空京

校長室

選択の絆 第二回

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選択の絆 第二回

リアクション


【5】イーダフェルト発展審査会 2

 続いてやって来た渋井 誠治(しぶい・せいじ)ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)が提案したのは、イーダフェルトにスーパーキッチンを造ったらどうかという案だった。
「それはとっても楽しそうですね」
 エルピスがほんわかと言った。
「でもでも……それって、具体的にどんな施設なのかな?」
 たいむちゃんが人差し指をほおに当てながらたずねた。
「よくぞ聞いてくれた!」
 誠治はここぞとばかりに大声を出した。
「これはただのキッチンじゃないぞ。ありとあらゆる道具と食材を揃えたスーパーキッチンだ! この前の夏休みに料理人ポムクルさんがたくさん生まれただろ? だから、どんな料理にも対応出来るようにするんだ。中華、洋食、和食、シャンバラ料理、ニルヴァーナ料理、色んな料理を食べた方が、ポムクルさんも豊かで幸せな生活が送れると思うんだよ!」
 誠治の熱い思いが、論調という形で爆発した。
 その気合いに思わずポムクルさんたちも引き込まれる。豪華な食生活を頭に浮かべて、じゅるりとよだれを流した。
「うーん、どう思う?」
 たいむちゃんが他の審査員にたずねた。
「まあ、そりゃあ食生活が潤うのは良いわよね」
 と、言ったのは真理子。書類に、誠治の話したキッチンのアイデアを書き留めていた。
「僕も食べたいなー」
 ゲルバッキーがのほほんとつぶやく。
「黙れ駄犬」
 真理子がどすの効いた声ですかさず言った。
「ひどいっ!?」
 ゲルバッキーはぐっすんと泣いて、落ち込んでしまう。
 一匹を除外して、残り四人の審査員はごにょごにょひそひそと話し合いをはじめた。
「ね、ねえ、誠治。やっぱりこんな派手な施設、無茶だったんじゃないかしら?」
 ヒルデガルトが、誠治に小声で不安を口にした。
「だーいじょうぶだって」
 どこからその自信はくるのだろうか? 誠治はまったく心配してなかった。
 食はあらゆるものの基礎だ。衣・食・住の三大要素に数えられるように、なくてはならないもの。衣や住に関しては、イーダフェルトにその要素はある程度揃っている。あとは、食だけ。ポムクルさんたちの食欲を掴むことだ。
「でも、こないだだってニルヴァーナで落とされたばかりだし……」
「心配すんな! 俺を信じろ!」
 誠治は親指で自分を指して、キランと笑った。それが余計に心配を駆り立てた。
 が、ついに審査員たちの結論が言い渡される。
「ごうかくなのだー! さっそく、キッチンの見取り図を作成するようにてはいするのだー」
 パンッ、パン、パンッ! と、クラッカーが一斉に打ちあがった。
 それからどこからともなくポムクル楽団がやって来て、ファンファーレがあがった。審査員たちからも拍手が送られる。
「おおっ、良かったな−、ヒルデ!」
「ええ、ほんと……ほんと良かった……ううっ……」
 ぐすっ、とヒルデガルドは涙ぐんだ。落ちなくて良かった、と。



 きみたちはダイジェストというものをご存じだろうか?
 たいていの場合それは、書物や映像で、たいへん時間のかかってしまうことを要約するときに使われる。
 長々と見たってしょうがない。連鎖的に続く同じことの繰り返しは、ぎゅっとしぼって提供されるのだ。濃縮するみたいに。
 穴に落ちた人たちというのも、そういうことだった。



 いいアイデアというのは、そうそう出るものじゃない。
 だから、審査を通らない提案というのも、次々と出てくる。仕方ないことだった。
「はい! 14番、日下部 社(くさかべ・やしろ)! 響 未来(ひびき・みらい)! イーダフェルトにポムクル劇場を造ろうと思ってます!」
 社は元気よく、ハキハキと自己紹介した。
「それっていったいなんなんです?」
 たいむちゃんが小首をかしげながら訊いた。
「増えすぎたポムクルたちの処理……ああ、いや、活かすために、劇場でどんどんパフォーマンスしてもらったらいいちゃうかな〜って……」
「そう! つまりアイドルポムクルさんをつくるのよ!」
 ずびしぃっと未来が言った。しーんとして、床がパカン。
 なぜか社のところだけ開いた。
「なんでやああぁぁぁ〜!」
「……あらら、マスターったら、素敵な落ちっぷり♪」
 奈落の底に落ちていった社を見て、ちゃっかり無事な未来はくすくす笑った。

「はい、次!」
 真理子が部屋の外にいる提案者を呼ぶ。
 ガチャッと、昆虫をモチーフにしたスーパーヒーローのコスプレに身を包んだ男があらわれた。
「17番、風森 巽(かぜもり・たつみ)ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)だ! 我はかねてからイーダフェルトに交通網を張らなければならないと思っていた! よって、電車を走らせることを提案する!」
「電車?」
 真理子が顔をしかめる。たいむちゃんは軽くぱちぱちっと拍手した。
「おおー、いいんじゃないかなー、電車。意外と便利になって、ポムクルさんたちも喜ぶかもしれ――」
「そしてなによりバイクを! バイクで電車を牽引する! 宇宙刑事がいるんだから、バイクがあってもおかしくないだろ!? ライダーなポムクルさんを! バイク乗りを育てるのだぁ!」
「そしたら戦隊つくるよ、戦隊! ゴー! シュゴーッ! って、変形する秘密基地なんだ! 五色のポムクルさんを用意して、チーム戦で戦うぞー!」
 巽とティアは二人でやけに盛り上がっている。
 しばらく黙りこんでいた審査員たちは、全員が一斉にボタンを押した。
「なぜだああぁぁぁぁぁぁ!」「わぁぁ、すごおおぉぉぉいぃぃ!」
 ヒーローオタクの二人の夢は叶わなかった。

「食は文化デース。文化無くして知性体の存続はないのデース。食のバリエーションを増やす贅沢。これが大切デース」
 アーサー・レイス(あーさー・れいす)は審査員たちに猛アピールした。
 だけど、カレーだった。食と言ってるが。
「食は味覚と心を豊かにしマース」
 だけどやっぱり、カレーだった。
「ぜひぜひ皆さん、食べてみてくだサーイ」
 アーサーは自慢の特製カレーを審査員たちに振る舞った。
 それから、日堂 真宵(にちどう・まよい)にも。真宵はそれほどカレーに興味はなかったが、あまり流れているのも癪だな、と思っていた。
「あら? おいしい」
 一口カレーを食べた真理子は、驚きながら言った。
 真宵も、アーサーのアピールに便乗することにした。
「大事なのは、文化的な日常生活よ。必需品を嗜好的なレベルに高めた些細な贅沢な嗜好品が伴った私生活。その私生活の充実無しに、発展は無いわ」
 要するに、ちょっぴり贅沢な生活をしましょう、という提案だ。
 カレーに使える食器店とか、雑貨屋とか、そういう文化的な店が出来ると良いんじゃないだろうか? 審査員たちは、うんうん、とうなずいていた。なかなか好感触だ。
「デハ最後ニー、お近づきの印に特製スパイスを……」
 アーサーは真理子のカレーに、瓶に入った赤い粉をぱっぱっと振った。
 もう一度、真理子は一口カレーを食べる。すると、今度はいきなり、叫び声をあげた。
「ぎゃああああぁぁぁぁからいいいぃぃぃっ!」
「オヤ? アララ……コレ、激辛スパイスだったデース」
 アーサーはアハハハハと笑った。
 ぽちっとな。真理子がボタンを押す。
「カレーは文化ああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 アーサーと真宵は奈落の底に落っこちていった。
 真理子の舌は腫れたみたいに真っ赤っかだ。ヒーヒーと、水を飲んだ。

 ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)は、うさぎや猫などの動物とたわむれることのできる施設を造ることを提案した。
「働くポムクルさんたちのためにも、癒やしは大切だと思うよ!」
「きゃー、ユーリちゃん頑張ってー!」
 後ろでトリア・クーシア(とりあ・くーしあ)が応援している。チアガール風の格好に、ポンポンを両手につけて。
 フレーフレーと、トリアはダンスを踊った。
「言いたいことはわかる……わかるけども……」
 真理子とたいむちゃんは、うーん、と顔をしかめた。
「なぜに、その手にうさぎを?」
「へ?」
 ユーリは大量のうさぎを腕に抱えていた。
 もふもふと手足を動かしたり、口をぴくぴくさせたり、草を食ったりしてる。
 と、油断したユーリの手から、うさぎが飛びだした。
「あっ!」「げっ」「バカっ!?」
 ユーリが驚き、真理子たちが飛び退いたときには、もう遅かった。
 うさぎは部屋中をぴょんぴょん跳びはね、暴れまわり、テーブルの上をしっちゃかめっちゃかにし、そして、ボタンを踏んだ。
「え……」
 パカンっとユーリの足もとの床が開く。
「あんぎゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ユーリは穴の中に落っこちていった。
「あれー? 大丈夫ー? ユーリちゃーん」
 トリアは急いで駆け寄って、穴をのぞき込んだ。
 下からなにか音がする。しゅうしゅういう音。それから光がぽわわんっ。
「あ、あれ……なにか……石化してるよっ!? だ、だれか! 助けてえぇぇぇぇぇぇ!?」
 真っ暗の闇の底から、ユーリの絶叫が聞こえてきた。
 だ、大丈夫かしら? トリアはあたふたした。が、あることを思いだした。
「あ、でも…………死なないって言ってたから、大丈夫ね」
 ぽんっと手を叩いて、トリアはほほ笑んだ。
「それじゃあ、戻ってユーリちゃんの帰りを待とうっと」
 さっさと、トリアは引き上げてしまう。部屋からトリアは出ていった。
「だ、大丈夫じゃないいぃぃぃ!」
 ユーリの声は、穴の底で寂しく反響した。