空京

校長室

【神劇の旋律】聖邪の協奏曲

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【神劇の旋律】聖邪の協奏曲

リアクション

「タシガンの薔薇の学舎の騎士として、オレは女王様を守り抜く」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)も、防具と防御スキルを用いて、市民の前に立った。
 仲間を守る盾になりたいと普段は思っている。
 鏖殺寺院や魔獣を相手にすることを考えれば、市民達の攻撃を耐えることくらい、平気だった。
「悪いが、預からせてもらう。正気に戻ったら取りに来てくれ」
 パートナーの呀 雷號(が・らいごう)は、雪豹の姿で、市民の間を走り回り、市民が持っている武器を奪っていく。
 傷つけることを目的とはせず、骨の短剣でベルトや衣服を斬り、人々の気を逸らし、進行を妨げる。
 奪えない武器は、噛みついて取り落とさせる。
(魔物はいないようだが……力は、感じる)
 雷號は、一般人ではない、契約者の存在も感じ取っていた。
「魔物は今のところこっちには来ていないみたいだけれど……っ」
 尋人も、契約者の存在に気づいていた。
「数名、契約者が来る! サポートを頼む」
 警戒を呼びかけながら、盾で市民の攻撃を受ける。
「……っ、う……そ、そうか。おぬし、契約者か」
 尋人の言葉を聞き、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は対峙している人物が、契約者であることに気付く。
「女王、女王、女王に会いに行くんよ」
 そう呟いているのは、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だ。
 裕輝はパートナーの鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)と共に、空京に来ていたところ事件に遭遇したのだが、偲の姿はここにはない。
「気をしっかり持て。契約者なら、脳への干渉を拒絶できるはずだ!」
 甚五郎は裕輝を押さえようとするが、裕輝は不可解な動きでするりと甚五郎を躱して、ふらつきながら、拳を繰り出してくる。
 大した攻撃ではない、そう思ったが。
「うぐっ」
 彼の拳は、甚五郎の急所を的確に打っていた。
「女王のところはまだかな……」
「あうっ」
 更に、小さいながら、身を盾にして守っていたホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)の腹に、裕輝の膝が叩き込まれる。
 何かが変だ。
 甚五郎は、裕輝を拘束しようとするが、彼はふらふらしながら、甚五郎の手を擦り抜ける。
 そしてまた、急所へ重い一撃を、偶然のように打ち込んできた。
「おぬし……意識があるな!?」
 両肩を掴んで甚五郎が言うと。
「オウ、ワタシイシキナイヨ。オモイッキリ、アヤツラレテ、マスッ」
 と片言で裕輝は言った。
「代わるぞ!」
 到着した瑞江 響(みずえ・ひびき)が、甚五郎に近づく。
「頼む……っ!」
 甚五郎は力任せに、裕輝を後方に転がした。
「許しませんよ!」
 ホリイが、倒れた裕輝を組み敷き、子守歌を歌った。
「オウ、イイウタネ。ココロガアラワレルヨウヨ……」
 そんなことを言いながら、彼は眠りに……ついたかの様に見えた。
「睡眠は一般人には効かないんだがな」
 疑わしく思いながらも、甚五郎は縛り上げて、後方に転がしておいた。
「待て、こんな戦い、あるかっ」
 アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)は、悔しげに市民の前へと出た響の後ろについた。
 一般人の拳や足が、響に飛んできて、彼を傷つける。
「市民に攻撃したら、敵の思うつぼだ。耐えるんだ」
 そう言い、響は一切手を出さない。
 アイザックは納得いかなかった。
 響が傷つくところなど、見たくはない。
「傷付けるな、アイザック。彼らの意志で行動しているんじゃない。罪のない人を傷付ける事はいけない」
 流れていた音楽が正しく演奏されれば、きっと元に戻る。
 それまでは耐えて耐え続けるしかない。
 固い意志を持ち、響は盾となっていた。
「抑え込むなんて不可能だろう? ……けど、それでも響きがやるって言うんなら、俺様はサポートするしかねぇ!」
 響の意志に従い、アイザックも市民には手を出さず、響、そして同志達に回復魔法をかけて癒すことで、サポートしていく。
「どけ、どけ、そこをどけ!!」
 暴れている猫――ゆる族がいた。
 冷凍のマグロを振り回しながら、突き進んでくる。
「邪魔だ、邪魔だ、邪魔をするな!!」
 そのゆる族、猫井 又吉(ねこい・またきち)がサンダークラップを放った。
 凄まじい衝撃に、壁となっている契約者達の顔が歪む。
「どいつもこいつも俺が女王に会うのを邪魔をしやがって、許さねー、ゼッテー許さねー」
「契約者か、その状態で行かせるわけにはいかねえ!」
 立ち塞がったのは、後方で回復に努めていたヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)だった。
 殺気看破により、ヴァイスは又吉の接近を察知していた。
「どけ、どけ、どけー!!」
「っ……てえ」
 又吉の力は、凄まじく、前に出て数秒でヴァイスは重傷を負うこととなる。
「ヴァイス!」
 パワードスーツを纏ったセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)が彼を守るために、女王のバックラーを突きだした。
「うぐっ」
 又吉はマグロごと後方に飛ばされ、転倒した。
「くっそ……」
 又吉が通ってきた道には、多くの人が倒れている。
「ムカツつく、ムカつくんだよ! 誰だか知らねえけど、思い通りにさせるか!」
 ヴァイスの怒りの対象は又吉でも市民でもない。
 この暴動を企んだ人物、市民を狂わせた人物だ。
「下がれ、俺がお前を守る」
 セリカが前に出て、ヴァイスを下がらせる。
「ああ、頼む……ッ」
 ヴァイスは悔しげな表情で、命のうねりや、回復魔法で壁となっている人達を癒す。
 こんな状況でも、壁となり、盾となっている者達の耐えるという意志に変わりはない。
「契約者の攻撃に備えてくれ。傷ついても、オレが治す!」
 それならば、自分も最後まで付き合い、助け続けるまでだ。
「女王、女王に会わないと、女王……」
 又吉の無差別攻撃を受けても起き上がり、ふらふらとこちらに歩いてくる者がいた。
「……国頭」
 神楽崎優子が息をのむ。
「邪魔をするな邪魔をするな邪魔をするな!!」
 その男、国頭 武尊(くにがみ・たける)がシーリングランスを放つ。
 警備兵達は重傷を負い、契約者も深いダメージを負っていく。
「やめろ、国頭」
 ボロボロの服、傷だらけの体で、優子が武尊の前に躍り出る。
「ああ神楽崎、君までオレの邪魔をするのか――。なら容赦はしない。押し通るまでだ」
 呟いた次の瞬間。
 武尊は優子に真空波を放った。
「!!」
 優子は両腕で防御する……が、思いの他衝撃はなかった。
 しかし彼女が次の行動に移る前に。
「神楽崎神楽崎神楽崎」
 身を低めた武尊は強く地を蹴って、優子に飛びついた。
 強い衝撃を受け、優子は後方に飛ばされ、そのまま武尊に抑え込まれる。
「女王に、女王……に、ア、アヒャヒャ!」
 優子を組み敷きながら、武尊は奇妙な笑い声をあげる。
「く……国頭、離せ……っ」
 逃れようとするが、疲労と負傷により、優子は本来の力を出せない。
「神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎。アッヒャッヒャ! アッヒャッヒャ!」
 真空波により斬り裂かれたのは衣服だけだった。
 彼女の裂かれた服の中に、武尊は顔をうずめて、狂ったように笑い続ける。
「国、頭……お前は、こんなに弱い男じゃなかったはずだ……っ。私の盾になってくれるって、痛みも、苦しみも引き受けてくれるって、いっていたじゃないか」
 苦しげで悲しげな声だった。
「目を、覚ませ……ッ!」
 優子は片手で彼の上半身を引き離すと、もう一方の手で、頬を張った。
 パン、パン、パン、パンッ
 鼓膜が破れるほど、首の骨が折れるのではないかと思うほど強く、激しく。
「上等だ。俺の覚悟を見せてやる!!」
 その声は、武尊ではなく、立ち上がった又吉が上げた声だった。
 壁となり続けている契約者の元に、ジャンプし、又吉は自らのチャックを全開にした……。
「神楽崎神楽崎神楽崎神楽崎……」
 唇から血を流しながら、武尊は優子を覆うように抱き着いた。
 ドーン
 又吉の自爆により、宮殿を守る者達の多くが吹っ飛ぶ。
 武尊もまた重傷を負う。
 たまたまか、本能で護ったのか――組み敷かれていた優子はほぼ影響を受けなかった。
「回復班、至急回復を!」
 優子はそう指示を出しながら、服を整え武尊の下から這い出て。
「神楽崎……」
 朦朧としながらも、自分の名を読んでいる彼を、複雑な思いで拘束した。
『爆発です。爆発が起きました。警備兵が多数吹き飛ばされたもよう!』
 アナウンサーが興奮した声を上げていた。
「う……っ」
 小型飛空艇で駆け付けたジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)は、あたりの様子に心を痛めた。
「みんな、どうか助かって!」
 ジェニファと共に駆け付けたマーク・モルガン(まーく・もるがん)は、リカバリを何度もかけて、倒れている人々を癒していく。
「撮影を止めてもらうことは出来ないの? 撮ったものを抹消することは?」
 防衛に当たっている人々の苦しそうな様子もだけれど、操られている人々が正気に返った後で、自分達のやったことを知ったら……その映像が流れたら、とても落ち込むだろうから。
 ジェニファの治療を受けながら、優子が「終わった後で交渉してみる」と言う。
 報道規制にも動いている者がいるようだった。
「開いた穴は、僕が埋めるよ。姉さん! 治療を終えたら、僕を後ろから押さえてよ。僕が意識を失っても倒れないようにさ、お願いだよ」
 マークはそう言い、盾となる。
 空京には遊びに来ていただけで、武装などはしていない。
 盾も持っていない。だけれど、少しでも被害を減らす為に。
 彼もまた、壁になる決意をした。
「マーク……少しの辛抱だからね」
 止めさせたいと思いながらも、この状況下では動ける自分達が盾にならざるを得ないと、ジェニファも思い、彼の後ろについた。
「明日香さん、こちらの方を!」
 ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)(ノルン)が、神代 明日香(かみしろ・あすか)を呼ぶ。
 間近で爆発を受け、心肺停止に陥っている警備兵がいた。
「どうか、意識を取り戻してください」
 明日香が急いで駆け寄って、復活の魔法を使った。
「次は、こちらの方を! それから、あちらの方も危険な状態です」
 ノルンは全体を見回して、重体者、重傷者を見極めていき、明日香に伝え誘導する。
「お願い、助かって……っ」
 魔法を受け付けないほどの怪我を負った者から優先に、明日香は癒していた。
 死者は絶対出させないという、強い意志を持ち、彼女は強力な魔法で瀕死に陥った者達を蘇生させていく。
「死なせません……」
 役職など関係ない。怪我が酷い人から。より重傷な者から、明日香は癒していた。
 耐えている人達や、仲間を回復させたいという思いをずっと抱いていたけれど。
(精神力、温存してよかった……。いえ、良くないです……)
 それはまた傷つくための治療だから。
 自分の出番なんてないほうが良かった。
 そんな風に思ってしまう。

 倒れていた人々が起き上がっていく。
 マークが必死に止めようとし、ジェニファが彼の体を押さえる。
 癒された警備兵、ロイヤルガード、契約者達が盾を持ち、また向かっていく。
 本当は、だれもが脆い生身の人間だ。
 だけれど彼らは、強固な壁となり続けるために行く。