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リアクション
露払い 1
ジェファルコンシュヴァルツ・zweiの機体内で、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が静かなる歓喜の声を上げていた。
「覚醒の許可が下りた。これでツヴァイの持てる力全てを発揮できる。
ツヴァイ、俺もあなたの力を出し切るため、全力で戦う」
グラキエスにとってこのイコンは道具ではなく朋友と言ってよかった。普段抑えられている力。己の秘めた魔力と違い、その解放が歓迎されるものであることもまた、彼にとって喜ばしきことでもある。同乗しているパートナーの悪魔、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が薄い笑みを浮かべた。
「強敵を前にして、ツヴァイの全性能を発揮できる事を喜びますか。
ふふ……まったくしようのない方だ。お付き合いしますよ、グラキエス様。
ツヴァイだけでなく私の技術も頼りにして頂きましょうか」
「ああ……エルデネスト、サポートを頼む」
ドラゴンに似たイレイザーが3体、スポーン十数体を引き連れて行く手を阻もうとする。加速と高速機動により、もとよりの機動力特化の性能を最大限に引き出し、イレイザーを翻弄する。苛立ったイレイザーが凄まじい咆哮をあげ、近場の仲間を召還する。さらに増えたイレイザーたちが、さながら鳥篭のようにツヴァイを取り囲む。
「今、だな」
静かなグラキエスの言葉にエルデネストが唇の端を上に上げた。
「リミッター解除」
淡い閃光がツヴァイの装甲から発せられ、2本の刀を手にした機体が目にも留まらぬ速さで鳥篭の中を疾る。鳥篭は一瞬の後、黒い霧とばらばらの破片となって地上に降り注いだ。
「おそらく最大の壁はインテグラルビショップでしょう。
出来る限り消耗させず、そちらへ皆さんを送り届けられるよう先駆けを務めますわ」
フランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)はクルキアータゾフィエルを駆ってイレイザーの群れのほうへと向かっていた。
「そう簡単には行かせてくれないようですわね。ですが、なんとしても通させてもらいますわよ!」
「フラン、ただ突っ込むだけではダメですよ。周りをきちんと把握して」
カタリナ・アレクサンドリア(かたりな・あれくさんどりあ)が勇むフランチェスカを静かにいさめる。
(フランは近づけば何とかなると思ってますが、それだけでは……。
油断は禁物、間合いに入るまでの間に敵の分析は済ませたいところですね)
加速を使いフランチェスカはイレイザー群れの中に飛び込んでいった。カタリナはレーダーとセンサーに忙しく目をやりつつ、敵からの攻撃に神経を集中し、回避行動に専念する。バスターライフルで中距離の敵をけん制しながら、10体近いイレイザーのひしめく場に突っ込む。
「覚醒起動!!」
機体を包む機晶エネルギーの光が強まる。襲ってくるイレイザーをブレイドランスで薙ぎ払うと、イレイザーの巨大な首が丸石のごとく吹っ飛ぶ。制御機能を失った胴体が切り落とされた頭部の後を追って荒廃した大地へと落下してゆく。イコン覚醒の限界時間が近づき、フランチェスカはファイナルイコンソードを発動し、残る1体のイレイザーの胸板を貫き、周辺のスポーンをなぎ払うと、戦線を離脱した。
「あとは任せましたわよ!」
スポーンと戦っていた鷹野 栗(たかの・まろん)は一息ついた。周囲にいつの間にかイレイザーが数体現れている。一体ならともかく複数、しかもやや遅れてスポーンもまた集まり始めている。
「きりがない感じね……」
これはもう、力を使うしかない。羽入 綾香(はにゅう・あやか)はそう判断し、栗に声をかけた。
「勇気と無謀は別のもの。今がそのときじゃ」
「羽入は大丈夫?無理をしなくても……」
「なに、案ずることは無い。もう随分と落ち着いたからのう。……むしろこの力、懐かしさすら覚えるぞ」
「わかったわ。全力で道を切り開きましょう!」
羽入が目を閉じ、精神を集中する。全身が浮遊するような感覚とともに、気がつくと二人は巨大な光でできた大天使の内部から、超然と世界を眺めていた。眼下のイレイザーめがけ、大天使はは光の矢を降り注がせた。輝く槍に全身を突き通され、展翅版に留めつけられる生き物のように、イレイザーが次々と大地に縫いとめられてゆく。だがこのパワーの限界はわずか30秒。ふっと光が消え、全身の凄まじい重みに耐えかねて羽入はぐったりと栗にその体を預けた。
「うまくいったの……栗」
羽入が弱々しく微笑む。
「鷹野 栗、羽入 綾香、撤退します!」
栗が羽入に微笑み返し、彼女の体を抱えるようにして、そばに飛来した飛空挺に乗り込んだ。
「俺ら、戦闘スキルゼロじゃねえか……だが待てよ、熾天使の力……か」
イコンや戦艦、ほかの契約者による対イレイザー戦闘をぼんやりと見つめていたアンリ・ベルナール(あんり・べるなーる)は、栗らの呼び出した熾天使が敵を地面に縫い付けるさまを見やった。傍らのジョナサン・センチュリーボーイ(じょなさん・せんちゅりーぼーい)も目を瞠っている。
「あれを使えれば……?」
「俺ら、ただのスピードバカとメカバカだろ? 出現させたところでまともに戦える気がしねえ。
そこでだ。いつもの超バーストダッシュを生かして敵に突っ込んでみるのはどうだ?
……大怪我するかもしれねえけど、どうせ最初から戦力には入ってねえし、一か八か、どうだ?」
アンリの横顔に、ジョナサンは強い決意を見た。男の、顔だった。ジョナサンの少年にしか見えない顔に、一瞬女らしい影が落ち、すぐに元に戻った。
「君とならどこまでだっていける気がする。音速だって超えるかもしれない。
僕の羽が千切れようとも止まらないよ。行こう、アンリ」
二人は手を取り合う。輝く光輝が二人を取り囲み、包み込んで大天使の姿を形作る。
「体の奥底からあふれてくるみたいだ猛烈に強い力……。僕は非力でダメなヴァルキリーだ。
飛ぶことしか出来ない出来損ない、だからこそ全力で飛び込んでやるさ」
「超低空をギリギリ飛ばすぜ、センチュリーボーイ。倒さなくてもいい。
倒す切欠を作れるだけでもいい、隙を掠め取るんだ、ムエット!」
かもめを意味する言葉で、アンリがジョナサンに呼びかける。砂に削られた大地を高速で突っ切って飛んだ光の熾天使は、翼からの光の矢で、周囲のイレイザーとスポーンを掃討し、回廊に程近いあたりですっと消えた。
「僕らは……新世紀のカモメになれたよな……?」
ジョナサンの言葉に、アンリは力強くうなずいた。
荒廃した大地に舞い飛ぶイレイザー、スポーンの群れを見てグラナダ・デル・コンキスタ(ぐらなだ・でるこんきすた)は漆黒の髪と翼を震わせて、一人不敵笑いを浮かべていた。
「この……究極ともいえるパワー……イレイザー? スポーン? そんなのあたいが征服してやるよ!!」
「ぎゃ?」
ドラゴンの着ぐるみ姿のテラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)が、物問いたげに一声鳴いた。
「いいかい? 力ってのはねえ、振るわなきゃ意味がないんだよ!!」
グラナダはまずは術で身体強化を行なった。半透明の青白い光でできた五芒星に九字を刻む魔法陣が幾重にも腕輪のごとく浮かび上がってくる。
「あははははは! この力を見るがいい!!!」
「ぐぎぁらぎぁらぎぁ!」
叫ぶやおもむろに熾天使の力を解き放つ。二人の体は半透明の光の大天使の内部に移動し、眼下にイレイザーやスポーンがハエのように舞っているのが見える。
「虫けらども、あたいの究極のパワーの元にひれ伏すがいい!!!」
せりふだけ聞くと、悪の総帥のようなノリである。大天使は巨大な槍を作り出し、こちらに向かってきたイレイザーの胸部を貫いた。さらに光の矢が降り注ぐと、無数のスポーンが霧散する。グラナダの瞳が凶悪な炎を宿して燃え上がる。
「この力……これがあればあたいの存在を満たせる!!」
だが、制限時間は30秒であった。ぷしゅうう〜〜という効果音がふさわしい勢いで、光の天使は消滅し、グラナダは座ることすらできない疲労感でいっぱいになり、ばったりと倒れた。
「がるるぐぁぐるるぅ!」
テラーがあわててグラナダを背中にしょって、その場から逃げ出す。あっけない幕切れであった。
ベネティア・ヴィルトコーゲル(べねてぃあ・びるとこーげる)は敵中を疾走してくるテラーと、その背中のグラナダをあわてて多脚機動戦車 シュティーアに収容した。
「危なかったですね!」
「ぎゃぎゃ……」
グラナダは呆けたような笑みを浮かべたまま、意識がない様子だ。戦車は伯 慶(はく・けい)の操縦技術で、この硬質で波打った大地の上を揺れは激しいものの安定走行している。
「私は装備開発実験隊として協力参加しているのですよ。
この戦車は主砲に5インチ42口径対戦車砲を装備し、ハンターキラー能力を持つわが社自慢の戦闘兵器です。
まずは、この弾頭ですが……」
ベネティアが機能説明をしつつ、近くにいたスポーンに向かって砲撃し、スポーンは体の半分を吹っ飛ばされ、霧散した。
「この多脚機動戦車シュティーアは3対6脚の重戦車タイプです。
複合装甲はセラミック材を基調とした4積構造のモジュール装甲を採用しているのですよ」
「ぎゃぎゃぎゃ」
翼を失い、片腕に大きな損傷を受けた手負いのイレイザーが眼前に立ちはだかり、背中の触手を戦車に向かって叩きつけてくる。慶が黙って照準をイレイザーの胸部に合わせ、対装甲榴弾を撃つ。重い一撃にイレイザーは怒りをこめた咆哮をあげる。背中の触手が大きく波打ち、巨大な口から毒炎が噴出す。その大きく開かれた口の中に遠距離から放たれたスナイパーライフルの一撃が炸裂する。羽切 緋菜(はぎり・ひな)と羽切 碧葉(はぎり・あおば)のプラヴァーからの援護射撃である。炎をむせび、イレイザーは激高し、触手を当たりかまわず叩きつける。多脚式戦車はその無差別攻撃を避け、横手にさっと移動し、頭部めがけてさらに対装甲榴弾を打ち込んだ。あわせて再び、羽切ペアの狙撃が命中し、延髄に大損傷を受けたイレイザーはそのままどうと大地に倒れふした。
「戦車は陸の王者。復権をかけて進むのだ!」
「……がるぅ」
慶が三白眼をぎらつかせて叫ぶ。テラーはなんとなく不安を感じたのであった。
「よかった」
緋菜が短くつぶやいた。近距離戦よりも遠距離からの味方のサポートこそが自機には最適だと考えた彼女は、ホークアイを使い、戦場の全体を見回していたのである。グラナダの戦車が危険そうだと見て、すぐさま精神感応を用いて碧葉に遠距離からの狙撃を指示したのであった。スナイプと急所狙いを併用した狙撃は、ピンポイントに着弾し、グラナダの的確な砲撃とあいまって最高の成果を挙げたのだ。
「そういえば今日の夕飯どうします?」
碧葉が今起きたことなど日常生活の一環に過ぎないといった感じの口調で言った。
「そうね、今日はシチューが食べたいわ」
「いいですね。じゃ、そうしましょうか」
緋菜が戦場を見通しながら、何気なく答えた。
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