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リアクション
イレイザーとの戦い・5
「救助の方がちょっと遅れてて、イレイザーを引きつけるのが大変だって。今、盗み聞きしてきた」
「やれやれ、志方ないね。ちょっと、死ぬ気でやってみますか」
ぐるりと肩を回して、志方 綾乃(しかた・あやの)が進み出る。放校の身ではあるが、探索隊に紛れ込んだのだ。
「足止め? 倒しちゃっても構わないんだろ?」
剣を抜きながら、ラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)が続く。
「できるなら、ですね」
告げて……二人がゴム仕掛けの玩具のように一気に加速。他の契約者がイレイザーと向かい合うのを避けて触手の相手をしているただ中に、真正面の首に突撃していく。
「はあああああっ!」
びりびりと空気を振るわせるような気合いの声を上げて、飛び上がった綾乃が、常人では見ることすらできない速度の拳でイレイザーののどを連打する。
巨木のようなイレイザーののどが不気味な叫びを上げる。怒りに満ちた叫びがそのまま、衝撃波となって綾乃の全身を引き裂く。
「……つうっ!」
「こっちもだよ!」
悲鳴も上げずに全身から血を流す綾乃に変わり、急上昇するラグナが手と、そして脚にすら構えた刃で滅多刺しにする。
「もういっちょおっ!」
衝撃波を浴び、もはや重傷の綾乃が両腕を振り上げ、体ごと地面に打ち付けるように、両腕を床へとたたきつけた。
ゴゥンッ!
床がクレーター状にへこみ、下層まで響き渡るような衝撃が遺跡を揺さぶる。
「んな無茶な……」
触手をかわし続けていた若松 未散(わかまつ・みちる)が、生身の人間が起こした地震という衝撃にぽかんと口を開けた。
「驚いている場合ではないですぞ!」
ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が素早く銃を放ちながら、未散に告げる。
「……って、そうだった! 行くぞッ!」
衝撃にイレイザーが体勢を崩している間に、ふ、と、未散の姿はかき消えた。
「さあ、いらっしゃい!」
と、綾乃が叫ぶのは、もちろん未散に対してではない。反撃の余裕を取り戻したイレイザーに向けてである。
イレイザーの咆吼が、さらに遺跡を震わせる。その顎が、あまりにも小さな綾乃に向けて迫る……
「させるかッ!」
叫びと共に、猛烈な威力が迫る。ギフトに身を固めた桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が、イレイザーの横面をギフトの刃で打ち付けたのだ。ざっくりと、イレイザーの顎に傷が走り、衝撃が綾乃へ向かう軌道を反らした。
「……なんですか、まったくもう」
血だらけの綾乃が、息も絶え絶えにうめく。
「仲間っぽかったから、とりあえず守っておいた」
「なんだそりゃ」
煉の答えに、思わず呟くラグナ。
「とにかく、守れる人は守ります!」
巨大なライフルを構えた桐ヶ谷 真琴(きりがや・まこと)が告げ、イレイザーへ向けて猛烈な魔法を放つ。イレイザーにとってはたじろぐ程度の効果しかないが、ダメージではなくてもそれは十分な効果だった。
「安心しろよ。ここから先へは進ませない」
煉の両手がギフトの剣を構える。そして……
「むちゃくちゃに強い敵だろうが、仲間を守るためなら貫き通すッ!」
その両手が、まるで何も持ってなどいない、と言うように振り回される。巨大な武器を何度も何度も、イレイザーへと打ち付ける。
眼前に来るなら、衝撃波で撃ち落とそう、というのがイレイザーの反応だ。その口が、大きく開かれた。
「待ってたぜ!」
ふ、と、煉の影から浮き上がるように姿を現した未散が、開かれた口の中へフラワシを飛び込ませる。氷を生み出してのどをふさぐ作戦だったのだが……
「く、そ、やっぱ……そこまでは、無理か……!」
生み出した氷で威力が減じたとは言え、フラワシがまともに衝撃波を浴びたのだ。そのダメージは、未散にすべて跳ね返ることになる。
「未散くん!」
意識を手放した未散を支えるハル。これ以上は、無理だ。選んだのは撤退だった。
「守るつもりが守られちまったか……だが! 無駄にはしないッ!」
体力つきるまで、煉は剣を振るい続ける。ギフトによる斬撃に悲鳴を上げるイレイザーが、何本もの触手を用いて煉を祓い落とそうとする。
「今ですね」
「死中に活あり。私は、これが最後だからね!」
それまで、何本もの触手を相手に立ち回っていた御凪 真人(みなぎ・まこと)とセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の、疲弊しきった表情に光が宿った。残る気力を振り絞り、セルファの両手が剣を掲げる。
「……徹すッ!」
全身全霊をかけた加速。煉の妨害に使われていなければ触手が邪魔していたであろう一直線の軌道そのまま、セルファの剣がイレイザーの首に突き立った。
「体内になら……どうです!?」
その剣に触れた真人の手から、猛烈な電圧がかかる。表皮を通って体内へ流れ込む電流が、イレイザーの肉を焼いた。
怪物の体がむちゃくちゃに踊る。もはや、人間たちの相手をすることなど忘れて、むちゃくちゃに触手が暴れ回った。遺跡の柱を何本も砕き、崩れ落ちる壁と天井をミキサーのようにかき混ぜていく。
イレイザーの周囲一体が、崩壊していく。遺跡を砕き、崩し、巨大な残骸へと変えていくのだ。
「……脱出は!?」
「なんとか、間に合ったですぅ!」
橘 恭司(たちばな・きょうじ)にルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が答える。遺跡の中にいたもの全員の脱出が、間一髪、崩壊よりも早かった。
「後は、安全圏まで逃れるまで、やつの注意を引きつけること……」
趙雲 子竜(ちょううん・しりゅう)が、汗を浮かべながら言う。
「とにかく、引きつけますよ!」
アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)がこれ見よがしに大剣を振りかざし、槍を振るうルーシェリアと共にイレイザーの視線を引きつける。
イレイザーの動きは、消耗故か、鈍い。いや、あれだけの大攻勢を受けてのダメージを、消耗などと呼べるものだろうか?
新入生が落下したときとは比べものにならない規模の崩落の中から、イレイザーの巨体が身を起こす。
「恭司、それならこいつにも通じるはずです!」
子竜が二人に加わり、イレイザーの鼻先を打っては身をかわす。注意を引きつけ、好きを作り出しているのだ。
「ああ。お前の敵はここだ。恐れるなら、俺を狙え」
右に左に……意識までもうろうとしているのか、動物的に注意散漫な動きになり始めているイレイザーに向け、恭司が飛びかかる。いくつもの傷が刻まれたイレイザーの額に、さらに深い傷が刻まれる。
「っ……!」
恭司がさらに深く斬りつけようとしたとき……
イレイザーが今までとは違ったか細い咆吼をあげ、その体が大きく震えた。背の翼が広がり、一気に空中へ飛び上がったのだ。
「……空へ!?」
振り払われる契約者たちが、何とか地上で体勢を整える。衝撃波か、それとも吹雪が吹き付けられるのか……と、身構えるが、意外なことに、イレイザーはさらに高度を上げ続けた。
「……もしかして、逃げてる……んですか?」
ぽかんと、予想外の動作にルーシェリアが瞬いた。
「……どうやら、そうらしいですね」
振り返る様子すらない。高度を上げたイレイザーは、その巨体をふらつかせながら、空のかなたへと飛び去っていったのだ。