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リアクション
カラオケ用にと作られた特設ステージの上には琳 鳳明(りん・ほうめい)と響 未来(ひびき・みらい)が立っていた。
琳 鳳明と響 未来――彼らは846プロダクションで売り出し中のアイドルユニットの2人である。鳳明がベース、未来がギター。ユニット名は『ラブゲイザー』。鳳明は教導団制服姿だった。教導団は堅苦しくて怖いところ、というイメージを少しでも払拭して親近感を持ってもらいたいという狙いがあるらしい。
未来は和装。それでもカラーを合わせているため、不思議と調和がとれている。その上から、彼らはそれぞれベースとギターを肩がけしていた。カラオケの機械もあるが、やはりライブは生演奏が一番いい、ということで2人の意見が一致したのだ。せっかく楽器もあることだしね!
「みんな〜! 私たち『ラブゲイザー』の歌を聴いていってね♪」
未来が、立てたマイクを引き寄せて言う。
「1・2・3・4!」
カウントのあとに一拍置いて、2人の指から音が、のどから声が、ほとばしった。すぐに虹色サイリウムを持った観客の手が頭上に上がる。
つま先でリズムをとり、音楽に聴き入っている彼らの邪魔をしないよう、気をつけながらセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)はトレイに乗せたジュースを配る。ときには注文を聞いてメモをとり、引き替えの番号札を渡したりもした。
そうして、ときおりステージへと目を向ける。
あのステージを用意した1人が彼女だった。2人は結構激しく演奏をしている。最初は気を使ってくれていたようだが、熱くなるにつれ、そういったものは二の次になってしまったようだ。
(でも、あれだけ激しく動いても何ともないのですから、このあと皆さんが歌っても大丈夫でしょうね)
そう思って、注文を取る仕事へと戻った。
「どうもありがとう!」
歌が終わった直後、歓声に沸いたみんなに向かい、鳳明が礼を言う。
「全部、ってわけじゃないけど、この楽譜にある曲ぐらいなら演奏できるから。カラオケで生がほしいひとは言ってね! たとえばこんなふうに!」
さっと手が横に振られ、その先の舞台袖から現れたのはカエルの着ぐるみゆる族フロッ ギーさん(ふろっ・ぎーさん)だった。
舞台中央まで進み、愛用のギターをじゃらんとかき鳴らす。
「おい、おめーら。見知らぬ場所にそろって閉じ込められちまった、こんなときだからこそまさにハートフルってな!!」
申し合わせてあったタイミングで、バックの鳳明と未来がゆっくりと演奏に入る。
「袖振り合うも他生の縁って言葉知ってっか? 案外、今ここにこうしてるオレたちゃ、前世からの深い緑のつながりだったのかもしれねー。いつかこうして出会うってな。そう思うと、この運命ってヤツにも箔が付くと思わねーか? ここにこうしているのだって、案外この遺跡がオレたちを招いてくれたのかもしれねえ! そんなふうに、物事は何だって多面的に見るもんさ! 辛気くさいツラぁいつまでもしてねーで、いっちょ景気よく1曲いくとしようぜ! そうしてオレたちのソウル(魂)の歌、ニルヴァーナじゅうに届けてやろう!!
みんな、オレっちに続けえええええぇぇぇぇぇええぇぇ!!!」
シャウトとともに始まった曲ははやりに関係なく、だれしも耳になじみの深い曲だった。バックスクリーンの白布にはカラオケの画面――歌詞――も映し出され、全員で歌えるようになっている。
みんなとフロッギーさんの一体感を肌で感じてにこにこしながらメイド姿で注文のドリンクの受け渡しやおつまみの配膳といった、みんなの世話焼きをしていたナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)だったが。
「ナナ! まずはおまえだ!!」
曲が最後の間奏に入るやいなや、フロッギーさんが舞台から名指しされ、まさに文字どおり跳び上がって驚いた。
「え? ……えぇぇええーっ!?」
「いいからさっさと来いよ!」
フロッギーさんが手を差し出している相手が彼女と知った周囲がざわめきだす。こうなると従わないわけにはいかない。
促されるまま舞台に上がり、マイクの前でぺこりと頭を下げた。
「あ、ああ……あのっ。ナ、ナナは教導団所属ルースさんの妻であり、メイドのナナ・マキャフリーと申しますっ。
こちらのフロッギーさん様とは……ええと……こ、このような場では、歌やBGMとして、盛り上げたりもしているのですっ。と、とにかくよろしくお願いするのですっ」
「よろしくな! ナナ!!」
「「「よろしく!!」」」
1曲歌ってノリのよくなった観客から、いっせいに声を返される。ナナは耳の先まで赤くなりつつ、とにもかくにも歌を歌った。まともに歌えたか、ナナ自身には分からなかった。すっかりあがってしまって、耳の奥ではゴーゴー音がしているだけだったから。だけど歌っている間中、フロッギーさんはノリ良く演奏していたから、ちゃんと歌えていたのだろう。
ドキドキする胸で、それでもやりきった爽快感に満たされ口元を緩ませて舞台袖に戻ったナナと入れ替わりで舞台に上がったのは、蒼空学園の制服を着た、見るからに熱血風の少年だった。
「俺は天崎 恵助(あまさき・けいすけ)! 見たとおり蒼学の新入生だ! みんなよろしくな!!」
「「「よろしく!!」」」
「おっと。……いやー、こういうの照れるなぁ。
んじゃー、さっそくナナ先輩に続いて、2番天崎 恵助、歌いますぜ!」
カラオケ機を用いて、最新の曲を披露する。
彼のパートナーで守護天使のシギ・コンダクト(しぎ・こんだくと)は、舞台でのびのびと歌っている恵助を観客の1人となって見上げながらほほ笑んでいた。彼女の周囲では、恵助と一緒に口ずさんでいる者や、虹色サイリウムを突き上げている者がいる。
「恵助さんも皆さんも、本当に楽しそうですね」
これならきっと、たくさん、たくさん、彼には友達ができるだろう。ここに落ちたときは、これからどうなることかと心配に胸の痛む思いがしたものだったが。
「よかった……」
小さくつぶやいて。
シギは恵助と視線を合わせ、にっこりほほ笑んだ。
マイクを片手に、荒井 雅香(あらい・もとか)はすうっと息を吸い込む。
「ハーイ。もしかしたら知らない人もいるかもしれないから、あらためて自己紹介しておくわね。
私は荒井 雅香、天御柱学院の整備士よ。イコンに関することだったら何でも訊いてちょうだい。それと、まだ独身だから、われこそは、って思うならアタックしてもいいわよ。もしそんな強者がいるんだったらね。お姉さんが、イロイロ教えてあ・げ・る ♪」
「ひゅーひゅー! 雅香お姉さーーん」
「俺なんてどうですかー?」
すぐさま邪気のないひやかしが飛んできた。
訓練補佐たちが盛り上げ役を買って出てくれているのが分かって、雅香はほほ笑む。
「じゃああとでケー番教えてちょうだい。だれにも知られないよう、こっそりね」
ウィンクを返しつつ、後ろででカウントの合図を入れた。未来がギターを奏でだす。最近の曲ではないが、それでもノリのいいポップスだ。
歌う彼女を、イワン・ドラグノーフ(いわん・どらぐのーふ)は酒の入ったグラス片手に眺めていた。
カラリと氷の音をたて、グラスを口元へ運ぶ。
「いい声ね」
となりのアリアンナが、ゆるく曲げた膝でほおづえをついて独り言のようにつぶやいた。
「曲は知らないけど……なんだか心に残る声だわ」
「昔のラブソングさ。古い、古いな」
聴いている者たちの邪魔をしないよう、声をひそめてこちらも独り言で応じる。
だが気付くと、アリアンナがこちらを見ていた。
「すまん。邪魔しちまったか?」
「いいえ。まぁ、少しはびっくりしたけれど。お知り合い?」
「まぁな。俺のパートナーだ」
「ああ……」
アリアンナは納得し、再びステージの彼女に見入る。彼女というよりも、彼女が生み出す歌に。
「あんたは? 歌わねーのか?」
彼女(彼か?)がステージで歌ったら、さぞかし華やかだろう、そう見当をつけながらイワンは訊く。
「んん……そうね。歌うのも好きよ。でも、こうして聴いているだけでもいいかもしれないわね」
ふとあることに気付いて、ほおづえを解いた手を差し出した。
「イルミンスールのアリアンナ・コッソットよ。自分で言うのもなんだけど、まぁ面白みはあまりない人間かしら……ね。それでもよろしければ、以後ご鞭撻賜りたいわね」
「俺ぁイワン・ドラグノーフ。天御柱学院所属だ」
と、握手に応じる。
「ご鞭撻ってなぁ堅苦しいなぁ。ま、なんだったら今度お互いパートナーでも誘って、じっくり酒でも飲もうや。ガキのいねー、もうちっと静かな場所でな」
「そうね。それもいいかも」
口元に手を添え、ふふと笑う。そのうちに雅香は歌い終わってステージを下り、次の少年が現れた。
大勢の者たちから注目を浴びて、委縮するどころか得意満面、堂々とステージ中央に立っている。
(カッカッカッ、面白いことになってきたのう)
背中がゾクゾクするような快感を感じつつ、鵜飼 衛(うかい・まもる)はマイクのスイッチを入れた。
「皆の衆、よう聞けい。わしは鵜飼 衛。こう見えても齢40歳の元傭兵じゃ。僭越ながら年長であるこのわしが、歌でこの場を盛り上げようではないか!」
衛の合図で、カラオケ機からロック調の曲が流れ出る。
自己紹介に入る前、ここにはカラオケ機材があると聞いてから、実はひそかに選びに選んだ珠玉の1曲だった。
(あきらかにジェネレーションギャップと言われようともこの鵜飼 衛、決して今の若者になど見劣りせぬ!)
カッ! と目力で威圧しつつ、衛は歌う。それは魂のこもった歌、まさに命を削っているかのようなド迫力の歌だった。
「……すげぇぜ。ロックなのにまるで演歌のように聴こえる……」
「見える。見えるぞ、岩に当たって砕ける波頭が! ロックなのに!」
そんな感嘆の声すら漏れたという。
「よっしゃあ!! 燃えてきたぞーっ!!」
彼のテンションは歌い終わっても、いや、歌い終わってからさらにますますヒートアップした。
「どんどん行くからの、皆の衆遅れずわしについてくるのじゃぞ!! 10曲メドレー、カラオケマラソンじゃ!!」
曲目リストを突きつけ、叫んだ瞬間。
どこからともなくブーメランのように回転しながら飛んできた盾が、衛のこめかみにクリーンヒットした。
「カラオケは、1人1回1曲じゃ。いくら衛でも、マナーぐらい守らんといかんけぇの」
屋台のテーブルで、特別注文で作ってもらった広島焼きをもぐもぐ食べながら、メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)はつぶやいたとかつぶやかなかったとか。
緑の髪を中華風シニヨンで頭の両側に留めた少女が、開いた左手をグッと頭上に突き出した。
「5ばーん、泉 鈴香(いずみ・りんか)! イルミンスール所属です! 見かけは小さくても、夢はだれにも負けないくらい大きいんだよー! そんで、特技はアジアンノット!!」
宣言するなり、しゅるるっとポケットから赤い組み紐を取り出す。
「取り出したりますは何の変哲もない、紐! これをこうしてこうやって…………ほら、これで福結び!!」
おーっ! と歓声があがった。
大勢の訓練補佐による給仕のおかげで飲み物や軽食も行き渡り、カラオケというよりもはや宴会場のノリである。
「歌いながら作るよ! 何個できるかな? できあがったのはみんなにプレゼントさせてもらうから、受け取ってね!」
まずはこれ! とできあがったばかりのそれをポーンと観客に向けて放る。
「では歌います!」
アイドル曲に合わせてステップを踏みながら、取り出したオレンジの紐で服結びを始める鈴香。
「すごいなぁ……」
振り返り、しみじみとつぶやいたのは、彼女と入れ違いでステージから戻ってきた五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)だった。
「歌しかできない俺なんかとは大違いだ……」
自虐的につぶやいたとき。
「きみ、おつかれ!」
勢いよくにゅっ! とグラスを持った手が横から突き出され、東雲は思わず後ろによろめいた。
「あはっ☆ ごめんごめん、驚かせちゃった?」
青い髪とエメラルドグリーンの瞳が印象的な少女富永 佐那(とみなが・さな)が、ウインクをしながらそこにいた。はじめ、その髪も瞳も本物に見えたが、よくよく見るとかつらとカラーコンタクトのようだ。
「あの……あなたは……」
「私? 私はコスプレネットアイドル海音シャナ! こっちのあさにゃんと2人合わせて猫娘娘EX!!」
少女はいきなり横で注文をとっていたネコ耳メイドを強引に抱き込んで、きゅぴーーーん☆と宣言する。朝斗の手から、またもトレイが吹っ飛んだ。
「よろしくね〜 ♪」
「わっ! ちょ、危ないでしょ! 僕が飲み物持ってたらどうするのっ」
首に腕が回ったと思ったら有無を言わさず後ろに引っ張られ、ブリッジ状態になった朝斗があせり気味に抗議する。その視界に、かなりとまどっている風の少年の顔がさかさに入った。
「あれ? きみ、なんだか顔色悪いみたいだけど、大丈夫?」
「あらほんと」
「あ……平気、です。俺、大体いつもこんな感じで……」
答える声も聞くからに弱々しく、先細りして消えていく。じーっと疑いの眼差しで見つめる2人の気をそらそうと、東雲は自己紹介をすることにした。
「俺……五百蔵 東雲といいます。よかったら気軽に、東雲って呼んでください」
「あ、うん。僕は――」
「あさにゃん先輩、ですよね。知ってます」
東雲の返答に、ガックリ両肩を落とす。
「え? あ、あの……?」
「あははっ。間違ってはないわよね、あさにゃんっ ☆」
「ううう……」
「それで東雲くん。さっきの歌、すごくうまかったわね。何かやってるの?」
「えーと……いえ、ただ歌うのが好きで、趣味なだけで……」
「あら。あれだけ歌えるなんて、ただの趣味なわけないわ」
彼らの会話を耳に入れ、振り返ってそう言ったのは一条 ましば(いちじょう・ましば)だった。
「え? あの……」
「ああ。あたし、一条 ましば。今舞台で歌ってるあの子のパートナーだよっ。よろしくね」
はきはきとはずむようなしゃべりをして、ましばは手を差し出した。
「は、はい。東雲です、よろしくお願いします……」
東雲は勢い手を握り返し、はっと気づいてあわてて手を離す。
「それで東雲くん、ミンストレルかディーバなの?」
「あ、いえ……ビーストマスターです……」
「へーっ。意外! あんなに上手なのに!」
ましばからの絶賛に、恐縮するように東雲はますます身を縮ませた。
「僕、本当はミンストレルになりたかったんだけど……このとおり、貧弱でしょう? 歌うには体力がいるし。それで、体力をつけるためにも今の職につけって相方に言われて……気づいたらビーストマスターになってたんだ……」
と、そう口にしている間に、だんだん東雲の体が前後にゆらゆら揺れ始めた。目から焦点が失われ、表情がうつろになっていく。
「東雲くん!? あぶなっ――」
シャナの伸ばした手の先で、東雲はバターンと後ろに倒れてしまった。
「うわっ!」
「ちょっ……宗茂! 宗茂!!」
「――あぁん? どげんした? シャナ」
少し離れた場所で新入生たちと談笑していたパートナー立花 宗茂(たちばな・むねしげ)が、声を聞きつけて現れる。
「いきなり倒れたの! 貧血かしら? とにかく向こうへ運んで!」
「そかそか。あっきぃ運んじょくけぇ、ちょおどきゃあ」
「なーんか騒ぎ起きてると思ったら、やっぱ東雲かぁ」
宗茂の声に重なって、そんな少女の声がした。宗茂やシャナの目がそちらを向く。
「あ、ボクはリキュカリア・ルノ。東雲のパートナーの魔女。
べつに騒ぐことないよ、よくあることだからさ」
言いながら東雲の枕元へ歩み寄ったリキュカリアは、ぺちぺちと少々乱暴に東雲のほおをはたいた。
「東雲、東雲! 起きて、ホラ」
「……あ……ルノ……」
うっすらと東雲の目が開く。
「ああ、意識が回復したわね。とにかく向こうへ運びましょ。静かな場所で安静にした方がいいわ。宗茂、お願い」
「わーった。――おんしゃもきぃや」
「りょーかい」
宗茂は東雲を抱き上げると、リキュカリアと連れ立ってここから離れた場所にしつらえられた休憩所へと運んで行った。
東雲への対処はこれでいい。問題は、この場の空気をどうするか、だ。
シャナはすばやく機転を利かせた。
朝斗を引っ張り寄せざわめき立っている観客を振り返り、ポーズを決める。
「みなさーん! 何かあってもご安心っ! 私たち猫娘娘EXが、皆さんをふにっふにっと癒しちゃいますからねーっ☆」
「に……にゃん、にゃん……っ」
シャナが何をしようとしているか朝斗も瞬時にさとって、笑顔で招き猫ポーズをとった。
「かわいーーーっ! あさにゃん先輩ーーーっ!!」
「オレっ、オレ、一生ついて行きますよ!!」
「うおおおおおおおーーーーっ!! 俺を癒してくれーーーっ!! 猫娘娘EX!!」
口々に萌えた男たちの叫びが起きる。
多分にこの中には、訓練補佐たちの場を盛り上げようという意図も働いているのだろう。そう思って、朝斗は耐えた。……だって全部そのまんまだったら悲しすぎるんだもの。にゃんにゃん。
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