空京

校長室

創世の絆 第一回

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創世の絆 第一回

リアクション

 夜月が光術のあかりの下に入ったとき、場は自己紹介と食事を終え、ゲームに移行していた。
 訓練補佐で、地面にボードゲームを広げている者、何やら地面を槍でひっかいて線を引いている者、カラオケ機材を設置している者たちがいるなか、その準備を待つ間を利用して新入生たちを集め、話し込んでいる者がいる。
 扇形になって座っている彼らの前に座しているのは雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)だ。彼女は長くパラミタで契約者として過ごした経験を活かし、これまで起きた出来事を話して聞かせていた。
 聴衆を飽きさせないようにと語りに工夫を凝らし、ときには派手派手しく大仰に表現をして、身振り手振りもまじえながら時間軸に沿って簡潔に伝えていく。
 彼女の巧みな話術に、周りに集まった新入生たちはすっかり話に引き込まれているようだった。同意を求める言葉にうなずいたり、展開にはらはら、息を呑んだりしつつ、じっと聞き入っている。
 その傍らではリナリエッタのパートナーのアドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)が、上質の布を使ってせっせと黒バラと赤バラの飾りを作っては男女で色分けをして、かいがいしく彼らの胸に留めてあげていた。
 同じ体験をした者が同じ物を一緒に持つ。そうして思い出の品を共有することで、ここを出てからも彼らの一体感やつながりを増させようというのだろう。きっと彼らはこのバラを見るたびに今度のことを思い出し、仲間意識を強めるに違いなかった。
「――ふふっ。だからね、ザナドゥの暗闇や空京にモンスターが現れたときに比べたら、ここはずっとずっと快適よぉ」
 ひととおり話し終えたリナリエッタは、そう締めくくる。
 彼女が話し終えてひと息つくのを待って、飲み物をトレイに乗せた給仕役の人たちが新入生に配っていく。その様子をぼんやり見ていたリナリエッタの顔の横に、すっとグラスが差し出された。
「お疲れさまです」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が笑顔でオレンジジュースの入ったグラスを手にかがんでいる。それを、リナリエッタは受け取った。
「あちらで私も聞かせていただいていましたが、いい語りでした。これできっと、皆さん十二星華のことから最近起きたザナドゥのことまで、ひととおり知ることができたでしょうね」
「だといいけどぉ? あなたたちはちょっと大変かもしれないわねぇ? 興味持った人からこれから質問攻めにあうかもしれないしぃ」
 ジュースに口づけながら、にやりと笑む。ちょっとクセのある笑い方。本人にその気はないだろうが、どこか小ばかにしたような……。(それともあるのか?)
「それもまた面白いかもしれません。先輩・後輩の交流には役立つでしょう」
 くすくすと口元に手を添えて笑うルシェンの後ろで、ううう……と困ったような、泣いてるような、うなる声が小さく聞こえてきた。
 見ると、ネコ耳メイド姿の榊 朝斗(さかき・あさと)が、一生懸命短いスカートの裾を少しでも引き下ろそうとしながら立っていた。
「ルシェン〜、ほんとにこんな格好が必要なの〜?」
 前を引っ張れば後ろが持ち上がり、後ろを隠せば前が持ち上がり。残念ながら彼の奮闘は全く役に立っていない。真っ赤になった顔で弱々しく訊いてくる彼が羞恥にもだっているのを見て、とたんルシェンの表情がいきいきと輝いた。
「まあ! 当然ですよ、朝斗。私たちが目指すのは新入生とのフレンドリーな交流です。ヘタに隙なく構えて、とっつきにくくてはいけません。その姿なら新入生たちもきっと打ち解けて、笑顔になってくれますよ!」
 ええもう間違いなく! バッチリ!
「……笑顔の意味が違う気がするんだけど……」
 意味というか、質というか。
「……大体、なんでこんな衣装、ここまで持ってきてるわけ?」
 含み針とか。訓練のどこに必要だと思ったの?
「いいから。早く皆さんにおやつと飲み物を配りましょう。そこでそうしてても何もならないですよ」
「ううう……」
 ワイワイやってる周囲の笑い声まで全部自分を笑っているように聞こえてきて、ちょっぴり涙を流しつつもなんとか気をとり直し――気にしているのは本人ばかりで、ほかの人は全く何てことないことだったっていうのはよくあることだしね!――紅茶セットやお茶請けのお菓子などが乗ったトレイを持ち上げたら。
「がぅがぁーーーーーッ!!」
 そんなおたけびとともに、いきなり真横からタックルを仕掛けられた。
「どっひゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 がらんがらんがらん、と音を立てトレイが吹っ飛んで転がっていく。
 不意をつかれて驚いたものの、相手が小さいこともあって、たたらを踏んだだけでなんとか持ち直せた。
「何っ! この子だれっっ」
 腰にしがみついているサル――ではなく、恐竜を必死に引きはがしにかかる。もちろん本物の恐竜ではない、恐竜の着ぐるみを着ただれかだ。
「がうがうがうっ」
「ちょ! そこダメ! ダメったらダメなんだってば!! っひゃん! ……やっ! 離れて! とにかく一度離れて〜〜〜」
 しがみつき、すりすりすりすり顔をすりつけてくる。そこがもう腰やらおしりだったりするから、朝斗大パニック。胸元に伸びてくる手を必死で防戦し、ひたすら押さえつけてどうにか突き飛ばすことに成功した。
「うがっ。ぅがぁぉ、がぅがぅがっ! ぅがが?」
「こんなおすてきメイドさんにこんなところで会えるなんて、ぼくはなんて幸運なんだろう。かわいいネコ耳メイドさん、ぜひ心ゆくまでかいぐりさせてください、と言っている」
 てんてんと足元に転がってきた恐竜の言葉をルシェンが翻訳する。
「……それ、意訳でしょ。ってゆーか、完全にルシェンの言葉の方が文字数多いよね」
 超訳かもしれない。
「がうっ ♪」
「大丈夫。問題ない」
 グッと親指を突き出すルシェン。そして足元で同じポーズをとる恐竜。すっかり通じ合ったもようだ。
「まぁ、完全に間違いというわけではないな」
 ジュース片手に口にくわえたストローをクルクル回しながら、ツインテールの少年が言った。
「きみは?」
「そいつのパートナーで英霊のチンギス・ハン(ちんぎす・はん)という。ちなみにそいつはテラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)だ」
「えっ? ていうことは、この子地球人なの?」
 てっきりゆる族の少年だと思っていた朝斗が、今ひとつもふたつも信じられない思いで恐竜を指差す。少年は朝斗に近付いた。
「あれはモンゴル高原でさまよっていた所を発見、保護された野生児なのだよ。狼に育てられたせいで人語は解さん」
「ああ、なるほど……」
 そんなことが、と少ししんみりした思いでいたら。
 いきなり胸をむにょっと掴まれた。
「む。ニセ乳か」
「だからなんでそーゆーことするのー!? キミたちーーーっ!!」
「つまらん。行くぞ、テラー。もむのであればあんなニセ乳などではなく、本物のメイドの胸をもまねばな」
 きゃーーっと思わず乙女のように両胸をかばう朝斗の前、チンギスは短い着ぐるみの足でひょこひょこ歩くテラーを従え、すたすた歩き去って行った。
「ううう……」
 本物のメイドじゃないのはたしかだし、女の子でもないのだから当たり前なのに、なんだか負けた気がするのはなぜ?
「ま、いいじゃないですか。あっちの野生児にはきっちりメイドと思われたんですから。野生児の勘よりも朝斗のネコ耳メイドパワーが勝ったってことですよ! さすがあさにゃん!」
 おほほほほほほほほっ。
「……ううーっ」
 顔を真っ赤にしたまま、複雑な思いで朝斗はうなり続けた。
「……あさにゃん?」
 ルシェンの高笑いと少々大きめの声を聞きつけて、二条 沙緒理(にじょう・さおり)がつぶやいた。
「ああ。まぁ……あの姿のときの呼び名ですよ。ネコ耳をつけているでしょう?」
 長谷川 真琴(はせがわ・まこと)は紅茶を継ぎ足していた手を止め、あいまいに返答をする。
 彼女は天御柱学院所属なので、朝斗の名声――海京の都市伝説の1つ「ロシアンカフェの美少女ネコ耳メイド」――について一度ならず耳にしたことがあった。直接目にしたわけではなく、真実かどうか定かではないので彼の名誉のためにもその件については伏せておく。
 真実ならいずれはあきらかになることだし。
「ふぅん。ではあの人のことはこれから「あさにゃん先輩」って呼べばいいのでしょうか?」
「ええ。それがいいのではないでしょうか」
 パートナーがそう呼んでいることだし。これはあながち間違いではないだろう、と真琴は思う。
 こうして朝斗は新入生たちから「あさにゃん先輩」と呼ばれることになったのだった。
「ところで。お茶請けとして、こちらの焼き菓子はいかがですか? 大変おいしいですよ」
 と、セロファンに包まれたフルーツカップケーキを差し出す。
「ありがとうございます。いただきます」両指先をつき、深々と礼をとった沙緒理は「お名前をお聞かせいただけませんでしょうか?」と問いかけた。
「ああ、すみません。礼を失していました。私は天御柱学院の長谷川 真琴といいます」
「ありがとうございます、長谷川先輩」
「真琴でいいですよ」
「では、真琴さん。私は二条 沙緒里と申します。百合園女学院となりにいますのはパートナーのパブロ・アルバトーレ(ぱぶろ・あるばとーれ)
 ここでじっとしてるなんてツマラナイ。沙緒里のやつ、探索を選べばよかったのになー、きっとワクワクすることがあったに違いないのにー、と考えてそっぽを向いてもぐもぐしていたパブロが、名前を呼ばれてこちらを振り向く。
 真琴と視線を合わせ、軽く頭を下げて会釈をした。
「よろしくお願いします。あなたも紅茶、いりませんか? アイスもありますよ?」
「あ、じゃあ」
 グラスを差し出し、冷たいアールグレイをそそいでもらう。
「それにしても、きちんとなさっていますね。こんな状況なのにとり乱すこともなく。ご立派です」
「ありがとうございます。ですが、そんなことはありませんわ。勉強だけが唯一誇れる取り柄のつまらない女だと思っています。けれど、この状況では勉強ができたところで何もできることはありませんし。とすれば、先輩の皆さまになるべくご迷惑をおかけしないためにも、ここでじっと大人しくしているべきと決めているのですわ」
 淡々と語る、この返答に、真琴は小首を傾げた。
「少しも迷惑などではありませんよ。むしろ、いくらでもかけてください。でないと私たちも恩返しができず、立つ瀬がありませんからね?」
「そうでしょうか?」
「ええ。そういうものです。私たちにも新入生のころはあって、先輩に少なからずご面倒をかけてきました。そのときお世話になったお返しを、こうしたときにしているのです。そうしてあなたが先輩になっていつかこんな事態に陥ったとき、今度は下の者たちのお世話をして、今日のお返しをするといいでしょう」
 なるほど、と沙緒理が納得したとき。
「ぅがあぁぁぁーーーっ!」
 という叫び声がして、何かがメイド姿の真琴に向かって突進してきた。
「な、なんです!?」
 驚く真琴にバッと飛びかかる影。しかし次の瞬間、それは頭上から降ったトレイによってはたき落とされた。
「まったく、どこのどいつだこいつぁ!! ひとにいきなり飛びつこうとするなんて、しつけがなってねーぞ!!」
 間に割り入った執事服姿の真田 恵美(さなだ・めぐみ)が、憤慨して見下ろす。
 そこでは、恐竜の着ぐるみ姿の者が、きゅーーーっと目を回して転がっていた。



「みんな、お待たせーっ! カラオケの準備完了よーっ」
 響 未来(ひびき・みらい)が、急きょ作った特設ステージの上からマイク片手に呼びかけた。急ごしらえにしては上等なほど、しっかりとした作りのステージができあがっている。
「カラオケ?」
 北月 智緒(きげつ・ちお)がまるで手品のようにポケットから次々と出して見せたキャンディのうちの1つを受け取って、口に放り込んでいたルシアがそちらを向いた。
「あれー? ルシアちゃん、カラオケ知らないの?」
 訊いたのは智緒のパートナーの桐生 理知(きりゅう・りち)だ。彼女に向き直り、ルシアは首を振った。
「ううん、知ってる。でも、したことないの。機会がなくて」
「えーっ。すっごく楽しいのに!」
「そうだってね。聞いたことある。
 ……あ。これおいしー」
「ほんと? もっと食べる? まだまだあるよ!」
 智緒がうれしげにポケットから掴み出して、ざーっとルシアの両手にキャンディの雨を降らせた。
「ねえねえ、ルシアちゃん。こういうの知ってる?」
 理知は軽く、今海京ではやりの歌を歌ってみた。アップテンポでノリのいい曲。しかしその早いリズムに、ルシアはきょとんとなる。
「こういうのなら知ってる」
 ルシアが口にしたのはゆっくりと流れる曲――オペラ『蝶々夫人』だ。理知の方が、今度はきょとんとなる番だった。
「あとね、こーゆーの」
 それは理知も知っていた。『アマリリス』は音楽の教科書にもよく載っているから。しかしそれをカラオケでするとなると、これはちょっと、かなりビミョウかも……。
「う、うーーーんーー……」
「だめ?」
 思わず頭を抱えてしまった理知に、ルシアはまるで子犬のように純粋な目を向ける。
「だめ、じゃないけどぉー……」
 カラオケの機械には多分入ってるから。問題は、場のノリには間違いなく合わないだろうということで……。
「……よーし、決めた! ルシアちゃん、私が教えてあげる!」
 奮起して、理知は立ち上がった。そのままぐいっと腕を引いて、ルシアも立ち上がらせる。
「大丈夫だよ、歌詞は出るし、簡単な歌だから。すぐ覚えられるよっ!」
 理知の力強い言葉に、みるみるうちにルシアの表情が輝きだす。
「それで、みんなで一緒に同じ歌、歌お!」
「うん! ありがと、理知」
 2人は手をつないでステージへと向かう。
「それでね、ルシアちゃん。あのね、また今度でいいから……今度はルシアちゃんがさっきの歌、教えてね?」
 理知からのお願いに、ルシアはにっこり笑ってうなずいたのだった。
「交換成立!」



「TVゲームがしたいという人はこっちやで〜?」
 離れた別の位置からはがこっちこっちと手を振って招く。
「よ〜っしゃ! ここは得意の格ゲーで一発ガツンとやって、新入生たちに見せつけてやるわ〜! 百合園にレロシャンありってね!」
 レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)が両手を組み合わせてぽきぽき鳴らして立ち上がった。
「まぁ。格闘ゲームとは懐かしいですわ」
 レロシャンとは双子の姉妹で強化人間のロレンシャ・カプティアティ(ろれんしゃ・かぷてぃあてぃ)も立ち上がる。
「昔、子どものころよく2人で遊びましたわねえ。でも、おあいにくさま。勝つのは私の方ですわよ? レロシャン姉さま」
「言ったわね。じゃあ賭ける?」
「何をですの?」
「そうね〜、お風呂掃除1カ月間とか? どう?」
 レロシャンの提案に、ロレンシャは「ん〜?」と考え込むそぶりを見せる。
 だがかたちだけだ。結論は瞬時に出ている。
「受けましたわ」
「賭け成立! 負けないわよ!」
「私こそ。今日は、今までで一番のロレンシャをお見せすると約束いたしますわ」
 笑顔を見せ合いながら社の方へ歩いていく。
 2人とも、相手に負けたときのことなどこれっぽっちも考えていなかった。なぜなら、勝つまで勝負をやめる気は全くなかったからである。
「わ! わ! 格ゲーですって! 行かない? 兄さん!」
 フィンラン・サイフィス(ふぃんらん・さいふぃす)が目を輝かせ、ぴょんっと跳ねるように立ち上がるや兄のアクロ・サイフィス(あくろ・さいふぃす)の袖を引っ張った。
 その姿にアクロは隠した口元で苦笑する。
「ずい分な変わりようですね。ついさっきまで、合コンは苦手だってぼやいていたくせに」
「だって合コンは、合コンは…………もう! 知ってるくせに! 意地悪ねっ」
 すねたような口調でそう言いながらもあかるい笑顔のフィンランにつられ、アクロもまた笑顔で引っ張られるままになる。
「はいはい」
「デザートが別腹なのと同じで、合コンとああいったゲームは別なの!
 さあ、やるわよ、兄さん! やるからには絶対勝ーつ!」
 ゲームなら私に任せろー!
 みんなが集まっている場所に近付くにつれてフィンランの足取りは軽くなっていく。
「そんなに急ぐと、転んでしまいますよ」
「だいじょーぶー!」
 もうフィンランの目にはゲーム機しか入っていない。
 タタタッと軽快に駆け寄る彼女の後ろを、アクロはゆっくりと歩いて行った。