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リアクション
「それでは、ゲームの前にまず自己紹介をしましょうか」
社から司会を引き継いだシャーロットは、自分の前に円を描くようにして座った新入生たちを見渡して、にこやかにそう切り出した。
「まず、あなたから」
と、左隣の黒髪の少年を見る。
「俺?」
「そう」
少年は少し考え込むそぶりを見せ、言った。
「豊田 佑太(とよだ・ゆうた)です。よろしく」
「……エリカ・ゼンガー(えりか・ぜんがー)、です……よろしくお願いします」
佑太の肩で促すような動作を受けて、どこかすれた目つきのエリカがぼそっと言う。使い慣れない言葉、言い慣れない言葉を無理に口にしているような感じだ。
だがそういった様子なのは彼らだけでない。だれもが警戒し、互いに様子見をしているようだった。
となりでサンドイッチをつまんでいた少年が、今度は自分の番かと手を止めて口を開く。
「んと……ロロ・レイズデット(ろろ・れいずでっと)です。葦原明倫館に通ってます。みんな、よろしくねー。
それからこっちが――」
「よう! 俺はロロのパートナーのアレス・ジクムンド(あれす・じくむんど)だぜ! 種族はヴァルキリーで葦原明倫館に所属してる。よろしくな!」
2人とも場をあかるくしようとあいさつをしているが、やはりいまひとつはかばかしくない。
「ロロ様のマネ。『みんな、よろしくねー』」
笑わせて場をなごませようと思ってか、{SFL0050108#グリム}が物マネを披露するが、無表情のまま淡々としたせいかかなり微妙に受け取られてしまい、反対にまごつかせただけに終わっていた。
だれもが無言で、拍手するのもはばかられるような、互いを伺いつつのどこかしらけた雰囲気になる。
(これは何とかしなくては)
シャーロットはそう考え、すばやく一計を講じた。
「皆さん、申し遅れました。私の自己紹介がまだでしたね。私はシャーロット・モリアーティ、探偵です」
「探偵?」
右横に座っていたルシアが不思議そうに見上げる。
「そうです。地球のケンブリッジを卒業後、プライベート・ディテクティブとして活動してるんですよ」
ポケットからハッカパイプを取り出して見せ、ルシアに説明をしたあと、再び新入生たちを見渡す。
「これだけ大勢いては、ただ順番に名前を口にするだけでは記憶に残りづらいですから。こういうふうに、何かひと言付け加えて答えるようにしましょう。
まずはルシア、あなたからです」
「え? 私? ――えーと……ルシア・ミュー・アルテミスっていいます。ムーンチルドレンです」
「はいっ!」
さっそく体育館座りをしていた少年が元気よく手を挙げた。ピンク色した強い癖っ毛を高く結い上げるという爆発ヘアーに前髪の赤いメッシュが特徴的――というか、かなりひと目を引く髪型で、1度見たら二度と忘れられそうにない少年だ。
「ムーンチルドレンって何ですかー?」
「あ、うん。それはね――」
と、ルシアが答えようとした矢先の出来事だった。
「ふははははははははははーーーーーーーーーーーーーーっ!」
そんな高笑いが頭上から聞こえてきた。
まさかイレイザー!? そんな警戒が漂う暇あらばこそ。高笑いの主はビュッと風を切って彼らの中央に躍り出る。
クルクルと回転しながら飛来したそれは、空飛ぶ総石造りの魔道書だった。
「なに、あれ……」
「本、かな?」
「って、魔道書?」
「ええっ? 石なのに?」
「なんか、変な赤いお面背負ってるよ?」
初めて目にするその珍妙さに新入生がざわつくなか、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)の存在を知る者は早くも痛くなり始めた頭に手を添えだす。だが十分場の注目を集めたと判断した河馬吸虎が次に言い放ったのは、彼らのした予想すらはるかに上回っていた。
「いいか、きさまら! たかが地面が割れて落下して、ちょっとどことも知れない場所に閉じ込められたからといっておびえるようなケツの青い青二才が、手と手を取り合い、肩を抱き合ってキャッキャウフフ、チュッチュしては暗がりに消えるよーな合コンをしようなどとは百年早い! どうせここぞとばかりに歳をごまかしたり、かわいくぶって、相手をひっかけようという魂胆だろう! そんなことは許されん! まずは行儀正しく自己紹介からだ!!」
反論は許さないとばかりに強く強く力説する河馬吸虎。その姿に、おそらく新入生たちは見たに違いない、カッと見開かれた劇画調の炎燃え盛る目と太眉の幻を。
「受けよ、わが渾身のヴォルテッ、ク――」
「こぉぉのドくされ外道がああああっ!!」
光速を超えて――来たようにほかの者には見えた――リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の空手チョップがズゴン! と入り、河馬吸虎はまるでハエのようにその場にたたき落とされる。
「お、おお、リカイン……」
不発に終わったヴォルテックファイアの黒煙をぶすぶす吹き出しつつ、よろめきながら浮かび上がる。
「ひとが、この事態にひっそり落ち込んでいる隙に、何をしようとしているの、あんたは……」
「い、いや、その……なんだ。緊張している新入生たちの、包み隠さず己をさらけ出す手伝いをしてやろうとだなー」
「己をさらけ出すのにどうして炎が必要なの」
「それはもちろん、何をするにしてもまず形から入るのが一番入りやすいからな。包み隠さず己をさらけ出すといえば当然――」
それ以上聞かずとも、何を言わんとしているかは分かるというもの。
「いたいけな新入生まで毒牙にかけようとは――そう。やはりあなた、一度死んで生まれ変わってみないと駄目なのね……。ちょうどいいわ、ここ地面の下だし。ここよりさらに深く埋めてあげましょう。ここ、パラミタじゃないし。万分の1の可能性かもしれないけれど、もしかしたら、あなたでも土に還れるかもしれないわよ?」
いつになく丁寧なしゃべりが怒りの深さを物語っている。
「り、リカイン、おま……おまえの後ろに何か見えるぞ…っ」
不動明王でしょう、もちろん。
だが実際のところ、ここに穴を掘って埋めるのはいろいろと現実的ではなかったので。リカインはもう少し現実的な罰を与えることにした。遺跡の壁のでっぱりにロープをかけ、グルグル巻きにした河馬吸虎を吊るしたのだ。
「わたしが見回りに行ってる間そこで好きなだけ火吹いて、ルームライトがわりにでもなってろ」
「ぐぞお〜〜〜リカインめ〜〜〜」
ロープがねじれているせいで右回り、左回りにクルクル回転しながら恨み言を言っている河馬吸虎はガン無視して、リカインはさっさとその場から消えたのだった。
「……えーと……」
一連の出来事にすっかりあっけにとられていたシャーロットだったが、どうにか頭を働かせて場を元に戻そうとする。
「何の話だったかしら?」
「はいはーい。テテからルシアへの質問だよー。ムーンチルドレンって何?」
先ほどのピンクの爆発頭の少年が無邪気に答えた。
「あ、そうでしたわね。ルシア?」
「うん。あのね、月にある宇宙基地アルテミスで生まれた子どものことを言うの。私は12番目なんだよー」
「へーっ。じゃあルシアみたいなのがほかにもいるんだねー」
「はい。じゃあ次はきみの番」
感心する少年にシャーロットがにっこり笑って告げる。
「テテ? うーんとね、テテ・マリクル(てて・まりくる)っていーます。テテって呼んでよ! パラミタ、ううん世界全土を制覇するのが夢だよ! 道連れあーんど彼女募集中!」
銀色の瞳を輝かせ、滑舌のいい声ではきはきと自己紹介をするテテの横で、なぜかパートナーの眠 美影(ねむり・みかげ)の面からすうっと血の気が失せたように見えた。揺れるあかりの加減、自分の番がきたと思って緊張しているせいかもしれないが。
「あ、これでも16だからね。年上が好きかな〜。それと、趣味は大道芸でっす! ――って、美影?」
「……え?」
「どーしたの? ボケてた? 美影の番だよ」
「あ、いえ。なんでも……」
テテをはじめ、場の全員の視線が自分に集中していることに気付いて、美影はごまかすように、こほ、と空咳をした。
「あたしは眠 美影といいます。今はテテのパートナー兼お姉さんといったところかしら」
できるだけそう見えるよう、居住まいを正し、控えめなしゃべり方でつつましやかな雰囲気を見せる。
「はい。じゃあテテくんに質問のある――」
「ねえ、キミ?」
シャーロットの言葉にかぶさって、別の少女が楽しげな声を発した。ポニーテールにした髪を指で梳きとかしつつ、横目でテテを見る。うす暗さもあいまって一見少女に見えたが、声は少年のものだ。
「今キミは世界全土を制覇するって宣言したようだけど、おあいにくさま。それをするのはオレと決まっているのだよ」
「む? おまえは?」
テテの目が細く締まる。
「オレは槙原 葵(まきはら・あおい)。まあ言ってみれば、ただの悪役を目指している悪役見習い、ってとこだな」
葵のした返答に、全員が少なからずギョっとなった。驚いていないのは彼のパートナーの全無 壊世(ぜんむ・かいぜ)ぐらいのものだ。あわてる素振りも見せず、となりでにこにこ笑顔で座っている。
「悪役……見習い……?」
今聞いたのは本当だろうか? 美影がサンドイッチをつまむ手を止め目をぱちくりさせる。
「うむ」
葵は腕を組み、したり顔でうなずく。
「オレはな、悪役というものに強く憧れているのだ。正義の味方の敵であり、常に間違っている悪役にな。
オレは、身に余る大望を抱きつつ、正しくありたいと思いながらも実は間違っている、そんな悪役になりたいのだよ。正義の味方を正義そのものにするために」
――はぁ?
意味ガ分カリマセン。
「あのね〜、つまりね〜、葵ちゃんが言いたいのはね〜、正義のヒーローショーなんかでのやられ役になりたいってことなんだよっ」
壊世が指を立てて解説する。
その言葉で全員の頭の中に浮かんだのは、全身黒タイツで「イーッ!」しか言わない例のやつらだった。
「なんだそっかー、ぶっとばされたいのか。Mなんだね!」
テテが納得する。
「違う!!」
「え? そうでしょ? 勧善懲悪だもんね? ヒーローための悪役で」
「壊世! パートナーのキミまで肯定してどうするっ!!」
ケロリとした顔の壊世と全力で否定する葵。とたん、みんなの間から失笑が漏れだした。グラスを握った手を震わせたり全身を揺らしてくつくつ笑っている姿は、どう見ても葵の言葉を真剣に捉えていない。どうやら彼らの中では葵=面白いことを言うやつ、という図式ができあがったようである。
「あっ、そーだ! 私の名前は全無 壊世だよ! みんなよろしくねっっっ!」
(……ふん。今はそうやって笑っているが良いさ)
壊世の能天気なあいさつを横に、いずれは、と心に思いつつジュースへ口をつける。
「え、えーと……それじゃあだれか質問……」
「はい」
シャーロットの言葉に応じるように、こげ茶の髪をオールバックにした青年がクッキーをほおばりながら手を立てた。
「自分はワーンズワイス・エルク(わーんずわいす・えるく)。さっきからウロチョロしてバシャパシャやってるやつが、パートナーのコールリッジ・ネリィ(こーるりっじ・ねりぃ)」
「コールリッジ・ネリィ、だよ。年齢は14歳、クラスは今のとこサイオニック。みんな、よろしくね」
それまでデジカメでフラッシュをたきながらあちこち周囲を撮影していた少女が、名を呼ばれたことに反応してデジカメから顔を離すと自己紹介をする。
それきり、再び撮ることに専念し始めたマイペースなコールリッジから目を離して、ワーンズワイスはその金の瞳をテテへと向けた。
「自分、夢はこのパラミタを踏破することなんだけどねぇ」
「あっ、ワーンズワイスくんも? 一緒だねっ」
「それでテテくん、さっき世界全土を制覇って言ってたけど、何で制覇するつもり?」
「もっちろん、趣味の大道芸で!!」
言うなり、テテはすちゃっと背後から番傘を取り出した。用意済みだったのだろう。
「美影っ」
「はい」
と、美影が食べ終わったサンドイッチの紙皿を放る。それを、テテは番傘で回し始めた。
「ハイ、皿回し〜! 3枚なら余裕だよ! ――って、あっ」
言うそばから、紙皿は転がり落ちてしまった。弁護させてもらうなら、これはテテのせいではない。皿が紙製で軽かったためだ。
紙皿は立ったままコロコロ転がって、体育館座りをした少年のつま先に当たって止まった。
紙皿を追っていたみんなの目が、少年に集中する。
「ちょっと、是政っ」
あせり気味に、パートナーのエル・フォード(える・ふぉーど)がヘッドフォンのコードを引っ張ってはずす。そこでようやく矢元 是政(やもと・これまさ)は事態に気付けたようで、眠そうなぼんやりとした表情で自分を見ている者たちを見渡した。
「……ああ、そっか……あいさつ……。
矢元 是政です……よろしく……お願いします……」
ぺこ、と頭を下げた是政は、これで済んだとばかりにヘッドフォンをかけて、再び音楽の世界へ没入してしまった。
「まったくもお、是政ったら!
ごめんなさい、皆さん。この子、ちょっと人見知りが激しくてっ」
エルがあわてて是政のフォローに入る。そしてもう一度ヘッドフォンをもぎ取ってでもはずさせようとしたとき。
後ろから伸びた手がやさしくその手を押しとどめた。手の主、加岳里 志成(かがくり・しせい)はエルに向かい、ここは自分に任せてと言うようににっこりほほ笑む。そしてもう片方の手で是政のヘッドフォンにあてた手に触れ、是政が彼女に気付き、観察し終わって彼女の存在に慣れるまで待ってから、そっとヘッドフォンをはずした。
「きれいな音楽ですね」
漏れ聞こえる音に耳をすませ、志成は言う。
「ずるいなぁ、こんないい音、きみだけが聴くなんて。どうせならみんなにも聴いてもらいませんか? ほら、こうすればみんなもきみと同じ曲を聴くことができるでしょう?」
すばやく音楽プレイヤーからヘッドフォンのコードを抜いた。会話をさまたげない程度にボリュームを絞る。
「あ……」
「BGMにしましょう。いい音楽をありがとうございます」
にこにこと笑う志成をぼんやりと見つめ、是政はこくっと小さくうなずいた。
「是政くん、はじめまして。蒼空学園の加岳里と申します」そして、こちらの様子を伺っていた全員を見渡して。「皆さんも、はじめまして。私もまだまだ皆さんと同じくらい、新参者です。どうぞよろしくお願いいたします」
美しい礼をとる彼女に、だれもが目を奪われた。
そのうちの1人、エルが、はっとなる。
「あ、ごあいさつが遅れました。私、エル・フォードといいます。イルミンスールに所属しています。よろしくお願いいたします」
あせりからかほおをうっすら染めながら、急いで頭を下げる。
「是政くんに何か質問ある人? ――ありませんか? じゃあ是政くん、どなたか次の人を指名してください」
「……俺?」
上目づかいに伺ってくる是政に、力づけるように志成が笑顔でうなずく。
「あ……じゃあ」
是政は適当に正面に座る少女を指差した。
「えっ? 私?」
驚いたのは中郷 悠生(なかさと・ゆうき)だった。まさかこんな唐突に自分に回ってくるとは。
「あ、あの……えっと」
頭の中が瞬時に真っ白になって、考えていたはずの文句がひと文字も浮かんでこない。緊張しすぎて言葉がのどを通らず、悠生はとっさにうつむいてしまった。
「皆さんはじめまして、風見 光里と申します」
パートナーの風見 光里(かざみ・ひかり)が、時間稼ぎにと自己紹介をした。こちらは悠生と違い、注目を受けようがもの怖じせず、はきはきと主張をする。
「天御柱学院に所属しています。こんな見てくれですのでよく男と間違われたりしますが、性別は女です。念のため」
茶化すようにウィンクまじりに向ける笑顔は魅力的で、そのあっさりとした気質からも、彼女が同性にもてるらしいのは見てとれた。
「さあ、悠生」
促すように悠生の背中に手をあてる。
「……中郷……悠生……です……」
詰まったのどから無理やり押し出した声は、蚊の鳴く声ほどにもならなかった。
「ここは私の出番ね」
つぶやき、前へ出たのは茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)だった。
「こんにちは〜」
衿栖操る人形が、うつむいた悠生の視線の先に回り込む。
「お嬢さん、お名前は〜?」
小首を傾げるかわいらしい人形。
ちょこんとマイクを突き出す愛らしい姿に、ふっと口元を緩ませると先の言葉を繰り返した。
「中郷 悠生です」
今度はすんなりと声が出た。そのことに自身、勇気づけられる思いで丸まっていた背中を正し、しゃんと胸を張る。
「はじめまして……皆さん。私は、中郷悠生といいます。よ、よろしくお願いしますっ」
まだ少し揺れてはいたが、きちんと最後まで言えたことにホッとする悠生。その姿に、好ましい思いで微笑する光里。
悠生は、自分の膝に両手をついている人形を見て、その糸をたどって衿栖を見上げた。
「よくできました〜。がんばったねー」
人形の口真似のようにそう言って、衿栖は笑顔になると、すっと息を吸い込んだ。
「新入生の皆さんこんにちわー! 蒼空学園の茅野瀬 衿栖です。得意技は人形造りと人形操り」
と、人形が衿栖の前にとことこ出て、かわいらしく礼をする。糸がついてはいたが、まるで本当に生きているかのようななめらかな動きだった。
「そして芸能事務所846プロ所属のアイドルです。ユニット『ツンデレーション』で活動中! 皆はツンデレーションを知ってるかなー? 知ってる人はこれからも応援よろしく! 知らない人は今日で覚えていってねー!」
順に見渡した衿栖の目に、にこにこと笑って手を振る青年の姿が入る。
「やあ」
アイコンタクトで彼女が自分に気付いたことを知った青年は、笑顔のまま言った。
「俺は天川 真正(あまかわ・しんしょう)。その846プロっていうのは、きみみたいな女性が多いのかな?」
「「みたいな」って言われても、分からないんだけど。でももちろん、芸能プロだから女の子は多いわよ?」
なに? ナンパ? 楽しげな目をしておどけて見てくる衿栖に、真正はまいったな、という照れ笑いで頭を掻いた。
「いや、そうじゃなくて……俺はどちらかというと女性の相手は苦手で……だけど、レイニーアには同性の友人を作ってやりたいんだ」
そう言って、となりのパートナーレイニーア・ゲイル(れいにーあ・げいる)を紹介した。
「レイニーア・ゲイル、です……」
「俺がこんなだからって、こいつにまでそういうのを強いたくないんだ」
衿栖はレイニーアを見た。はかなげな外見をした少女だが、裏腹に、その目に宿った警戒心は相当なものだ。
「……ふぅん。いいわよ。見学者は大歓迎。ぜひ今度事務所へ遊びに来てね。あっ、もちろんほかの子たちもね! よかったら誘い合って来てちょうだい!」
敵意すら含んだ視線を向けてくるレイニーアの本心は真正の願いと大分かけ離れているように思えたが、衿栖はあえてそれと気づかないフリをして、ほかの新入生たちにも笑顔を振り撒く。
「だって。よかったな、レイニーア」
「ええ……まあ」
人形を操る彼女から視線をそらす。
「……そんなの、いらないのに……。ワタシ以外の人と話したりしないで……なんでワタシ以外の人と話したりするの……」
となりの真正にも聞こえない小さな声で、そっとレイニーアはつぶやいていた。
「じゃあ真正くん。だれか指名して」
「そうだなぁ……」
真正は少し悩んだのち、目の合った少女を指差した。
それが自分と分かった瞬間、少女は背中にものさしでも差し込まれたようにピンッと背を正す。
「わっ、わたっ、私は、鍵谷 七海(かぎや・ななみ)。ですっ。えーと……地球で受験生をしてたんだけど……ちょっと失敗しちゃって。
そのときパートナーのバカ虎……あわわ。じ、じゃなくて、えっと、孝虎の提案でパラミタに来ましたっ。今は天御柱学院に所属してます。とっ、とく、得意なことは……えーと、えーと……えーっと……………………。
と、特にない……かな。あ、あははははー」
緊張のしすぎで妙に疳高い、裏返った声で、あたふたと自己紹介を終える。直後、ずーーーーんと落ち込んだ。
(うう……後先考えないでしゃべっちゃ駄目だよね、いくら頭のなか真っ白になったからって。笑ってごまかしちゃったけど……)
「ほら、バ……じゃなくて孝虎も、ちゃんと自己紹介しなさいよっ」
「んー?」
うつむいたまま、ツンツン肘でとなりの山下 孝虎(やました・たかとら)をつっついていたら。
「七海ちゃん、気にしない気にしなーいっ。だれも何とも思ってないからさー」
いきなり茶髪のロング男に声をかけられた。しかもいつの間に縮められたのか、距離がメッチャ近い。思わず後ろに反り返ってしまう。
「あ、あの……?」
「ん? 七海ちゃん? そう呼んでもいーよね?」
七海が言わんとしていることをとり違えて(あるいはわざと?)、男は邪気のない顔でニッコリ笑う。
「いえ、あなた……」
「あ、自分? 自分はエミン・イェシルメン(えみん・いぇしるめん)というものだよ。教導団所属……っと、今は休学中だけど。仲良くしていただけると嬉しいな」
はい、握手。と、いつの間にやら手をとられてたりして……。
無意識なのか、それとも狙ってなのか分からない、妙な人懐っこさでどんどん距離を縮められる。と、ふとエミンは何かに気付いたような表情をした。
「ああきみ、きれいな瞳をしているね。きらきらして、まるで黒曜石をはめ込んだみたいだ」
「あ、ああああああ、あの……あの……っ」
パニック寸前、目の前がぐるぐる回りだした気分で七海はとにかく何かを言おうとする。
そのとき。
「キリク、そこのナンパ野郎に何かプレゼントを。たとえば銃弾とか」
「はーいっ」
そんな素っ気ない言葉と喜々として応じる声が右の方から聞こえたと思うや、いきなり銃弾がばら撒かれた。
「わっ! ちょっと! 何すんだよ!!」
自分に向かってくる火線から、あわてて飛び退く。
「俺はナンパ野郎じゃねえっ!!」
「そう?」
すずしい声で金襴 かりん(きらん・かりん)が疑問を呈する。
パートナーが銃撃されたというのに、ずずずと日本茶をすすって、全く動じている様子はない。
「しょっちゅう、間違わ、れて、いるんだから、たまには、自分のげんどうを、振り返ってみる、べきだ」
「そんな……っ! って、うわっっ」
「えーい、ナンパ野郎は死んじゃえー」
またもエミンを襲う銃弾。エミンは大急ぎで銃を持って追ってくる少年から逃げ出した。だれしもあっけにとられる面前で、2人はみるみるうち、遠ざかっていく。
湯呑みを下ろしたかりんは、エミンが離れたおかげで少しパニックを治められた七海に向かい、かすかに口端を上げて笑みらしきものを見せた。
「ワタシ、金襴 かりん……でも、本当の、名前は、アンネ・アンネ一号、だよ」
「かりん……さん?」
「うん。
だいじょうぶ、だよ。パラミタには、いいひとが。おおいから」
「……はい」
お互い笑顔を返し合う。その横で。
「俺は山下 孝虎。となりの姫さん……七海をパラミタに誘った張本人だ。こんな成りしてるし、無精髭も生やしてるが……おっさんと呼んだやつはとりあえずデコピンな。
得意なことは力仕事、趣味は武器の手入れと七海弄り。
んなとこかな。ま、よろしく」
まるで何事もなかったかのように、どこまでもマイペースに孝虎が自己紹介をしていた。
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