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リアクション
ニルヴァーナの地を探索する:page09
インテグラルと名づけられた巨漢の赤髪の男は、決して派手ではないが豪華な鎧を身に纏っていた。その鎧に注目すると、それはあちこちに傷跡が残されていた。
誰と戦ってついた傷なのかは、わからない。少なくとも、この場に居る誰かではないだろう。
「ウィンポリアさんだったか……逃げろと言ったわけがよくわかる」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は相応の間合いを取りつつ、相手の様子をつぶさに観察した。エヴァルとと、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が強敵の気配を察知してたどり着いたのは一番ではなく、また二人だけでもない。
「持ちこたえられるかな……」
「持ちこたえるしかないな」
命令で、インテグラルには手を出さないようにとの通達は来ているが、かといってこれを好き勝手にさせてしまえば、それだけ被害が広がってしまう。誰かが身を挺して、時間を稼ぐ必要があるのは事実だった。とはいえ、手を出すなという命令が出た理由についてはよく理解できた。
インテグラルに対して時間を稼ぐという事は、その身を投げ出して「自分が殺されている間の時間」を探検隊に提供する事なのだ。
結局は、じりじりと相手との間合いを計りつつ、睨み合いをしながら決して手は出さず、そうして相手が手を出さないぎりぎりのラインを常に保つ。手を出せば、時間稼ぎの為にと最初に前に出た、あの部隊の二の舞になるだろう。
インテグラルが通り過ぎたあとには、かなりの数の人間が倒れているのが見える。中には、まだ息があると遠目でも確認できるものもいるが、判別つかないのもいる。駆け寄って助けたい気持ちがあっても、あとほんの少しでも前にでれば、彼らの仲間入りとなるだろう。
「……このまま見てるわけにはいかねぇだろう!」
ぎりぎりと奥歯を噛んでいた孫 策(そん・さく)が、ついに痺れを切らした。
彼も状況は理解している。時間稼ぎをしようと、向かっていった部隊が一瞬で蹴散らされたのを、エヴァルトらと一緒に目撃したのだ。三十人近くはいたし、全員が突撃を慣行したわけでもない。それが、なんだかよくわからないうちに、全員やられたのだ。
「間もなく、少佐らが増援を連れてくるはずです」
「だから待てってか、ここに居るってのに、見てるだけでよしだってか!」
「その人に怒鳴っても仕方ないですよ。少しは落ち着きなさい、孫策」
レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)に食ってかかろうとする孫策を、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が諌める。孫策はすぐに「すまねぇ」と謝罪の言葉を口にし、レーゼマンは「いえ」と返した。
「けどな、孫策の気持ちはよくわかります……少し気をそらして、相手の反対側に回り込めれたりはできませんか?」
「できるとは思えませんが……何か策がありますか?」
「策っていうほどのものではありませんよ。ただ、自分の狼達の気が高ぶっているんですよ。きっと、あいつのせいですな」
セオボルトのウルフアヴァターラが、敵意をむき出しにしている。ウルフアヴァターラはニルヴァーナ人が残したものであり、また武器であり防具でもある。戦うための力だ。
「……通用する手段になるかもしれない、か。煙幕ファンデーションが手元にある、効果があるかどうかはわからないが、使ってみる価値はあるか」
「では、私は弾幕で援護します。突破するのは―――」
レーゼマンは一同を見回した、ダッシュローラー持ちのロートラウト、加速ブースター装備のイライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)の二人が適任だろう。
「頼みましたよ、イライザ」
「はい」
それぞれが覚悟を決めて、動いた。まず、レーゼマンが弾幕を張った。これで動きがとまってくれればよかったが、体のあちこちに銃弾が当たっているというのに、インテグラルは立ち止まることなく向かってきた。
狙いは当然レーゼマンだ。そうなったのを確認し、エヴァルトが煙幕を張る。まだ二人は飛び出さない、その煙幕の中にセオボルトが飛び込む。
「思った通り、視界が防がれても、この子らが敵の場所を教えてくれてます」
ウルフアヴァターラは、インテグラルの位置を見紛わない。煙幕の中でも、その動きが手に取るようにわかる。インテグラルの二つの刃を、半分はその鎧に背中を押される形で掻い潜り、その胸に切りかかった。
「……今だっ!」
二人が飛び出す。二人は煙幕に巻き込まれないように大きく外をまわって、反対側に出た。イライザとロートラウトはそのまま振り返らず、倒れた仲間のところへ向かう。
煙幕が晴れる前に、次にやるべき事がある。これで、インテグラルが背後の二人に向かっていけば全てが台無しだ。煙幕の壁があるうちに、こっちに引き寄せなければならない。
「さて、結局手を出すことになったわけだが」
「はんっ、最初っからそのつもりだ」
もう消極的な時間稼ぎはできなくなった。煙の中から、セオボルトが逃げるように飛び出してきた。その煙を掻き分けて、インテグラルが追って飛び出してくる。
単純に、運が良かった。
ピアニッシモ・グランド(ぴあにっしも・ぐらんど)が抱えている炎羅 晴々(えんら・はるばる)が、弱々しくも息をしているのは、インテグラルに温情があったからでもなく、晴々の言葉がインテグラルに届いたわけでもない。
いくつもの防衛ラインを、文字通り粉砕しながら突き進んできたインテグラルに、晴々は丸腰で向かっていった。
その本意は、たぶん本人しかわからない。
まるで古くからの友達のように、晴々はインテグラルに声をかけた。その返答は、強烈な一撃でもって返された。当たり所がよかったのだろう、最初の一撃で死に至ることはなかった。
しかしここに至るまで、何度も契約者に攻撃を仕掛けられていたインテグラルは蹴散らすだけでは満足せず、そのまま息の根を止めようと剣を振り上げ、そこでぴたりと動きを止めた。
ピアニッシモはすぐ近くに居たが、動けなかった。動かしてもらえなかった、という方が正確な表現かもしれない。晴々を守ると心に決めていたのに。
振り上げた剣は、強く振り下ろされることはなく、ゆっくりと降ろされた。その時、インテグラルの仮面のように動かない表情が、ほんの少し、笑みを浮かべたように見えた。
あっさりと晴々に対し、興味を失ったインテグラルは、歩き出した。その様子は、何か探し者を見つけたようにも見えた。
「あ……」
光が、ピアニッシモお顔をあげさせた。
水晶森の中を飛び交う、目に痛い光とは違う。柔らかくて、暖かい光だ。ほんのりと黄色を帯びた光が、周囲を包んでいるかのようだった。
「大きな、天使」
うっすらと輪郭だけが見える。六枚の羽根を持つ、見上げるほどに大きな姿があった。
「あのオーラは、リファニーの力なのか」
熾天使は纏っているオーラを操り、戦う事ができるという話を葛葉 翔(くずのは・しょう)は聞いた事がある。もしも今見えているものがそうであるのならば、そこに居るのは間違いなくリファニー・ウィンポリアだ。
「ああ、動かないでください。怪我に障りますよ」
黒いパワードスーツの男が、立ち上がろうとした翔を片手で制した。
「……大丈夫ですよ、少なくとも私はあなた方の敵ではありません。信じてください、などとは言いませんがね。ふふふ、易者身の上を知らずなどと言いますが、まさしくその通りですね」
アリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)の警戒した視線に、その男は自嘲的な笑いを浮かべた。アリアが警戒するのも当然で、その黒いパワードスーツは、ブラッディ・ディバインの構成員が使っているものだ。
そして、それを身に纏っているのは、ブラッディ・ディバインのリーダー、アルベリッヒ・サー・ヴァレンシュタインその人であった。
「どうして、ブラッティ・ディバインの人がワタシ達を助けたの?」
「助けたなんて、そんな大層な事はしてませんよ。ただ、少し止血をしただけです。私でなくとも、誰か通りかかれば同じ事をしたでしょう。その程度の事ですよ」
「その事には礼を言う。だが、俺にはよくわからない。まず、なんであんたがここに居るんだ? それも一人で―――何が目的だ?」
「私もそれについて考えていたところです。実を言えば、あなた方に簡単な手当てをしたのは、すぐに動き回れない程度の傷を既に負っていたからです。もしも元気であれば、問答無用で襲い掛かってこられるかもしれないのですからね。身から出た錆びとはいえ、今は遊んでいていい状況ではないのでしょう?」
「……?」
「ああ、いえ、こちらの話です。手当ての代わりとは言ってしまうと浅はかですが、いくつか質問に答えて頂きたいのです」
翔とアリアは、警戒した。何を聞き出すつもりだろうか、ギフトについてか、それとも探検隊の野営地についてか。相手は天才とされる人物であり、一見どうでもいい情報がどのような意味を持つか、こちらでは判断できないかもしれない。
その警戒は、しかし、アルベリッヒの不自然な質問でさっそく崩された。
「今日の日付はわかりますか? できれば、曜日と時間も知りたいですね」
二人は顔を見合わせてから、それぐらいならと今日の日付を伝えた。時間も、おおよそ何時であるかも教えた。それを聞いたアルベリッヒは、そのパワードスーツの端末らしき部分を少し操作した。
「ふむ、という事は時計機能は狂っていなかったようですね。お手間をかけさせてしまいましたね、流石にこれ以上はお仲間に見つかるかもしれませんし、お暇させて頂きましょうか。すみませんが、ここから先は自力でお願いします。では、失礼」
結局、アルベリッヒは時間を聞いただけでその場を立ち去っていった。
「な、なんだったのかな?」
そうマリアに問われても、それは翔にもわからない。
できうる限り通達は移動中に行い、徹底的に時間を切り詰めて長曽禰とリファニーは水晶森の中へと乗り込んだ。パワードスーツに身を固めた長曽禰とリファニーの二人は、インテグラルと名づけた巨漢の大男が発見された地点よりもずっと手前で、その姿を捉えた。
リファニーは相手の姿を見た瞬間に、巨大なオーラを解き放った。インテグラルもまた、待っていたとでもいうように、ただリファニーだけを狙ってきた。
壮絶な戦いに、周囲の水晶は悉く砕け散った。
巨大なオーラと、インテグラルの戦いはノーガードの殴り合いだ。巨漢といっても、せいぜい二メートルと少しぐらいしかないインテグラルは、リファニーのオーラのパンチに当たると、吹っ飛んでいく。吹き飛ばされたインテグラルによって、周囲の水晶は砕けるが、肝心のインテグラルにはダメージが目に見えない。
「入り込む隙が、全然ないわね」
見ている事しかできずに、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は歯噛みする。隙をみて、ヴァルザドーンのレーザー砲を当ててはいるのだが、当たっているだけで何も起こらない。痛みに顔を歪ませないあいつに、効いているのか傍目にはわからないのだ。
それは、パワードスーツのおかげで接近できている長曽禰も同じものだった。いや、こちらの方がより不気味さを味わっていただろう。
傷だらけの鎧は強固で、レーザーブレードが全く通らない。その為、鎧で覆われていない腕や足などを切りつけるのだが、手に返る感触は肉を断っているのに、レーザーが通り過ぎたあとには傷が全く無いのだ。
「何がどうなっているんだ」
まるで幽霊か何かと戦っているようだが、幽霊ならば手ごたえなくレーザーブレードは敵の体をすり抜けるだろう。インテグラルは確かに目の前に居るし、存在しているのだ。
「しまっ」
インテグラルの剣戟を受けきれず、長曽禰は弾き飛ばされる。背中から水晶に叩きつけられ、水晶の大木が崩れ落ちる。
「きゃっ!」
近くに居たイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が、飛び散る水晶から顔を守るように腕で覆う。腕と腕の隙間から、水晶の崩壊が落ち着いたのを確認してその場に駆け寄った。
声をかけるよりも早く、水晶の瓦礫を突き破って、長曽禰の腕が飛び出す。そのまま自力で抜け出した。
「大丈夫ですか?」
「パワードスーツがなければ、死んでたな。それより、負傷者の回収は進んでいるか?」
「あ、はい。なんとか動ける人をかき集めて、撤退はなんとかなりそうですわ」
「少佐、お怪我はって、イオテスじゃない」
「祥子、よかった無事でしたのね。撤退の準備は整いましたわ」
「撤退ね。私や少佐なら逃がしてもらえるかもしれないけれど」
インテグラルは執拗にリファニーばかりを狙っている。ここまで、インテグラルの前に出たら五分と持たずに破壊されてきているなか、少佐と祥子の二人が健在なのはそのおかげでしかない。
「なるほどなるほど、大体状況が理解できてきました。なら、早く撤退を進めるべきではありませんか?」
「誰だっ?」
「誰だとは酷いですね。ついこの間、顔を合わせたばかりではありませんか」
「アルベリッヒ……なぜ、お前がここに?」
「それを懇切丁寧に説明してもよろしいのですが、いいのですか? もう、あまり彼女も持たないでしょう。アレにちょっとした因縁もあるので、手合わせをするのでしたら、あなた方よりも向こうの方がありがたいのですが」
突然現れたアルベリッヒに、少佐も祥子も聞きたい事はいくつもあった。だが、二人の援護がほんの少し途切れた間に、リファニーとインテグラルの戦いはさらに一方的なものになってしまっていた。
のんびりとしている時間はない。
「一つだけ聞かせろ、ブラッディ・ディバインとして協力するのか?」
「いいえ、残念ながら彼らをあてにしているのならばそれは不可能です」
「今はそれを信じてやる。二人はもう下がれ、動ける人間は一人でも多く負傷者を運んでもらいたい。俺も、リファニーとインテグラルを引き離せたらすぐに撤退する」
「わかったわ。リファニーのことよろしくね、友達なんだから」
「ああ、わかっている」
「行くわよ、イオテス。負傷者の位置や状態は把握してるんでしょ。できる事を手伝うわ」
イオテスが先導し、祥子はその場を離れた。
「さて、少し遊んでいきましょうか。アレをなんとかできるとは、正直思ってないんですがね」
「え、なになに、どうしたの?」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が地響きと強い光に慌てて辺りを見回した。
「静かにするのじゃ!」
「ギフトが……これは……」
ミア・マハ(みあ・まは)と白砂 司(しらすな・つかさ)はそれぞれ、水晶の閉じ込められたギフトを見上げた。水晶を運び出すために援軍として呼ばれたのだが、インテグラルの出現により立ち往生をしている最中だった。
もしもインテグラルが、ギフトを探しているのならばここに置いておくわけにはいかない。
「光ってるのに、全然まぶしくない……不思議」
「すごい、すごく強い力を感じますね」
サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が光に惹かれるようして、ギフトの閉じ込められている水晶に向かっていく。その手を、司が掴み強く引っ張った。
「危ない。下がるぞ! 水晶が砕ける」
内側から伸びてきた亀裂が、水晶全体に広がっていく。
悲鳴のような甲高い音をあげて、水晶は砕け散った。水晶の中から、機械の猫が飛び出してくる。低い唸り声をあげながら、尻尾を立て耳をピコピコと動かす。
「見た目はちょっとごついけど、可愛いかも」
「すごく威嚇されてるようじゃが……」
「自力で出てこれるのなら、何で今まで水晶の中に居たんだ? いや、それよりこれがギフトなら、試練として襲い掛かってくるかもしれないぞ」
できる限り荒事は避けたい司ではあったが、ギフトを取り逃がすかどうかは話は別だ。
「……痛いのヤですよ」
ぴくっと猫は顔をあげた。来るのか、とそれぞれ身構えたが、誰に向かうでもなく走り出した機械の猫は、水晶の樹木を一足に飛び越えてた。
「え?」
「に、逃げちゃいましたよ!」
突然の行動に、みんな慌ててしまった。みんながみんな、襲いかかってくるものだと思っていたのだから。
「慌てるな、どちらに逃げたのじゃ」
「あっちだよ」
レキが指差した方向、そこから離れたところにリファニーの操るオーラが見えた。
「……、反応したのか、どちらかはわからないが」
インテグラルか、それともリファニーにか。自ら目覚めたギフトは、そのどちらかに向かっていったのだ。
「追う?」
レキの言葉に、誰もが考える間を必要とした。インテグラルについて、動けないここの面々は積極的にかき集めている。まるで、シューティングゲームの敵みたいに、あっけなく倒されていく様は目にしなくとも異常事態だ。
「行かない方がいいな。足手まといになるとしか思えない」
司の言葉は、全員の総意といってもよかった。口にすると、反発したい気持ちが沸くものものいたが、反論できる者はいなかったのである。
「あの子が、リファニーや少佐を助けてくれるといいですね」
ギフトが自ら飛び出してしまったため、後ろ髪を引かれる思いで彼らも撤退を開始した。