空京

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創世の絆 第一回

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創世の絆 第一回

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ニルヴァーナの地を探索する:page03


「きゃあああああ!」
 突然の悲鳴に、ヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)エリザロッテ・フィアーネ(えりざろって・ふぃあーね)は顔を見合わせた。
 悲鳴は洞窟の中を反響してしまって、他のみんなにはどこから聞こえたのかわからないようだったが、二人にはすぐにわかった。自分たちで仕掛けた罠の場所を、しっかりと覚えていたからだ。
「誰かはまちまったのか?」
 不安になりながら、その罠に向かう。一応、この遺跡を探索しに行った連中には、罠を仕掛けておくと説明してあったはずだ。その上で罠にかかったのだから彼らが悪い、とは一概には言えないだろう。どこに仕掛けるかまでは、教えた時には決まっていなかったのだから。
「……どちら様?」
 落とし穴のふちに捕まって、落ちないように堪えているのは、探索に向かった仲間の誰でもなかった。
「誰かいるんですかー……助けてくださいー」
 よくよく見ると、そのふちに捕まっている人の足に、さらに人が捕まっている。もう一度、ヴェルデとエリザロッテは顔を見合わせてから、とりあえずこの二人を引っ張りあげた。
「た、助かりました……ありがとうございます」
 助け出されたのは、硯 爽麻(すずり・そうま)カガリ グラニテス(かがり・ぐらにてす)の二人だった。ふちに捕まっていたのがカガリ、その足にしがみついていたのが爽麻だという。
 何故か助け出されたあと、カガリは早着替えでメイドになったが、その理由は深くは考えない事にした。
「ああいや、こちらこそ悪かったな。で、ところあんたらはなんでそっちから来たんだ。そっちもどっかの出口に繋がってるのか?」
「さぁ、気がついたら迷っていて……その……」
「迷ってここに。うーん。どうする、たぶん探検隊からはぐれちゃった人だと思うけど」
「どうするってなぁ……どうするよ?」
 爽麻は不安そうにしている。彼女を放置するのは可愛そうだが、どうすればいいのかが二人にはわからない。
「なんだったんだ、さっきの悲鳴は?」
 とそこへ、国頭 武尊(くにがみ・たける)が姿を現した。

「パラ実の分校……?」
「ああ、たいむちゃんには悪いが、パラ実生がパラ実生らしく有るためには、自分達で分校作るしか無いんだよ」
「おかげで、探検隊の連中とは半ば絶縁一歩手前だけどな」
 そう猫井 又吉(ねこい・またきち)が付け加える。
「本当に絶縁されるかどうかは、交渉次第だがな」
 武尊はヴェルデらに押し付けられた彼女に、自分たちの立場を説明しながら仮設の校舎に向かって歩いていた。パラ実分校と名づけた彼らの秘密基地は、どこの誰かの命令を受け付けない自由な存在を目指している。
 とはいえ、その見た目は洞窟の中で瓦礫を掛け合わせてくつったもので、お世辞にも学校には見えない。形の整った資材はなく、そこらにある廃材や岩石などでひとまず陣地を覆ったに過ぎないものだ。
 ここには何も無い。だが、何も無いのは彼らにとってはさして問題にはならない。
「……にしても、随分無口な相方だな」
 視線を向けると、カガリはなに気にする事は無い、といった表情をする。
「別にいいけどよ。とりあえず、どうするか? さすがに俺らが探検隊まで送り届けるってのは違うと思うし、まぁ、少し休んでどうするかは適当に考えてくれや」
 話しをしている最中に、武尊を呼ぶ声が聞こえる。「おーう、今行くわ」と返事をする彼は、ここでは忙しい立場なのかもしれない。
「又吉、とりあえず彼女を中に案内してやってくれや。それからでもいいだろ、防衛計画とやらの話を詰めるのは」
「ああ、いいぜ……こっちだ」
 又吉に連れられて、落ちた城の城壁みたいになっている陣地に入る。
「なんだよ、この看板は! 休憩と宿泊の値段なんていらねーだろ」
「えー、でもいい字体で書けてるじゃん。看板作れって言ったのそっちだぜ?」
「確かに言ったけどな。それがどうしてこなるんだよ」
「もー、看板の話しなんかどうでもいいから部屋割りについてさっさと決めてくれねーと舎弟どもが暇してんだけどよ」
「部屋割りだったら、俺にいーい案があるぜ。この照明が似合うようにベッドをだな……」
「ベッドなんかまだねーっての」
「医薬品は無いのか、薬草でも摘むべきだな……しかし、ニルヴァーナの植物についてはわからない事が多いか」
「これは、仕事してるって言っていいのかねぇ」
 ごちゃごちゃとそれぞれの言葉が飛び交っている。如月 和馬(きさらぎ・かずま)南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が看板について揉めて、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は二人の間に入って何とか工事の話しを進めようとしているようだ。オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は一人、ぶつぶつと難しい事を言っている。
「ああ、なにこの子? お客さん?」
 上永吉 蓮子(かみながよし・れんこ)が爽麻とカガリに気付いて声をかけてくれた。
「迷い込んじまったんだってさ。つうか、まだやってたのか、この会議」
「みんな、思うところがあるからね。あんまり続くようなら拳で止めるから気にしないでいいさ」
「そもそも、瓦礫だけで何を作る気なのかしら?」
 アーシラト・シュメール(あーしらと・しゅめーる)はすっかり呆れているようだ。彼女としては、この施設造りよりも、調査を進めたいという気持ちがあるのだ。
「あ、あの……」
 そんな中、爽麻は喧騒の真ん中に向かって進んだ。
 あまり大きな声ではなかったが、一瞬の間に突き刺さったのか全員が爽麻に視線を向けた。
「お菓子……食べて、休憩しませんか?」



 パラ実の分校が建設されている遺跡は、ずっと奥にまで道が続いていた。
「お宝だと思ったんですけどね」
 真っ暗闇の中を、たいまつを頼りに進んでいた最中、キラキラと光る何かを次百 姫星(つぐもも・きらら)は見つけ、かけよった。拾い上げて確認してみると、ここでは見慣れてしまった水晶ではなかったが、宝石の類でもなかった。
「機晶石の欠片だな」
 オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)も腰をかがめて、それを拾い上げる。
「じゃあ、あっちでちらちらしているのも同じものかもしれないねぇ」
 たいまつの光を反射する小さな破片は、他にもあった。八神 誠一(やがみ・せいいち)の言葉に、姫星はちょっと残念そうにため息をつく。
「ただの洞窟ってわけじゃないみたいだから、そのうち何か見つかるだろ」
 ぽんぽんと、姫星の肩を鬼道 真姫(きどう・まき)が叩く。
「うん」
「しかし、上だけじゃないとはね」
 たいまつをかざした先には、額にクリスタルをはめ込まれた女性の像が横たわっている。ここで像を彫って、地上に並べていったのだろうか。雨風にさらされていないため、風化はしていないが苔むしていて、上で見たのとは別の怖さがある。
「私としては、こんなのやお宝なんかよりも、敵の一つや二つでも出てきてくれた方が嬉しいんだけどな」
「っても、特に何かの気配も無いんだろ?」
 不機嫌そうな大豆生田 華仔(まみうだ・はなこ)をなだめながら、九 隆一(いちじく・りゅういち)が誠一に尋ねる。
「うん、虫やネズミみたいなものは結構いるみたいだけど、敵意は感じないねぇ」
 じめじめした洞窟の中には、それを好みそうな虫が生息している。捕まえて調べてみれば、新天地の生態を知るきっかけになるかもしれないが、そんな事をするつもりは一向には微塵も無い。
 安全確保と、遺跡の調査。ついでに、敵との戦闘とお宝があれば万事OK。そういうスタンスである。
「拾ってくか? 欠片だから出力も期待できないけど、ライトをつけるぐらいはできるかもしれないぞ」
「うーん、いっぱいあるみたいだから、今はいいんじゃないですか。必要になったら、取りにきましょうか」
 見つけた機晶石の欠片をそのままに、一向はさらに奥へと進んでいった。



 湖畔の西にあたる場所には、いくつもの女性の像が不規則に並んでいる。それらは雨風にさらされたからか、完璧な状態で残っているものはほとんどなく、ヒビが入ったり崩れてしまっている。
「よくできてるわね、水晶森もそうだったけど、リアル過ぎて怖いわ」
 緋月・西園(ひづき・にしぞの)が女性の像を見上げながら言う。その顔の半分が崩れ落ちてしまっており、不気味な形相になってしまっている。風化が無ければ美しい像なのだろうが、この寂れた地に人の像が並ぶのを想像するとやはりここは不気味だった。
「でも、ただの像だろ。んー、ここまで湖の水を引くのはやっぱり難しいな」
 泉 椿(いずみ・つばき)が唸りながら、拾った棒で地面をひっかいていく。そこには簡単な地図のようなものが描かれていた。湖からここまで水を引く設計図のようだ。
「遠いものね。やっぱり井戸を掘るのがいいのかしら?」
「地下に遺跡があるんだろ」
 分校の校舎が設営されているのは、地下遺跡の入り口部分だ。予想外に地下は広いようで、今立っている地面の下が遺跡かどうかはマッピングが終了するまで判断できない。
「適当に掘るわけにはいかないか、井戸があれば助かるのだがな」
 スコップを片手に持ったマグナ・ジ・アース(まぐな・じあーす)が言う。
「水が無いのは困りってしまいますね」
 近衛 栞(このえ・しおり)の手には大きな三角定規があった。学校を作るというので持ってきたアイテムだが、パラ実の面々がちゃんと授業をするのかは疑わしい。
「湖の水をろ過したりすれば水も手に入るだろうけど、うーん、この遺跡の持ち主はどうやって水を手に入れてたんだ?」
 正確にはわからないが、この遺跡は相当な年代物だ。その間に、環境が変わってしまってるだけで、昔は川の一つでも流れていたのかもしれない。しっかり地質調査をすればそれもわかるかもしれないが、今は必要最低限の道具しかないため調査は難しいだろう。
「ふむ、仕方ない。では俺は、向こうに水が難しい事を伝えてこよう」
 マグナが向かったのは、弁天屋 菊(べんてんや・きく)鬼籍沢 鏨(きせきざわ・たがね)の二人が話し合っている開けた場所だった。
「土がひどく痩せてんだよ。それでも、パラミタトウモロコシなら育つかもしれないけど、問題は水だな」
「まずは飲み水の方が優先されるからな、俺が持ってきた種も暫くは使えないか」
「雨でも降れば、それを取っておくこともできるはずだし、まずはここがどんな土地がよく調べないとだな」
 マグナが声をかけて、井戸の件がやっぱり難しいという事を伝えると、二人はさほど驚いた様子はなく受け入れた。
「せっかくわたくしが用意した農具はお蔵入りですわね」
 後鬼宮 火車(ごきみや・かしゃ)の手にあるのは、農具と言われないと何がなんだかわからない代物だった。たぶん、クワのようなものだろう。
「まずは周囲の探索を進めるべきじゃん? 地下遺跡にもしかしたら井戸があるかもしれないし、足元が定まってからでも遅くないよ。それに、パラミタトウモロコシもいいけど、生態系を考えるとなるべく現地の食べれる植物を育てた方がいいと思う」
 探検隊を抜け出した自分達には、わかっている事も準備も道具もあまりにも少ない。ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)の言うように、色々調べていかないと何もできないだろう。とはいえ、調査が終わるまでただのんびりしているわけにもいかない。
 とにかく、もう少し調査の範囲を広げて井戸造りを優先しようか。そんな話し合いをしている最中、突然ガガは後ろを振り返った。
「何かあったか?」
「ああ、何か人の声みたいなものが聞こえた気がしたんだけど……」
「人の声って、そりゃ結構な人数が居るからな。別におかしな事じゃないだろ」
 ここに集ったパラ実の誰かの声だと言われれば、ガガも頷くしかなかった。
「そうかも……誰かが泣いているみたいだったんだけど」
 ガガの聞いた声はほどなくして、ここに集った全員が耳にすることになるのだった。