|
|
リアクション
「学科提案」と「施設提案」を発表する場、また聞く場でもある「会議」が、まもなく再開されようとしていた。
今日も変わらずに「青空教室」のような様相、それでもやはり新天地に学校を作るとあってか、注目度も期待も大きいのだろう。会場に今日も多くの人が集まっていた。
「ちょうどいい。このまま「施設提案」から始めるとしよう」
本日の司会を任されたマリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)が提案する。
昨日は「学科提案」「施設提案」の順で進行している。公平に、という訳ではないし、そうする必要も無い。ただ直前の雑談の中で「シャワー設置に関する話が出た」ので、その流れに乗ろうというのだ。
「なるほど。シャワー、ですか」
「うん。作業で汚れた体を綺麗にするためにもシャワー設備は必要だと思うんだ。これからどんどん人は増えるだろうから、今のままじゃ絶対に足りないよ」
若菜 蛍(わかな・ほたる)の提案だ。マリウスのパートナーである彼もまた本日の司会を担当する。「シャワー設備」もある意味では「施設提案」だが、昨日の各地の作業報告をまとめる中で話題に上がっただけなので、まぁ大目に見てほしい。
これに対してラクシュミは、
「「そうですね。水源が確保され次第、すぐに設置できるように手配しておきましょう」」
と応えた。校舎建設と平行して着工できるもの、また早急に必要になるものに関しては優先して許可を出すようにしているようだ。
マリウスの開会宣言で「会議」が始まる。
まずは「施設提案」の発表だ。
「日比谷 皐月(ひびや・さつき)、それからマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)だ。オレたちが提案しなくても作られるだろうが、とりあえず「食堂は作ってほしいな」
「「そうですね、食堂のない学校なんて、楽しさ9割減ですもんね」」
「……そこまで言うつもりはないが。出来れば「ただ飯を提供するだけ」じゃなくて、ギルド的な場所になれば、と思ってる。組織を作ってそれを動かすより、以来の形式で周辺を守ったり、探索を行ったり。それを管理するような場所になれば、って感じかな」
「食事の場は、良き情報交換の場でもある。人が集まれば食堂自体の収益も上がる、場所的に仕入れ値は高くなるだろうが、それでも十分採算はとれるだろう」
「「依頼や管理の話は即決できませんが、「食堂」自体は必要だと思います。是非検討しましょう」」
「館下 鈴蘭(たてした・すずらん)と!!霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)よ!! 私は「学生食堂」を提案するわ!!!」
「「す、凄い気合いですね。あれ? でも「食堂」ってさっき……」」
「ご飯は大事よ!! いつでも美味しいご飯が食べられるってだけでやる気も俄然違うもの!!」
「「そっ……それは同感です! 校長先生特権で「料理が上手でない人は厨房に立つべからず」を徹底させることにします!」」
「おおー! さすがラクシュミちゃん!! カッコいいー!!」
「「鋏を持ったネズミの吸血焼きは決まりなんだよ! それからそれから、ヒラメ型生物の干物に空を飛ぶイルカめいた生物の酢の物〜」」
「おおー! 美味しそうー!!」
「2人とも生き生きしてるなぁ……」
「六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)とディング・セストスラビク(でぃんぐ・せすとすらびく)です。えと、みなさんいろいろな物を作ろうとなさってますが、その前に、それを作るための資材発注に土地管理、人材管理を行う必要があるでしょうよ」
「「……はい。そうですね」」
「全員が自分勝手に色々作ってたんじゃ土地も足りません。夢も大事ですが、夢を追いすぎて実用性皆無な町じゃ誰も住めませんし」
「「…………えぇと」」
「と、言う訳で、わたしゃ、将来の「校長室」兼「入星管理局」兼「各種事務管理局」なんてもんを作っておきたいなー、なんて思ってるんですけど……どうでしょ?」
「「校長室ですか! って! 入星管理局と兼用なんですかっ?!!」」
「もちろんです」
「……わたしゃ手伝わないよ、今までどおりね」
「「これは……少し考えますです」」
「ドクター・バベル(どくたー・ばべる)だ。俺は「理科実験室」を提案するぜ!」
「「理科室ですか。でもまだ学科が決まってませんし」」
「この実験室は地球の物とは、ひと味もふた味も違う! なんせ宇宙にあるんだからな!」
「「宇宙でしか出来ない実験をする、という事ですか?」」
「その通り! くぅ〜、テンション上がるぜ〜!! あ、忘れてた、こっちはノア・ヨタヨクト(のあ・よたよくと)だ」
「おす。理科実験室万歳」
「新風 燕馬(にいかぜ・えんま)、こっちはローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)だ。俺たちは「保健室」を提案する。寝たいし」
「「寝たい? 「寝たい」って言いましたよね? ベッドでスヤスヤする気満々ですよね?」」
「冗談だ。医者の家に生まれた人間として、提案しろと言われたら医療関係は外せない。というか、学校にはあってしかるべきだろ「保健室」は。ふぁあああ」
「燕馬ちゃん、もう少し我慢しましょうね」
「お、おぉ。まぁ何だ、荒野の探索もする訳だから、怪我や病気の治療施設は必要である。…………もう寝たい」
「「欲望がだだ漏れてます。確かに医療施設が必要というのは理解できます。前向きに検討しましょう―――って、あれ? 寝てません? 燕馬さん? 燕馬さーん!」」
「お疲れさま」
湯気の立った湯呑み茶碗が目の前に置かれた。顔を上げたのはラクシュミ、お茶を出したのはカトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)だった。
「ティータイムにしましょう。珠は日本出身でお茶に詳しいの」
そう言ってパートナーである明智 珠(あけち・たま)を紹介した。少し離れたテーブルの前で、珠は小さく会釈をして応える。「会議」の参加者たちにも振る舞うべく、お茶の用意をしているようだ。
「和菓子も用意してあるの。ゆっくり休みましょう。あまり難しい顔ばかりしていても、良い案は浮かばないわ」
「ありがとう。あっ、美味しい」
会議も中盤、つい先程に「施設提案」の発表が全て終わり、今は休憩の最中である。
「平気? 少し疲れているんじゃない?」
普段より堅い言葉遣いも、上がりっぱなしのテンションも、どうにも無理をしているように見える。新校の校長、そして今は議長という慣れない立場の中で、必死にその役目を果たそうとモガいているのだろうが……。
「ううん、大丈夫。大丈夫よ」
「無理しないでね。私たちがついてるんだから」
「ありがとう。2人とも」
「たいむちゃん♪ 今いいかしら〜?」
スケッチブック片手に師王 アスカ(しおう・あすか)が寄り来て言った。
「学校のデザインを担当したいんだけど、良いかなぁ?」
「デザイン、ですか」
「そうそう〜♪ 学科や施設が豊富なのもいいけど、その学校の外装と内装が良くないといけないんじゃないかな〜と思ってさ〜」
「そうですね。せっかく作るんですから、素敵な校舎にしたいですね」
「でしょ〜♪ でねでね♪ デザインにはこの世界の芸術や文化を取り入れた方が良いと思うんだ。これでも芸術家のはしくれだし、再現する自信はあるんだよね〜♪」
「今のところ、ラクシュミの記憶だけが頼りなのです」
ハーモ二クス・グランド(はーもにくす・ぐらんど)が冷静に補足する。
「記憶が完全に戻っていない事は知っています。しかし、例え記憶が戻られたとしても、全ての外装・内装をニルヴァーナの在りし日の姿にする事は不可能です」
「……えっと」
「つまり、記憶が全て戻るのを待っても仕方がありません。断片的にであれ、思い出した事があれば言って欲しいのです」
「それを私がデザインに生かすんだよ〜♪」
「でも私……本当にあまり思い出せてなくて」
「それはそれとして」
リブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)が割って入る。彼女もまた校舎や施設をデザインすることを希望していた。
「ニルヴァーナの要素は、記憶が戻り次第加えていくとして。校舎や都市の設計は早急に取りかかる必要がある。今行っている下地の工事だって滞ることになる」
イメージは近未来的な校舎と都市。しかしそれは科学に依存しきったものや、まして教導団のようにどれもこれも鋼鉄で作るといったものではない。イルミンスールや百合園、また薔薇学のような欧州系の石造りのデザインを取り入れられたらと、リブロはそう考えている。
「地球の世界遺産的な石造りの建物や空中庭園、そうした概念を近代的な都市の設計に組み込むべきではないだろうか」
「待ってくれよ! 学校のデザインってんなら俺にも案があるぜ!」
待ってましたと匿名 某(とくな・なにがし)のパートナーである大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が声をあげ、
「校風はともかくパラ実の心意気を参考にしたら、すげぇ面白そうじゃねえかなって思うんだ! あそこはすげぇ昔から大荒野っていう未開の地を開拓してるし、空大の学生の大半が元パラ実ってぐらい向上心もすげぇ奴らが集まってるんだぜ!」
と主張したのだが、
「パルテノン型大講堂やルーヴル宮型研究棟、モンサンミシェル型寄宿舎。他にも空中庭園やローマの賢人の回廊などをモチーフにした回廊なども実に趣がある」
「ならば私はヴェルテンベルク記念堂を提案しよう。我が共和帝国の友好と和平の証として高台に建設する」
とリブロ、そして彼女のパートナーであるレノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)によってサラリと流された。レノアに至っては完全に私的な希望であり、もはやただの「施設提案」でしかなかった。
「おいおいちょっと待てよ! 何でスルーするんだよ!」
「精神論の話をしているわけでは無いからだ。精神論では家も建たん」
「そんなこと言ったら、そっちの姉ちゃんだってだいぶズレたこと言ってたぜ」
「具体案は参考になる」
「精神論だって参考になるだろうよ!」
「はいはい、そこまで。そろそろ「会議」を再開させたいんだが」
マリウスがこれを止めた。本日の司会、「会議」の進行役のマリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)である。
「ラクシュミ、準備は出来てるか?」
「「ええ、大丈夫」」
「よし。それじゃあ始めよう。ここからは「学科提案だ。手前の人から、はい、どうぞ」
↓ ↓ ↓
↓ ↓ ↓
↓ ↓ ↓