空京

リアクション

陽動作戦

　クレーメックは汐留まで行くと、実際は銀座方面からの侵攻であることを悟らせぬため、傭兵部隊と直属の部下２０名を率い、芝浦ふ頭からドームへの最短距離コース上である新橋周辺から派手に部隊を展開し、路上のスポーンたちを無差別に屠りながらドームへと迫っていた。行軍の合間に大量の発炎筒や爆発物を汐留から順次あちこちに仕掛けてある。人数を悟られぬよう、遠隔操作で部隊のいないエリアにも時折爆炎が上がるようにセットしたのである。
「香取大尉、本隊の護衛を頼んだぞ」

「まもなくドームへの侵攻メンバーが大門へ向かいます。ジーベック中尉の囮部隊も新橋方面で派手に動きはじめたはず。
　陸上歩行型に比べれば数は少ないとは言え、空中から襲ってくるスポーンが厄介な敵である事は間違いありません」
ゴットリープ・フリンガー（ごっとりーぷ・ふりんがー）は周囲のメンバーを見渡した。
織部　イル（おりべ・いる）が頷いた。
「鉄道の乗り換えで地上を行く際、確かに空中に敵が居ては危険だの。わらわは魔法攻撃で支援しよう」
「僕の配下１０名は対空砲を装備させ、空中の敵に対処。
　僕自身は『空飛ぶ箒シュヴァルベ』に搭乗、魔法攻撃を行って対空砲撃をしやすい位置に敵を誘導します」
穏やかな茶色の瞳に懸念の色を浮かべてゴットリープを見やり、天津　幻舟（あまつ・げんしゅう）がいった。
「私は対空兵の指揮をしようぞ。それと十分に気をつけることじゃ。
　ゴットリープ殿は優秀なパイロットじゃが、どんなに腕の立つエースであっても、一人の人間に可能な事は限られておる」
「私はレッサーワイバーンのルビーに乗って索敵・警戒をメインに動くわ。
　戦闘も無論行いますけど」
度会　鈴鹿（わたらい・すずか）が言うと、
「数年前まで東京に住んでいたから、そっくり再現されているなら地形を利用してスポーンを誘導出来るかも」
霧羽　沙霧（きりゅう・さぎり）が言った。
「それはありがたいいな」
と、ゴットリープ。周辺マップを見ながら一心に考え込んでいた館下　鈴蘭（たてした・すずらん）がつぶやいた。
「そういえば、前にもこんな事があったわね。ゾディアック内部に、人の記憶の風景を実体化する仕掛け……。
　あれはポータラカ人が作ったのだし、その大元のニルヴァーナに同じような技術があってもおかしくはないわね。
　でも……だとすると……これは誰の記憶なのかしらね？」
思いがけない話に、ふと沈黙が降りた。
「まあ、今はとにかく一刻も早くみんなをドームに到達させなきゃ。
　中枢に向かったメンバーが、その謎を解き明かしてくれるでしょうし」
それまで黙っていたレン・オズワルド（れん・おずわるど）が口を開いた。
「空中にいるのはスポーンだけじゃないだろう？　イザナミ、イザナギのことも計算に入れておく必要があるう。
　ほとんどクジラ型ギフトの攻撃に回っているようだが、用心はしておかないと。
　事前に対イコン用兵器『アルキメデスの投石機』を「ぽいぽいカプセル」に収納させて持ってきている」
「おお、それは心強いな」
幻舟が笑いかける。
「今回は守備対象範囲が決まっていますし、移動の必要がありません。固定の対空砲として使用すればいいかと。
　「諦めは何も生みません。　そのことを証明してみせましょう！」
メティス・ボルト（めてぃす・ぼると）が言った。
「では皆さん、協力していきましょう」
　大門方面と新橋方面、両方の空中の敵への対応ができるとみなで判断し、汐留付近で交戦ということに決まった。万一大門方面へ行く空中の敵があれば、そちらを最優先で撃破せねばならない。
「ただし、そっちに行って欲しくないというのを悟られないよう、気をつけねばなりませんね」
「そうですね、メティスさん。皆さんそのことは心に留めておいてください」
ゴットリープの言葉に、全員が頷いた。
　空中型のスポーンは、学校を襲ってきたもの同様それほど多くはいなかった。だが、石化能力のある触手には十分な注意が必要だ。万一空中で石化して地面に叩きつけられれば砕け散ってしまうだろう。鈴蘭の歌声の支援を受けられるビル街の一角を基点として、全員が散開した。
箒に乗って高高度のスポーンを時折タービュランスを使って叩き落しつつ、ゴットリープは周囲のスポーンを引き付け、高度を下げた。近くのビルの陰から、達人の剣を手に幻舟が舞い上がってきた。
「撃てーっ！」
剣を掲げると、それを合図に対空砲火が炸裂した。ゴットリープを追ってきていたスポーンが、次々と致命傷を負って空中分解する。砲火を逃れた一体に、ゴットリープがタービュランスを見舞う。しかし高度が低く、致命的なダメージとはならない。砲手の一人のほうに向き直り、ガッと口を開け、毒炎を吹きかけた。背後から幻舟の剣がひらめき、スポーンの首が胴体から離れ、黒い煙と化して消えうせる。負傷した砲手に織部が駆け寄り、ナーシングで手当てを施した。
「８時の方向からイザナギが１機接近中！」
鈴鹿は叫んだ。自ら囮となって引き付ける。新式ビームサーベルは十分に距離をとっていれば何とかなるが、厄介なのは飛び道具、アサルトライフルの方だ。有利なのはイコンの戦闘対象としては小さすぎるという点だろう。細かく上下したり旋回を取り入れて照準をつけにくくしながら、やや低空を高速で飛行する。
「鈴鹿さん、こっちへ」
沙霧から通信が入った。見下ろすと路上の歩道で沙霧が手を振っているのが視認できた。
「ちょっと！　危ないわよ！　丸見えだわ」
「大丈夫、そこの通りを低空でまっすぐ飛んで。できるだけ高速で！」
言われたとおり、鈴鹿はルビーをそちらに向けた。一気に速度を上げ、忠実にイザナギがついてくる。
「その先、角を曲がってすぐ上昇して！」
角を曲がると、すぐ前にビルがあった。小回りのきくレッサーワイバーンは即座に上昇したが、イザナギはそのままビルに上半身を深々とめり込ませた。断末魔の痙攣のように後ろ半身が強張り、機晶シールドが消えた。めりめりと突き刺さったビルから上半身を引き抜こうとするイザナギ。
「あとは任せな」
レンが言って、メティスの指示通りに投石機でイコンを狙う。メティスの計算は完璧だった。風向、風速、重力、空気抵抗全てを計算に入れた会心の一撃が決まった。外殻を突破して巨大な石が激突する。空中でふらつくイザナギにすかさずレンがテクノパシーを使い、機体のコントロールを奪おうとした。が……。
「なにっ！？」
返ってきた反応は、イコンのそれではなく、なにか異質なものだった。コントロールを失ったイザナギは、そのままふらふらとよろめくように低空飛行を続け、凄まじい水しぶきとともに海に落下した。
　誰も気付かなかったが、大破したビルのイザナギの頭部が埋まっていたあたりは漆黒の物質で構成され、抉り取られた部分には弱弱しく薄緑色のパルスが走っていた。

　本隊は香取ら護衛を引き受けた契約者たちとともに竹芝で下車した。このあと地上部を移動して、地下鉄の大門へと向かわねばならない。
「見つかると厄介なのは上空のイコンだな……」
ハインリヒ・ヴェーゼル（はいんりひ・う゛ぇーぜる）は、不安げに空を見上げてつぶやいた。天津　亜衣（あまつ・あい）がマップを見ながら移動ルートの確認を取っている。
「旧芝離宮恩賜公園は樹木が多いからさほど問題ないかと。
　空中から気づかれやすいとすれば、公園を出て浜松町への地下街入り口への移動だね」
天城　一輝（あまぎ・いっき）がマップを覗き込んだ。
「小型飛空挺を持ってきてる。デジタルビデオカメラで上空から周辺のの画像を銃型ＨＣを介して送ろうか？
　なんで再現されてるんだかわからない無人交通機関に依存する行き当たりばったりな行動だし、哨戒は基本だろ？」
「我が部隊に先行して、一輝から送られた情報を元に周りの状況を確認して、安全なルートを探し出せる」
ユリウス　プッロ（ゆりうす・ぷっろ）が請合った。イリス・クェイン（いりす・くぇいん）が小首をかしげる。
「とはいえ、それだと空中のスポーンやイコンは防げても、地上にも分散するスポーンには対処しないと」
「僕がイリスと一緒に護衛するよ！」
クラウン・フェイス（くらうん・ふぇいす）が言った。ハインリヒは少し考えて頷いた。
「そうだな、道中のスポーンの排除と本隊が通過しきるまでの間、状態の維持は必要だしな」
「あまり考えてる時間はなさそうよ」
イリスが言った。
「ぐずぐずしてると、敵に感づかれる可能性があがる。迅速な行動が必要ね」
亜衣も頷いた。
「んじゃ、いくぜ」
一輝は念のため一駅戻ると、小型艇で離陸した。幸い周辺の空中のスポーンやイコンは、ギフト防衛や囮の空戦部隊と一戦交えているらしく、一輝のヘリファルテはノーマークだ。旧芝離宮恩賜公園上空を素早く旋回し、地上で待つプッロに送る。
「池の周囲の遊歩道にスポーンが散見されるから、そっちは避けたほうがよさそうだ。
　木の陰はこちらからだとちょっと見づらい。目視で進んでくれ。
　多少ドンパチあっても、木の陰なら空中からは見えづらそうだし、このあたりの空中には敵の姿はない」
「了解」
プッロは短く言って、一輝が送ってきた遊歩道上のスポーンの位置を銃型ＨＣのマップ上で確認し、ハインリヒらに伝える。
「かなりの人数だからな。
　とはいえまあ、みなある程度心得のあるものばかりだからさほど神経質になることもあるまいよ」
プッロが木々の間を潜り抜けながら言った。
「そうですね。最悪、私たちが囮になって敵をひきつければいいわ」
イリスはそう言って万一のために、と護国の聖域を使用した。迷彩塗装を使用して周辺を警戒していたハインリヒから通信が入る。
「前方２時の方向ににスポーン３体発見。こちらにはまだ気づいていない様子だ」
「すぐ行きます」
４人はうっそうとした木立を抜けていった。待機していたハインリヒの元に着くと、イリスがファイナルレジェンドを使い、ハインリヒはイナンナの加護を使った。亜衣は念のためにと、本隊のほうに保護のための支援魔法をかけ、そちらで待機することにした。
「迅速に息の根を止めましょう」
クラウンが言って、一体のスポーンに剣を振るった。ヘビとドラゴンを混ぜたような形の頭部に、鋭い刃が食い込むと、背中の触手がうねりながら苦し紛れに飛んでくる。それを横からプッロが素早く盾で防いだ。ガチンというすごい音がして、石化能力のある触手がはじき返される。ほぼ同時にスポーン本体が生命活動を停止し、ぼろぼろと崩れ落ちた。
「ありがとう！」
プッロは片手を軽く挙げて応えた。
ハインリヒはイリスの『その身を蝕む妄執』で動きの鈍ったスポーンをトライデントでしとめたところだった。もう一体が触手を前方に伸ばし、襲い掛かってくる。その触手をトライデントで軽くいなし、さっと身をよける。クラウンの剣が根元から触手を切り落とすと、スポーンは首をねじってそちらを振り向き、毒炎を噴きかけようとした。
「スキだらけだな」
ハインリヒはつぶやくと同時に、スポーンの胸部を貫いた。幻のように揺らいで、スポーンは黒い粉末と化した。
「鮮やかだったな」
ハインリヒがにやっと笑う。
「ばっちりだね」
クラウンが言って、笑い返す。
「大門周辺、現在的の姿なし！」
一輝の情報に、全員が素早く地下道方面へと向かった。
まだ、道のりは長い。