空京

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創世の絆 第一回

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創世の絆 第一回

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ニルヴァーナの地を探索する:page04


 リファニー・ウィンポリアは積極的に探索活動に参加していた。
 水晶森と称される地帯は広範囲に渡り、多くの探索者がその探索を行っている。リファニーは誰かが何かを発見したという報告を聞くと、率先して自分の目でそれを確認しに動いていた。
 今回も、発見された歪な形の水晶を確認し、そこから塩湖近くに設営されたベースキャンプに持ち帰るところだった。発見されたのは、ネズミのような生き物の形をした水晶だ。地球やパラミタのネズミとは、やはり若干の違いが見られる。
「随分と頑張るね。そんなの持って帰るなんて、誰か適当な人に頼めばいいのに」
 リゼネリ・べルザァート(りぜねり・べるざぁーと)は、取るに足らないものを見るようにネズミの形をした水晶を見て言った。
 数こそ多く無いがそういう生き物の姿をした水晶は発見されている。一つ一つをわざわざ彼女が見に行って運ぶのは、非効率的だ。
「どんな場所にあったのかを、自分の目で見ておきたいのです」
「写真も取ってるんだし、そこまでする必要は無いんじゃないかと思うんだけどね」
「……写真では気付けないものに気付けるかもしれません」
「ふーん。ところで、ムーンコントラクターってさ。地球のコントラクターと何か違うところでもあるの? ぱっと想像した感じ地球人より肉体的に脆弱そうだけど」
「……どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だけど、そうだね。君がそうやって一生懸命するように、僕も君のことが知りたいんだ」
「違い、ですか。そう問われても、まず私は地球のコントラクターというものを詳しくは知りません。もしも違いがあるとすれば、気付くのはたぶん私ではなく、あなた方が先ではないでしょうか?」
 リファニーは、少し考えてからそう答えた。
「熾天使さん、リファニーさんは地球の月にいたんだよね? それって奇妙じゃないかな? 経緯とかって覚えてない? まぁ、あんまり期待はしてないんだけどね」
「すみません。別に彼も悪気があって言っているわけではありませんので」
 もともと堅いリファニーの表情が、さらにむっとしたのを見て取ったミレリオ・リガルハイト(みれりお・りがるはいと)は間に入る。
「……いえ、気にしてません。経緯ですか、それだけでも思い出せれば少しはこのもやもやも収まるものですが、ところで、何がどう奇妙なのでしょうか?」
「それは―――」
 次の言葉がリゼネリから出る前に、ぐいっと引っ張られてその言葉が遮られた。
 引っ張ったのは、カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)だ。小声で、少しは気を遣ってやれよ、と伝える。
 そうしてできた隙間にレイカ・スオウ(れいか・すおう)が入って、リファニーに話しかける。レイカが一方的に話しをして、それにリファニーが「ああ」とか「ええ」とか、「そうですね」と相槌を打っているだけだが、先ほどのむっとした空気は消えていた。
「気ですか?」
「あの子が、あんなに頑張ってるのって自分の記憶を思い出す切欠を探してるからだろ。それぐらい汲んでやれってこと。まぁでも、会話を途中で遮って悪かったな」
「少し急ぎすぎておりましたね」
 リゼネリの代わりにか、ミレリオが返事をする。
「……彼女に、悪かったって伝えておいてくれないか」
 それぐらい自分でやれよ、とはカガミは言わずにわかったと答えた。

「お茶ですか?」
「ええ、戻ってからです。働き詰めでしょう、少しは休憩も必要です」
「推測で言いますが、きっとあなたの望む答えはでてきませんよ?」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は目を丸くした。熾天使について知りたいという彼の内心をすっかり見抜いたような言葉だったからだ。
「そういう目をしていましたから」
「それは、申し訳ありません」
「いえ、そういう風に考えてしまうのは仕方ありません。逆の立場でしたら、私も同じことを考えるかもしれませんから」
「そうですか」
「構いませんよ」
「はい?」
「お茶ですよ。先ほど、レイカさんとも同じ約束をしたので、一緒でよければですが」
「いえ、ありがとうございます」
「私も一緒でいいですか?」
 『旅人の書』 シルスール(たびびとのしょ・しるすーる)に、リファニーはええと答える。相変わらず表情は硬いままだったが。
「レイカさんも、いいですよね」
「はい」
 ニコニコしながら、レイカは頷いた。
「おっと、俺もいいかな」
 それに、カガミも続く。
「ええ。私には話せることなんて何もありませんが、それでもいいのでしたら」
 それは自分を卑下して言っているようではなく、淡々と事実を言葉にしているだけのものだった。自身の記憶が無いという事実を、彼女がどのように考えているのか、それはわからない。
「大丈夫ですよ。私はまだまだたくさん、お話ししたい事がありますから」
 一瞬流れた気まずい空気を、レイカが当たり前のことのように言って吹き飛ばす。
「そうですか」
 そう言うリファニーの表情は、よく見れば、ほんの少しだけ柔らかくなっているようにも見えた。



「そっちも同じ?」
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)十七夜 リオ(かなき・りお)に尋ねると、リオはゆっくりと首を振った。
「同じよ。見えるのは、水晶に囲まれた風景ばっかり……よね。フェル」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)はこくんと頷いた。
「サイコメトリで調べれば、この水晶森の秘密が見えるかもって思ったんだけどね」
「地道に調査するしかないってわけね」
「そう都合よくはいかないってわけね。でも、どこでサイコメトリを試してみても、見えるのは同じような風景ばっかり、どれだけの間ここの風景は変わらないままだったのかしら」
 人間の記憶とは違うから、サイコメトリで読み取れるものが重大事件であるとは限らない。とはいえ、何度試してみても、同じように代わり映えのしない風景が映るということは、ここは相当長い期間同じ風景のままだったのかもしれない。
「色々少しずつ見つかってるみたいだけど、決定的な何かはまだないのよね」
 リムレアナ・スプラシャール(りむれあな・すぷらしゃーる)は手にとってみた水晶の欠片を眺める。
 地面から生えたような水晶、時折見つかる生き物の水晶もある。
 サンプルを回収し、詳細に調査する。それが彼女達のやり方だ。記録を取りつつ、ここでも水晶の欠片を回収した。

 この水晶の森には、元があったのではないかというのが叶 白竜(よう・ぱいろん)の推測だった。その推測が、当たっているかもしれないと思える事件が起きた。
「大丈夫か?」
「う、うん」
「はい」
 リリィ・ルーデル(りりぃ・るーでる)七志乃 のなめ(ななしの・のなめ)の二人は、思っていたよりは元気そうだった。
「本隊を離れないように通達していたはずですが、とにかく無事でよかった。今後は注意してくれ」
「ごめんなさい。ただ、わざと離れたわけではなくて、その……」
「迷ったのだろう。同じような風景ばかりですからね、注意していただければ構いませんよ。それより、気になるのは。先ほどのは一体なんだったのかわかりますか?」
 二人は揃って首を振る。そりゃそうだろう、わかっていたなら本隊からはぐれてしまったらもっと焦るはずだ。
「怖い顔してるぜ」
 世 羅儀(せい・らぎ)に言われて、ああ、と心無い返事を返した。
「さっき見たのは、間違いではないよな?」
「たぶんな。俺も同じものを見たと思うぜ」
 先ほどの光景―――疲れたのかうずくまっていた二人を取り込もうと水晶が彼女達に迫ってきたのだ。いち早くそれを見つけた、羅儀がその水晶を狙撃して事無きを得た。
「歩いてたら段々頭がぼーっとしちゃって」
「こっち来てから、時々思うように体が動かないって感じる事があったけどさ……もしかして、それって強行軍で疲労が溜まってるんじゃなくて、この森のせいなのか?」
「推測であまりものを言うものではありませんよ。疲労があるのは事実でしょう」
 白竜は冷静にそう言うが、勤めて優しく発せられた声とは対照的に、目つきは鋭いままだった。
「……この水晶は観賞用とは思えなくなってきましたね」
 カラスが光物を集めるように、イレイザーも水晶になんらかのこだわりがあるのかもしれない。漠然とした考えを持っていた白竜だったが、そのこだわりというのは、単に集めたいというものではなく、何か説明できる理由があるのかもしれない。
「とにかく、彼女達を本隊に送ってこうか。他の奴にも、注意するように言わないとだしな」
「そうですね。少し歩きますが、よろしいですか?」
「大丈夫だよ。今はもう全然平気だもん」
 その返事に、白竜は頷いた。そうして、歩き出したところ、のなめだけその場に立ち止まって、砕けた水晶を見つめていた。
「どうしたの?」
「まさかこのニルヴァーナ入植に向けての探査計画が、のちにわたしたちの未来で大災厄を振りまく『アレ』を呼び覚ます切っ掛けになろうとは、この時代の人たちは…まだ知る由もなかったのです。それではみなさん……アテブレーベ・オブリガード……」



 落ち合う場所は、塩湖から離れた自然の洞窟の中と通達を受けた。人の手の加わっている遺跡も散見される中、この洞窟は何も手が加わっていない自然物のようだった。だが、まだほんの入り口で、まだまだ奥が続いている。
「意外だな。てっきり、現地採用者は全て捨て駒にするとでも思っていたのだが」
 洞窟の中で一人待っていたのは、黒いパワードスーツを着込んだ男だった。アルベリッヒと直接面識のある山田 太郎(やまだ・たろう)久我内 椋(くがうち・りょう)は、その声からして別人というのがわかる。さらに、パワードスーツそのものは同じものだが、肩に今まで見た事のない紋章があった。二本の馬上槍を持った甲冑の騎士の紋章だ。
「お主らがそれほど有能だったか、それとも悪い病気でも出たか」
「悪い病気?」
「奴を知っているのなら、あいつが妙なものに執着しているのを知っているだろう? それがあの男の原動力でもあったため、我は見て見ぬ振りをしてきたのだがな」
「ところで、あなたは誰なんです?」
 太郎が尋ねる。黒いパワードスーツからして、ブラッディ・ディバインの人間なのは間違いない。待ち合わせに現れたのは、この男一人だ。他の構成員は、姿も見せず気配も感じない。
「おっと、これはすまない。我が名は、ルバート・バロン・キャラハン……理由あって、今はブラッディ・ディバインの指揮代理を務めている。あまりそういう目で人を見るものではない、若者よ」
 ルバートと名乗った男は、ヘルメットを外した。頭髪から蓄えた顎鬚まで、真っ白に染まった壮年の男性だ。鋭い眼光には、若さとは違った力強さを感じるものがある。
「さて、一応君らにも簡単に自己紹介をしてもらおうか」
 太郎と椋と、ロサ・アエテルヌム(ろさ・あえてるぬむ)は簡単に一言程度の自己紹介をした。
 その後、椋がギフトについての情報を伝える。ルバートは興味深そうに話を聞いていた。
「もしかしたら、もう知っている情報かもしれませんけどね」
「そういうものがあるというのは知っていた。しかし、二つも取られていたとはな。こちらが混乱している間に、やってくれる」
「混乱? あんた達は、月に先回りできていたじゃないですか。むしろ、準備万端でないとおかしくないですか? それに、どうやって月に先回りができたんです?」
「先回り、か。ある者に手引きされ、確かに一足早くこの地に足はつけたがな。準備を完全に整える暇などは無かった。あの男のせいでな」
「あの男? アルベリッヒですか」
「ああ、そうだ。アルベリッヒには我とて驚嘆するほどの冷酷さがあった。いやもはやあれは、残忍さとでも言うか。そうでありながら、計算高く冷静でもあったから、我もあの男であれば我らを率いるに足る素質を持つと思ったのだがな……見込み違いをしたようだ」
「アルベリッヒが何をしたのですか?」
「知っているのなら説明をするまでもないだろうが、あの男の原動力はある人間に対する劣等感が根源だった。優秀な男ではあったのだがな、若さか……いや、もはやアレは何かに執りつかれているかのようでもあったな。その執念が行き過ぎた結果は、お主らも知るところだろう? 部隊に打撃を受け、本人も行方不明だ」
 言葉の端々に、アルベリッヒを諦めきれないルバートの感情が透けて見える。本当に、彼らの中でも飛びぬけた人物だったのだろう。
「行方不明」
「あの後、探検隊の目を盗み調査したが遺体も彼のパワードスーツも発見できなかった。探検隊が持ち帰ったかもしれないが、そういう情報は無いのだろう?」
 太郎と椋はそれぞれ頷いた。
「ところでもう一つ聞きたいのですが、何故アルベリッヒと悪魔デヘペロに面識があったのですか?」
「……ふむ、悪いな。それは本人でなければわりそうにない。お主らの件もそうだが、あの男は組織を自分の復讐のために利用していた節がある。それで成果を出せるのなら構わないと思っていた我にも落ち度はあるが、奴の行動の詳細まではわからんな。伴にをしていた者も、今では残っていない」
「残って……いない?」
 その疑問について尋ねる前に、入り口に居たモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)の声が洞窟の中に反響する。
「来たぜ、お客さんだ」
 嬉しそうな声色に、椋は苦笑する。
「ロサ」
「うん」
 隣で静かに佇んでいたロサは太郎の声に頷くと、外にへと向かう。
「どれ、まずは見せてもらおうか。撤退の準備が整ったら合図を出す、それまで適当に時間を稼げ」
 気がつくと、黒いパワードスーツの人数が増えていた。全部で六人居る。ルバートもヘルメットを被ったが、外に出るつもりはないようだ。この場面は接触してきた彼らを値踏みするのも、切り捨てるのにも丁度いいだろう。
「勝手に逃げられてしまうと、こちらが丸損ですので俺はここに残りますが、構いませんか?」
「そうですね。さすがに、ここで使い捨てられるというのは面白くありません」
「いいだろう。好きにしろ」
 二人を洞窟の奥にへと歩かせると、ルバートは言葉ではなく指先だけで部下に指示を飛ばした。素早く狭い洞窟の中を、互いにぶつかることなく動く。彼らの手には、爆弾のようなものがあるのが見えた。