空京

校長室

創世の絆 第一回

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創世の絆 第一回

リアクション

「お待たせしました、真衣兎」
 給仕が終わってカラになったトレイを脇にかかえ、レオカディア・グリース(れおかでぃあ・ぐりーす)は壁に沿ってある調理台へと戻った。
 長テーブルの向こう側では酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)がシェイカーを手にカクテルを作っている。テーブルの上には早くも、レオカディアが前のときにメモってきた注文票を敷いたカクテルグラスがずらりと並んでいた。
「これが今回受けてきた注文です」
 メモの束をテーブルに置き、かわりに中身の入ったグラスをトレイに移していく。
「ああそれから、創作が1件。お任せしたいって言いますから、受けてきました。よろしかったでしょうか?」
「うん、いいよ。どんな子?」
 真衣兎はシェイカーの天辺にある蓋を取り、中身をショートグラスへ移す。蛍光グリーンの液体のなかに、スティックに差したさくらんぼを入れた。
「そうですねぇ」
 ふむ、とレオカディアは先ほどの少女を思い浮かべる。
「種族はアリスです。ふわふわ。気まぐれ。無邪気。それと、甘い物が好きなようですわ。お菓子をたくさん抱えていました」
「なるほど。ちょっと待ってね」
 本業がバーテンダーらしく、真衣兎はさっさと台の下からイチゴ果汁やメロン果汁、卵黄、オレンジジュースで作ったクラッシュアイス、グレナデン・シロップなど材料を取り出してシェイカーに放り込む。フルートグラスにそそぎ、ジンジャーエールを加えると、まるでシャンパンのような豪華さのなかにイチゴやメロンの夢のような色彩が踊った。
「はい、OK」
 慎重にチェリーを沈めて差し出す。それを受け取り、レオカディアはストローと並べてトレイに乗せた。
「きれいですわね」
「気に入った? なら、あとでレオカディアにも作ってあげるよ」
「ふふ。そのときは、ぜひわたくしのイメージでお願いしますわ。こんなふうに」
 優雅にきびすを返し、新入生たちの輪へ戻って行く。
 離れていく彼女を見送りつつ、真衣兎は息をついた。レオカディアのイメージだと、ここにある材料では作れない。とてもノンアルコールカクテルのイメージではないから。
「また今度だな」
 つぶやきつつ、注文のメモを見ながらそれに合ったグラスを上に並べていく。だがこれらより先に、真衣兎には作らなくてはならないカクテルがあった。
 パイナップルやオレンジ、レモン、それにグレナデン。アイスでシェイクしてそそいだグラスにオレンジスライスを乗せる。
「はい、お待たせ」
 振り返り、真衣兎はまかない席にいる霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)の手元にそのフルーツパンチを置いた。
「わぁ。とってもきれい。ありがとうございます」
 悠美香はレン手作りのサクサクアップルパイを食べていた手を止め、真衣兎に礼を言う。
 彼女のとなりの席では月谷 要(つきたに・かなめ)が、大盛りカレーをかっ込んでいた。さすが天御柱の食欲王の称号を持つ者、そのカレーだけで3人前はあるだろうに、彼の前にはまだまだまだまだ料理の乗った皿がずらり並んでいる。そして傍らに積み上げられた皿の数も半端ではなかった。
「いやー、これ、ほんとんまいねー。綾ちゃん料理上手ー」
 離れた席で同じようにカレーを食べている――ただしこちらは1人前だ――をほめる。綾は礼を返すように、こくっと頭を下げた。
「さーてお次は、と」
 カラになった大皿を邪魔にならない横へ置いて、順番待ちの皿に目を向ける。そでを、つんつん悠美香が引っ張った。
「要、そろそろ優斗さんたちの所へ行く時間じゃない?」
「んー?」
 言われて、時計を見た。警備交代まであと20分というところか。
「まだ大丈夫! 余裕余裕」
 実際、要はそれらをすべてたいらげて、さらに7分余らせた。
「あと5分あればデザートも制覇できるよねぇ」
 いやぁ、ここ便利だなー。なんたって全食揃ってるんだもん。
 デザートのケーキがずらりと入った箱の置いてあるテーブルへ向かった要は、並んでいる順に片端からケーキを取り皿へ移していく。その手が、反対側から伸びた手とかち合った。
「邪魔しないでください。私が先です」
 ギロ、とにらまれる。
「あ、ごめんね」
「まったく、どこに目をつけてるんでしょうね。これだから男は……」
 要を視界に入れようともしない。ぶつぶつこぼしつつ、さっさと先のケーキを皿へ移し、そのままケーキを選ぶ作業に戻っている。
(たかが手が触れただけでこの扱い。……俺、そんなヤバいことした?)
 とにかくさわらぬ神にたたりなし。残り少ないというわけでなし、彼女が選び終わったあとで取ろうとぼんやり待っていたら、またまたギロリとにらまれた。
「なんですか?」
「ううううんっ、べつにっ」
「あーあー、駄目だよぉ? チョコちゃん。先輩にそんな喧嘩腰な口きいちゃあ」
 後ろで傍観していた少女が横に並んできた。叱りというよりどう聞いても楽しそうな声でそう言うと、ひょい、と顔を覗き込む。
 しばし考え込んだのち、彼女の言い分が正しいと納得してか、少女は要をまっすぐに見た。
「百合園女学院所属の黒板 千代子(くろいた・ちよこ)と申します。こちらは私のパートナーのキリク・フィリス(きりく・ふぃりす)。先ほどは生意気をして申し訳ありませんでした。以後、よろしくお願いいたします」
 先までと180度違う慇懃な態度だった。その変わりように、要はますますあせる。
「いや! こっちも悪かったんだし! あ、きみチョコっていうの? おいしそ――じゃなくて、かわいい名前――」
 とたん、待ってましたとばかりにキリクがアサルトカービンを要につきつけた。
「ひとの名前おいしそうとか言ってんじゃねえ、ぶっとばすぞてめえ、覚悟しやがれ」
 ……え? きみが「チョコ」なんて言ったから――ってゆーか、もしかして確信犯? 釣りだよね? これって。しかも何? その殺気もなく笑顔100%でフツーしゃべり! (別の意味で)怖いんですけどー?
 などなど。言いたいことは山ほどあったが、あっけにとられるあまり口がパクパクするだけで言葉にならない。
「チョコちゃんにそんなこと言うやつには、こうだー」
 えいっ! とばかりに威嚇射撃しようとしたキリクから、すばやく銃を取り上げたのは長い髪を後ろで束ねた青年だった。
「むやみにひとに武器を向けてはいけません、と習わなかったのかい? きみは」
 いつの間に近付いていたのか……青年は他意のなさそうな微笑を浮かべ、キリクを見下ろしている。
「行きますよ、キリク」
「……はーーーい」
 千代子至上主義のキリクは何より千代子優先。青年に向かい毒舌を並べたてようとした口を閉じて銃を奪い返すと、少し先に立つ千代子の横へ駆けて行った。千代子は去り際、要と青年に会釈をする。
「要、大丈夫?」
 心配げに悠美香が袖を引いた。
「うん、平気。……はー。にしても、すごい新入生もいたもんだねぇ」
 離れて行く千代子とキリクを見送りながらそう言うと、要は青年に向き直った。
「さっきはありがとう」
「いいえ。それより、うちの桜はお邪魔していませんか?」
「なんや。うるさい思うたら、ヴィンセントはんか」
 奥でひょこっと立ち上がったのは、割烹着姿の和装女性だった。手にはおたまを持っている。
「こんな所で何してはるん?」
「それはこちらの言うことですよ。和菓子があると聞いて、いただきに行くと言ったきり戻られないからどうしたのかと思っていました」
「それはすんまへんなぁ。なんや、こちらがお忙しいようでしたので、手伝うておりましたんや」
 と、割烹着で手を拭きながら前へ出てきた。
「お初にお目にかかりやす、天月 桜(あまつき・さくら)と申す者どす」
 要と悠美香に笑顔であいさつをする。すれ違いさま、要の鼻にぷんといいにおいが……。
「あー、あの筑前煮の! すんごいおいしかった!」
「へえ、おおきに。けんど、わらわよりこちらのヴィンセントはんの方がようしてはるわ」
 要からのほめ言葉に、うれしそうにころころとのどの奥で笑う。
「私よりも料理が下手な女性も世の中にはいるのだと、驚きました」
「まぁ。そない言うて。いややわ」
 苦笑するヴィンセント・ヴァレン(う゛ぃんせんと・う゛ぁれん)のうでをぱしりとはたく。
「それで、もう戻れるんですか?」
「それがなぁ、まだもう少しかかりそうなんやわ」
「そうですか。では私もこちらで待たせていただくとしましょう。……そうだ、ただ待つのも何ですから、何かお作りしましょうか」
 袖まくりをしつつ、ヴィンセントはテーブルをくぐって調理側へと入る。
「え? それおいしいの?」
「ヴィンセントはんは何を作らせても、そらぁ一級品え」
 要のさっそくのくいつきにくすりと笑って桜が返す。
「要、そろそろ行かないと」
「あ、うん。じゃあ戻ったら食べさせてもらうから、俺の分残しておいてねぇ」
 悠美香に引っ張られるかたちで去る要に、にこにこと手を振り返す桜。彼女たちはこのあと、要の言う「俺の分」にかなり度肝を抜かれることになるのだが、それはまだ少し先の話である。



 要と悠美香が向かったのは、新入生や訓練生たちの輪からずいぶんと離れた、遺跡の奥へと続くらしい道の先だった。
 ここまでは光術の光もほとんど届かない。うすぼんやりとした暗がりのなか、岩に腰かけているのは風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)だった。ここで彼は殺気看破やイナンナの加護を用いてネクロ・ホーミガ――鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)――と一緒に、ずっと警備にあたっている。
「やあ」
 近づく2人に気付いて、優斗は笑顔になった。
「何かあった?」
 悠美香からの質問に、笑顔のまま首を振る。
「何も。静かなものです。……とはいえ、それがいいことなのかどうか」
「救助隊がたてるはずの音も聞こえないしな」
 壁の方から突然声がして、少なからず悠美香はどきりとした。声のした方を見れば、腕組みをして壁にもたれているネクロがいる。魔鎧とブラックマントをまとっている今の彼は、ほぼ暗闇に溶け込んで見えた。
「俺たちが落下したのは彼らも知っている。なのに救助作業をしている様子もないとは。
 一体上で何が起きているのか……」
 見上げたネクロにつられるように、全員が上を向いた。
 自分たちが落ちたはずの亀裂はぴたりと閉じられたまま、光すら見えない。完全にふさがってしまっている。
 突然、闇の向こうから何かが近付く音が聞こえてきた。四足の動物が駆けてくるような、かすかに地を擦るかろやかな音。
 だがそれは諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が見回りに放っていた機晶犬たちだった。
「よしよし」
 足元へ集まった3匹の機晶犬をなでながら、どこか不審な傷はついていないか確認する。本当はテクノコンピューターを用いて彼らの得た情報を即座に入手したかったのだが、ネット環境等インフラ整備が整っていない現状では難しかった。
 今はこうして彼らを見回りに出し、戦闘の痕跡はないか調べるしかない。
「孔明、犬たちは無事?」
「ええ。どこも破損している様子はありません」
 じゃあ、と汚れを払いつつ優斗は立ち上がった。
「月谷たちも来たことですし、食事へ行ってきましょう」
「はい。――では月谷殿、よろしくお願いします」
 機晶犬を従え、2人は生徒たちのいる方へ歩いて行く。優斗に代わって、今度は悠美香が殺気看破を張り巡らせた。何かあったら精神感応で知らせると打ち合わせて、要は見回りに発つ。
 前を通り過ぎていく要を見て、常闇 夜月(とこやみ・よづき)はうろたえた。ネクロは組んだ腕すら解こうとせず、ぴくりとも動こうとしない。
「ネクロ?」
「俺はもう少しここにいることにする。おまえだけでも言ってくるといい」
 そこには、魔鎧姿であるというのもあるのだろう。全身鎧で固めた彼を見て、訓練補佐の者たちはともかく新入生はぎょっとするだろうし、そんな切迫した事態なのかと少なからず警戒や恐怖を与えてしまうだろう。実際のところそれは事実だったが、彼らがそれと知る必要はない。
「あの……ええと。では、お言葉に甘えまして……」
 内心、魔鎧姿の彼にはあまり近寄りたくない気持ちでいた夜月は、そそくさと彼から離れて優斗たちのあとを追おうとする。
 それでも一度だけ、振り返った。
「何か適当な物をみつくろって持ってきましょうか?」
「そうだな……だがおまえは向こうでゆっくり楽しんできてもいいぞ。食事は優斗が戻る際に持たせてくれればいい」
 向こうで楽しそうにしている声が聞こえてくるたび彼女がそわついていたのを知るネクロは、少し苦笑しつつそう返す。
「分かりました」
 うなずいて、今度こそ夜月はこの場を離れた。