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リアクション
それは、歌だった。
■機晶石と世界について 1
『機晶エネルギーダウンは本当に光条世界の手によって行われたのか』
ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は、通信によって沙 鈴(しゃ・りん)の考察を受けていた。
『機晶石は不安定な要素を抱えながらも、基本的には半永久的に一定量のエネルギー供給を行えるものですわ。
しかし、その一方で、イコンでの使用のように膨大な量を一時に放出すればエネルギー供給は極端に低下する』
つまり、機晶エネルギーダウン自体は、現状、パラミタと地球で共有・利用されている技術の延長線上で行うことが出来る現象ではないかということだ。
「なるほど……」
ラズィーヤは、資料に目を通しながら、先を促した。
空中に映し出されたヴィジョンの中で沙鈴が続ける。
『今回の現象を起こすために、エルキナの言う「エネルギーの供給を止めることもできれば、暴走させることもできる」というものは必要無く、“ハッタリ”が成立する。
つまり、今回の現象は、光条世界が持つ特別な力などではなく、既存の機晶施設を用いて行われたのではないか、と。
この大規模な機晶エネルギーの一時的な高出力と、それに伴う出力低下を引き起こすには、大掛かりな施設が必要ですわ。
例えば、ヒマラヤの辺りなどに――』
「結論から言えば。
今回の事件は、わたくし達の知る機晶技術を用いて起こされたものではないようですわ。
これが、地球で調査を行った方々や各施設から送られてきたデータです」
ヴィジョンの中で、沙鈴の目がラズィーヤが転送したデータを確認する。
『……エネルギーダウンが起きた際に観測されたデータは、ほとんどが今回固有のものですわね』
「しかし、直前の様子は、
機晶技術によってエネルギーを引き出す際の反応に近いものが観測されています。
この現象について、説明を付けるとするため、沙鈴様の論を借りるとするならば……」
『光条世界は、パラミタ……ひいては機晶技術の根源であるニルヴァーナの技術に似た方法を使って、機晶石をコントロールした、ということ?』
沙鈴の横に顔を出した綺羅 瑠璃(きら・るー)の言葉に、ラズィーヤは頷いた。
「どんな方法を使ったのかは不明ですが……」
『今回の現象を起こした“何か”が存在し、そいつを中心に機晶エネルギーダウンは「円状」に発生したというところまでは判明したがな』
空中にもう一つのヴィジョンが開き、イーダフェルトからの映像通信を経て新風 燕馬(にいかぜ・えんま)の姿が映し出された。
『被害地域から送られてきた観測データをまとめたんだ。
何時停止して、どのくらいの間停止してたかというところから、一つ一つデータ入れてグラフ化した』
燕馬の映像の横に、いくつかのグラフデータと数値データが展開された。
それらは、パートナーの新風 颯馬(にいかぜ・そうま)と共に纏められたものだった。
『見ての通り、状況は一点を中心に同心円上に広がり、内から外に向かって終息している』
『その中心点は――中国とインドの堺に近い霊峰のようじゃ』
■
イーダフェルト。
その中心に存在する巨大神殿の頂上に黒崎 天音(くろさき・あまね)は居た。
彼の纏うゾディアックローブが蠢き、静かに目を閉じて集中する彼を包み込んでいた。
(なるほど……)
やがて、ローブが力無く元のボロ切れに戻り、天音は口元に笑みを浮かべた。
「何か、分かったのか?」
天音の様子を見守っていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の問いに、天音は視線を向けた。
「星脈に、機晶石が反応していた」
「それでは、やはり、この星脈が機晶エネルギーダウンの原因に関わりを――」
「いや、残念ながら、そういったものではないみたいだね」
天音は手の中の機晶石へと落とした目を細めながら続けた。
「確かに反応はしていた。
でもそれは、力を増減させるようなものではなく……」
言葉を探す。
そして、探し当てた言葉は、少し滑稽なものではないかと自ら笑う。
「“懐かしがっていた”だけ」
「……その感想を仲間にそのまま伝えるつもりか」
ブルーズはそう言うが、現状、天音にはそれ以上の表現を見つけることは出来なかった。
機晶石を仕舞い。
「19世紀フランスのある魔術師は、宇宙には特別なエネルギーが満たされていると言った。
その作用によって、通常の物理法則では考えられない出来事が置きたり、ある種の人間が超常的な能力を扱えるのだと」
空を見上げると白い昼の月が見えた。
当然、地上より空が近い。
秋の気配をかすかに含んだ風が、緩やかに吹き上がってイーダフェルトの広大な庭に茂る木々と草の匂いを運んでいた。
うっすらと雲が伸びる青空の向こうには無数の浮遊島が浮かび、パラミタでは星と呼ばれている。
「星脈は、浮遊大陸や浮遊孤島自体が保有する“力”とナラカとの繋がりによって発生している。
その繋がりとは、一体なんなのだろうね?
星脈に触れた時、僕は暗闇の中に無数の光が飛び交う風景を見た。
同時に、僕の手の中の機晶石の内に宿る輝きも見ることが出来た。
それらの光は、互いにとても良く似ていたよ」
そして、その全ては何故か天音にとっても懐かしさを覚えるものでもあった。
■
海京。
コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)の元には何人かの訪問者があった。
その一人、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はコリマに対し、ある疑問を投げかけていた。
「グランツ教の教祖アルティメットクイーンは、とても“異常”な存在のように思えるわ」
最も特異な点は、やはりパラミタにおいて信仰心を集めている、という点だろう。
パラミタという地は古くから、様々な理由で地球のような宗教は、ほとんど存在せず、また、これほどまでに広範囲に大きな影響をもたらしたというのは、5000年以上を見渡しても異例のことだ。
「アルティメットクイーンという存在を、『パラミタにおける宗教』という点と現状の異質さから考える手伝いをしてもらいたいの」
(確かに、その疑問は非常に興味深いものだ)
コリマのテレパシーを受け、リカインはこの疑問に対するコリマの感触の良さを感じた。
「そもそもパラミタの人たちにとって崇拝の対象となってきたのは、“力を持つもの”であり、それゆえに突き抜けて強大な力を持っている者はすべからく「神」と呼ばれているのよね」
(そうだ。そして、その神々を統べ、各国の地に安寧をもたらす存在が国家神。
人々はこの国家神を最も崇め、絶対なものとすることで、様々な怪物や力が跋扈する大陸を生き抜いてきた、という一面もあるだろう)
「大陸に存在した、凄まじい能力格差が自然とそういう形を生み出した、と。
でも――それだけ、なのかしら」
(いや……それはあくまで一面だと私は考える。
それ以上に、その土地に住まう者たちを“そのようにさせる力”自体が存在し、国家神としての資質には、それが含まれているのではないかと)
「つまり、とてつもないカリスマ性ということよね。
その土地に選ばれ、特別な使命と共にもたらされた、精神性よりももっと物理的な、あるいは運命的な力としての意味でのカリスマ」
(現在までに判明しているニルヴァーナ大陸の文化を紐解けば、やはり、大陸と世界樹、そして国家神は非常に重要な結び付きを持っていたと考えられる。
ニルヴァーナ大陸は一つの大陸、一つの世界樹、一人の国家神という形だったが。
いずれにしろ、大陸規模で人々の信仰をその身に集めるには、定められた資質が存在しているのではないか、ということだ)
コリマの部屋を後にし、リカインは廊下のソファーの片隅で丸くなっていたウェイン・エヴァーアージェ(うぇいん・えう゛ぁーあーじぇ)の襟首を掴んで、それを引きずりながら思案を進めていた。
「つまり……アルティメットクイーンには
“選ばれた”国家神としての資質が存在しているということ、なのよね。
そして、『グランツ教の求めるところが、一つの大陸、一つの国、一つの世界樹』であることを考えれば、
彼女が持つ資質は、複数の国に分かれて存在しているパラミタの国家神とは性質が違うものではないか……」
グランツ教は決して、人々に仇なす存在だけが集っているわけではないことをリカインは知っていた。
心底からの善意で行動を起こしたり、集ったりしている者もいる。
グランツ教と全面衝突が起こった際、彼らが完全な敵となり、時には被害者となる可能性は高い。
「――それはともかく、喧嘩を売る以外でコリマ校長に会いに行ったのって初めてだったかも?」
「ついにデレたってわけだな」
ボソッと吐いたウェインの脳天に、リカインは拳を落とした。