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リアクション
「おや?」
その音を聞いて、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)は顔を上げた。回廊内に響く重低音、ブルドーザーが低速で寄り来ていた。
「やはり問題ないな」
ブルドーザーから降り来たコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が満足げに言う。彼は地球からニルヴァーナへ重機の運搬を試みていた。回廊を通るギリギリの大きさを選び、途中でスピードも出してみたが回廊はビクともしなかった。
「強度も十分だ。搬入を開始しても良いだろう。そちらはどうだ? 上手くいきそうか?」
「だと良いんだがな」
「ん? どうした」
「まぁ見てくれ。セリオス」
「うん。少し待って」
キーボードを幾らか操作すると、「ピー」という警告音に合わせて画面に『ERROR』の文字が映し出された。
「どういう事だ?」
クローラとセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)は回廊の拡大を目指していた。構造を調査、解析し、必要なエネルギーを生産した上でニルヴァーナ側の出口から供給、同化させてしまえば拡張は可能、と考え、『施工管理技士』らにも手伝って貰い、解析を行っていたのだが。
「現時点では回廊の拡張は不可能という事か」
「解析が済まないと無理だな。もっとも、どこまで出来るかも分からないけどな」
「続けて頼む」
「了解」
「それじゃあ私は「イコン科」の設立申請をしてきますわ」
ハーティオンのパートナーである高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)が踵を返して、
「拡張が出来なくても、パーツでなら搬入できそうだし。場所さえ手配して貰えれば、組み立てはできるだろうしね」
「あぁ。よろしく頼む」
回廊から、また校舎建設予定地からも少しばかり離れた場所で姫宮 みこと(ひめみや・みこと)と本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)、それから『メイドロボ』の3人で地を堀っていた。
とは言っても手にしているのはスコップでも爆薬でもなく、ただの「ロープ」。切削器具はロープの先、穴の中にあるだけである。
掘削器具を一気に落下させ、その衝撃で掘り進めてゆく。穴の中央に立てた柱とロープの支部は鋼鉄管で補強、また懸垂力を増強させる巨大な滑車には竹材と木材を用いている。
どれも彼女たちが持ち込んだ物、たとえ回廊が狭くとも、バラしてしまえば持ち込める。小振りな観覧車にも見える滑車も全て現地で組み立てたものだ。
「何をするにも、まずは生存手段の確保から。ですよ♪」
組み立てにも掘削作業にも多くの人力を必要としない技法、日本の「上総掘り」にて彼女たちは井戸を掘り進めてゆく。多少岩盤が堅い箇所もあったが、連日の作業の後、見事、地下水脈へ到達した。
校舎建設予定地から少しばかり離れた地点ではあるが、確かにまことに小さな「井戸」がそこに出来た。
みことと揚羽の働きによって、契約者たちは未開の地での貴重な水源を確保したのであった。
「ぶぅ〜〜〜〜〜〜」
「どうしたのですか? 鳴神さん、そんなにムクレて」
高嶋 梓(たかしま・あずさ)の優しい声に、鳴神 裁(なるかみ・さい)は「だってだってぇ〜」と甘えようとしたのだが、
「こらぁ! 鳴神!! 梓に抱きつくなよ!! 骨バッキバキに折れちまうだろうが!!!」
湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)が『ヘキサポッド・ウォーカー』から顔を出して怒鳴っていた。
「ヒドイよ!! 何でボクだけ仲間外れにするのさ!!」
「『ドラゴンアーツ』と『鬼神力』をつかったからだよ!! 道具も使えねぇ奴は座って見とけ」
「ぶぅ〜〜〜〜〜」
道具より早いつってパンチで地面を均したのがよっぽど癪に障ったらしい。確かに、ここら一帯の作業工程は、既に大きな凹凸の除去と地面の掘り返しを終え、整地の工程を迎えている。
彼のように整地用ローラーを後部に付けた『ヘキサポッド・ウォーカー』を使うならまだしも、素手で整地を行おうなど、それはもう邪魔以外の何物でも無かった。
それ故の待機、必然の待機なのである。
「でもでもやっぱりボクも手伝いたいよ〜」
パートナーのドール・ゴールド(どーる・ごーるど)は『戦闘用イコプラ』で整地作業を手伝っているし、同じ志を持つ岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)も高崎 朋美(たかさき・ともみ)も、また普段は「破壊魔」の異名を持つウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)でさえも「壊し屋の俺が、「ものをつくる」事に関わるとはねぇ?」なんて言いながら資材の保管場所となる地を均している。
休んでいるのは自分だけ、そんな風に考えただけで…………とても我慢がならなかった。
「分かったよ〜、ボクも道具を使うから混ぜてよ〜」
唇を尖らせながらも、ステンレス製のトンボを手にした事で裁も地均しに加えてもらえる事になった。そんな彼女の最初の仕事は、「駆け出した今の拍子に『ドン』と抉った地面を均すこと」であった。
「湊川」
三船 敬一(みふね・けいいち)が見上げて呼びかけた。
「校舎の下地を作っている連中が「手伝って欲しい」と言っていたぞ。行けるか?」
「モテる男は辛いねぇ」
「モテているのは「ヘキサポッド」の方だ。向こうも重機は少ないからな」
「分かってるよ。こっちが終わったらすぐ行くと伝えてくれ」
「あぁ。ここはさっき聞いた物だけで平気か? 必要があれば取り寄せるが」
彼も湊川や裁と同じく「『パワードスーツ』整備工場を作る」という志を持った仲間たちである。彼の仕事は「整備に必要な機材をリストアップすること」だ。
白河 淋(しらかわ・りん)や山口 順子(やまぐち・じゅんこ)らと協力して作業を行ったからか、湊川が『ヘキサポッド・ウォーカー』を搬入し終えた頃には、作業は既に終えてしまっていた。どんな作業を行うにしても資材と機材は必須、パラミタからの搬入が無ければ何も行えない。初期段階で必要となるものは大方決まっているはずだ、それならば各班に聞いて回る事で依頼口を絞れたなら、調達から搬入までの時間も短縮されるはずである。
三船、白河、順子の3人で声をかけて回ったことで、リストのボリュームはかなり増したが各現場で必要な物はほぼ把握できたと言っていいだろう。
「あとはどれだけ揃えて貰えるか、だな」
数も量も膨大ではあるが、どうにか揃えてもらわねばなるまい。最悪、中古品であっても構わない、代替できるのかできないのか、その判断と交渉こそが正念場になる。
三船たちの本当の戦いは、もう少しばかり先になるようだ。
「ん〜〜〜〜〜〜」
唸っているのはレン・リベルリア(れん・りべるりあ)、先程から彼は『ダウジング』を駆使して地中に流れる水源を探しているのだが……。
「おっ!! ここだ! この下にあるぞ!!」
「おぉ!! でかしたでぇ!! ちょっと退きぃや」
「お、おい、何だよ」
奏輝 優奈(かなて・ゆうな)は「グイ」とレンを押し退けると、足早に『機晶爆弾』をセットした。
「よーし!! 発破や!!」
爆音と共に地面に大きな穴が開いた。続いて『破壊工作』やら『召喚獣』やらを呼んで穴を拡張させていった。みるみるうちに、10人は入れるほどの巨大な穴が目の前に出現した。
「…………手際いいね。ってゆーか、良過ぎ?」
「何言うとんの? せっかく許可が下りたんや。善は急げや、善は急げやろ!」
「いや……「温泉」作るのは別に「善」じゃないと思うけど」
先程終わったばかりの「会議」にて「ラクシュミが「温泉」を作ることを許可した」という知らせを聞いてからというもの、優奈は俄然、大いにはりきっていた。
「さぁみんな! 気合い入れて掘るんやでぇ!!」
『召喚獣』たちも勢揃い。掘って掘って掘りまくって、温泉脈が見つかれば万々歳、水脈だったとしても学校の水源として利用できる。どっちに転んでも損は無し、となれば優奈の血が騒ぐのも必然だった。
そしてもう一人、
「こらアーサー!! 手が止まってるわよ!!」
気合いの入ってる娘がいた。カレー大好き、日堂 真宵(にちどう・まよい)である。
「掘って掘って掘りまくるのよー! カレーが出るまで掘り続けるのよー!!」
「まっかせーなさーい!!」
力強く応えたのはアーサー・レイス(あーさー・れいす)、彼もまた「カレー狂」であり「カレー信者」の一人だ。
彼の『ダイジング』も確かにこの場所で反応を示した。故に水脈が流れている可能性はある、しかしそれが「温泉」で、しかも「カレー温泉」だと信じて疑わない辺りが既に「カレー狂」である何よりの証であろう。
「ほら、アンタも行くのよ!」
真宵は『●式神の術』で従者にした『落とし穴キット』も穴に投入して指示を出す。
本人は指示を出すだけ、穴の中に入るつもりすら無い事は「おしゃれなチャイナドレス」を着ている事からも明白だ。穴の上から仁王立ちで指示する様は、強気で張りのある声をしているのも相まっか、意外にも様になっている。穴の中から見上げれば「純白のムチムチ▽」がチラチラと見えるのだが、みな素晴らしき集中力で穴を掘り続けているために全くに気付かないでいた。…………勿体ないことこの上なし。
こうして一心不乱に黙々と掘り続けた結果、彼女たちが「温泉」を堀当てるのは、これから2日後の事である。