空京

校長室

【神劇の旋律】聖邪の協奏曲

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【神劇の旋律】聖邪の協奏曲

リアクション

「ただのお客さんじゃないような人もいるけど、心配しすぎのようね」
 理沙は開いた皿を片付けながら、吐息をついた。
「大変なことになってはいますが、ここは空京から離れていますし……。協力してくださっている方も沢山いますから、大丈夫ですわ」
 セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が注文のカレーライスセットを手に、理沙に微笑みかけた。
 カレーは温めただけだけれど、ライスやサラダは理沙が用意したものだ。
(普段と同じように出来ているかしら)
 少し不安に思いながら、客の元に持っていったセレスティアだけれど。
 スプーンをとって食べ始めた客の姿と、満足そうな頷きをみて、ほっと胸を撫で下ろした。
「お店、護ってあげませんとね」
 カウンターにいる長谷川 真琴(はせがわ・まこと)が客席のテレビをちらりと見て言った。
「彼女たちは今、それぞれの戦いをしています。その中で私たちがここで出来ることは彼女たちの家でもあるこのカフェの留守を護ることですから」
 その為に、普段通りの営業をしないと、と真琴は思う。
 三姉妹のように上手くはいかないかもしれないけれど、ここを訪れる人達が、楽しく過ごすことができるように。
「彼女たちが帰って来た時に、ほっとできるように。この店の雰囲気を、彼女達の家を護っていきましょう」
「確かに帰る家がなくなるのは嫌だしな。それにここはこの辺に住む人たちには憩いの場なんだろ」
 執事服姿で、飲み物を注いでいる真田 恵美(さなだ・めぐみ)がそう言った。
「そのようね。遠くから来ている人もいるみたいだけれど、イルミンスールの学生さん達の姿も多いわよね」
 理沙が店内に目を向けた。
「うん、だったら、きちんとやらないと。火の消えた釜に再び火を入れるのは容易じゃない。その火が消えないように見守る人が必要だ。今のオレたちに出来ることってそんなことなんだろうな」
 恵美は淹れたての紅茶をトレーに乗せた。
「こちらもお願いしますね」
 真琴がしぼりたてのオレンジジュースを、紅茶の隣に置く。
「そうねっ」
 理沙がトレーを持ち上げる。
「ケーキの準備も出来ましたわよ」
 そしてセレスティアが理沙の持つトレーに、苺ショートと、チョコレートのケーキを乗せた。
「うん、それじゃ、お客様に届けてくるね!」
 理沙は笑顔を浮かべながら、客席へと向かって。
「お待たせいたしました! 苺ショートケーキ、チョコレートケーキ、紅茶とオレンジジュースになりますっ」
 注文した客にケーキと飲み物、そして笑顔を届けた。

「大変なことになっちゃってるね……」
 臨時バイトのコニワ・ヒツネ(こにわ・ひつね)は、テレビに目を向けて呟いた。
(でも、シェリエさん達の演奏楽しみ。って不謹慎かなぁ)
 扉についた鈴の音が、店内に響いた。
「いらっしゃいませ」
 すぐに、コニワは扉の方へと向かう。
「いらっしゃいませ」
 花妖精のルタ・リミックス(るた・りみっくす)も、コニワと一緒にお客様にご挨拶。
 彼女のふんわりとした、穏やかで柔らかな微笑みに、客の2人――春日野 春日(かすがの・かすが)ティナ・カナ(てぃな・かな)の顔にも微笑が浮かんだ。
「お勧めはなにかなー?」
 席につき、春日が尋ねた。
「おススメは特製オレンジソーダです」
 にっこり、コニワが答える。
「ええと、それじゃあ、それと。苺ケーキと、チョコレートケーキと、モンブランと、フルーツケーキと、ミルフィーユと、抹茶ケーキと……つまりこれ全部お願いー」
「それから、紅茶をポットでお願いできますか?」
 ティナがそう付け加える。
「は……はい畏まりました」
「少々お待ちくださいませ」
 コニワとルタは少し驚きながらも、伝票に全種類のケーキを書きこんで調理場の方へと急ぐ。

 セレスティアが用意してあったので、ケーキは素早く春日の元に届いた。
「うーん、幸せー」
 並べられたケーキを幸せそうに見た後、春日はぱくぱくと食べ始める。
 向かいでティナは自分のカップに紅茶を注いで飲みながら、幸せそうな春日を幸せそうに見ていた。
「んん? なんか空京では大変なことになってるみたいだね。ケーキバイキングの店とか、大丈夫かなぁ」
「営業できていないかもしれませんね」
「今日はこっちにしてよかったね。皆が美味しい物を美味しく食べれるように、早く落ち着くといいね」
「そうですね」
 のんびりそんな会話をしながら。
 だけれど、ケーキを食べるスピードは凄まじくて。
「わー、これもとっても美味しいよー」
 春日の前の皿はどんどん空になっていく。
「お茶はいかがですか、主様」
「うん、ちょうだいー」
 ティナは紅茶を注いで上げて、微笑みながら再び尋ねる。
「主様、追加はショートケーキとモンブラン、どちらにいたしましょうか」
「モンブランでお願いー」
「畏まりました。……すみません」
 ティナが店員を呼ぶと、すぐにウェイトレスの杜守 柚(ともり・ゆず)が近づいてきた。
「お待たせいたしました。追加のご注文ですか?」
「かわいいー」
 春日がにっこり微笑んだ。
 柚は、超感覚を使っており、狼の尻尾と耳のついた姿をしていた。
「ありがとうございます」
 ぺこりと柚は頭を下げる。
「モンブランと、シャンバラ茶をお願いします」
 ティナも微笑みながら注文をする。
「モンブランがお一つと、シャンバラ茶ですね。畏まりました。少々お待ちくださいませ」
 伝票に素早く記して、お辞儀をすると柚は調理場の方えと向かっていく。
「んー、ショートケーキももう1つ食べたいかなー」
 春日が美味しそうにケーキを頬張りながら言う。
「それでは、モンブランを持ってきてくださった時に、追加でお願いしましょう」
「うん」
 微笑ましい2人の姿は、喫茶店の雰囲気を和やかにしていく。

「お客さんとして来ている時はわからなかったけれど、結構大変ですね」
 モンブランを待っている間に、柚は積み上がっている皿を、洗い場へと持っていく。
「いつもこんなに忙しいのに上手く切り盛りしてるのが凄いな」
 杜守 三月(ともり・みつき)は、厨房の掃除をしていた。
 営業時間中に掃き掃除やマットの水洗いが必要なほど、汚れてしまうのだ。
「柚、足下に気を付けてね!」
 モップで床を拭きながら、三月は注意を促す。
「うん、ドジしないように気をつけます」
 忙しいけれど、周りや足下に注意して仕事をしないと、余計な仕事を増やしてしまいかねないから。
 柚は慎重に歩いて、皿を洗い場に置いた。
「モンブラン用意できました」
 セレスティアの声が響いてきた。
「はい、持っていきます」
 疲れていたけれど、元気に返事をして、笑顔を絶やさずに柚と三月は仕事を続けていく。
 訪れた皆に、笑顔で帰ってもらえれば嬉しいなと思いながら。

「さあ、始めるぞフィー! せっかくのHIKIKOMORIご用達のカフェ、絶対守らんと、逃げ場は絶対死守や!」
 上條 優夏(かみじょう・ゆうか)が意気込みながら、客席に出ていく。
「お店守りたいってのは同意するけどもっとマシな理由ないの?」
 手を引かれながら、フィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)はため息をついた。
 優夏は自他ともに認めるニートだ。
 現在進行形で働いたら負けかなと思っている。
「この世にニートがいる限り、逃げ場を破壊する事は絶対にできへんのや」
「全く……」
 フィリーネは、パフュームコスチュームを纏って、魔法少女パフュームの格好をしていた。
「私がやる理由は、地域密着型魔法少女として、こういうイベントは率先してやって皆に幸せになってもらいたいからよ!」
「そうか、俺の逃げ場を護るために頼んだで!」
「優夏のニート癖を治す意味もあるんだけどね」
 フィリーネはため息をつきつつ、客席のテレビの前に立った。
「さあ、本日のメインイベントや! 彼女の幸せになる歌、聞いてくれ!」
 優夏はそう言うと、フィリーネから離れて、機材で音楽を流す。
「一曲、歌わせていただきます」
 フィリーネがマイクを手に笑顔を見せると、客席から拍手が湧き起った。
 明るい音楽の中、フィリーネは軽快なダンスを踊り、楽しそうな笑みを見せて、幸せの歌を奏でていく。
 そして、訪れた人達の心を、幸福で満たしていくのだった。

○     ○     ○


 喫茶店の活気や、明るい歌声は地下にも響いていた。
 カフェ・ディオニウスの地下では、トレーネがナラカへのゲートの維持に努めていた。
 トレーネは強い魔力を有してはいるが、単独でナラカへのゲートを開くようなことは出来ない。
 彼女の母親であり、ナラカにいるグリューネル・ディオニウスと魔力を連動させ、一時的に開いているに過ぎなかった。
「お母様にもしものことがあったら……パフュームと、共に向かった皆様も戻ってこられなくなってしまいますわ」
 不安そうにそう呟く彼女の側にも、数人の契約者がいた。
「……パフュームたちも心配だけどさ。トレーネは大丈夫なのか?」
 そう優しく声をかけたのは、冴弥 永夜(さえわたり・とおや)だった。
「わたくしは、大丈夫ですわ。でも、何かがありましても、自分では対処できませんから……こうして、傍にいていただけますと、助かります」
 トレーネの言葉に、永夜や、その場にいる者達が頷く。
「空京から離れているとはいえ、パラミタにはテレポートを使える奴もいるしな。俺も付き合うよ」
 アンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)もそう言って、階段の傍に立ち、殺気看破で警戒をしていく。
「俺も契約者の端くれだから、敵対する者が現れた時には、魔法で弾き飛ばすくらいの事はやってみせるさ」
「俺は魔法より物理の方が得意だな。大剣を利用した防戦に徹することにするよ」
「ありがとうございます」
 永夜とアンヴェリュグの言葉に、トレーネは弱弱しい笑みを見せる。
 ゲートの維持は相当な負担らしい。
「飲み物か何か、持ってこよっか?」
 桐生 理知(きりゅう・りち)は、歴戦の回復術の技能で、トレーネを癒し続けていた。
 ハンカチを取り出して、汗を拭いたり、至れり尽くせりで、必要なものを取り出したりもして。
「そうですね、お水を少しいただけますか?」
「はい」
 冷たすぎない水を、理知はトレーネに渡す。
 自分にできることは限られているけれど、少しでもトレーネの負担を軽くしたいから。
 置かれているテレビからは、空京の異様な様子が映っている。
「トレーネさんを守るから!」
 と言って、理知は地球で聞いた、元気になる応援ソングを歌って、体力だけではなく、トレーネの気力をも回復させた。
「地上の方にも、沢山契約者がいるみたいだから……大丈夫だとは思うけれど」
 理知のパートナーの北月 智緒(きげつ・ちお)は、何かの際にはいつでも動けるよう、座らずに警戒をしていた。
 ゲートの先。ナラカからの侵入者の警戒も必要かもしれない。
「かあさんと会えたら、どんな話をしたい?」
 そう穏やかに問いかけたのは、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)だった。
 彼の心の中は美人の彼女を護る意欲で溢れていたが、空気を読んで負担にならない程度の接触に止めていた。
「妹達のことを。お店のことも、出会った人達のことも……沢山、お話ししたいことがありますわ」
「そっか。俺のことも話してくれるのかな?」
 僅かに悪戯気な目で言うと、トレーネの顔が少し緩んだ。
「パフュームとかあさんのことは、一緒に行った奴らが必ず護ってくれる。地上からの敵は、バイトをしている奴らが止めてくれるだろう」
 シャウラがゆっくり語りかけていく。
「そして、トレーネのことは、俺と、ここにいる奴らで絶対護るから。トレーネは、妹達の帰り道だけを、護ってくれよな」
 そう微笑むと、トレーネは彼に妖艶ともいえる笑みを見せて、強く深く、頷いた。
(……分りやすい精神構造ですね)
 にこにこ微笑んでいるシャウラを見て、ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)はやれやれとため息をついた。
 この部屋に入る前から、シャウラはやる気満々だった。
 理由は簡単。
 トレーネが美人だから。
(ともあれ、趣旨はわかりますから、協力しているわけですが)
 ユーシスは他の警戒に当たっている者とは離れた位置と角度から、ゲートや地上の様子を探っていく。
「無事、母親を助けて皆が帰ってくると良いな」
 永夜のその言葉にも、トレーネは強く頷いた。
 そしてナラカへと続く道に、切実な思いと、真剣な目を向けた――。