空京

校長室

創世の絆第二部 第一回

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創世の絆第二部 第一回

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北ニルヴァーナ

 回廊を抜けた先に広がる北ニルヴァーナの大地は荒れ果てていた。大地に無数に開く大穴から渦を巻いて噴出する黒い砂の影響か、晴れることのない空はくすんだ鉄色に濁っていた。時折おこる砂嵐に磨かれ、地面は奇妙にねじれた岩が突き出し、平らな部分はある箇所は滑らかな、またある箇所はうねりのような波模様を呈している。荒れた海がそのまま岩となったかのような大地は、来るものを拒んでいるかのようだった。灰色の空をハゲタカの如く舞うのは、大小さまざまのイレイザー、スポーンたちだ。通常のイレイザーすら恐ろしいほどの強さを誇る。その上さらにさまざまなスポーンも伴っており、これではよほどの手練れでもなければ生身での戦闘行動はむざむざ命を捨てに行くようなものだろう。メルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)はそんなことを思いながら無彩色の悪夢そのものといった風景の奥に視線をずらす。
「……この景色……地獄とはこのような場所を言うのだろうな」
 イレイザーの群れのはるか向こうには、異様な大きさと紛う方なきすさまじい存在感を持ったインテグラルビショップの姿があった。メルヴィアは身震いしてインテグラルビショップによる先日の部隊壊滅の悪夢を必死で頭から締め出した。万が一大世界樹がインテグラルの手に陥れば、世界は荒廃と混沌に飲み込まれてしまうだろう。
「……なんとしてでも悪夢の実現を阻止しなくては」
メルヴィアは決然とした表情できびすを返し、格納庫に向かった。

「今回の戦闘は短期決戦になるって言うじゃないか。一仕事すりゃあうまい晩飯にありつけるさ!
 がんばってきな! イコンの調子はバッチリだ」
発進前のイコンをすばやくチェックしながらその合間に荒井 雅香(あらい・もとか)は、緊張の面持ちでイコンに乗り込みゆくパイロットたちに気軽に声をかけていた。その熟練した職人の目は微細な狂いも見逃さない。相棒の整備士、イワン・ドラグノーフ(いわん・どらぐのーふ)もパイロットたちの肩や背中をポンと叩きながら豪胆に笑う。
「そうそう、ガハハ、整備のことは全部このおっさんに任せておけば大丈夫だ!
 張り切って行って来い! おまえらの強さはこのオレが保証する!
 オレらも大船に乗った気でいるからよ、ガッハッハ」
豪胆に笑いつつも、雅香の様子もきっちりと見ている。いつもどおり元気いっぱいのの姉御といった風情だったが、その背中にかすかににじむ不安感を、イワンは見逃さなかった。パイロットたちの出入りが途切れたとき、ふと雅香が小声で自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「今回は『覚醒』の許可が出てるのよね。ニルヴァーナの環境下で心配だけど……きっと皆なら大丈夫」
「あたぼうよ! 心配すんなって。俺らだって一緒に戦ってるんだぜ?」
「ああ、そうだな。……整備士だって一緒に戦ってるんだもんな!」
イワンはひげ面を崩してにたっと笑った。
「ほれ、こっちに最新のニルヴァーナ環境下でのイコン活動報告が来てるぞ。しっかり見とけ」
ポンと書類を雅香の手に押し付ける。
「……ありがとな」
「さあ、仕事仕事! ガハハハハ」
そびらを返すイワンの耳が、少し赤らんでいたように思えたのは気のせいだったのかもしれない。

 出撃したイコンを一望できる位置に、メルヴィア機は陣取っていた。その横にはシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)の搭乗するユングフラウが控えている。
「今回は俺達のメルメル大尉を補佐、そして護衛するぞ。
 俺は女性の味方。それが大尉のような素敵な女性ならなおさらだ!」
意気込むシャウラ。ユーシスは周囲の状況をすばやくモニタリングし、メルヴィア機に通信を行った。
「道を開くために早期に制空権を確保する、でよろしいでしょうか?」
「そうだな。何しろこの数だ。しかもインテグラルビショップなんて化け物も控えている。
 おまけにこちらの切り札は短時間しか使えない。短期決戦でいくしかないだろうな。
 のるかそるかの大博打だな」
「しかしこの数……、イレイザー達から必死さすら感じませんか?」
「かもしれん。まずはこの雲霞のようなザコどもを叩く!」
メルヴィアの言葉にユーシスは短く返答し、戦闘担当メンバーたちに戦闘方針を伝える。
「指揮官を失うのは非常にまずい。くれぐれも気をつけてくださいよ」
シャウラがメルヴィアに言った。
「ああ。わかっている」
「今回はバッチリ長射程武器と頑強な装甲で抜かりありません。
 大佐を攻撃しようなんていう不埒な輩には、ソニックブラスターと二連磁軌砲を見舞ってやる!」
シャウラが決然と言った。ユーシスはそんなシャウラを横目で眺めた。
(シャウラは仕事での殺生を嫌ってます。ですが……世界を滅ぼそうとするモノとあらば戦うしかない。
 私達も生き延びなくてはなりませんから……ね)
メルヴィアが背筋を伸ばし、対イレイザー部隊全体への総合通信を行った。
「対イレイザーメンバーの諸君!
 大世界樹がインテグラル側の手に落ちることがあってはならない!
 われわれはなんとしてでも世界樹の森へ向かい、ファーストクイーンの水晶を届けねばならん。
 もちろんイレイザーやスポーンたちがそれを阻むだろう。あの巨大なインテグラルビショップともども、な。 あの森へ向かう者たちのため、われわれは道を開く! なんとしてでも!」
強い決意を秘めた声に、同じように力強い決意の声が、どよめくように返ってくる。決戦の火蓋が切られたのだ。