空京

リアクション

　
エピローグ


　イレイザーの出現といった脅威を退け、
　遺跡の奥へ落ちた者やヘクトル達は無事、外へ脱出することが出来た。
　ギフト、というお土産を携えながら。
　

　
　一方、水晶の森で行われた探索でも、無事にギフトが発見されたものの――
　探索隊は、長曽禰によってインテグラルと名付けられた、謎の存在と遭遇する。

　“それ”は鎧を身に纏った赤髪の巨漢の姿をしており、
　その凄まじい力は、離れた場所に居た契約者たちの身が本能的な警告を示すほど明らかだった。

　その圧倒的な力の前に、
　探索隊はリファニーの熾天使の力や、
　何故かニルヴァーナの地に現れたアルベリッヒ・サー・ヴァレンシュタインの協力を以てしても太刀討ちする事が出来ず、
　撤退を余儀なくされたのだった。



　また、回廊付近では、ラクシュミを校長としたニルヴァーナ校造りが順調に進んでいた。
　多くの契約者たちの働きや提案、言葉を受け、
　ラクシュミは頭の片隅にあったものが、にわかに確かな形を持っていくように感じていた。
　
　ニルヴァーナの地を再生する――
　その壮大な目的を達成するための、小さな小さな第一歩。
　
　果たして、本当にそんな事が出来るのだろうか。
　誰かの言うように、再生など叶わず、ただの「ごっこ遊び」の延長で終わってしまうわけにはいかない。




　そして――
　
　パラミタ大陸の崩壊を救うための方法。
　
　その手掛かりは未だ掴めずにいる。


　また……
　ニルヴァーナは何故滅ばなければならなかったのか。
　ブラッディ・デバインの残党などのここに居るはずの無い者たち。
　現れた強大な『敵』。

　解き明かさなければならない謎を秘めた、
　ニルヴァーナの探索と開拓は続く――――


　◇　◇

　パラミタ大陸、
　コーラルネットワークに由来した精神世界。


『シャンバラの女王よ』

　エリュシオン帝国の大帝アスコルドの精神に語りかけられ、、
　シャンバラ女王アイシャ・シュヴァーラ（あいしゃ・しゅう゛ぁーら）は、閉じていた意識を彼に向けた。

『……ニルヴァーナでの出来事について、報告は受けています』
『この状況、汝はどう見る？』

　アスコルドの問いかけに、アイシャは少しの間を置いてから。

『ニルヴァーナは、私たちを受け入れると同時に、拒んでもいる……そう感じます。
　……まだ、おぼろげで、確信はありませんが、
　あの大地には、大きな二つの意思があるのではないかと』
『あの地は危険ダ』

　大帝の言葉に、アイシャはピクリと意識を震わせた。

『シャンバラの女王よ。我は危惧している』
『ニルヴァーナの地に辿り着くこと――それは、貴方も望んだことだったのでは？』
『クックック……』

　彼は笑っただけで、アイシャの問いかけに応えることは無かった。
　その代わり――

『いずれにせよ。
　当面は、インテグラルと呼ばれたモノの対処ダ。

　だが、汝がシャンバラ自慢のイコンも回廊を通り抜けることはできん。
　そして、我が帝国の誇る龍騎士団も、龍が居なければインテグラルを討ち滅ぼすことは出来まい』

『ギフトがあります。
　ニルヴァーナ人は、インテグラルに対抗するための力として、ギフトを残したのではないでしょうか？
　それらを見つけ出し、その真の力を解放することが出来れば……』

『間に合うか？
　ギフトを見つけ出す前に殲滅されてまえば、それまでダ』

『……何か、考えが？』

『現在のパラミタにおいて最強たる者、アイリスをニルヴァーナへ向かわせる。
　それが、今や力の尽き果てようとしている我に出来る、最大の手ダ』
『…………。
　やはり、貴方はもう――』

『クックック……くだらん感傷だナ。
　シャンバラの女王アイシャよ。

　気をつけるがいい。
　我々が想像していたより、遥かに、ニルヴァーナは危険ダ。
　そして、“奴ら”も――』

　やがて、アスコルドの気配は、精神世界から消えた。
　残されたアイシャは、しばしの逡巡の後……

『それでも、私は信じます。
　彼らがパラミタを――全ての未来を救ってくれると』

　零し、パラミタ大陸を維持するための祈りへと戻っていったのだった。


　◇　◇

　ニルヴァーナの遥か彼方の虚空に浮かぶ、孤島に偽装した機晶要塞。

「急げ！！
　我々はここで尽きるわけにはいかん！！」

　要塞を離れようとしていた艦の中で、彼は声を荒らげていた。
　風景を揺るがす破壊音は延々と途切れることなく続いている。

「機晶姫部隊は全滅、陽動を行っていた３番艦も沈黙！！　そ、それに、２番艦も……」
「怯むな！
　我が艦の目的は、今の内に要塞を脱出し、ニルヴァーナへ向かうことだけだ！

　我々はニルヴァーナの地に居る彼らに伝えるべきことがある！！
　仲間の犠牲を、無駄にするな」

「駄目です！　Ｈ番6899回路まで機晶管理中枢が大破！
　偽装外壁、全て開けません！
　このままでは……」

「そんな……破壊が早過ぎる……ここで私たちは終わるのか？
　クソッ、何の為に永き時を待ったというのだ！！」

「――艦長！！　先程の爆風で23番通路が開きました！！」
「よしッ！！　23番通路より宮殿へ抜け、外殻部を撃ち開き、ニルヴァーナへ向かう！！」

　彼らを乗せた艦は、激しい爆発と共に崩壊が進む通路を抜けていく。
　しかし――

「外殻、開きました！　行けます！」
「全速前進！
　……これで――これで、ニルヴァーナへ戻れる……。
　戻って、我々はニルヴァーナとパ――」

　瞬間だった。
　彼らの乗った艦が巨大な斧に叩き割られ、大爆発を起こしたのは。



　やがて、要塞は、軋み、歪み、蹂躙され、
　そこに居た者たちと彼らの携えていた全てと共に、消滅させられたのだった。


　弾け、急速に収束していく光を背に、
　全てを破壊し尽くした、その巨大な姿は遥かな虚空を駆けていた。

　駆逐すべき者の現れた、ニルヴァーナの地を目指して。


　■

（……散ったか）

　ゲルバッキーは呻き、心中で深く深く嘆息した。
　
（ヤツラめ――どこまでも我々を！）

　彼は激しく肉球を床に叩きつけた。
　吉井さんの実家の床に。

「うるさいわよ！」

　吉井さんに怒られ、
　ゲルバッキーは、腹を見せてクンクン鳴いてみせたのだった。