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リアクション
遺跡の決着
「いやー、まさに間一髪、って感じだったね」
崩落した遺跡からほんの少し崩れた場所……訓練生たちと救助隊がなんとか腰を落ち着けた場所で、布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が朗らかに言った。
「全然、笑い事じゃないわよ」
がっくり、疲れ切った様子でエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)がうめく。
「ギフトを探しに突っ込んでいったおかげで、本当に、あと数秒遅かったら、誰か巻き込まれてたわよ」
彼女らが用意してきた救援物資はもはやそこをついていた。今はけが人の治療や状況の確認に皆が大わらわである。
「いやいや……しかしこれは、面白い。とても面白いものだよ」
雪姫・マルガリートゥム(ゆきひめ・まるがりーとぅむ)が、ヘクトルの指示で預けられたギフト……ペンギンに近いシルエットのそれを持ち上げたり、ひっくり返したりして解析を続けている。
「助手1号、これがどんなものか分かるかね?」
と、問いかける雪姫。聞かれた望月 フウヤ(もちづき・ふうや)は、首を左右に振った。
「姫には、何か分かるかい?」
「ふっふっふ……」
「おお、科学者の余裕の笑み?」
二人の会話に興味を引かれた佳奈子が身を乗り出した。
「今はまだ、解析できないと言うことが分かる」
ずるっ。
思わず、佳奈子はずっこけた。
「そ、それが分かっても……」
曖昧に笑うフウヤに、チッチッチ、と雪姫が指を振る。
「エラーが分かるということはすばらしく大事なことだよ。私が持ちうるパラミタの技術では分からないことが分かる、イレイザーは熾天使には反応しないことが分かる、ニルヴァーナの生物はパラミタの常識では計り知れないことが分かる……」
「確かに、それって大事なことかもね」
エレノアが、小さく頷いて返した。
「そうだろう。それでこそ、次のトライの甲斐があるというものだ」
と、雪姫は高く笑った。佳奈子もとりあえず、笑っておいた。
「あ、いたいた。夏來さん、無事だったかい?」
鬼院 尋人(きいん・ひろと)が、香菜の姿を見付けて、近づいていく。
「ええ、なんとか……ようやく、安心したところ」
と、答える香菜の手元にあるのはチェックリストだ。どうやら、訓練生全員の無事を確認して、ようやく人心地ついたというところらしい。
「……疲れただろう。甘いものでも、食べるといい」
と、強面の呀 雷號(が・らいごう)が、そっと香菜にチョコを差し出した。
「あ……ありがとう。いただくわ」
疲労で少し力の抜けた表情の香菜がそれを受け取り、口の中に押し込んだ。疲労だけでなく、空腹も相当なものらしかった。
「……疲れているところ悪いんだが、少し、これを見てくれるか?」
と、尋人が一枚の写真を示す。作戦前に撮影されたものだが……
「たいむちゃん……じゃなくて、今は、ラクシュミさんね。それが何か?」
探偵ゲーム並みの素直な反応を返す香菜に、むう、と尋人は唸った。
「いや……何もないんなら、いいんだ」
ラクシュミの額のクリスタルが、香菜にとって何らかの関わりのあるものなのか、効きたかったのだが。その表情を見るに、どうやら外れ、だったようだ。
「それじゃあ……最近、何か変わったことがあったりしなかった?」
と、会話に入って来たのは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)だ。
「何かを拾ったとか、変なモノを食べたとか……」
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が、指折り数えるように言う。香菜は困ったようにくびをかしげてから。
「そりゃあ、イレイザーに襲われて、メルヴィアさんにかばわれたことが……」
「ちょっと、ストップストップ! みんな疲れてるんだから、そんな話はしないの!」
と、割り込むマリー・ランチェスター(まりー・らんちぇすたー)。香菜について、共に訓練生のチェックリストを作成していたのだ。
「ほら、そろそろ休もうよ。運搬トラックの到着が遅れてるらしいから、休むときにはくっついてないと寒いよ」
……と、ローリー・スポルティーフ(ろーりー・すぽるてぃーふ)が香菜の腕に抱きつくようにして言う。
「ち、ちょっと待って、そういえば……」
と、香菜が言葉を漏らした。
「……そういえば?」
聞き返すマリー。
「……あのとき、襲ってきたイレイザーが、私を狙っていたような……そんな気がする。直感って言うか、うまく説明できないんだけど」
「気負いすぎだよ。……夏來は責任感が強すぎるな、そういう風に考えずに、今は、休むことだ」
と、呼雪が告げる。そうなのかな、と呟く香菜を、マリーとローリーがぐいぐいと引っ張っていった。
どう思う、と効くように呼雪が視線を向け、尋人は分からん、と素直に肩をすくめた。
まとめるに……
「おそらく、わたくしの分析では、この遺跡はかつて何かの倉庫……あるいは格納庫であったのではないかと思うであります」
ベスティア・ヴィルトコーゲル(べすてぃあ・びるとこーげる)が、各方面から寄せられた資料を分厚い紙束にして、その内容を吟味している。
「それにしては、ずいぶん大きい気がするけど」
と、ロスヴィータ・フォン・ヴァルトハウザー(ろすう゛ぃーたふぉん・う゛ぁるとはうざー)。
「我々が考えるものより、もう少し大きな概念だったのかもしれませんな。たとえば……モノ以外も貯蔵していたとか」
「それは、ヒトを一緒に貯えていたというじゃろか?」
レオパルド・クマ(れおぱるど・くま)が唸る。
「それは、どちらかというと砦とか要塞とか言うのではないですか?」
マリア・テレジア・フォン・ハプスブルク(まりあてれじあ・ふぉんはぷすぶるく)も、その分析に意見を挟む。
「うーん、なんだか難しそうだね。まあ、でも、ギフトが見つかったからいいか」
すこぶる上機嫌な様子のロスヴィータ。
「……皆、無事……とは言わないが、あのイレイザーを相手に死者なしで切り抜けたのだから、たいしたものだ」
透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)が、上を向いていた。
「……ええ、そうですね……だから、悲しむことはないのですよ」
璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が、その肩に手を置いている。
「そうだな。イレイザーとの戦いの影響で、遺跡の3割から4割が崩落したと言っても、悲しむことはないな」
マッピングの労力が水泡に帰したことを悲しんでいるのではない。
貴重な遺跡に大きな被害が出たことが、それによって失われた多くの知識を悔やんでいるのだ。
「ま、まあ、残った部分も、調査を続けることはできるでしょう」
と、ベスティアもフォローを入れる。
「皆が無事で、よかったなあ!」
それは本心でもあり、悲しみの言葉でもあった。