空京

校長室

【神劇の旋律】聖邪の協奏曲

リアクション公開中!

【神劇の旋律】聖邪の協奏曲

リアクション


第4章 壁

 シャンバラ宮殿前。
 ロイヤルガード達は壁となり、市民達の行く手を阻んでいた。
「……っ、一切手を出すな。押し返すこともするな。我々は決して崩れることのない、強固な壁だ。すべての攻撃を受け止め、耐えて、後ろに通すな!」
 隊長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の声が響き渡る。
 その壁を壊す為に、人々は力を振るってくる。
 ある者は素手で殴りかかり、ある者は傘や棒を振りおろし、たまたま武器を持っていた者は、武器で壁に穴を開けようと、魔法を会得しているものは、魔法を放って。
 壁を破壊して、宮殿の中へと、女王の元へと行こうとする。
「優子! みんなが聖歌の演奏を成功させてくれるまでの辛抱だよ」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、風術で市民の進行を阻みながら言った。
 宮殿近くで奏でられていた曲が、正しい形で演奏されれば……人々は元に戻るのではないか、そんな憶測が流れてはいたが、確証はない。
 行ってみなければ、わからないのだ。
「小鳥遊、一般人に怪我はさせないように。押し返して、転ばせてしまえば、下敷きになり重傷を負う者もいるだろう、から」
 優子は人々の攻撃を受けながら、言った。
「わかってるよ。絶対傷つけない」
 美羽は人々を傷つけないよう、注意をしながら人の波を魔法で受け止めていた。
「頑張ろう。街中にいる人だって、必死に動いてくれてるはずだから」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は命のうねりで、美羽や優子、周辺にいるロイヤルガードの仲間達を癒す。
 超人的精神により、こんな場であってもコハクの精神力は回復をしていく。
 風術で、美羽と共に人々の進行を遅らせながら、負傷した仲間達に常に気を配り、倒れる前に回復をしていた。
「全員、頑張って耐えようぜ!」
 コハクの魔法により回復した如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が声を上げる。
 今は我慢の時だ。
 殴られても、斬られても。ただ耐え続け、癒され、また傷つけられ、そして耐える。
 いつまで、この苦しみの繰り返しが続くのかはわからない。
「外に向った仲間を信じ、待つのみだ」
 身体に力を入れて、正悟はその場に立ち続ける。
「ご主人様……」
 パートナーのゼファー・ラジエル(ぜふぁー・らじえる)は、後方で、正悟を見守っていた。
 彼は何度も危ない状況に陥った。だけれど、一切市民に手は出さない。
 それに……。
「攻撃を受ける為に、持っていた方がいいはずですけどぉ」
 ゼファーの腕の中には、正悟の武器がある。武器だけではなく、武器になり得るものを全て、正悟はゼファーに預けてあった。
 ちらりと空を見れば、マスコミが空から様子を撮影していることがわかる。
 本当は宮殿の中に投げ込んでおくべきなのかもしれない。
 だけれど、市民の中に紛れて、もしくはこちらに気を引いておいて、宮殿に自らの意思で侵入し、女王を狙う者がいるかもしれない。
(必要になった時は直ぐに対応できるように……だけはしてますよぉ)
 だから、ゼファーはいつでも動けるよう、武器を持って正悟の後ろにいた。
「攻撃はできませんけれどぉ、回復なら少しくらいは……」
 市民に殴打された正悟を、ゼファーはすぐにヒールで癒した。
 傷は癒えても、破れた服も、血の汚れも元通りにはならない。
 長時間耐え続けている彼らは、皆痛々しい姿になっていた。
「優子さん……っ」
 優子の隣にたどり着いたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は、彼女の腕をつかんだ。
 そして、反対側のロイヤルガードの仲間とも、手をつないだ。
「ボク達は壁。少しの隙間もない壁だから」
「カレン、任せたぞ」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が、後方から護国の聖域で仲間達を守る。
 ジュレールは体が小さいため、壁にはなれない。
 だから、この小回りのきく体を活かして、皆のサポートに走っていた。
「っと、そろそろ危ないようだな」
 負傷の程度の酷い者のところに駆け付け、ジュレールはヒールで怪我を治して回る。
「空京で過ごした大切な思い出を忘れないで!」
 殴られながら、カレンが声をあげた。
 人々が自らの手で女王に危害を加えようとしていることが悲しくて。
「聞いて!」
 届かないと分かっていても、カレンは人々に叫び続けた。
「楽しかった事を思い出して! 皆、本当は女王様を愛してるんだ。こんなのってないよ……。皆、思い出して!!」
 カレンは声が枯れるまで……いや枯れても叫び続ける。
 少しでも、人々の心に届くと信じて。
「魔法攻撃来ますっ!」
 氷術で氷の壁を作り、市民を阻んでいるソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が声を上げた。
 長身の市民がファイアストームを放った。
 ソアは風術で少しでも逸らそうとするが、前方には市民の群れ、空には報道者や有翼種の市民がおり、逸らせる場所がない。
「私が……っ」
 エンデュアを身に着けているソアは、自らの体を盾として、魔法攻撃を受ける。
 炎の嵐は、ロイヤルガードと警備兵を包み込んだ。
「ご主人! くっ、物理攻撃は俺様に任せろよ」
 傷ついたソアを案じながら、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)は手を広げて、市民たちの進行を阻む。
 不壊不動を会得しているベアは、放たれる拳、振り下ろされる武器を次々に、受け止め、受け流していく。
「大丈夫です、皆さん、頑張りましょう! 宮殿も、市民も守るんですっ」
 ソアはヒールで傷を癒しながら、声を上げて皆を鼓舞する。
「リンネちゃんも……耐えるよ。今は、耐えることが戦うことだよねっ!」
 魔法を放つことが大好きなリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)も、ロイヤルガードとして盾になり、市民の攻撃を受けていた。
「精神攻撃は効かないみたいね。体を盾に、止めるしかないのかしら……」
 西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)は、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)と共に、リンネが戦いやすいようにサポートしていたが、リンネの戦いは他のロイヤルガード同様、ひたすらこの場で守る事、耐えることであり攻撃に出ることはなかった。
「こういう時こそ、僕らロイヤルガードが頑張らないといけませんね」
 リンネの隣で、夫の博季は、リンネを心配しながらメンタルアサルト、歴戦の立ち回りの技能を駆使して、彼女の負担が少しでも軽くなるよう、助けていく。
 大事な妻が傷つくところなど見たくはない。
 でも、蹴りで振り払うだけであっても、市民に手を出すことは、リンネが許しはしなかった。
「くそ…ここは耐えるっきゃねぇんだよな」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が拳を震わせる。
 だが、市民を傷つけるつもりは、一切ない。
「こいつらは心身喪失してるだけだし……こういう損な役回りに回るのも仕事だからな」
 他のロイヤルガード達に目を向けると、皆、苦しげな顔ながら、強く頷く。
 これが王の護衛である、国の、国民の盾である自分達の戦いなのだ。
(とはいえ、王宮に入られてしまったら、女王を……世界を守るために、政府は力づくで止めざるをえない。その前に……)
 ロイヤルガード達の壁が崩れそうになったのなら、最終手段として、震天駭地で地震を起こして、市民たちをこの場に抑えざるを得ないと考えていた。
「倒れる前に、抜けてくだせぇ! 後方メンバーの魔法でサポートしますぜ!」
 ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)は、後方で状況を見ながら、危ない人物に声をかけて退かせる。
「穴が開きそうな場所があるからそこに入ってくだせぇ!」
 そして追加の人員を送ろうとするが、市民の数は増える一方で、じりじり押される一方だった。
「こちらに向かっている契約者達がもうすぐ到着する。後少しだ」
 連絡を取り合い、防衛支援と状況の把握につとめていたガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が言う。
「ぐ……っ」
 ラルクが小さなうめき声を上げる。
 市民たちは巨漢であるラルクを避けようとはしない。
「この先に女王がいる」
「障害を潰せ」
「倒せ」
「滅せよ……」
 逆に、大勢でラルクを打破しようと襲ってくるのだ。
「大丈夫か、ラルク!」
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)が軽身功の軽業で、ラルクの体を駆け上り、肩の上で、振り下ろされた市民の武器を押さえた。
「問題はない。目立つこの体で、多くの市民を引き付けられてんなら、願ってもない事だ」
 攻撃を受けながら、ラルクは強い目で言った。
「ロイヤルガードはこの国の希望を守る為の盾だ。そんな俺らが諦めれる訳ねぇだろ?」
「ああ、そうだな」
 和希は、ラルクの肩から飛び降りると、警備員と変わって彼の隣を守る。
 女王や代王を守るため、盾になるのが自分達ロイヤルガードの仕事だ。
「市民を傷つけることなく、防衛戦を維持するぞ!」
 原因究明、解決に向かった仲間達を信じながら、和希は、叫ぶ。
「ロイヤルガードの、姫宮和希だ! 女王に会いたければ、俺らを崩して見せろ!」
 ロイヤルガードを倒せば、女王の元に向かうための障害が減る。
 心神喪失に陥っている市民達にも、それは理解できたようで。
 名乗りを上げた和希を、市民達が集団で崩しかかってくる。
(さすがに、重いぜ……けど、命に代えても守りきるぜ)
 回復術を用いて耐えて。
 パートナーのガイウスが構築した、木製の簡易バリケードを利用しながら、時には軽身功で市民の攻撃を躱して、和希は時間を稼いでいく。
「回復魔法発動いたします」
 命のうねりで皆を回復させ、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が呟く。
「神の加護、……いえ、陛下の加護がここまで身近に受けられる場所もないでしょう」
「アイシャちゃん……」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、アイシャからもらったブローチを握りしめた。
「詩穂様、いいですか。陛下は今でも祈りを捧げるために1人で戦っています。武器を手にしない事も戦いなのです」
「うん、試穂はアイシャちゃんが護りたいものを一緒に護っていこうと決めたから」
 試穂とセルフィーナは、共に武術と知略を凝らして、宮殿前に強固な盾を築いていた。
 技能で皆の防御力を上げ、傷ついた仲間を癒す。
 その繰り返しだった。
(ねぇ、誰よりも慈愛に溢れているアイシャちゃん、今何を想っているの?)
 試穂はアリージャンスで自分を奮い立たせる。
(詩穂はすぐ傍にいるよ、アイシャちゃんの愛する皆様を護るために!)
 武器も、攻撃魔法も一切使わず、アイシャを愛する者として、アイシャの騎士として、ロイヤルガードとして立ち塞がり、市民を阻み、護り続ける。

「うるさい、うるさい……」
 猟銃を理子に向けた男がいた。
「度会、行けるか」
 地上から、神楽崎優子の声が飛ぶ。
「はい!」
 度会 鈴鹿(わたらい・すずか)は返事をすると、レッサーワイバーンを操って銃の前に飛び出し――弾をその身で受けた。
 龍鱗化で皮膚を硬化させ、能力で自らの守りを固めて、鈴鹿は空から宮殿を守っていた。
 優子も、仲間も無理をするなとは一言も言わない。
 鈴鹿自身も、盾としてその場に在る。
 鈴鹿は飛んでくる魔法や投擲物をその身で受け、仲間のダメージの軽減に努めていた。
「鈴鹿殿、大丈夫ですか!?」
 建物の上から、状況を見守っていた鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)は、空から赤いものがぽたぽた落ちてくることに、強い不安を感じた。
「大丈夫です」
 弾を弾くことも、後方に飛ばすこともできない。
 だから、鈴鹿にできたのは、その身に深く食い込ませて、止めることだけ。
 負傷しながらも、鈴鹿は珠寿姫に微笑みを見せた。
「アイシャ様もきっと、この事態を感じて胸を痛めておられるでしょう……それを思えばこれくらい、耐えて見せます!」
 再び、市民は猟銃を空へと向ける。
 躊躇することなく、鈴鹿は銃口の方へと飛ぶ。
「鈴鹿殿……」
 珠寿姫は仲間達と連絡を取り合いながら、傷つく鈴鹿の姿を目に焼き付ける。