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リアクション
「食後の腹ごなしに体を動かしたい者は、こちらへ来い!」
5メートル四方に線が引かれた中央で、そう呼びかけたのは木曽 義仲(きそ・よしなか)だった。
「鬼ごっこをするぞ。ただし補佐と新入生で差が出てはいかんから攻撃系・捕縛系スキルおよび武器の使用は不可、飛空系や自翼を用いて空中へ逃げるのもご法度とする。新入生ははじめのうちは鬼役で参加。慣れてくれば逃げ役を希望してもよい。逃げ役は追い込まれたからといって、決して卑怯な手を出してはいかぬぞ。制限時間5分とし、身体に触れる事を勝利条件とする。服や髪はこのなかに含まれない。
ちなみに、通常と違って「逃げ役」は1名だ。これは訓練補佐が務める。あとは全員「鬼」となって、この1名を追うこととする。
手始めに陣、うぬが逃げ役となれ」
「って、ええっ!?」
義仲の言うまま、線を引き終えて、あとは傍観に徹しようと考えていた高柳 陣(たかやなぎ・じん)は本気で驚く。
「おい、ちょっと待て! 俺が逃げるのか!?」
「うむ。皆にとって良い訓練にもなるだろうて」
うなずいたあと、義仲はほかの者たちに向き直った。
「よいか? この陣に触れることのできた勝者には蒼空学園食堂での食券1カ月分が手に入るぞ! もちろん出所は陣のポケットマネーだ! みごと捕まえられた者にはさらに1カ月分追加される! もちろんこれも陣のポケットマネーから出る!」
「はあぁ!? 義仲てめぇーっ!!!」
聞いてねーぞ、そんなこと!!
「ちなみに以後ほかの者が「逃げ役」となって捕まらずにすんだ場合は、食券1週間分が後日贈呈される。それでよいな? 陣よ」
衝撃のあまり口がきけなくなったのか、無言でわなわな震える陣を尻目に平然とふんぞり返っている義仲。2人の姿に、無限 大吾(むげん・だいご)がぷーーーーっと吹き出した。
「大吾?」
「ああ、いや。面白そうだな。俺たちもこっちへ参加することにしようか」
「食堂の食券2カ月分は、たしかに魅力的ですしね」
パートナーの機晶姫セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)も同意する。
まだくつくつ腹を震わせている大吾の視界に、じっと1人で静かにたたずんでいる蒼学生の姿が入った。
「やあ。俺は蒼空学園大学部所属の無限 大吾。こっちはパートナーのセイル・ウィルテンバーグ」
「どうぞよろしくお願いします」
指を指されたセイルが頭を下げる。
「きみも、鬼ごっこに参加するのかい?」
「わたくし? ですか?」
大吾に話しかけられて、少女はあきらかにうろたえていた。声に感情の起伏はなかったが、惑う視線や緊張した肩がおびえているというか……少し、びくついている。距離は十分とっているのだが……ああそうか、と大吾は思いついた。
「そんなに気にしなくても、このくらいのハプニングなんか良くあることなんだ。外にだって仲間は大勢いるし、見張りに立っている者たちもいる。だからきみたち新入生は安心して、楽しんでいいんだよ」
「わたくし…………あの……」
「ん?」
「……はい」
何かを言わんとした直後。肩をぽんとたたかれ、男に何事かを耳打ちされた少女は、口を閉じておとなしくうなずいた。
「わたくし、エルザ・レイ(えるざ・れい)と申します。こちらの浩嗣様にお仕えする、剣の花嫁でございます」
「よろしく。それで……?」
と、大吾はエルザに耳打ちをした男を見る。歳のころ、30代後半〜40代前半といったところか。温和そうな雰囲気の持ち主だ。そう見えるのは、大半が優しげな茶色の目によるものかもしれない。だが同時にその目はどこか疲れたような、彼の半生を物語る光を宿していた。
「俺は穂積 浩嗣(ほずみ・ひろつぐ)。まぁ……見てのとおりのオジサンだ。この歳でああいった遊びはきついからね、少々迷っていたんだよ。きみたちさえよければこの子をお願いできないだろうか?」
「はい、分かりました」
2つ返事で引き受ける大吾に向かい、浩嗣はエルザの背を押して送り出す。浩嗣を振り返るエルザは無表情だったが、瞳が、かすかにとまどいに揺れていた。彼を1人にすることにためらっているのだろうか。
「いいから。楽しんできなさい」
まるで娘に言うようなその言葉に、エルザは素直にうなずいた。
人のよく口にする「目標」とか「夢」だとかと同じくらい「楽しむ」という意味は分からない。けれど浩嗣の世話をし、言うことをきいていればいつか、そういった「感情」が理解できるようになり、何か見つけられる日がくるような気がする……。
大吾やセイルにつき従っていくエルザを見送り、浩嗣は反対側へ向かった。線を踏まないよう気をつけてまたぎ、離れた壁に背中を預けて座る。彼の前、集まった新入生、訓練補佐でもう一度ルール確認が行われたのち、おもむろにゲームが開始された。
「……くそ。絶対捕まってたまるか」
「まぁそう言うな。新入生歓迎会みたいなものなんだ、彼らに華を持たせてやれ。俺たちは優しい先輩、だろ?」
大吾が笑いながら言う。
「後輩に優しくだ? 俺の懐にも優しくすることを考えてからそういうことは言えよ」
5メートル×5メートルの正方形のなかを、陣は逃げた。ひたすら逃げに徹する彼を、それ以外の者が追う。スキルや技が使えないとはいえ、追う側も契約者だ、そう簡単には振り切れない。大吾たち訓練補佐は新入生に華を持たそうとしてか、追い込むだけに専心している。そのせいもあって陣はかなり健闘したが、結局残り1分で隅に追い込まれ、新入生に腕を掴まれてしまった。
「お疲れさまです」
制限時間いっぱい全力で走らされ、ぜいぜい肩で息をしながらやってきた陣を、浩嗣と一緒に壁際で座っていたロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)が迎えた。
「……ったく、ひとをなんだと思ってやがる、義仲のやつ! たまったもんじゃねえ」
「でも、かわいいんでしょう?」
崩れるようにその場へ仰向けに転がった陣のぼやきにくすくすと笑う。
「見ていれば分かります、あなたがどんなに彼のことを愛しているか」
「はあ!? 愛!?」
いきなりな言葉にドびっくりする陣。どういう意味で口にしたのか、じーーーーっと目を眇めて伺って、彼が何の含みもなくそう言ったのだと納得して、頭を掻いた。
「ああ、あんた神父か牧師か何かか」
「……分かりますか?」
「なんとなく。そういう恥ずかしい言葉を臆面もなく口にするのは、そういったやつらだと思っただけ。偏見かもしんねーけど」
「そうですか……」
ちょっと複雑な心境で、ロレンツォはさみしげに笑む。
「それで、あんたもそうなのか?」
「そう? ……ああ、アリアンナですか? アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)っていうのが私のパートナーなんですが、彼ならあそこにいます」
と、ロレンツォはカラオケの方を指差した。
「彼は歌うのが好きなんです。でも、私と一緒だとコロぐらいしか歌えませんからね」
「ふーん」
なんとなく流した視線の先に、こちらへやってくる薔薇学生の姿が入った。
「やあ、陣くん、だったっけ?」
「ああ。あんたは?」
なぜ自分の名前を知っているのか? 不審そうに見る陣に、肩をすくめて見せる。
「瑞江 響(みずえ・ひびき)。あの子の声はよく響くからね、よく聞こえたのさ。向こうで見させていただいていたよ。大変だったね。これ、スポーツドリンク」
「あ、ああ。ありがとう」
氷の浮かんだグラスを笑顔で手渡そうとする響から陣がダイレクトに受け取ろうとした直後。
「よせ! やめろ! それはナシだ!!」
そんな言葉が飛んできた。
見ると、銀髪の男が彼らを指差しながらわなわなと震えている。
「アイザック。どうした。何がなしだ」
振り返った響が、少しあきれたように彼を見た。
「おまえが言ったんだろう? 硬くてとっつきにくいからもう少し愛想よくしろと」
だからこそ、一生懸命響なりに笑顔とくだけた態度をとろうとがんばっていたというのに。アドバイスした本人が「やめろ」とは。
「そりゃ言ったが……駄目だ駄目だ駄目だ!」
アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)は激しく頭を振るやいなや、再び指をつきつけた。
「俺様以外にその笑顔はダメだ、絶対!!」
なんという横暴。
笑顔で接客しろと言ったり、するなと言ったり。どうすればこいつは満足するというのか。
響はふーっと重いため息をついた。
「ああ、分かった。いつもの俺でいればいいんだろう」
声のトーンがぐっと下がり、感情が消えてぶっきらぼうになる。そのまま、アイザックの横をすり抜けて、調理場のある方へ戻って行った。
「待てよ、響!」
あたふたと追いかけるアイザックも無視して、すたすた歩いて行く響。
「……どうしたんでしょうね? 一体」
「さあなぁ」
さっぱり分からない。頭を振りつつ、とりあえずもらったスポーツドリンクをストローで飲もうとしたら。
「ならば一切手加減せぬぞ! いざ勝負!」
ケンカを売る義仲の姿が飛び込んできて、陣は盛大に吹いた。
「な、なんだなんだ!?」
何がどうなった?
すっかり意識が鬼ごっこからはずれていた陣は、サッパリわけが分からない。いつの間にか鬼ごっこは終わっていて、参加者の中央で義仲と茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が向かい合わせに立ち、かまえをとっていた。
「どうやら彼女の方から手合わせの声をかけたようですよ」
「それを受けたってか!? あのばかっ、いくらなんでもレベル違いすぎだろっ」
13歳と10歳。身長も130センチと150センチで、外見的にはそう差異のない2人だったが、ひと目見ただけでそうと悟れるぐらい、2人の実力差は激しい。義仲がそうと気づかないはずはなかったが……それでもあえてということか。
とはいえ、あせる陣の前、じりじりと互いの間合いを測るようにすり足をしていた2人の動きがぴたりと止まる。
「はあっ!!」
かけ声とともに朱里の右フックが義仲に向かう。朱里はラヴェイジャー、まともに打ち合えば義仲は自分が受けたのがこぶしか蹴りかも分からないうちに昏倒していただろう。
(一発で終わるなんて面白くないし。この子は手加減しないと言ったけど、朱里はしないなんて言ってないもんね〜)
「――ふっ」
義仲が受けるのを見越して、朱里は蹴りを入れた。それもスウェーでかわされる。
(うん、反応いいね)
「じゃあこれは!?」
後足で跳ねるように間合いを詰め、二段蹴りを放つ。
1つめはどうにか両手でブロックしたが、2つめであごをかすられた。
「……!」
脳が揺れて、くらりとめまいが起きる。次の刹那、義仲は腹部に打撃を受けて後ろへはじけ飛んでいた。
「義仲!?」
「あー、ごめんごめん。加減誤った! 義仲くん、軽いから」
朱里が顔の前で両手を合わせ、謝罪をする。
「……くそーっ。昔の体なら、こんなことには……っ」
ごろんごろん転がった先で腹這いになりながら、義仲はこぶしを固める。
「でも筋はいいよ。もっと修行してレベル上がったら、今度は義仲くんから挑戦してきてね! 朱里はいつでも相手になるから!」
両手を腰にあて、にこやかに言い放つ朱里の姿に歯がみしつつ、痛みをこらえて立ち上がろうとしたとき。
義仲は踏まれた。
「ぐえ!?」
踏みつけた相手は彼に気付いて足をどけることなく、まるで踏台か何かのようにそのまま義仲の上を横断していく。
「義仲!! おい、無事か!?」
「すまん! 悪い!」
朱里の打撃から回復する間もなく負ったダメージに、声もなくうつ伏せっている義仲に駆け寄った陣とすれ違いざま、アルタ・カルタ(あるた・かるた)は必死に謝った。しかし春日野 春日(かすがの・かすが)を追う足は止めない。
「あとでもう一度正式に謝りに来るからっ!」
そう言い残して、何事もなかったかのように前を行く春日を追った。
(ちくしょう……うらむぜ、先輩。なんで春日の世話がオレだけなんだよ。こんなの絶対ムリだってっ)
「おい、待てよ春日! 歩きどおしだろうが! ちったあ止まれ!」
障害物があろうが――そしてそれがたとえ見知らぬ人間であっても――意に介さず、突き飛ばし、蹴り倒し、踏みつぶしても前進あるのみの春日にあきれながら、アルタは今日何度目かの声を張り上げる。だが当然春日は耳にも入れていない。彼女が探しているのはただひとつ。
「お昼寝する場所どこかにないかなー?」
である。
もう1つ、ぼんやりつぶやいている言葉があるにはあるが。
「何か面白いこと、どこかに落ちてないかなー?」
こっちは探すだけ無駄だろう。下に何が落ちていようが、さっきの義仲のように目に入らないに違いないから。
「お昼寝に最適の場所ー」
「あるわけねーだろ!? こんな場所で! そもそも先輩たちが定期的に上げてくれてる光術なかったら真っ暗だぞ?」
大体、今がまだ昼間かどうかもあやしいっていうのに。
「でもー。今日まだお昼寝してないんだものー」
アルタがいくら説得しようとしても結局はこの一点張りで、春日の足は止まらない。
そして、新たな犠牲者が、また1人……。
「がはッ!!」
それは自己紹介と食事がすんだあと、面倒はごめんとばかりに趣味の昼寝に入っていた幽だった。
すっかり熟睡していた彼は春日が近付いていることにも気付かず、無防備にさらしていた腹を踏まれてしまう。
痛みにもだえている幽を置き去りに、春日はひたすらマイペースにずんずん歩き、アルタはこれまでの犠牲者に対するように「すまん! 悪い!」を連呼する。
「……あーもう! こんな所でもぜんっぜん変わらない春日には、あきれるのを通り越して感心するよ!」
むしろこれまで以上に俺の胃にダメージが!?
(このまま、大っきな穴があいたらどうしよう……ああ、キリキリ痛い……)
思わず胃のあたりを掴んだアルタの後ろでは。
「うわーーーーんっ幽ーーーっ!! 死んじゃやだーーーっ!!」
それまで食べていた両手のお菓子を放り出して、幽に駆け寄るリリアの半泣きの声が響いていた。
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