空京

リアクション

　蝶のような仮面を被った妙齢の女性――バルタザールは手下たちを向かわせた後、自らもティセラとアレナをゆっくりとした足取りで追っていた。
「あの娘達には素質がありますもの。わたくしの側近になっていただきたいですわ」
　口元に妖艶な笑みを浮かべながら、彼女は数人の配下と共に歩いていた。
「あら？」
　バルタザールが空を見上げる。
　高速で接近してくる、飛空艇があった。バルタザールに突撃するかのように。
「見つけたぜ！」
　蹂躙飛空艇を操縦している男――白津　竜造（しらつ・りゅうぞう）が、飛空艇を蹴って後方に跳躍した。
「なんですの」
　バルタザールが、飛空艇を躱す。
「お前は、邪魔だ」
　竜造が梟雄剣ヴァルザドーンで、レーザーを放ち、バルタザール……ではなく、飛空艇を爆破する。
「！？」
　予想外の攻撃でバルタザールは、破壊された飛空艇の破片によるダメージを受けた。
「ティセラはまた殺し合いたいと思ってる奴の一人だ。それを横取りするなら容赦しねえ」
　バルタザールがティセラを狙っている、そんな映像を見て、彼はここを訪れた。
　バルタザールを始末するために。
「さぁ、戦闘開始だねぇ」
　竜造のパートナーの松岡　徹雄（まつおか・てつお）が、煙幕ファンデーションで周囲に弾幕を張った。
　バルタザールは斬り込んでくる竜造に手を向ける。
「邪魔はあなたの方ですわ。目の前から消えてくださいます？」
　そして、凄まじい威力の凍てつく炎を放った。
　竜造は軽く攻撃を受けるが、一般人の後ろに隠れて重傷は免れる。
「はいはい、邪魔だよぉ、でも場合によっては役立つかもねぇ」
　徹雄は、さざれ石の短刀を用いて、バルタザールを取り巻いていた人々を、刺していった。
「なに？　突然視界が……あっ」
　買い物に訪れていたユーリ・ユリン（ゆーり・ゆりん）が、刺されて石像と化してしまう。
「これは、意外な展開ですぅ。この後、どうなるんでしょぉ」
　パートナーのメアリア・ユリン（めありあ・ゆりん）は、立木の後ろに隠れて、わくわく見守っていた。
「ティセラさんは、渡しませんわ。わたくしが可愛がってさしあげますの」
「欲しいわけじゃない、殺し合いたいだけだ！」
　竜造が再び、バルタザールに斬り込もうとした瞬間。
「つまり、あんた達は両方敵ってわけね！」
　女性の声が響いた。
　同時に竜造は腹を、バルタザールは、肩を斬り割かれていた。
「ティセラを狙うっていうのなら、容赦はしないわよ」
　２人の前に現れたのは、セイニィ・アルギエバ（せいにぃ・あるぎえば）だった。
「それに、そんなやり方、許せない！」
　駆け付けながら、セイニィは竜造がバルタザールに操られている人々を盾にする行為。竜造のパートナーが無関係の人々も石化していく行為を目にしていた。
「そう……許せ、ない。私達はロイヤルガード」
　強力な光の弾が竜造を襲った。
　星銃パワーランチャーの弾だった。
　だが、弾を放った相手は、姿を現さない。
　物陰に隠れたまま、その人物――パッフェル・シャウラ（ぱっふぇる・しゃうら）と、共に訪れた桐生　円（きりゅう・まどか）は相談をする。
「先に倒さなきゃいけないのは、どっちかな」
「円の判断に、任せる」
「そうか、ティセラの友人か。てめえらをやれば、ティセラは本気で俺を狙ってくるだろうな」
　狂気に満ちた笑みを浮かべると、竜造は接近してきたセイニィに、剣を叩き込む。
　竜造の頬が裂け、セイニィの肩に血がにじむ。
「大人しくしてましょー。大怪我したり、石になるよりましだと思うわよー。あ、一応治しておくわねー」
　その間に、オリヴィア・レベンクロン（おりう゛ぃあ・れべんくろん）がバルタザール、竜造の攻撃で傷ついた人々を我は紡ぐ地の讃頌で癒してから、蒼き水晶の杖を用いて技能を封じておく。
「頑張ってくださいませ。セイニィさんとパッフェルさんも歓迎ですわよ」
　バルタザールも、戦闘をセイニィに任せて、徹雄が石化した人物を値踏みするかのように見つめていく。
「ああ、石像になってしまったら、声が聞けませんわ」
　艶めかしく石像を撫で、短剣を滑らせて像に傷をつけていく。
　石像が彼女を守る壁になっており、隠れている円は迂闊に銃を放つことはできなかった。
「そうですわ、わたくしのキスで直してさしあげましょう」
　言うと、バルタザールは１体の石像にキスをした。
　その石像に色が戻る。
「あ、あれ？　一体何があったんじゃん。あ、ああ、えっ、な、何するじゃんっんんっ！」
　トゥーカァ・ルースラント（とぅーかぁ・るーすらんと）は、意識が戻った途端に襲ってきた感覚に、熱い息を漏らした。
　後ろから胸の中に入り込んだ手が、自分の胸を揉みしだいている。
「トゥーカァを離すのだ！」
　パートナーのクドラク・ヴォルフ（くどらく・うぉるふ）がバルタザールに突っ込んできた。
「数年後が楽しみな娘ですわね」
「あ、ううう」
　クドラクの体はバルタザールの鞭でからめ捕られ、引き寄せられてしまう。
「光条兵器、なら、撃てる……」
　パッフェルが星銃パワーランチャーでバルタザールを狙撃した。
　彼女の弾は、ツゥーカァやクドラフを通過して、バルタザールに直撃――するより先に、バルタザールは飛び退いた。
「わたくしの至極の時間を奪った代償は、あなたの体で払ってもらいましょうか」
　言った途端、バルタザールは神の審判を発動。
　契約者達に大きなダメージを負わせる。
　セイニィも、パッフェルもだった。
「パッフェル、無茶はしないで。作戦通りいこう」
　円がパッフェルを労わりながら言う。
「うん。円に、合せる」
　パッフェルと円は頷き合って、物陰で状況を伺う――。



　ティセラとアレナは、郊外を目指して走っていた。
「ミーもよく、ファンの人に囲まれてもみくちゃにされるけど、アレナさんとティセラさんも大変ネ～」
　百合園生の茅ヶ崎　清音（ちがさき・きよね）のパートナーで、アレナとは友人関係にあるキャンディス・ブルーバーグ（きゃんでぃす・ぶるーばーぐ）は、たまたま空京に訪れており、事件に巻き込まれていた。
「アレナさんをガードする方法が１つあるワヨ」
　一緒に走りながらそう言って、キャンディスは持っていた物を前に出す。
　それは豪華なろくりんくんの着ぐるみだ。
「これを着れば誰もアレナさんだとわからないはずヨ」
　しかし今はまだ、着ている余裕はない状況だった。
「あっ！」
　突然辺りが激しく光り、身体に痛みを感じる。
　バニッシュの魔法だ。
　直後に、ティセラの腕に痛みが走り、アレナは冷気に包まれる。
「何？　この着ぐるみは渡さないワヨ！」
　キャンディスは着ぐるみを抱きしめて守る。
「あの方の手の者、ですね……」
　ティセラは傷ついた手で、よりアレナを強く掴み引き寄せる。
「なあに、殺しはせんよ」
　二人の死角から現れた辿楼院　刹那（てんろういん・せつな）がキャンディスを振り払い、ティセラに迫る。
「じゃが、手加減は出来んようじゃからのぉ」
　刹那が、柳葉刀でティセラにソニックブレードを放つ。
「大人しくしてて！」
　同時に、再びバニッシュも放たれた。
　刹那のパートナーアルミナ・シンフォーニル（あるみな・しんふぉーにる）が放ったものだ。
「ティセラさん！」
　アレナがティセラを庇おうとするが、ティセラはそれを許さず、彼女を抱きしめてソニックブレードの攻撃を背に受ける。
「く……っ、あなた達は正気のようですが、何故」
　背を深く斬られ、アレナに支えられながら、ティセラが２人を睨む。
「バルタザールに、雇われたからじゃよ。悪く思うなよ」
　刹那は爆炎波を放ち、２人を吹き飛ばす。
「抵抗しなければ、もう何もしないよ。でも、抵抗したら……わかってるね？」
　アルミナは、魔獣を連れていた。
　魔獣は唸り声を上げて、今にも人々に襲い掛かりそうだった。
「ティセラさん、私……」
　不安そうな目で、アレナはティセラを魔法で癒し始める。
「わかってますわ」
　ティセラはアレナの手を離し、星剣を抜こうとした――。
「手を離さないで！」
　突如、空から声が響いた。
　高速の乗り物で駆け付けたのはロイヤルガードの制服を纏った者達。
　樹月　刀真（きづき・とうま）と漆髪　月夜（うるしがみ・つくよ）。
　ルカルカ・ルー（るかるか・るー）とダリル・ガイザック（だりる・がいざっく）。
　ヴァーナー・ヴォネガット（う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと）とセツカ・グラフトン（せつか・ぐらふとん）の、３組の契約者だった。
　手練れのロイヤルガードばかりだ。
　刹那は瞬時に後方に跳んだ。
　あきらかに分が悪い。
「……次のチャンスを狙うとするかのぅ」
　しびれ粉と暗器を飛ばして注意を引いた後、刹那はアルミナと共に退散した。
「もう大丈夫、でも、手は離さないで」
　ダークヴァルキリーの羽を付けたルカルカが、２人の真横に着地する。
「バルタザールは足止めされているようですが、彼女の配下の者と市民達が追ってきます。急ぎましょう」
　刀真も２人の元に下りてきた。
　パートナーの月夜は上空から状況を見ている。
「アレナおねえちゃん、だいじょうぶですよ」
　ヴァーナーは地上に下りるなり、アレナの頭を撫でた。
　自分より年上ではあるが、ヴァーナーはアレナを妹の様に感じていた。
「市民がきますわよ」
　少し後方に下りたセツカが言う。
「こっちです」
　月夜からの連絡を頼りに、刀真が先導する。
「連れていく、連れていく……」
　呟きながら、前方から現れた市民達が立ち塞がる。
「神楽崎優子隊長の方針は、市民に一切手を出さず、壁となり市民を守る事です。空京の状況は、全国に中継されています。誤解を招くことのないよう、ティセラはアレナの手を掴んだままでいてください」
　刀真は走りながら簡単に状況の説明をする。
　そして、立ち塞がる市民達の事は、掻き分けたりもしない。
　ティセラとアレナを金剛力の力で抱えると、軽身功で壁を走って、市民達の後方へと下り、また走り出す。
　他のロイヤルガードも市民達には触れることなく、羽根や魔法を用いて後に続く。
「アレナさん、ミーが、魔法で飛ばしてあげることもできるワヨ。必要なら言ってネ」
　キャンディスも太い体を浮き上がらせながら、ついてきている。
「こっちに来たらダメです」
　ヴァーナーはブレードドラゴンにブレスを吐いてもらい、地面を凍らせておく。
　市民達は転んでしまい、前に進めなくなる。
「う、ううう」
「あ……」
　だが、刹那が連れていた魔獣は市民達を爪で切り割き、足場にしてこちらに向ってくる。
「これ以上、傷つけさせるわけには」
「俺達に任せてください。２人は身を隠すことだけを考えて」
　振り向くティセラの手を刀真が強引に掴む。
　空から――月夜が放ったルミナスアーチェリーの神威の矢が、魔獣に直撃し息の根を止めた。
「アレナおねえちゃんをいじめないでください。ここにいてくださいです」
　ヴァーナーは怪我をした市民を愛の宿り木で癒してから皆に続く。
「魔法攻撃、来ますわ！」
　セツカの声が飛ぶ。
　直後に、背後から魔法が浴びせられる。
　ルカルカとダリルがティセラ、アレナを庇う。
　アレナがすぐに、皆を回復魔法で癒しながら言う。
「狙われてるの、私達、ですから。皆さんどうか怪我しないで、ください」
「何、言ってるの」
　ルカルカはアレナに強い目で微笑む。
「国と民を守る為に私達国軍はある。このルカルカが誰も傷つけさせない！」
　そう言うと、ルカルカはティセラとアレナを背に庇い、魔法を放った者達に体を向ける。
「お前達は、２人と行け。こっちの相手は無理だが、市民の攻撃からは守ってやれるだろ」
　ダリルは連れてきた親衛隊員に命じ、自分はルカルカの隣に立ち、現れた者達――武装したバルタザールの配下と対峙する。
「ロイヤルガードか。人数を減らしておくのも良いだろう」
　リーダーと思われる男が、号令を発し、武装した十数人の男女がルカルカ達に飛び掛かってくる。
「行って！　かなり手強そうな相手だわ」
　振り向かず、ルカルカが皆に言う。
「アレナ先輩！　人のいないところへ」
「あっちのビルとかどうですぅ……」
　秋月　葵（あきづき・あおい）が、魔装書　アル・アジフ（まそうしょ・あるあじふ）と共に、空飛ぶ魔法↑↑で飛んで訪れ、アレナ達をも空へと浮かび上がらせる。
　遠距離武器を向けるバルタザールの配下の元に、突然白鳩の群れが舞い降りてくる。
　彼らが気を奪われている間に、アルはアレナ達をビルの屋上へと避難させた。
「あっ……呼雪さん」
　白鳩を放った人物――早川　呼雪（はやかわ・こゆき）からの電話にアレナが気付き、簡単に状況の説明をしあった。
『郊外だが、会社の入っていないビルがある。そこまで行けそうか？』
「はい」
　呼雪が見つけた出した避難場所を、アレナは皆に話す。
「あちらに、人のいないビルがあるそうです。そこに隠れましょう」
「わかりました」
　刀真が月夜に連絡をし、月夜に空からの誘導してもらう。
「ご、怖いけど……頑張ってみるですぅ……」
　アルは人々の様子や、武装した敵を見て恐怖に襲われるも、鎧と化して葵に纏われる。
「それじゃ、行くよ～！」
　葵が空飛ぶ魔法↑↑を再び皆にかけて、ビルからビルへ飛び移るように進み、目的地に急ぐ。

「ここで、止めるわよ」
「多勢に無勢だな。市民もいるし、大掛かりな技は使えない。使わせるわけにもいかない。どうする？」
　敵が襲ってくる中、ダリルがルカルカに問う。
「それでも、皆を守る壁になる！」
　ルカルカは市民を巻き込まないよう注意を払いながら、敵の攻撃受け、躱し、反撃する。
　ダリルは軽く頷き、銃を抜いた。
「当てさせてもらうぞ。跳弾で市民を傷つけるわけにはいかないからな」
　ダリルは狙いを定めて、敵を撃ち抜く。
「優子さん、こっちは私が守るわ！」
　ルカルカは、宮殿で壁となり立ち続けているだろう、仲間達を想いながら、動く壁となり、敵を阻み続ける。