空京

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創世の絆 第一回

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創世の絆 第一回

リアクション


ニルヴァーナの地を探索する:page05


 とっさにリア・レオニス(りあ・れおにす)は身を引いた。
 リアの首筋を風が通り抜ける。あとほんの僅か、体を前に出していたら頭と胴体がおさらばしていただろう。有無を言わさず、飛び出すと同時に切りかかってきた銀 静(しろがね・しずか)は、表情を微塵も変えることなくリアを見ると、間合いを取り直した。
「っと、危ない危ない」
「ほらほら、余所見してっと怪我するぜ!」
 モードレットが切りかかる。
 襲撃を受けたのは、つい先ほどだ。ブラッディ・ディバインを追って、本隊を離れて調査を進めていたところ、不意を突いて襲い掛かられたのだ。襲い掛かってきた相手には、今のところ一つとして黒いパワードスーツは見当たらない。
「思えば、彼らを特定する手段は少ないですからね」
 一度目の襲撃をなんとか凌いだところで、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)は至って冷静に言った。黒いパワードスーツが出てくれば一発だが、あとは行動や言動やらで見抜く必要がある。まして、この辺りは調査が進んでいないとはいえ、気の早い誰かがやってきていないとは言い切れない。一方、向こうはとりあえず近づく奴に襲いかかれるのだ。
「犯罪者は気楽でいいよなっ!」
 モードレットの一撃を振り払って、視線を周囲にめぐらす。
 もう一度、あの黒いパワードスーツが無いことを確認する。問題は、彼らが何なのか、だ。いきなり襲い掛かってきたことから、何かやましい事を考えたりしているのは間違い無いだろうが、何の集団だろうか。
「考えるのはあとだ、向かってきてくれるんなら丁度いい。倒してあとで全部吐かせりゃいいんだよ」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が一括する。彼らが何者かは、あとでも十分に調べることはできる。今は自分たちの身の安全のためにも、この降りかかる火の粉を追い払うのが先だ。
「何者かはわからねえが、ここが罪の償い所だぜ」
「それはどうかしら? むしろそっちが無謀のツケの払いどころじゃない?」
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)は距離と詰めず広げず、ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)との間合いを計る。その一歩前には、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)がガイが前に出るのを阻む。
「あまりここで、手の内を見せるのはよろしくありませんわ」
「わかってるわ。ただ、あんまりぼーっとしてても心象が悪くなるし、適当に遊んであげないとね」
「何をこそこそお話ししているのです?」
「こっちの話しよ。ほら、どうしたの? 今さら怖くなっちゃった?」

「アルベルト、じゃなくて、アルベリッヒは行方不明か……。彼なら色々と知ってそうだと思ったんだけどな」
 音無 終(おとなし・しゅう)は、アルベリッヒがイレイザーや水晶化について何か情報を知っていると踏んでいたが、その人物は行方不明だと白髪のおっさん、ルバートは言った。
 死んでいると断言はしなかったが、絶望的だろう。接触する相手を間違えたか、とはいえ、この戦闘に巻き込まれた以上は今さらあとには引けない。
 完全な不意打ちだった静の一撃に反応して避けられた。相手の技量はかなりのものはなのは間違いない。倒すとなると、相当な覚悟が必要だろう。
「ってね、今は時間を稼ぐだけで十分だし」
 囲まれている状況のため、敵は一箇所に集まっている。そこに向かって、機晶爆弾を投げつて、まとめてふっ飛ばしてしまえばいい。
「……っ!」
 機晶爆弾を取り出した腕に鋭い痛みが走る。つーっと赤い線が腕から流れる。
「させません。無理やり動かせば、腕が落ちますよ」
 沢渡 真言(さわたり・まこと)の憂うフィルフィオーナが、終の腕に食い込んでいる。彼の言うとおり、力で対抗したら骨ごと切り落とされるかもしれない。
 睨み合い。終は無理に引き離そうとせず、真言もこのまま腕を切り落とすのは本意ではないらしい。そう判断した終は、心の声で静に呼びかけた。
 命令通りに、静が真言に襲い掛かる。
「おっと、邪魔はさせません」
 静の前に、沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が躍り出る。不意打ちを防いだ、と彼らが思ったところに魔銃カルネイジをお見舞いした。
「ああ、やっぱり反応するか。けどま、腕は取り戻した」
「やれやれ、仲間ごと撃ちますか、普通?」
「当たってないのなら、問題ないさ。そんじゃ、仕切りなおしだな」

「一番厄介なのは、あいつだな」
 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は十二天護法剣で空を切る。
「こいつは、結界か!」
 ラルクを取り囲んで結界を形成した。この結界から出ようとすれば、その身を傷つける事になる。今この戦闘の中心に立っている男を捕らえた、これで状況は変わるだろう。
 現に、彼らに動揺しているのが見て取れる。
 この隙を見逃さず、身を隠していたティアン・メイ(てぃあん・めい)が、玄秀の術の発動に合わせて飛び出す。
「貴方に恨みはないけれど、やらせて貰うわ!」
 狙いは、ガイだ。一番ラルクに近い場所に居たから、結界に一番反応してしまっている。つまり、一番隙がでかい。
 声に反応してガイもティアンを迎撃しようとするが、一歩遅い。
「こんなもんで、俺を止められるかぁ!」
「なっ」
 驚いたのは、玄秀だ。結界から出ようとすれば、その身を傷つけられる。だというのに、ラルクは力任せに結界から飛び出したのだ。体のあちこちに傷を受けてはいるが、ラルクに消耗した様子は無い。
 結界から飛び出したラルクは、その勢いのままにティアンに仕掛けた。玄秀が驚いたように、彼女もこの無茶には驚いたのか、踏み込みが少し甘くなった。おかげで、最悪のクロスカウンターにはならず、痛み分けといったところだ。
「本隊から離れて独自行動するのを認められるだけの事はあるわけですね」
 探索隊の調査予定から外れた地点にやってきている。実力も運も気合も折り紙つきなのだ。時間稼ぎとたかをくくれる相手ではない、と頭の中を切り替えなければならない。
 そこへ、ロサがやってきて耳打ちする。撤退の準備が整った、と。

 塩湖からほど近い場所に、ごつごつとした岩ばかりが続く荒地のような土地があった。生き物の気配は薄く、視界も悪い。水晶森の調査隊の目がいっている中、この荒くれた土地は人影は無く時折抜けていく風の音以外はとても静かな場所だった。そのため、慎重に周囲の様子を探りながら進んでいた、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)がその音に気付いたのは、当然のことだったろう。
 二人は気配をなるべく殺しながら、その音の方に近づいた。すると、人の声らしきものが聞こえ、その音の詳細も判断がついた。誰かと誰かが戦っている。そう判断した瞬間、博季は駆け出した。
「わっ」
 その足を止めたのは、大きな爆発の音だった。地面も僅かにだが揺れた。
「なに? いまの?」
 幽綺子が少し不安そうに言う。
「急ごう」
 止まった足をすぐにまた動かし、音のした方に向かう。そこには、何人かの人影があった。戦ってはいない。
「どうしたんですか、今の音は?」
 尋ねると、岩場の一箇所を示された。そこからは、薄い煙が立ち上がっている。先ほどの爆発音の原因がそこであるのは間違いなかった。
 その場に居たラルク達には軽い手傷を負っている人も居た。話しを聞きながら、簡単な手当てを手伝う。
「一瞬だが、黒いパワードスーツが見えた。あいつらはブラッディ・ディバインの仲間で間違いない」
「しかし、洞窟の入り口を崩していくとは……この洞窟は、どこかに繋がっているのでしょうね」
「瓦礫をどかして追いかけるか?」
「いや、深追いはよそう。奴らにはまだパワードスーツの在庫があるのなら、戦力不足だ」
 話し合いの結果、一度本隊と合流をしておくことにした。今回の件で、ブラッディ・ディバインは今だ活動を停止していないのが確認できた。その事を伝えておく必要がある。



 調査の結果、塩湖は三日月型をしているらしい。らしいというのは、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)はその話しを耳にしただけで、実際にそうであるかどうかを確かめてはいないからだ。クレセントソルトレイクという名前がつくらしい。
 そんな事はどうでもいいことだ。この大きな、対岸が見えない湖の中には何が眠っているのか、そっちの方がセシルにとっては重要だ。
「結構水が冷たいですわね」
 湖に出る前に触れてみた塩湖の水はかなり冷たい。それに、水面から見る限りは透明度もあまり高くない。
 だが、ちらちらと水中を動くものが見える。小魚だろうか。さすがに、メダカぐらいの大きさしかない魚を捕まえても使い道は無い。水晶森は探索が進めば進むほど、死の森の様相を現してきたが、それ以外の場所には色々な生き物が生息しているようだ。
「小さな魚がいるのなら、大きな魚もいるはずだよな」
 小魚を発見して嬉しそうにしていたのは、白鋭 切人(はくえい・きりひと)だ。ハンパない釣り竿から繋がる釣り糸が、彼の体に巻きつけてある。素潜りをして、食べられそうな魚を探すのだという。
「水、結構冷たいわよ」
 エリート水兵服を着込んでいる禁書 『フォークナー文書』(きんしょ・ふぉーくなーぶんしょ)が、呆れたような目で言う。さらに気温もそう高くない。
「このぐらい、問題ないな」
「いいんじゃないですの? 魚目当てなら普通に魚を釣ればいいような気がしますけれども」
 塩湖が深くなるところまで、フタバスズキリュウで切人を乗せて運び、そこからは別行動。一足先に、切人が湖に飛び込んだ。
「……っ!」
 なにやら楽しそうな切人はスルーして、フタバスズキリュウに命令を出して水中に潜った。
 透明度の高くないと思ったが、潜ってみると以外と視界が確保できた。ほんの少し潜った程度では底が見えない。広さもそうだが、深さもかなりあるのだろう。
「何かが沈んでいるとしたら、底ですわよね」
 ふと、魚の群れを追いかけている切人の姿がちらりと見えた。魚の種類も色々いるようだ。群れを作って泳ぐ魚や、人の頭よりも大きくて、単体で泳いでいるものもいる。ここにはここの生態系があるのだろう。
「食べれるのかしら?」
「さぁ?」
 さらに潜っていくと、段々周囲が暗くなっていく。水面からの光が届かなくなってきていた。持ち込んだ小さな水中ライトの光は心細い。水温もさらに冷たくなっていた。それでも底が見えないので、このまま進むのだろうと思っていたフォークナーは、突然その場で制止したフタバスズキリュウに少し驚いた。
「どうしたの?」
「しっ」
 人差し指を唇にあてたセシルの表情は真剣だ。何かに気付いたのか察知したのか、とにかく自分も何かに注意する。
 突然、強い水の流れを感じた。その程度でフタバスズキリュウは流されたりはしない。さざなみはあるが、水中は穏やかな湖の中のこの水流の原因を二人と一頭はすぐに突き止めた。
 途方もない大きな黒い影が、彼女らの足の下を、通り過ぎていったのだ。薄暗い水中では詳細までは見えなかったが、何かが流されているのではなく、それが自分で泳いでいることはすぐにわかった。巨大な影が通り過ぎてゆくのを待って、一旦水面に戻った。
「おい、今の見たか」
 水面に戻ると、若干興奮気味な切人がこちらに向かって泳いできていた。釣り糸が繋がってるのだから、岸まで引っ張ってもらえばいいというのは浅はかな考えだ。この釣り糸は、彼を一口で食べれる魚に襲われた時に、釣り上げるためのものであって、彼が泳ぐのを助ける役目は無い。
「見ましたわ。って、唇真っ青じゃないですの」
「小刻みに震えてるわね」
「こ、こんなの、な、なんともない。そんなことより、さっきのなんだ?」
「分かりませんわよ。大きすぎて、生き物かどうかもわかりませんわ。もしも生き物でしたら、この子も一口でしょうね」
 それぐらいに、大きな影だった。
「……さすがに、あんなのは釣り上げられないな」
 つまり食べられたら終りということだ。切人はあまり深刻に考えてはいなさそうだったが、フタバスズキリュウは怖気づいてしまっているようだった。目の前でガタガタ震えている男も火にあてないとそろそろダメそうだしと、セシルは一旦岸にまで戻る事にした。

 そんなに大きい魚が居るのなら、しっかり食べられてきなさい。
 そう言われてしまった切人は、それから何度も素潜りを繰り返し、すっかり冷たい体になってしまった。今は焚き火にあてて、暖めている最中である。
「わぁ、また面白い魚が釣れましたね!」
 餌が使い物にならなくなってしまったので、仕方なくハンパない釣り竿に普通の餌をつけてファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)は普通に釣りをすることにした。
 すると、面白いように魚が釣れる。魚に逃げられることをバレるというが、ここで釣りをする人間なんて居なかったのか、面白いように餌に食いついてきた。ここの魚には、釣りとは未知の出来事なのだろう。
 そうして釣りをしていると、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 瑠璃(しざくら・るり)がやってきて見学を始めた。この湖住む魚は、面白いものが多い。尾の部分も顔に擬態した、二つ顔があるように見える魚は、背中ではなくお腹の部分に針があるハリセンボンのような魚、色々釣れる。
「棘には毒があるかもしれないから、あまりそうつんつんしちゃだめですわよ」
 この魚は食料にしようという考えがあるので、盗まないのなら、という条件をつけて二人に、というか瑠璃に好きに魚を見てもいいことにした。
 はしゃぐ瑠璃とは対照的に、遙遠はあまり魚には興味なさそうだ。
 しばらくすると、暖めていた切人が復活した。
「もういかないからな」
「いいわよ、大漁だもの。それに、あなたが見たっていう巨大な影のに誇張が無いのなら、この釣竿では無理みたいだし」
 さっきは嬉々として潜れと言っていたような気がしたが、切人は突っ込まなかった。
「巨大な影?」
 遙遠がここで興味を示した。ただ大きな動く影を見た、という話しを説明するのに大した時間はかからなかった。
「この湖にも何か居るのですね。襲い掛かってこなかったってことは、大人しい性格なのでしょうか」
「単に気付かなかっただけかもしれませんわよ?」
「それもありますね」
「ねーねー、何の話?」
「この湖に、とてつもない大きな何かがいるらしいですよ」
「大きな何か? 何かって?」
「それはまだわかりませんね」
 二人の会話を聞き流して、白切は立ち上がる。
「どこか行くの?」
「食い物探してるんだろ。これだけ大きな湖なら貝もいるだろうし、その辺りの水辺を見てくる」
「あ、そ。行ってらっしゃい」