空京

校長室

創世の絆 第一回

リアクション公開中!

創世の絆 第一回

リアクション

「ねえ、皆さん」
 お菓子やケーキなどが乗った紙皿を中央に配して円を描いて座った1人、ディアーナ・フォルモーント(でぃあーな・ふぉるもーんと)がおずおずと言った。
「あの……赤い髪で金色の目をした男性のこと……何か知りませんか?」
「赤い髪? 金色の目?」
 クッキーをほおばりかけていた手を止めて、神里 知哉(かみざと・ともや)が訊き返す。
「はい」
「ったって、そんなのいっぱいいるからなぁ。もっと特徴ない?」
「ええと……赤いカラーの入った黒いスーツを着ていて……そのぅ……」
「え? ディアーナ、その男性のこと、気になってるんだ?」
 ぷくく、と笑いながらパートナーのルーナ・リェーナ(るーな・りぇーな)が意味深に訊く。
「そ、そんなこと……ないですけど……」
「いーじゃんいーじゃん。恋愛は自由だよー」
「れ、恋愛って、そんなっ」
 真っ赤になってうつむいてしまったディアーナを尻目に、ルーナは反対側でジュースを飲んでいるルシアを見た。
「ね? ルシアさん、もしかして知らない? 赤い髪で金色の目の人!」
 その問いにルシアは首を振る。
「知らなーい。だれ? それ。私の知ってる人?」
「だよなぁ」
 小首を傾げるルシアと互いを見合って、ははっと申し合わせたように笑い合う。楽しげな知哉を横目で見て、ミコト・ウルス(みこと・うるす)はガジガジストローを噛んだ。
 これを機会に友達を作りたいという知哉の希望は知っていたし、彼が楽しんでいるのを見るのはかまわないけど……でも、となりに自分がいるというのにまるで空気みたいな扱いされて、自分以外の女性と見つめ合ったり笑い合ったりする姿を見ているのは、なんだか面白くない。
 つんつんと控えめに肘を突っついてみたが、知哉に気付いている様子はなかった。
「まあ、気にかけておくよ。それで何か分かったら連絡するし、もし助け手がいるようだったら力になるから」
「はい。よろしくお願いします」
 ディアーナは深々と頭を下げた。
「きっと見つかりますわ。だからそう気を落とさないで」
 傍らから伸びた手が、ディアーナの手にそっと乗った。狐の耳が短い金髪の間から伸びている。獣人だ。勇気づけるように、重なった手に軽く力がこもる。
「私も、何か分かったらご連絡しますから」
「ありがとうございます」
「あら。だって、同学のよしみですもの。わたくし、狐の獣人でフランセット・ヴェルデ(ふらんせっと・う゛ぇるで)と申します。こちらのモネのパートナーをしていますの」
 フランセットの紹介に合わせて、斎木 百音(さいき・もね)がディアーナを見、会釈する。印象的な長い赤髪と青い瞳をした少女だった。
「はじめまして、蒼空学園・中等部三年の斎木 百音といいます」
「ディアーナ・フォルモーントと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 自分をはさんで互いに頭を下げ合う2人に、フランセットはふふふと笑う。
「モネともども、よろしくお願いしますわ」
 そのとき、カランと氷とグラスがぶつかる音がして、カラのグラスが少し乱暴にコースターの上に戻された。
「腹張った。寝る」
 ぼそっとそれだけつぶやいて、三途川 幽(みとがわ・ゆう)が立ち上がる。
「えっ? えっ? 幽!?」
 チョコブラウニーを口に放り込む寸前だったリリア・ローウェ(りりあ・ろーうぇ)が驚きに手を止めて、彼を見上げた。
「も、面倒くさい。何かあったら起こしに来い」
 独り言のように返し、ポケットに両手を突っ込むとどこかへ向かって歩き去る。多分、寝るための場所を探しに行ったのだろう。
 なんというマイペースっぷり。その場にいた全員が唖然となって、立ち去って行く彼を言葉もなく見送った。
「あ、ちょ、幽ってば、待ってっ」
 大急ぎ、チョコブラウニーを突っ込んで、むぐむぐさせなからリリアが立ち上がった、ちょうどそのとき。
(ふっふっふ。全員の気がそれている今がチャーンス!)
「だっしゃーーーッ!」
 という掛け声とともに、いきなりルシアの乳が後ろから伸びてきた手にわし掴まれた!
「なっ……な、な、な、なっっっ!!」
 驚いたのは知哉たちの方だった。あまりに堂々としたセクハラっぷりに赤面し、硬直してしまった彼らの前、そのまま手はもみもみ、もみもみ、ルシアの両胸を丹念にもみしだいている。
 肝心のルシアその人はといえば、平然と自分の胸をいじっている手を見下ろしているだけだったりする。
「ル……ルシア……平気、なの?」
 あまりに無反応すぎるものだから、心配をとおり越して、はたしてこっちが怒っていいものかとまどいつつルーナが問う。
「え? だって、こういうの慣れてるからー」
「な、慣れ……っ!!」
 突然の爆弾発言に、いっせいにその場にいる全員がざわめき立った。
「ね? ルシアは今日も健康ですよね?」
 くるっと肩越しに後ろを振り向いて、そこにいる葛葉 明(くずのは・めい)にルシアはにっこり笑いかけた。
「うーん……べつに触診をしていたわけではないんだけどねー……」
 胸をもむのをやめた明が立ち上がる。相手の予想外の反応にちょっとめげつつも、どうにか気力を立て直してふんぞり返った。
「しかし、パッと見小さく見えたんだけど、さすがあの女の妹だけあって大っきいわね! もんだときの感触も似ているし!」
「ああ。姉の胸も触診されたんですね」
「いいわ! 巨乳ではないけど、その予備軍としては認めてあげる!!」
「……噛み合ってない。全然噛み合ってないよ、あの2人……」
 にこにこ、にこにこ。笑ってばかりのルシアに、思わず顔をおおってしまう面々。
 世間知らず、天然なのはルシアのかわいらしい面でもあるが、さすがにこういうときの反応くらい教えてあげるべきだろう。
「ルシアさん、ちょっと」
 と百音が呼び寄せ、とことこ近付いてきた彼女をさとす。
「いいですか? ああいうときは、女性としては恥じらうものなんですよ」
「え? でも、彼女も女性だし」
「相手が女性でも、男性でもです」
「ふーん……?」
 分かったような、分からないような顔をしているルシアに、ミコトが仕掛けた。多分に先の仕返しも込めて。
 こちらへ近づいてくる神条 和麻(しんじょう・かずま)の足を引っかけたのだ。
「やあルシア。揚げたてのドーナツがあるんだが食べない……かっ!?」
 絶妙のタイミングで足を引っかけられ、和麻はもののみごとにすっ転んだ。
 手のなかのドーナツが、皿ごと盛大に宙を舞う。
「きゃあっ、もったいなーーいっ」
 飛び出したエリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)がまるでマンガのように先に皿をキャッチ、その上に降ってくるドーナツをひょひょひょいっと受け止めた。
「おーーー」
 パチパチパチ。鳴る拍手に答えるように、エリスは片手でスカートをつまむ真似をしておじぎをとる。そうして笑顔で和麻を振り返った。
「見て見てカズ兄、ドーナツ全部キャッ、チ――」
 と、そこで言葉が止まる。
 和麻もキャッチされていた。ルシアの胸に。しかもあろうことか、胸の谷間に鼻をうずめる格好で。
 さらには倒れまいと伸ばされた両手までが彼女の肩をしっかり掴んでいるものだから、はた目にはわざと自分から顔を押し込んでいるようにも見えて……。
「えーと。この場合、恥じらうんだっけ? 百音さん」
「「「いいからさっさと引きはがせーーーっ!!」」」
 全員が声をそろえて叫ぶ。
 その声に反応したのは、和麻だった。
「い、いやっ! これは決してわざとじゃなくてっ! あ、足、足が、そのっ、もつれてっ」
 硬直、金縛りが解けて、あせりまくって顔を引きはがす。
「そうなの? じゃあいいのかな?」
 特に怒っている様子もなく、普通に笑っているだけのルシアに、ほっとしかけた一瞬――。
「歯ぁ食いしばれ、ド変態があぁーーーーっ!!」
 Sクラッシュ並のアッパーカットを食らって、和麻は天高く吹っ飛んだ。クルクル回転し、顔面から地面に激突、勢いのまま地をすべる。
 まさに神業的アッパーカット!
 これを繰り出したのは、しかしルシアではない。自称ルシアの守護者キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)である。彼女はルシアが月面基地アルテミスで育った事を知り、そこが自分の国アメリカの政府機関が出資した施設であることから、ルシアを守ると宣言していたのだ。
「わー。キャロライン、すごーい」
 素直に拍手するルシアの両肩を、キャロラインはぽんと叩いた。
「いい? ああいう場合はただ恥じらうんじゃなくて、行動に移すの。あの手の輩にはしっかり対処しないとますますつけ込まれるんだから。ほら、よく言うでしょ? 軒を貸して母屋を取られる。まさにあれよ! 次は胸をもまれるだけじゃすまなくなるかもしれないんだからっ」
「ねーねーキャロライン、それ「庇」じゃなかったあ? それとも僕の勘違い??」
 パートナーのアルキタス・オルニス(あるきたす・おるにす)がツッコミを入れる。
「うるさいっ! どっちでもいーの!!」
「ふーん、いいんだぁ……。
 あ、じゃあ僕が練習台になってあげるよ! ルシアちゃん、かくごーーーっ!!」
 両手をわしわしさせながらルシアの胸にルパンダイブするアルキタス。
 直後、彼は先のキャロラインに勝るとも劣らないアッパーカットでアルキタスを打ち上げた。
「えーーーーっ? せめてわしわししたあとにしてよ〜〜〜〜〜っ。
 ……ああでも、これって僕の持論が立証されたってことかなぁ? ねえキャロライン? 僕、今空を飛んでるよ? 人間はやっぱり空を飛べるんだ! 飛べない人間はただの人間だよね! あいきゃんふらー……い゛っ!?」
 顔面から地面に激突したアルキタスは、そのまますべって和麻の横でぷしゅう〜〜〜と黒煙をあげた。完全に昇天、魂が抜けている。
「これでいいのよねっ」
 われながらうまく真似できたと得意満面、ルシアは輝く笑顔で胸を張ったのだった。