空京

校長室

【神劇の旋律】聖邪の協奏曲

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【神劇の旋律】聖邪の協奏曲

リアクション

 宮殿前の様子が映っている街頭テレビもあった。
 溢れる人々の中、何か反物を掲げている人物がいる。
 カメラが、文字と人物を映し出す。
 掲げているのは、ディンス・マーケット(でぃんす・まーけっと)。彼女の体は人々の中に埋もれてしまって、ほとんど映ってはいない。
 だけれど、空に向けられた反物の文字は、テレビを見ている人々の目に、入った。
『女王と全ての守り手たちへ。その意思・その献身に感謝と称賛を!』
 それだけではなく、付近の建物にも。
 宮殿から見える位置の壁にも。
 高級カーペットや、カンバスに書かれたメッセージがかけられていた。
「ロイヤルガードの皆さん、契約者の方々。ありがとうございます。自分達と、仲間と、空京に住まう人々からの、心からの感謝を――」
 トゥーラ・イチバ(とぅーら・いちば)は、宮殿近くの建物に自分と、賛同してくれた者達からのメッセージを横断幕のように、結んでいた。
 その感謝と応援のメッセージは、疲れ果てた契約者達に活力を与えていく。

 メイド服を纏った女性が、魔獣の前に回り込む。
「宮殿内の仲間達を守るのは当然として、洗脳された市民達を助ける為にも、さっきからチラチラ眼に入ってる目障りなお前達『不要物』を掃除してやるぜ! メイドだけにな!!
 剣を魔獣に向けて、ドヤ顔で言うのは俊足のメイド教導団員朝霧 垂(あさぎり・しづり)
「僕はメイドじゃないけど、掃除手伝うよ!」
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は宮殿用飛行翼を用いて、低空を飛んでいた。
 街中には、宮殿で誰かが奏でている音楽が流れている。
 その行政無線による音楽が止まっている時も、同じ志の下で動いているエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の演奏がこの辺り一体に届いていた。
 誰も知らない曲。即興の音楽だった。
 垂とライゼはその音楽に合わせて、踊るように、剣の舞で魔獣を斬っていく。
 市民は傷つけない。
 それが大前提。
 そのため、技能で命中度を上げて、確実に狙った場所を斬っていた。
「ブライドエンジェル、こっちは大丈夫そう。仲間達をお願いね」
 ライゼはブライドエンジェルに仲間達の回復をお願いする。
 垂とライゼがいるこの場所の他に、近くの人気のない公園と、大通りで仲間達が対処に当たっているのだ。

「私達は誓ったのよ、二度とこの街を焼かせないって!」
 人気のない公園にて、エルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)は、バイクから出した機関銃を魔獣に向けた。
「鉄の弾をあげるわ!」
 機関銃で弾幕を張る。途端、魔獣の悲鳴のような鳴き声があがっていく。
「どう、効くでしょう? あんた達が誰に言われて何の為に来たのかは知らないけど、一寸お行儀が悪いわよ」
「グルルルルル、ギャン、ギャン!」
 負傷した魔獣がエルサーラに飛び掛かってくる。
 エルサーラは瞬時に翼の靴を使って空へと逃げた。
「エルは傷つけさせない」
 助走をつけて跳び、エルサーラを攻撃しようとした魔獣に、ペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)が機関銃を撃っていく。
 エルサーラは理不尽な暴力を許せない。
 空京で起きた凄惨な事件を思い出し、同じことを起こすわけにはいかないと。力の限り戦っていた。
 ペシェはそんな彼女の思いを知っている。
 自分自身も空京名誉市民証の感触を確かめながら、エルサーラの側にいた。
「折角空京に来てくれたのに、すぐお別れよ。ごきげんよう。さようなら……!」
 そうして、エルサーラは魔獣に銃弾の雨を降らせた。

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、隠形の術と桜花手裏剣で姿を消して、宮殿に向かおうとする市民達の中に紛れ込んでいた。
 魔獣は、心を失っている市民達にも容赦なく牙を向けてくる。
(市民達を止めるだけでも、大変だってのに)
 魔獣を発見すると同時に、千里走りの術で駆けて、唯斗は魔獣に接近し、誰にも気づかれず仕留めていく。
 彼の姿は、カメラにさえ映らない。
 壁抜けで障害物もものとはせず、水上さえも足場にして。
 縦横無尽、天地無用に戦っていく。
 カメラに彼の姿は映らずとも、倒れた魔獣の姿は映る。
 この周辺の魔獣が、市民に襲い掛かる前に、何故か倒れる様子が。
 だが、人もカメラにも捕らえられなくても、魔獣は唯斗の接近に気付くこともあり、無傷というわけにはいかなかった。
「あれは……。有り難い」
 ライゼのブライドエンジェルの姿を見つけると、唯斗は接近して回復をしてもらう。
 その後、唯斗はすぐにまた市民達の中へと入っていく。

 突然、大きな音が響いた。空京島近くの上空で爆発があったのだ。
 音の衝撃で、動きの鈍った市民達を、正気の者達が抑えていく。
「精神攻撃で眠らせることができれば、一番なんだろうがな」
 轟音直後に、空に現れたのは巨大生物イカロス。乗っているのは如月 和馬(きさらぎ・かずま)だ。
「体で止めるには数が多すぎんだろ」
 契約者達の様子を見ながら、和馬は呟いた。
 自分が下りていったら、強行手段に出てしまうだろうということは、和馬自身理解していたため、空に留まり、見守り、タイミングを見計らって爆発で市民の気を引くといったサポートを続けることにした。

 地上で対処に当たっていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は爆音で出来た隙を逃さなかった。
(ごめんね!)
 心の中で謝罪しながら、セレンフィリティはライニングウェポン、放電実験、ライトニングブラストを威力を弱めて放ち、市民達の意識を奪っていく。
(文句なら後で国軍へどうぞ! 後で始末書でも査問会でもなんでも甘んじる。でも今はそういうわけにはいかないのよ! 許してちょうだい)
 少しでも女王やロイヤルガードの負担を減らせなければならない。
 躊躇しながらも、セレンフィリティは攻撃を続ける。
「……セレン、行くわよ」
 爆音のショックから立ち直った市民達に、セレアナが光術を放ち、市民の目を眩ませる。
「ええ、止めないと」
 セレンフィリティはセレアナと背中合わせになり、交互に市民に魔法を放ち、視界を奪い、意識を奪って、止めていく。
 全て終わった後は、全力で手当てをしようと思いながら。

『駄菓子屋に負傷者が運び込まれています。付近に魔獣が潜んでいる可能性があるため、運び出せないもよう』
 プルクシュタール・ハイブリット(ぷるくしゅたーる・はいぶりっと)から、グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)に、テレパシーで連絡が入る。
「よし、すぐに行くぞ!」
 大声を上げて、巨大生物ミケランジェロを操って、グンツは現場に急行する。
「ワンワンワン」
「キャン、ワン、キャン」
 市民の救助のために送りだしたパラミタセントバーナードがここだというように吠え声を上げている。
 グンツは急いでミケレンジェロから飛び降り、テレパシーでプルクシュタールに到着を知らせる。
「お願いします」
 子供を抱えて、プルクシュタールは駄菓子屋から出てきた。
「ああ、こっちは任せたぞ」
 プルクシュタールに預かった少年を抱えると、グンツは再びミケランジェロに乗る。
 腕を魔獣にかまれたらしく、血止めはされているが少年はぐったりしていた。
「少年。もう少しの辛抱だ。あれに見えるは我らが母艦恐竜要塞グリムロック!」
 芝居がかった身振りで、グンツが手を向ける先に、浮遊要塞があった。

 ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)が操縦する恐竜要塞グリムロックに、怪我人が運び込まれてくる。
「応急手当が必要な方はこちらに。意識のない方は個室の方にお願いします。すぐに医者が参ります」
 ナース服姿のサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)が、入口で声を上げ案内していた。
 魅力的な彼女の姿に見とれて、痛みを忘れて立ち止まる市民達もいる。
「わたくし自身は治療はできませんけれど、皆様に落ち着いていただけますよう、ハーブティーくらいは淹れさせていただきますわ」
 サルガタナスはそうにっこり微笑み、人々――ほぼ男性に、活力を与えていく。
 恐竜要塞グリムロックには、ジャジラッドの手配で、医療器材や医師がそろっていた。
 心神喪失に陥った市民が道路に溢れている為、道路はまともに使える状態ではなく、ジャジラッドの移動要塞は、搬送や、避難のために役立っていた。
 要塞の中だけでも、ある程度の医療行為は行えるようになっているが、市民の数に対して、医者や医療具の数は足りない。
 そのため、空京病院や施設と連絡を取り、契約者が治療に当たっている場所や、空京病院に怪我人の搬送も行っていた。

「ホント、何がなんだか……。ここは何処なんだか」
 ラトス・アトランティス(らとす・あとらんてぃす)は人の波に逆らわず、流されるまま歩いていたらいつの間にかこの要塞内にいた。
「なんだか妙な曲が流れていて、周りが急に慌ただしくなって……。一体何がどうしたんだか、何が起きたんだか……」
 隣で、七瀬 灯(ななせ・あかり)も、擦り傷の治療を受けながら、パニック気味だった。
「少し休んでいってください」
 そんな彼女達に、アーシラト・シュメール(あーしらと・しゅめーる)がそう声をかけた。
 ラトスと灯はやっぱりなんだかよくわからないまま、こくんと頷いた。
(それにしても……悪魔の自分が人間を助けるなんてどうかしてるわ)
 などと思いながら、アーシラトは、怪我人の治療を担当している。
 顔立ちは厳しめで、優しさに少し欠ける彼女だが、治療はそつなく行えていた。
「面白い話をしてあげるわね……えーと……」
 ただ、子供の相手は苦手で、無かれないように昔話をしてあげたりするのだけれど、彼女の口から語られる話は、恐怖系ばかりで、子供達は震えあがり、より泣いてしまうという状況だった。