空京

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創世の絆 第一回

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創世の絆 第一回

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ニルヴァーナの地を探索する:page06


「そうか、ご苦労だった」
 傭兵団は報告を終えたあと、そこから去っていった。
「どうだった?」
 ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は、傭兵から受け取った機晶石を黙ってブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)に手渡した。
「めぼしいものは見つからなかったってわけね」
 傭兵を動員して地下の探索を続けている。今のは中途報告ではあるが、見つかるのは女性の象と機晶石、それに虫やネズミみたいな生き物がほとんどだった。ただ、詳細に調査を進めれば進めるほど、ここがただの自然洞窟ではないという可能性が高まっていく。
「行き止まりが多いのが面倒ですわね」
 サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)はあまり興味なさそうに言う。彼女曰く、お宝が見つかるような気がしない、とのことだ。ただ、どこかに繋がる抜け穴がある可能性も考慮して、地下遺跡の地図は必要なので調査は進めている。
「そろそろ戻りましょうか?」
 もう十分に時間は経ったから、とまでは口に出さずにステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)が言う。不可思議な籠の中に入れた、「イレイザーの弱点は?」という質問にそろそろいいヒントが書き足されているかもしれない。
「いや、まだ進む。危険はほとんどない、時間一杯まで調査した方があとあとのためだ」
 ジャジラッドの言葉に、誰も異論は挟まない。彼が慎重をきして、リモコン付きスペアボディを歩かしているため、その言葉は事実だろう。
 調査を進めて奥に進んでいると、暗視ができるため先頭を歩いていたグンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)が立ち止まった。
「おっと……止まるのでしたら、一言言って頂かないと困りますな」
 プルクシュタール・ハイブリット(ぷるくしゅたーる・はいぶりっと)が言いながら、肩越しにグンツが何か見つけたのかを確認しようとして、諦めた。暗くてよくわからない。
「ここ、傷がある」
 グンツが指を添えた場所に光を当てると、壁に爪あとのような傷跡があった。
「獣が爪とぎをしたんじゃない?」
「でしたら、もっと同じようなものがあってもいいでしょう。何かの印とかではないですかな?」
「そんなに重要なものとは思えませんわ」
「だな。ここを探検した誰かが、目印に傷をつけたようなものだろう」
「ちょっと、見てみるか」
 グンツはその傷にサイコメトリを試みた。これが自然物なら大したものは見えないだろうし、そうでないのなら、この傷の理由がわかるかもしれない。ここに人の手が入っている理由だ。
 手を触れて少しすると、すっとグンツは手を離した。そして振り返ると、襲い掛かってきた。
「どけ!」
 ジャジラッドはプルクシュタールの肩を掴むと、横に押しのけた。そして、向かってくるグンツの顔面に拳を叩き込む。もんどりうって倒れたグンツは、呆けた顔で一行を見る。
「痛たたた……どうしたんだ、いきなり?」
「それはこっちの話ですよ。何か、見えたんですか?」
 何を聞かれたのか、グンツが理解するのに少しかかった。ああ、と声をあげたものの、うーんとまたすぐに口を閉ざしてしまう。言わなくてもわかる、何も覚えていないのだ。
「サイコメトリに対するトラップにしては、ちょっと弱いですわね」
「そんなできるかもわからないものを、こんな道端に設置しておくのは不自然ですわ。何が見えたかは察する他ありませんが、相当強烈なものだったのでしょう。覚えておく事ができないほどに」
「あまり、無闇に触るべきではないな」
「そうだね。毎回殴ってたら、彼の頭の形がもっと変になっちゃうよ」
「いいですか。あまり勝手に物を触るものではありませんよ」
「何でも口にいれる子供みたいに諭すな! わかった。確かに、ちょっと不気味だし、今後は注意する。それでいいだろ」



 ニルヴァーナ探検隊から離れ、パラ実は自由にやらせてもらう。色々な話が出たが、総括すると姫宮 和希(ひめみや・かずき)が持ってきた提案はそんなところだった。
「ふむ。何から伝えるべきか……まずは結論からの方がいいだろ。いいだろう、こちらとしては、それを止める理由も、止める意味もあまり無い。ただ、本当にいいのか?」
 探検隊の実務を請け負うのが、長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)の仕事だ。そのため、色んな人から物資の催促や、予定の詰めや調査の進捗やらの情報がなだれ込んでくる。彼女らの提案も、そのうちの一つだ。
「なんだよ、その念を押すような言い方はさ?」
「簡単なことだ。探検隊を離れるという事は、こちらの物資や情報が行きにくくなる
という事になる。果たしてそれで、さっき言う調査ができるのか? 生き残るだけ
で、ぎりぎりのラインだと俺は思うぞ」
「だからそれは、こちらの調査結果をそっちに渡すから、それで―――」
「お目こぼしをしろと。悪いが、君らが拠点にしているという遺跡、そこまで物資を
運ぶのは危険だ。それを、定期で繰り返すほど、こちらにも余裕は無い。調査結果に
しても、相当なものでなければその危険には見合わないと思う」
「物資が欲しければ命令に従えってことか?」
「そうは言っていないが、未知なる土地である以上協力は欠かせないはずだ。ただ、
こちらとしては―――そう、君たちが離反しなければならない落ち度が見当たらない
のだ。何かしたか、俺達は? してないだろ、それで譲歩を引き出そうというのは
ちょっと無理があるな」
「ではわたくしが」
 そう言って、キュべリエ・ハイドン(きゅべりえ・はいどん)が続ける。
「ニルヴァーナの調査はパラミタを救うという大義名分があるので表立って批判しにくいのですが、ニルヴァーナという未知の地は地球がかつてパラミタに抱いた欲望と似ている気がしますわ。ブラッディ・ディバインというのは、その利権争いに敗れた誰かが支援しているのではないでしょうか。そういった利権の網から、外れた組織としてパラ実分校を作るのです」
「なるほど。なら一層、こちらとしては支援することはできなくなるな」
 長曽禰は頭をかいて、一度大きく伸びをした。
「悪いが、ここで俺に話しをしても有利な条件や道具は出てこない。お前らの行動を正当化すれば、真面目に参加している奴に悪いしな。ただ、別にそうして隊を離れて独自にやりたいって考えは、別に悪いとは思わない。むしろ、羨ましいとさえ思えるな。とは言っても、俺には立場があるし、面倒を見なけりゃならない奴もいる。やってみせろよ、それで俺達でも無視できない結果を出してみろ。そうすりゃ、お前達を見る目も変わるさ」
「交渉は決裂なのですわね?」
 金死蝶 死海(きんしちょう・しかい)の言葉に、長曽禰は「いいや、平行線だ」と言う。
「平行線?」
「ああ、今の段階では平行線だ。もしかしたら、交わることもあるかもしれない。そういうもんだ」
「ずるい話だな」
 ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が言う。長曽禰が言うことはつまり、価値があったら手を貸してもいいが、無いのであれば切り捨てる。そういう事だ。
「そうだな。では、一応先に言っておく。無理だと思ったらさっさと白旗あげて戻ってこい。受け入れてやる。以上だ。悪いがまだまだ仕事があるんでな、話はこれぐらいで切り上げてくれ」
 交渉にやってきたパラ実の面々を追い返すと、入れ替わるようにしてマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)が長曽禰の前に現れた。
「よろしいのですありますか?」
「何がだ……と、聞くまでもないな。あとは任せた」
「はい?」
「気にしているんだろ。隊を離れるとわざわざ宣言するような相手でも、全滅されてしまっては探検隊に非難も来るだろうし、今後の足かせになりかねない。そんなところか? 確かに、その通りではあるな。俺としても、あいつらが勝手やって全滅されたら困る。多少のリスクは覚悟の上なんだろうが、見通しが甘い。こそこそパラミタトウモロコシの種を持ち込んでるみたいだが、収穫できるのがいつになると思ってるんだ? まぁ、若さってやつかもしれんが……とりあえず当面の問題は食料だろうな、向こうの人数と規模を確認して、必要な量だと思うのを計上してくれ。あとは、そうだな、あくまでお前個人みたいな形で、食料を流してやれ。ただし、食料だけだ。道具や設備は、何があっても貸し出すな。それと、流通ルートに潜り込もうとした奴が居たら捕まえておけ。ああ、もちろん、お前が勝手に食料以外の物資を流しても懲罰の対象になる。それぐらいだな、質問は?」
「は、はぁ……あの、少佐殿は何がしたのでしょうか?」
「言ったろ、羨ましいってな。見たこと無い世界が広がってるっていうのに、ちょっと待て、準備は安全はといちいち言われるの言うのも、面白くないだろ? そこから先は調査の予定は無い、と言われて引き返すのは寂しいし悔しいもんだろう。自分に自信があるのならなお更だろうな。そういう気持ちがわかるんなら、無視すんのは可愛そうだろ?」
「可愛そうでありますか?」
「だが、ここは安全か確認された場所ではない。むしろ、予想よりも危険の方が多いだろうな。リファニーの言う強敵も気になるが、イレイザーが群れを成しただけでこちらは撤退せざるを得ない。そういう土地だ。だからこちらとしては、追い返すしかないとしても、逃げ道は用意しないとな。いつでも戻って来いって言ったが、それでのこのこ戻ってないはずだ。向こうにだって面子はある」
「確かに、明確に負けを宣言して戻ってこれるような方々ではありませんね」
「そうだ。こちらは表立って俺のような人間が今後あいつらと交渉するわけにはいかないのはわかるな? だから、裏道役が必要だ。それをお前にやってもらう。甘やかさず、それでいて突き放さず、うまく取り持って信頼を勝ち取ってくれ」
「そういう事でありますか。最初はよくわからないでありましたが、そういう事でしたらわいにお任せください」
「ご飯は大事だよー。ご飯を届ければいいんだよね」
「そういう事だ。つっても、さすがに輸送に人員は割けないな。まぁ、うまくやってくれ。何なら金銭を巻き上げてもいいぞ。ただし、全部回収して探検隊の経費に回すからな。小遣い稼ぎができると思うなよ」
「そんな事はしないであります。では、彼らの人数と規模を確認してくるであります」
「ああ、頼んだ」
「クリスタルフォレストにはいかないの? せっかく、髪型盛り盛りにしたのに!」
「野暮用を片付けたら調査に戻るから、少し我慢するでありますよ」

「で、次はお前らか」
「厄介者みたいに言わないで欲しいです」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)がむっとしたように言う。リリ マル(りり・まる)も一緒だ。
「休養を取るように言ったはずですが?」
「言われたから、溢れる好奇心を押し殺してベースキャンプで書類の整理をしてるんだ。おかげで肩と首がこってしかたない」
「先日、椅子から立ち上がった時にふら付いてましたよね。疲労が溜まっているんです、休養は必要ですよ。まだ疲れかもしれませんが、それが病にでもなったらどうするつもりですか?」
「そうだな。とは言え、病気で倒れても、休養で休んでも、その間に仕事が溜まり続けるのが事実だ。事務仕事は隊長には押し付けられないからな……」
「人も機械も、メンテナンスは大事であります」
「そうですよ、それに少佐はもう若くないんですよ?」
「歳のことは言うな。いいから、自分の仕事をしろ」
「焦っても、大尉が元に戻るわけではありません」
「……俺が焦ってるように見えるか?」
「無理をしているようには見えます」
「無理って程でもない。研究所に篭る時は、飯も睡眠もとらずに三日とか四日とか普通だったしな。それに比べれば全然マシだ。スパナが空飛んでんのが見えた時はさすがにまずいと思って休んだが。それに比べれば、全然だ」
 人間睡眠を長く取らないでいると、幻覚が見えるらしい。
「ふざけないでください!」
「ふざけてなんてない。小言を言いに来たんだったら、何か飲み物を持ってきてくれ、少し休憩しよう」
「……はい」
 いいようにあしらわれてしまった気がしたが、アリーセは軽食と飲み物を取りってきた。
 んーっと伸びをする長曽禰の顔には、見てわかるほどに疲労が溜まっている。目のしたには隈がはっきりと浮かび、肌の色も悪い。とはいえ、今日明日倒れる程でもないも事実だ。いつ倒れるか、というのがはっきりとわかれば苦労しないとはその通りだろう。
 大した会話もなく、休憩をしているとこにアウグスト・ロストプーチン(あうぐすと・ろすとぷーちん)が腰をくねくねさせながら入ってきた。
「あーら、わたくしも一緒にお茶いいかしら?」
 その後ろで、長曽禰が見る前からぴしっと敬礼をしたソフィー・ベールクト(そふぃー・べーるくと)の姿がある。アウグストとはえらい違いだ。
「いいぞ、えぇと、ああ、地図を作ってるんだったな」
「あらぁ、ちゃんと覚えててくれたんですか、嬉しいわぁ」
「……忘れろ、というのが難しいな。こっちに顔を出したって事は、何か進展があったか」
「ええ、あの塩湖。やっぱり三日月型をしているようよ。けど、ぐるりと一周回るのは大変よ。推測こみこみだけど……大体、日本の東京都ぐらいの大きさがあるみたいね」
「広いとは思っていたが、それほどか。一部で目撃されている、巨大な影というのがくじらぐらいの大きさでも、なんとか生息できるか」
「では、測量データをお渡ししたのですが、よろしいですか?」
 ソフィーがはきはきと言う。作りかけの地図のデータを受け取り、他の報告なども一緒に受け取る。アリーセの目の前で、新しい仕事が積み上げられていく。文句の一つでも言いたいところだ。
「ふむ。では、この地図は共有できるように手配しておく。大変だとは思うがそのまま任務を続けてくれ。ただ、水晶に襲われた、という妙な報告もある。聞いているだけでは詳細はよくわからないが、部下にも注意するよう伝えてくれ」
「あら、心配してくれるの? 優しい人はあたくし大好きよ」
 長曽禰はすっとアウグストから視線を外し、ソフィーに視線を向けた。
「苦労をかけるな」
「いえ、任務でありますから。では、失礼します」
 引きずるようにして、ソフィーはアウグストを連れて出ていくと、外から「少佐殿、少しよろしいですか」との声がする。
「ああ、いいぞ。入れ」
 結局、休憩はどこに行ったのか。次々とやってくる報告や相談に、長曽禰は対応し続けた。彼に休みを与えるには、まずは周囲にそうできるよう働きかける必要がありそうだ。
 それはきっと無理な相談なのだろう。