空京

校長室

創世の絆 第一回

リアクション公開中!

創世の絆 第一回

リアクション



第3章 ニルヴァーナに学校を作ろう 〜3日目〜 

「さて、どうするか」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)は笑みを浮かべてそう呟いた。
 校舎建設作業も3日目。連日行われていた「整地」作業も大方終わり、広大な土地が平らに均されていた。
 しかし、何とも心苦しい事に、この更地を再び掘り起こさなければならないのである。
 先の「整地」は隆起する岩を退ける事が目的であって、更地にすることが目的ではない。実際に校舎を建てるとなれば、どちらにせよ土台を作るのに土は掘り起こすことになる。心苦しいのも、妙に綺麗に均されたこの瞬間故の気の迷いである事は静麻も頭では理解しているのだが……。
「分かっていた事だ。というより、作業工程を考えれば当然の事だ」
 林田 樹(はやしだ・いつき)は「気に病むことはない」と加えて言った。部下を率いてこの地を均した彼女にそう言われては、これ以上には何も言えない。気に病む方が失礼というものだ。
「さて、次はどうする。図面は完成したのだろう?」
「まぁ、大方は、な」
 広げた図面には水路の道筋が引かれていた。昨日までの作業で、幾つかの地下水脈が発見されている、それを元に図面の作成に当たったのだというが。
 図面は完成してはいない。当然だ、校舎の形はもちろん、外装や内装は一切に決まっていない。昨日の「会議」でも意見は出たという事だが、決定には至っていない。完成した水路の図面など引けるはずがないのである。
「まぁそれでも潰しが利くようには引いてある。とりあえずは、これで行こう」
「ふむ。了解した。、行くぞ」
「待ってましたぁ! まずは油圧ショベルで、ざっと掘れば良いんだろ? 任せとけって!」
「図面を見ろ図面を! どこに突き立てるつもりだ!」
「うひゃっほう!!」
 作業再開と聞いて分かりやすくテンションが上がった新谷 衛(しんたに・まもる)とは対照的に、
たいむちゃんの為ならえーんやこーら」
 曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)も同様にテンションが上がっているはずだが、垂れた目尻と重そうな瞼のせいで、どうにも「眠そうな顔」に見えてしまう。実はめっぽうにテンションは高い。そして「えーんやこーら」が流行っていた。
たいむちゃんの為なら―――あ、今はたいむちゃんじゃなくてラクシュミちゃんか……うーん」
「ん? りゅーき?」
 『レーザーマインゴーシュ』を振り上げたままフリーズしている。それを見つけたマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が何度も名前を呼んで呼びかけたが反応は、無い。
 何度も何度も何度も何度も呼びかけて、ようやくどうにか顔を向けた瑠樹は、
「なぁ」と前置くと、
たいむちゃんのことをさ、「ラクちゃん」って呼んでも大丈夫かなぁ」
「ちゃ……ちゃんと作業に集中して下さいー!!」
 もっともなツッコミだった。現場には彼の部下も居る、他の契約者たちも一生懸命に作業をしているのだ。この場で答えの出るはずもない疑問を自問している暇があるなら手を動かせコノヤローな状況なのである。
「それじゃあ、ここから回廊までを繋いで良いんだな?」
 真面目に働いている方をご紹介しよう。大岡 永谷(おおおか・とと)、16歳。彼もまた教導団の中尉である。彼は補給路となる道路を敷設するべく静麻に確認をとっていた。
「あぁ、問題ない。幾ら何でもそこまで巨大な校舎は建てないだろう」
「もしそうなったなら、すぐにアスファルトを剥がすとするよ。壊すのは簡単だからな」
「頼もしいね。よろしく頼むよ」
 パートナーの熊猫 福(くまねこ・はっぴー)の「さぁみんな! テキパキハリキリ行くよ!!」の号令を受けて、教導団員たちが自分の持ち場へと散ってゆく。
 どんな工事をするにしても、運搬と輸送の効率が上がらなければ全体の効率も上がらない。簡易舗装が限界だとしても、しっかり道を均した上でアスファルト舗装を施せれば十分だろう。
 彼らの活躍により、校舎建設予定地の敷地隅とニルヴァーナの回廊を繋ぐ補給路が、この5日後には見事開通したのであった。




 本日もまた、続々と契約者たちが集まってくる。設立学科と施設案を発表する場、「会議」も今日で3日目。今日の司会は月音 詩歌(つきね・しいか)セリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)である。
「1、2、3、4、5、6、7……」
 施設提案は昨日までに終えている。故に今日は学科提案のみの発表となる。詩歌は発表を希望する契約者たちの人数を数えて「ふむふむ」と頷いた。
「そんなに多くないですぅ。のんびりやっても、だいじょーぶですよ」
「そうですか? でも昨日もその前も少し延びましたし」
「へーきへーき、私がしっかり「しきる」から。「しいか裁き」をとくとご覧あれなのですぅ」
「はい。ありがとうございます」
「なんじゃ、随分と堅いのう」
 ラクシュミの言葉遣いをセリティアが茶化した。「会議」は始まっていないというのに、ラクシュミの口調はすっかり「議長さんモード」になっていた。
「敬語も板に付いてきたようじゃし、順調に校長先生に近づいているようじゃな」
「そう、ですか?」
 風格という意味ではまだまだまだまだ。しかしそれもこれから備わってゆくことだろう、それこそ校舎や都市が形作られてゆくように、彼女もまた一歩ずつ、理想の校長先生像へと近づいてゆくのである。
「そうじゃ。「施設提案」になるのじゃが、まだ受け付けてはおるか?」
「はい。今日で一旦締め切りますが、今なら大丈夫ですよ」
「そうか。ならば、わしは「研究施設」を提案する。似たような学科の提案はあったが、この施設では主に、この地の生物が持つ毒物への抗体や病原体へのワクチンなどの研究を行ってもらう。隔離する意味も込めて授業ではなく単独の施設にした方が良いと思うてな」
「なるほど、確かにそれはそうですね。ありがとうございます、是非参考にします」
ラクシュミちゃーん。そろそろ始めますですよー」
「「はい。よろしくお願いします」」
 詩歌の号令で本日の「会議」が始まった。「大岡裁き」ならぬ、詩歌の「しいか裁き」が発動するかはさておき、3日に渡って執り行われた「学科・施設提案会議」も、いよいよ本日が最終日である。



ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)鶴 陽子(つる・ようこ)だ。オレたちは「建築学科」の設立を提案する」
「学校はもちろん、その周辺都市の設計と施工を行うの」
「ニルヴァーナの探索が進み、開発が本格化していけば移住しようという者も現れるだろう。住宅や工場、公共施設、村や町を作り出す事が必要となる」
「範囲も規模も大きいでしょう? だから学科として制定して、継続的に行った方が良いと思うの」
「「確かに、まだまだ先かもしれないけれど、そういった発展は必要になりますね。……うん、参考にしたいと思います」」


崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)、こっちはマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)ですわ。私は「芸術学科」の設立を提案するわ」
「「芸術学科、ですか」」
「演劇はやったでしょう? その延長よ。ニルヴァーナの歴史や文化の研究と保存のために、ね」
「「研究と保存……?」」
「演劇には、実際に起こった出来事を脚本や劇という形で保存できるという一面があります。また探索中には娯楽の機会を与えたりと、多くの役割を担うことが出来ると期待できます」
「悪くない説明だったわ、マリカ。下がりなさい。ニルヴァーナの歴史や文化を反映させるのだから、ラクシュミ、あなたが講師として教壇に立つのよ。その覚悟すら無いなら、学校運営なんて上手く行くはずがありませんわ」
「「……はい。講師の件は何とも言えませんが。覚悟だけは決めているつもりです。――私は、この地に学校を作る。契約者の皆で作る学校を。それこそが、この滅びた世界に必要なものだと思うから」」
「そう。でも、口では何とでも言えますわ。あなたの覚悟、見させて貰いますわ」
「「はい。ありがとうございます」」


九十九 昴(つくも・すばる)と……九十九 天地(つくも・あまつち)です。あの……「水産科」、何て……作っては、駄目、ですか? まずは、魚たちが生きられる環境を……目指したいです」
「「水産……。あれ? そういえば昨日も生物に関する学科の提案がありましたね」」
「そう……です。目的は似ているので……一緒にして貰っても、良いです」
「「わかりました。考えてみます。天地さんは何かありますか?」」
「手前はと同じでございます。今後どれほどの水源が発見されるのか、結果如何では研究できないという可能性もあるとは思いますが」
「「そうですね。校舎の建設もそうですが、水源の確保は今後も継続して行いたいと思います」」
「よろしくお願い致します」


赤城 花音(あかぎ・かのん)申 公豹(しん・こうひょう)だよ♪ ボクたちは「音楽科」を提案するよ♪」
「「音楽科ですか、楽しそうですね」」
「でしょう! ラクシュミちゃんもディーヴァ(歌姫)なんだよね? ボクもそうなんだ! 今はみんな各自の学校で音楽に取り組んでるけど、みんなを集めて一緒に音楽を作れたら、きっと凄い曲や歌が出来ると思うんだ♪」
「私としても……「音楽科」が開設されれば、面白いと思いますよ?」
「「私もそう思います。「音楽科」は是非にも作りたいと思います」」


黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。先に言われてしまったが、僕たちも「音楽科」を提案する。歌はもちろんだが、授業では楽器演奏も行うべきだろう」
「「そうですね。楽器もたくさん揃えて、皆さんで演奏できたら素晴らしいですよね」」
「ニルヴァーナの音楽や楽器などは思い出せそうか?」
「「……ニルヴァーナの音楽――……ごめんなさい、思い出せないわ。……私がニルヴァーナを離れたのは、とても小さい頃だから……でも、子守唄すら、まだ。もしかしたら、そんなものは無かったのかもしれないけれど」」
「そうか」
「焦ることはない。音楽の中に身を置けば、自然と思い出すことだろう」
「「はい。ありがとうございます」」


「俺は酒杜 陽一(さかもり・よういち)、こっちは酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)だ、宜しくな」
ラクシュミ様、校長就任おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
「俺たちの提案は「考古学科」を設立することだ」
「「考古学科?」」
「あぁ。古代の文化を学び、また保全するために活動するんだ。先人への感謝と敬意が無ければ、社会や未来の子供たちへの責任感も生まれにくいだろう? 古代の遺物や遺構を研究する学科は必要だと思うんだ」
「「ニルヴァーナ人の文化は遥か昔に滅んでしまった……それでも、確かに存在していた。それが未来に役立つのなら、それは素晴らしいことなのだと思います」」
「よろしく頼むよ」


シオン・グラード(しおん・ぐらーど)、こっちは華佗 元化(かだ・げんか)。俺たちは「医学部」の設立を提案する」
「「医学部。確かに必要かもしれませんね」」
「こう見えて華佗は医者なんだ。場所さえあればすぐにでも活動は出来る。そうだよな?」
「あぁ。ニルヴァーナ校は今後探索の拠点になるだろう? 万が一の時、学校という一つの大きな拠点に、ある程度の医療設備とそれを扱える者が居れば安心して探索も行えるってもんだろう?」
「どう考えても、ニルヴァーナの環境に適した医療は必要だ。薬学科の領分になりそうだが、新薬の開発なんかも出来ると最高だよな」
「「わかりました。前向きに検討してみましょう」」


佐野 和輝(さの・かずき)アニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。俺たちは「情報学科」こそ必要だと考えている」
「「情報学科。情報を集める事を専門にする学科ですか?」」
「それはもちろんだが、他にも収集した情報を解析し統括する技術や知識を学ぶことも行う。いつの時代も情報は宝石よりも貴重だ。しかし現状では育成機関が極少数しか存在しない。新学校が設立されるのであれば、是非「情報学科」の設立をお願いしたい」
アニスも、い〜っぱいお手伝いするよ〜、そのために来たんだから〜♪」
「「ありがとうございます。情報の整理や共有は確かに大事ですよね。こちらも考えてみます」」
「よろしく頼む」