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リアクション
第2章 通常営業
ザンスカールの街の一角に、美人三姉妹、トレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)、シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)、パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)が経営している、こぢんまりとしたお洒落な喫茶店、カフェ・ディオニウスがある。
空京で起きている事件の首謀者と思われる、仮面をつけた女性バルタザール。
彼女の目的は、三姉妹が集めていた、父の形見と思われる楽器のようだった。
そして、楽器を手に入れる為に、彼女達にとって大切な存在――母親のグリューネル・ディオニウスを狙っていることも、察知して。
トレーネはグリューネルと力を合わせて、ナラカへの門を開き、シェリエは楽器を手に、空京へと向かい。
パフュームは協力者達と共に、母の元へと向かっていた。
しかし、彼女達が店頭から離れている間も、カフェ・ディオニウスは通常通り営業されていた。
彼女の人気のお蔭か、協力を申し出てくれた人は多く。
窓も床もぴかぴかに磨かれていて、入口の植物も十分な水を与えられ、強い陽射しの中でも活き活きとしていた。
「ふん、これだからまったくイルミンスールの魔女ってヤツは……。事件だか何だか知らないが、客商売の風上にもおけない無責任な奴らめ」
ぶつぶつ言いながら、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)が厨房に顔を出した。
「キッチン、手伝いますよ」
凶司はそう言った後、パートナーのエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)に目を向ける。
「エクスはテーブルだ。ウェイトレスしてこい」
彼の言葉にエクスはふうと吐息をついた。
(まーたキョウジの病気が始まったし……けど、帰る所なくなっちゃったら困るもんね。それくらい、助けてあげなきゃ)
「はいはい。制服借りるわね、制服……」
かかっている制服から、エクスはパフュームの制服を選んだ。
シェリエとトレーネの制服だと丈が合わないから。
「胸がきついなぁ……」
強引に押し込めたけれど、ボタンがはじけ飛びそうだった。
「すみませーん!」
客席から声が響いてくる。
「あ、はい。今いきまーす!」
エクスはパタパタと走っていき、接客に努める。
「……勘違いしないで下さいよ。僕らの目的は蒼空学園のネフィリム三姉妹として、三姉妹に敗北感を味あわせることですからね! 連中が不在の間に店が盛り上がれば、それはネフィリム三姉妹の手柄。すなわち勝利ってことですから!」
そんなことを宣言してから、凶司は仕事に入る。
周りの人たちはぽかーんと彼を見ていた。
本心はともかくとして、凶司は仕事はしっかりやるつもりだった。
戻ってきた三姉妹達を驚かせるためにも。
「ええっと、カップはこっち、スプーンはここで、ミルクとお砂糖はここだよっ」
カッチン 和子(かっちん・かずこ)は、凶司達手伝いに訪れた人達に食器類や、食材の場所を教えていく。
和子は以前もここでちょっとだけアルバイトをしたことがあるのだ。
今日はコーヒーを飲みながら、レポートを書きに来たところ、3姉妹が出かけると聞いて、店番をしてあげようという軽い気持ちでアルバイトをすることにしたのだけれど。
何故か店には、契約者と思われる人が沢山集まっていて、普段よりも盛況になっていた。
「事件が起きたみたいだから、テレビを見に来た人も多いんだと思うよ」
カウンターでくつろいでいたボビン・セイ(ぼびん・せい)がそう言う。
ボビンは三姉妹の事情をある程度知っている為、この状況が理解できた。
でも、和子にはあえて言わないでおく。
和子が動揺したり、三姉妹を案じたりしてしまったら、不審に思う客が出てしまうだろうから。
「そっか、大変なことになってるもんね」
和子がテレビに目を向ける。
どのチャンネルも、空京で発生した事件のことが放送されている。
『特売デーだから来てみたのに、とんだ災難だ……く、っ、卵が、卵が売り切れるーーーー!』
人混みに流されながら、必死に叫んでいる女性(柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん))の姿が映っている。
その側には、容赦なく市民を突き飛ばし、殴り払い、飄々と買い物を続けている男(片倉 小十朗(かたくら・こじゅうろう))の姿もあった。
『一体なんですの!? お祭りですの!? もしや、これが夏の漫画マーケットですの!?』
『つ、潰れる……。苦しいよぉ。ぺちゃんこになっちゃうよ……』
人混みを必死に掻き分ける少女達(佐藤 南国太陽(さとう・とろぴかる)、亜城 奏(あしろ・かな))は、事態が飲み込めず、ただただ混乱している。
『何事か!? く……っ。抜け出せねば、指揮もとれぬ』
派手な格好をした男性(ルイ・デュードネ・ブルボン(るいでゅーどね・ぶるぼん))は、その場から離れようとするものの、人の波に流されて、抜け出すことが出来ずにいる。
『やっと手に入れたこの模型だけは、模型だけは守ってみせる!!』
帆船模型を抱きかかえた少女(フラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ))は宮殿用飛行翼で飛ぼうとするが、翼を広げる事が出来ない。
『ああああああ、模型がーーーーー!』
彼女の悲壮な声が響いてきた。
「……うん、とにかく凄まじい状況のようだね」
ボビンはそう言うと、厨房のテレビをぷちっと切った。
「気が散ったら、美味しい物作れなくなるからね」
というより、空京に向かったシェリエが映る可能性も考えて、ボビンは切ったのだ。
「そうだね! コーヒーの味、落とさないようにしないと」
和子は慎重に注文のコーヒーや紅茶を淹れていく。
喫茶店が混雑している理由は、三姉妹が人を集めたからだけではない。
「折角美味しいもの食べれると思ったのに……」
時折不満を漏らしているウィーラン・カフガイツ(うぃーらん・かふがいつ)の手には、チラシの束があった。
「美人三姉妹のお店、カフェ・ディオニウスはこちらですよ。今は三姉妹は留守中ですが、代わりに特別メニューやイベントを楽しんでいただけます。是非、お寄りください〜」
本宇治 華音(もとうじ・かおん)が明るい声で呼びかけながら、チラシを配っている。
「ほら、ウィーランもちゃんと配って! 今日はお店を手伝いに来たんだからね」
「分かってるよ。けど、店内の仕事の方がよかったな」
「仕事さぼって、お客さんになっちゃうからダメ。でも、仕事が終わった後なら、お客さんとして楽しませてもらうのもいいかもね?」
そう華音が言うと、しぶしぶというように、ウィーランもチラシを配り始める。
「どうぞー。ちょっと休んでいかない?」
「はわわ、カフェ・ディオニウスのチラシですぅ」
ウィーランからチラシを受け取った土方 伊織(ひじかた・いおり)は、パートナーのサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)と共に、カフェ・ディオニウスの噂を聞き、尋ねてきたところだった。
「イベントやるんですね。どんなイベントなんですか?」
「何故でしょう、波乱の予感もします」
契約者風の若者が多いせいか、ベディヴィエールは何かが起きそうな……もしくは、起きているような気がしてならなかった。
「波乱は起きません……起こさせません。イベントは、行ってのお楽しみです」
「是非寄ってってよ」
華音がウィーランが微笑みかける。
「はい、楽しませていただきます」
「では、私もお嬢様と一緒に参ります」
華音はウィーランと共に、伊織とベディヴィエールを喫茶店へと案内した。
「カフェ・ディオニセウスにようこそ!」
エクスが満面の笑顔で2人を出迎えた。
そうしてまた喫茶店に若者が増えて、活気にあふれていく。
「店員さ〜ん、オレンジジュースお願いしま〜す」
「はーい!」
客として席に座っている次百 姫星(つぐもも・きらら)が店員を呼ぶと、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が機敏に近づいてきた。
「ウィンナーコーヒー、お願いするわ」
姫星のパートナーの呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)は、ウィンナーコーヒーを頼んだ。
「はい、オレンジジュースと、ウィンナーコーヒーですね」
「ええ、お願いしますね」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ!」
元気に言うと、理沙はカウンターの方へと戻っていった。
「今のところ、怪しい気配はありませんね。カフェの外で警戒している人もいますし……とはいえ、油断はできませんが」
席で、姫星は墓守姫に小声で言った。
「ミス・ディオニウスやこのカフェに何かがあれば、帰れなくなってしまう人がいるもの。念には念を入れるつもりで、注意しておきましょう」
墓守姫はテレビに目を向けた。
変わらず、空京の異様な様子が放送されていた。
(市民を操るような外道、何をしてきてもおかしくない……油断して、後で墓穴を掘る破目になるのはごめんだわ)
そう強く思い、殺気看破、イナンナの加護、ディテクトエビルを用いて、常に警戒しておく。
「そうですね。シェリエさんを追って、空京向いたい気もしますけれど、そちらは一緒に向かった皆さんに任せましょう」
ここでは、何も起きないかもしれない。
でもそれが、一番なのだから――。
近くの男性が見ているパソコンの画面にも、空京の様子が映っていた。
こちらはマスコミが流しているものではなく、一般人――情報屋の裏椿 理王(うらつばき・りおう)とパートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)が流している映像だった。
屍鬼乃が運転するバイクに、機材を抱えた理王が乗り街中を移動して撮影している。
『これはどういうことでしょう。駐留軍と合流するであります!』
『えっ、せっかくスパに来たのに!?』
長身の女性(エデッサ・ド・サヴォイア(えでっさ・どさぼいあ))が、少年(エッツィオ・ドラクロア(えっつぃお・どらくろあ))の腕を掴んだ。
『足湯だけでも〜せめてー!!!』
少年は抵抗しているが、彼の願いは叶わず引き摺られていく。
『ここには何しに来たんだ?』
理王は商店街で立ち往生している少女にマイクを向けて尋ねた。
『本屋に、医学書やテキストを買いに来たんです。そ、そしたら、突然こんなことに……』
マイクを向けられた女性(高峰 結和(たかみね・ゆうわ))は青ざめていた。
傍らには、彼女が買ったと思われる本を抱えた獣人(エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー))の姿がある。
突如画面が揺れたかと思うと、そんな彼女達の元に魔獣が飛び込んできた。
『危ねぇ!』
同時に飛び込んできた男(鳳 源太郎(おおとり・げんたろう))が、少女を庇い、肩を大きく裂かれる。
『源さん、無茶無理無謀!』
続いて飛び込んできた女性(深澄 撫子(みすみ・なでしこ))が、轟雷閃を放ち、魔獣を退ける。
『ありがとうございます。申し訳ありません……』
少女は男性の傷を治すと、真っ直ぐに街を見る。
『傷ついていく人達を、私は治します』
『魔獣を放ってはおけねぇなぁ』
『そういうと思ったよ、源さん』
少女と獣人が街へと駆けだし、男性と女性もカメラの前から消えていく。
理王のカメラは、そんなリアルな町の人々の様子を。
魔獣に襲われる人々も、逃げまどう人々も。
うつろな目で歩く人々も。
全て隠さず、写していた。
「お待たせしました」
姫星と墓守姫の元に、理沙が注文の飲み物を持ってきた。
「ごゆっくりどうぞ!」
理沙がテーブルから去った後、姫星と墓守姫はそれぞれ、オレンジジュースとコーヒーを飲んで心を落ち着かせる。
「何も起きなくても、心底まったりするのは無理のようですね」
姫星のその言葉に、墓守姫は警戒を続けながら頷いた。
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