はするべきと思いますわ。……どうでしょう、エリザベートさん」
「私も、ダメとは言いませんよぅ。……でも、危ないんじゃないですかぁ?」
ルーレンの意見を聞いたエリザベートが、自分の意見を口にする。そのエリザベートの右腕には、エリザベートを心配して駆けつけてきた南部 豊和(なんぶ・とよかず)とレミリア・スウェッソン(れみりあ・すうぇっそん)による治療の跡が残されていた。
クリフォトによってイルミンスールの『腕』を吹き飛ばされた時の影響は、エリザベートの腕に走る幾筋もの傷跡という形で現れていた。
「これくらい痛くないから大丈夫ですぅ」
「だ、ダメですよ! もし何ともなくても、これから悪化するかもしれないじゃないですか!」
「そうです。我々にとっては、あなたもあなたにとって大切な人と同様に、大切なのです」
エリザベートと豊和、レミリアのそんなやり取りがあって、結局折れたエリザベートが二人の治療を受けたのであった。
「危険なのは間違いない。よければ俺が行く、すでに戦いでは役に立てんし、覚悟は常に出来ている」
真剣な表情で言い放つ輪廻、彼の向けてくる視線は一つのみ。
「……お気持ちは有り難く受け取ります。わたくしもエリザベートさんも、外交の有意性は理解しています。
今しばらく、お待ち頂けないでしょうか。その際は輪廻さんのお力もお借りしたいと思います」
そして、輪廻がそのようになった事情を知っているルーレンが、輪廻の提案を最大限受ける旨を自ら伝える。
一方、ザナドゥやアーデルハイトについて情報を得ようと相談にやって来たグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)とソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)、神代 明日香(かみしろ・あすか)とノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)には、不測の事態に備え校長室を離れられないエリザベートの代わりに、エリザベートから直々に託されたミーミルが同行する。
「ここが、アーデルハイト様の私室です」
案内を受け、アーデルハイトの私室に到着した一行が、断りを入れつつ探索を開始する。用意周到なアーデルハイトのこと、何か残しているはず……その思いは、探索を進めていくうちに裏切られていく。部屋に残されていた書物から、
・世界樹は基本的には、大地に根付くことで力を蓄え、大きさを増し、成長すること
・その他に、世界樹独自の成長法があるのではないかという仮説(クリフォトは生物の魂や憎悪といった負の感情によって成長すること、セフィロトは希望といった正の感情が成長に作用するのでは、ということが書かれていた)
・ザナドゥの歴史、気候、習慣、文化など(ザナドゥの一部分を示したと思しき地図も見つかった)
といったことは判明したものの、ザナドゥ侵攻に関する手がかり、対策等が何一つ見つからなかったからである。
「……何か知っていることはないか?」
グレンが、飾られていた植物に語りかけてみるものの、部屋で得られた以上の情報を知ることは出来なかった。植物や動物と話が出来るミーミルがやっても、同様の結果であった。
「グレン、一通り探したけれど、これ以上の手がかりは見つけられませんでした。ミーミルさんが次の場所を案内してくれるとのことですので、ここでの探索はそろそろ終わりにしませんか?」
「……そうだな。記録は残してあるか?」
「はい、大丈夫です」
日記や衣服といった、男性が触れにくい物品を中心に探索していたソニアとのやり取りを終え、グレンは一行と共に次の場所へと向かっていく。
「……ごめんなさい明日香さん、お母さんのことが心配だとは思うんですけど……」
「…………大丈夫です。これもエリザベートちゃんのためを思えば……」
申し訳なさそうな表情をするミーミルに気丈に答える明日香だが、心中はエリザベートのことが気がかりで仕方が無いだろう。エリザベートには多くの生徒が付いており、エリザベート自身も対応に追われているため同行できなかったのだが、ある意味では明日香の方がショックかもしれない。
現在一行は、アーデルハイトの研究室を訪れていた。スペアボディの製造機、何に使うのかよく分からない怪しげな機器をノルンが体型を活かしてくまなく探していくのだが、やはり手がかりを見つけることは出来なかった。
「うーん……何も見つからないわけじゃないんですが、決定的な手がかりも見つからないですね。
まるで、すぐに帰るつもりでザナドゥに行って、帰って来れなくなった、みたいです」
走り書きのようなメモを手に、ノルンが首を傾げる。そこには誰かとのやり取りらしき文章が残されており、ホーリーアスティン騎士団という単語が見つけられた。もしもこれが本当にアーデルハイトがイルミンスールに絶望したのなら、目に付くものを全て焼き払っていてもおかしくないのだが、その様子はない。かといって、何かを準備していた痕跡も特に見当たらない。アーデルハイトの準備はどうやら、EMUに関することで止まっているようである。
(公表を控えるほどの情報もないですねぇ。……大ババ様、まさかあなた程の人が、迂闊ですよ?)
周囲の警戒に務めながら、明日香が心に思う。……まさかとは思うが、ザナドゥがアーデルハイト程の実力者をいとも簡単に捕らえられるほどの力を有しているとしたら――。
「……明日香さん?」
思慮に耽っていた明日香を、ノルンの大きな瞳が見つめる。
「……はぁ、私もうエリザベートちゃん分が不足して、動けないですよ〜」
「もう、明日香さん、しっかりしてくださいっ」
へなへなと崩折れそうになる明日香を、ノルンが叱咤激励する。
……ともかく、今は少しでもザナドゥの情報を集め、今後に備えるべきだ。
そんな思いで、明日香は一行と共に探索を続行する。
「よぅ、どうしたユウワ。……あー、地球のことは一通り聞いたぜ。その、大変だったんだってな」
校長室を訪れた生徒の中に高峰 結和(たかみね・ゆうわ)の姿を見つけたニーズヘッグが、近付いて声をかける。
「! あ、あの、ご、ごめんなさいっ!」
「っとと、な、なんだよおい」
ニーズヘッグの姿を見つけた結和が、ニーズヘッグを押して部屋の端へ一緒に行く。その後ろを、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)が付いていく。
「えっと、あの……ごめんなさいっ! せっかくニーズヘッグさんに鱗もらったのに、お返しできなくて……」
勢いよく頭を下げる結和へ、あー、と唸ったニーズヘッグが言葉をかける。
「あー、そのなんだ、気にすんな……っつってもユウワは気にすんだろうけどよ。
無事に戻って来たんなら、それでいいぜ。鱗なんてすぐに元に戻せんだから」
ニーズヘッグの言葉を受けても、結和の顔に笑みは戻らない。
「に、ニーズヘッグさん……ニーズヘッグさん、は、ザナドゥの人達とも、和解できると、思いますか?
先輩方が精霊さんや他の皆さんと、私達がニーズヘッグさんとそうしたように、お友達になれると……一緒に生きることができる、と、思いますか……?」
尋ねられたニーズヘッグは、腕を組んで唸って、頭を掻いて、ひとしきり悩んで、そして口にする。
「オレは、出来る、と思うぜ。……だが、出来るって言っちまうと、ユウワがまた危険な目に遭うんじゃねぇかと思ってな。
こんな状況だ、オレはここを離れられねぇだろ。そうなりゃ、ザナドゥの奴らと接触の機会が多くなるユウワに何もしてやれねぇ。そいつを考えちまってな」
「……あ、あの、えっと」
まさかそれほど自分が心配されていると思わなかったのか、あたふた、と結和のキョドリ度が上昇したところで、新たに校長室に飛び込む人の姿があった。女性と男性、二人はまずエリザベートの元へ行き、言葉を交わした後、ニーズヘッグの元へやって来る。
「ニズちゃん、聞いて。未憂ちゃんがアーデルハイト様の所へ行くって、飛んで行っちゃったの。
ニズちゃんが危険な目に遭うのは避けたかったけど、私と同じ契約者にもしもの事があったら、ニズちゃんにも影響があると思って……」
乱れた息を落ち着かせ、五月葉 終夏(さつきば・おりが)が事情を伝える。ニーズヘッグの契約者である関谷 未憂(せきや・みゆう)はリン・リーファ(りん・りーふぁ)と共に、他にもイルミンスールや他学校の生徒たちが、各々の目的を果たすためにアーデルハイトの元へ飛んでいったというのである。
「ヤベェだろそれ、こっちから手ぇ出したら何されっか分かんねぇ。……おいチビ、どうすんだよ」
「決まってるですぅ、連れ戻すですぅ! 校長として、生徒を喪わせるわけには行きませぇん!」
「お気持ちは分かりますが、しかしエリザベートがここを離れるわけには……」
「それも分かってますぅ。だからニーズヘッグ、あなたに行ってきて欲しいですぅ。こんなこと、あなたにしか頼めませぇん!」
声を受けて、そして結和、終夏と見て、ニーズヘッグが告げる。
「いいぜ、そこまで言うなら行ってきてやらぁ。そん代わり、ウィール遺跡向かってるザナドゥの魔族をしっかり食い止めてろよ」
「案ずるな、それは俺に任せてもらおうか。なに、俺は通りすがりのイエニチェリ……いや、イルミンの帝王だ!」
出るタイミングを見計らっていたかどうかはさておき、キリカ・キリルク(きりか・きりるく)を従えたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)がニーズヘッグに歩み寄る。
「ニーズヘッグ、俺がイルミンスールを離れている間に肥えたな? 美味しい物ばかり食べ過ぎたんじゃないのか?」
「……おうおう、出合い頭にいきなり、言ってくれるじゃねぇか。待ってろ、今からひとっ走りしてくっから、そしたらテメェの面をオレの鱗ですりおろしてやる」
「それは結構、だが、おまえには二度走ってもらおう。魔物の相手も頼むぞ」
「テメェ、そこまでオレをこき使うつもりかよ!」
「ダイエットついでと思うがいい。……大丈夫、こんなバカらしいやり取りが出来るイルミンは、まだ落ちちゃいない」
フッ、と笑みを浮かべ、ヴァルが声を張り上げる。
「守るべき物は変わらず、戦うべき相手は目の前にいる。ならば、いつだってそうしてきたように、後は全力を出すだけだ。
では、行こうか! 皆の大地を守る為にな!」
“帝王”の威厳か、校長室には活気が取り戻されたようにも見える。エリザベートとルーレン、フィリップ、それに多くの生徒たちが、自分の出来ることを考え、実行に移そうとしていた。
「オレは行くぜ。オリガ、テメェはどうすんだ?」
「答えはもう出ているよ。私はニズちゃんと一緒に行く。ニズちゃんは私を守ってくれた、だから今度は私がニズちゃんを守る」
迷いなく言う終夏を見、横のニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)は終夏の変化、いや、成長を喜ばしく思いながら、同行の意思を伝える。
「……ユウワ、今はオレが手を貸してやれる。テメェのやりたいことのまず一歩として、仲間を助けるのに手ぇ貸してくれるか」
「……!」
伸ばされた手を、結和が見つめて、考えて、そして掴み取る。
「僕……結和、護る。必ず……強くなる」
そこにエメリヤンの手も加わって、意思は固まった。
「飛ばしてくぞ、落ちんなよ!」
竜の姿に戻ったニーズヘッグが、同行する生徒たちを乗せ、出現した禍々しい雰囲気を放つ樹、クリフォトへ向かう――。
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