空京

校長室

創世の絆 第一回

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創世の絆 第一回

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ニルヴァーナの地を探索する:page07



 塩湖から進んで北東の方角、水晶の森を抜けたところで探検隊は足を止めていた。
 これ以上進むと、本隊から孤立してしまうのも理由の一つだが、眼前に広がる異様な光景が彼らの足を止めた最大の理由だ。
「この水使って染めれば、真っ赤なモヒカンができるかもな!」
 物怖じする人も居る中、バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)は上機嫌に赤い水を見つめる。血のように赤い水は、押し寄せてはまた引いていく。真っ赤な液体で満たされた海が、広がっている。
「真っ赤でござるな……少し気味が悪いでござる」
 その背中をゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)はばんばんと叩いた。
「びびっちまってんのか? ああん?」
「びびってなんか無いでござるよ。というか、痛いでござる。やめるでござる!」
「おっと、怖ぇ怖ぇ。けけけ、しっかし、こっから先は船でもねーと進めねぇな」
「この海を渡るつもりでござるか」
「ったりめぇだろ、あの古代のおっぱい、じゃなかった、見せ脇おっぱいがギフト欲しがってんだろ。それとってきてアピールすんのが俺の目的だ。ちょっと水が赤いぐらいで立ち止まれるかってんだよ」
「理由はともかく、凄いパワーでござるな」
「んだよ。お前だって、あの見せ脇じぃっと見てたじゃねーか。おっぱい仲間同士お前も一緒に来るんだよ。あー、でも木を切り倒してっても、あの水晶じゃ水には浮かねぇのか」
「誤解でござる! 拙者はリファニー殿の見せ脇などで気取られてはおらぬでござるよ! 『ちょっと巫女装束似あうかも知れない着て欲しい』などと考えて上の空だった事は決してござらぬ!」
 鹿次郎は墓穴を掘って、しかし自分では気付いていないようだった。
 そんな鹿次郎の袖をくいくいと引っ張られる。
「ど、どうしたでござるか?」
 姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)があまり機嫌がいいとは言えない表情で、鹿次郎を見上げていた。視線が交わると、「ん」とだけいって、手の平を向ける。意味がわからず、鹿次郎が困惑した表情を見せると、雪はさらに不機嫌そうな顔になった。
「食べ物、出しなさい」
「そんなかつあげみたいな……いやいや、それよりも探検に出る前に大量のパンを荷物に詰め込んでおったではござらぬか。まさか、全部食べてしまったでござるか?」
「違いますわよ。ここまでの道しるべに、途中で契って置いてきたんですわ。水晶も味しないし……」
「何を口に含んでるでござるか! それに、本隊についていたら迷う事なんて……」
「いいから! 早く何か出しなさいな!」
「そんな事を言われても……何か、持っておらぬか?」
 ゲブーは無いと答えた。バーバーモヒカンも、モヒカンじゃない人にあげる食い物は無い、とそれに合わせた。
「むむむ、ちょ、やめるでござる。首を絞めても食べ物は出ないでござるっ……も、もうちょっと待てば補給が、補給が来るはずでござるから―――っ」

 私はナンパではありません、という誓約書を書く代わりに、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は無事本隊に合流することができた。誓約書を書かせたのに、エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)はこちらを警戒しているようだ。
 隊からはぐれてしまったアキラを見つけてくれたのは、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)が率いる輸送部隊だ。このまま、北東の地点に向かうという。運んでいるのは、食料のほかに、テントなどの資材もある。
 せっかくだから、一緒に行こうと言い出したのはルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)だ。このまま、隊の一番前に行けるし、何よりアキラの棒にはもう頼りたくないというのが本音だった。
「まっすぐ進むのならまだしも、途中でわき道にそれるものだから、すぐに迷ってしまうのじゃ」
「だって、俺のトレジャーセンスが囁くんだぜ。こっちこいってさ」
「それで何を見つけた? 何も見つけておらんじゃないか」
「見つけたさ、こんな綺麗な水晶の棒だぜ」
「棒をバージョンアップしてどうするんじゃ……」
 ただ棒を倒した方向に進むだけでも厄介なのに、アキラの言うトレジャーセンスの囁きによってふらふら動くのだから、あっという間に迷子になってしまった。偶然、物資を輸送する彼らに出会えたからいいが、運が悪ければそのまま干物にでもなっていただろう。
「ね、水晶森の中でさ、リファニーの言ってた強敵って見かけた?」
 エリーズが二人に聞いてみた。輸送隊は大事な物資を取り扱うため、非常時でもなければ安全が確保された地点を移動する。場合によっては、強敵とかいうのに出会うこともなく終わってしまうだろう。
「いや、特に見てないな」
「なーんだ、つまんないの」
 さらっと興味を失ったエリーズは、今度は難しい顔をしているレジーヌを目に留める。
「どうしたの?」
「この先で待ってる隊の人から陳情が来たんですよ」
「まだ届けても無いのに? で、何が欲しいって?」
「船だそうです」
「船? 無理にきまってるじゃない。そんなのどうやって持ち運べっていうのよ。で、何でそんな困ったような顔してるの?」
「その、欲しがっている人がそこに来てるんですけど、断るしかないんですけど、男の人で……」
「……ああ、わかったわ、あたしが無理って伝えてくるから」
 ござる口調の男に、無理という事を伝えると、何か食べ物をわけて欲しいと言い出した。命がかかってるとか大げさな事を言い出すので仕方なく個人的に持っていたお菓子をほんの少し分けてやると、大げさに礼をして走って戻っていった。
「なんだったのよ、あれ」
 


 真っ白な紙に、次々と情報が書き込まれて地図になっていく。段々とできあがっていく地図は、世界の誕生と同じだ。総勢三十人の部下と共に、実際にその目で見たり、先に進んだ隊から情報を収集したり、できうる限りの方法でとにかく地図を埋めていくのは、その達成感からだけではなく、放っておくとどんどん足を伸ばしてしまう隊の生存の為でもある。地図が無ければ、まともな撤退もできないのだ。
「海? 真っ赤な? 夕焼けで燃えてる〜とかじゃなくって?」
「自分の目でも確認したから間違いないわ。あれは、赤く見えるのではなく、赤い水よ。しょっぱいかどうかは確かめてないけど」
「ちょっと怖いぐらい真っ赤っかだったのですぅ」
 海を見つけたという報告を受けて、ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)ルノー ビーワンビス(るのー・びーわんびす)の二人がそこを偵察してくると、本当に真っ赤な海のような場所を見つけた。もっとも、対岸が見えない程度に広い湖かは判断がつかない。ただ、波はあった。
「赤い海だね、じゃあ一応注釈をいれておくよ。北東に進んで水晶森を抜けると、赤い海がある、と」
 黒乃 音子(くろの・ねこ)がデータを更新する。
「あれ? アウグストは?」
「少佐に報告に行くって」
「ああ、なんか少佐の事気に入ったとか言ってたな……」
「ちょっといいか、さっきからオレ、それが気になって仕方ないんだけど」
 金 麦子(きん・むぎこ)がルノーにひっかけられている中身の見えない袋を指差して言う。それは、先ほどからずっとがさごそと動いており、音子も若干気にはなっていた。
「これかい? ちょっと面白いもの見つけたから、捕まえておいたんだよ」
 袋を取ると、それを地面にゆっくりと置いた。袋の口からのそのそと現れたのは、ウニのようなカニのような何かだった。黒くて棘ばかりの体から、二本の挟みと六本の足が生えている。すごく不器用にだが、前に歩くようだ。
「……どこで見つけたの?」
「さっき言った赤い海で。もしかしたらさ、カニとウニの味が両方楽しめるんじゃないかなと思ったのであります」
「食べんのか、これ?」
 うぞうぞと動くウニっぽいカニは、あっさりと麦子に捕まった。とてものろい。
「食べ物に困るような事があったら、ね」
「これだけ調査しても、ほとんど動物も植物も見つからないのですぅ。きっと、何か理由があるのですぅ」
 広大な水晶森を記録するための部隊、黒豹大隊は今回の探検隊をまとめる少佐と同じぐらいに、情報が集積している。その情報に、生物や植物の情報が無い。だが、ニルヴァーナ全体に生き物が居ないかと言えばそうではなく、発見例はいくつもある。この場所だけが、何も見つからないのだ。
「あれ、私のカニっぽいウニは?」
「ん? さっき放したけど、あいつとろくさいからそんな遠くには行ってないだろ」
 大きさも結構あったはずのウニのようなカニは、忽然と姿を消してしまっていた。
「あーあ、逃げられちゃったか」
 残念そうに言うジャンヌの足が何かにひっかかり、危うくころびそうになった。何にひっかかったのかと見てみると、先ほどそこには無かったはずの水晶の塊があった。
「あれ? これ?」
 それは、先ほどのカニっぽいウニによく似た形をしていた。



「ららららららららら〜♪ るるるるるるるるるるる〜♪」
 ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)はどこかで聞いた事があるような歌を口ずさみながら、水晶森の中を進んでいた。隣には、風森 巽(かぜもり・たつみ)がウルフアヴァターラ・ソードの頭を撫でていた。
「無理を言って悪かったな」
 少ししょんぼりとしている狼形態のウルフアヴァターラ・ソードに、そう言ってやる。ギフトとギフトは惹かれあうはずだ、という理由で周囲を探索させたが、そういう機能は持ち合わせいないらしく、ことごとく何も見つけられないでいた。
 今はティアの御託宣にそって移動している最中だ。
「神様のお告げですから、きっと何か見つかるよ」
 そうティアは言うが、そのお告げの方法を見ていたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)はいまいち納得できないでいた。それは、昔なつかしいこっくりさんにしか見えなかったからだ。
「まぁ、この辺りの調査はまだ進んでないからな。何か見つかる可能性はある」
 共有されている地図によれば、この辺りは空白地帯だ。夥しい光という曖昧なヒントで探しているよりかは、ずっとマシな指標だろう。水晶が光をばら撒いているために、それだけではその場所を特定できないのだ。太陽光とは別の光源が存在するのもまた、事実ではある。
 水晶が飛び出していて、その隙間をくぐっていくと、突然開けた場所に出た。テニスのコートぐらいの広さがある。そして、その中央には大きな水晶の塊があった。
 水晶の塊は、今まで見た木々が水晶になったようなものではなく、巨大な直方体となっていた。大きな直方体の水晶のさらに中央、そこに機械の体を持った猫が閉じ込められていた。
「ギフト……か」
 巽が持つウルフアヴァターラ・ソードと、どことなく共通点がある。
「なるほど、夥しい光の中心点とは、そういう事ですか……」
 イーオンが手を水晶に触れながら言う。
「不思議ですね。ここではそれほど眩しくない」
 アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が言うように、夥しい光の中心であるはずなのだが、この場所はそこまで眩しくは無かった。だが、目の前の水晶は明らかに他の水晶よりも明るくなっている。自ら光を発しているかのように、まるで誰かにここを早く見つけて欲しいとでも言うようにだ。
「ギフトキター!」
 突然、ティアが両手を万歳しながら言った。巽はそれにも見覚えがある。ニルヴァーナに最初の一歩を踏み出した時にも、彼女は同じ事を言っていた。
「しかし、これを運び出すのは難しいな」
「どれ、ちょっといいか?」
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が一歩前に出て、水晶に手を触れてみる。
「……だめだ。何もわかんねーや」
 ここまでと同じように、この水晶にサイコメトリをしても何も見えなかった。強いてあげるなら、ここに誰かが来た様子はないかもしれない。それぐらいの情報しか汲み取れない。
「それにしたって、案外あっさり見つかったな」
 ミューレリアは水晶の中の猫の顔を見上げた。
「てっきり、リファニーの言ってた強敵がギフトだったり、その強敵がギフトを守ってたりっていうのを想像してたんだけどさ。まさか、御託宣で見つかるなんてな」
「御託宣が見つけられた理由とは思えないな。同じような神頼みをしていた連中は他にも居るだろ」
 イーオンが言うように、神頼み的な行動をしてない方が少ないだろう。地道に調査していたから、だ。
「それよりも、本隊に連絡して人と道具を持ってきてもらおう。さすがにこれは、俺達では運び出せない」
 水晶そのもの大きさは、一般的なイコンと同じぐらいある。これを、ここに居る少数で持ち上げて運ぶなど論外だ。ここまでの道のりも、決して平坦であったわけでもない。
 貸し出されている無線機を使って、イーオンが本隊に連絡を取ろうとしていると、巽のウルフアヴァターラ・ソードが低い唸り声をあげはじめた。
「どうした?」
 巽が声をかけると、唸っていたウルフアヴァターラ・ソードが吼え始める。何かに威嚇しているようだ。
「あ……あ……」
 さらに、突然ミューレリアが自分の体を抱きしめて、小さく呻いた。
「え? え? 大丈夫ですか?」
 ティアが駆け寄って声をかけると、少し青い顔をしたミューレリアは、ティアに促されて一度大きく深呼吸をする。そうすると、少し落ち着いたのか、笑みを作ってみせた。
「あの、どうしたんですか?」
「私は……うん、大丈夫だ。リリウムは大丈夫か?」
 ミューレリアは、魔装形態になったリリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)を装着している。今の、例えるなら何かに心臓を鷲掴みされ引き抜こうとされたような感覚、は自分のものではなく、彼女の感じたはずだったものだ。
「は、はい。ミューと一緒だったので、なんとか……なりました」
 リリウムらしくないか細い声で返事が返ってくる。
「……あの?」
 二人だけで納得されても、ティアには伝わらない。気づけば、イーオンも巽も表情を険しくしている。
 アルゲオが、イーオンに視線を送り、頷いた。
「ティア、気をつけろ。とてつもなくヤバイ何かが、それほど遠くない場所に居る」
 巽がそう言うと、ミューレリアがそれを肯定するように小さく頷いた。
 ティア自身も、彼女はこれといって特別勘がよかったりするわけではないのだが、何か嫌なものが存在していることをなんとなく感じ取っていた。特別な才能や技能が無くとも、察知できてしまう強大な何かだ。
「いざとなったら、我が時間を稼ぐ―――あれだな。一度言ってみたかった台詞だけどさ、言うには覚悟がいるんだな、この台詞」
 巽は、暑くももないのにつうと流れる汗を拭って、笑ってみせた。