空京

校長室

選択の絆 第二回

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選択の絆 第二回

リアクション


【5】イーダフェルト発展審査会 4

「プレゼント工場?」
 驚いた声を出したのは、審査員の真理子だった。
 会場でアイデアを提案したのは高柳 陣(たかやなぎ・じん)ティエン・シア(てぃえん・しあ)だ。二人はサンタのコスプレをして、後ろにトナカイもどきの生き物を連れている。ティエンの乗り物のフランという神獣の子に、はりぼてみたいなトナカイの角をくっつけただけのものだ。どう考えてもトナカイには見えないし、フランもやれやれといったように苦笑してる。翼にふさふさの長毛をもった、幼いドラゴンみたいな威厳ある姿が台無しだった。
 ティエンは審査員たちに、ポムクルさんたちによる『プレゼント工場』を作ってはどうかと提案した。これは、あと数ヶ月でやってくるクリスマスにそなえ、子どもたちに向けたたくさんのプレゼントの製造とラッピング、それに配達をするというものだった。
 もちろん、工場の稼働はクリスマスに限らない。365日、いつでもプレゼントを作ることができれば、きっとみんな喜ぶんじゃないだろうか?
「それは、とっても素敵ですね」
 エルピスはとても乗り気で、両手を合わせてほほ笑んだ。
「プレゼント工場かー。なんだかサンタの国みたいよね」
 たいむちゃんも好感触だった。
「せっかくだから、住み込みで働けるように、工場に部屋を作って……」
 ティエンはそう口にして、それから他にもいろいろと考えているアイデアを出した。
 これなら、十分安心できそうだ。審査員たちはお互いに顔を見あわせて、うなずく。
 書類に『承認』の赤い判子がどんっと押された。
 かくして、ポムクルさんたちの『プレゼント工場』計画がはじまった。



「はぁー、コンサートホールですか」
 エルピスは書類に書かれている内容と、会場にやってきた提案者を交互に見た。
 そこにいたのはリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)白石 忍(しろいし・しのぶ)の二人だ。二人とも、肌を露出したロックな服を着ている。リョージュはまだいいにしても、忍はとても恥ずかしそうだ。顔を真っ赤にして、短いスカートの裾をぎゅっと手で伸ばしていた。
「歌はみんなに元気を与えてくれるぜ!」
 リョージュはノリノリで言った。
 エルピスは、そういえば……と夏の日のことを思いだした。あのとき、友達の契約者が奏でてくれた音楽にはとても心癒される思いがした。
「どうでしょうか? 私は賛成したいんですが……」
 他の審査員たちにたずねる。
「うーん、悪くはないんだけどねぇ。悪ノリする連中がいそうなのが不安だわー」
「それに施設だけ出来ても、楽団もつくらないといけないし、ポムクルさんたちがそれほど音楽に興味を示すかどうか……」
 真理子とたいむちゃんは難色を示した。
「それなら、ライブハウスはどうかな?」
 珍しく、ゲルバッキーがまともな意見を言った。
「お試しでやってみてさ。で、良かったら採用すればいいじゃない」
「あんたにしては良い意見ね」
 真理子が驚いて、そして笑った。
「ふふん、僕だってたまには真面目になるよ」
 ゲルバッキーは得意げに言う。なんにせよ、しばらくは検討中ということになりそうだった。
「それじゃあ、どうせなら俺の歌をみんなに披露するぜ! 魂の声を聞いてくれ!」
 ジャジャーン! と、いきなりエレキギターを肩に回したリョージュが弦をかき鳴らした。
 ジャカジャカジャカ、やかましい音が鳴り響く。
「だああぁぁぁ、うるさいいぃぃっ! ポムクルさん、ゴー!」
 真理子が耳に手を当てて、大声でさけんだ。
「あいさーなのだー」
 ポムクルさんがボタンをポチッと押す。
「え、うそ?」
 忍のところの床と、リョージュのところの床が、同時にぱかっと開いた。
「どうして……私までええぇぇぇぇぇぇ!?」
 二人は奈落の底に落下した。
 リョージュのギターの音は、それでも穴の下でジャカジャカ鳴り続けてた。
「俺の歌を聴けええぇぇぇ!」



 佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)の二人は、『甘味屋』を提案した。
 決して、『スイーツ』ではない。ここは重要だ。スイーツと言った瞬間、負けは決定する。
「修理とか開発で疲れたり行き詰ったりしたときには、よく甘い物を食べたりして気分転換をしてるんですよね。甘いものを食べて幸せな気分になれば、何か新しい発想が出てくるかもしれませんし……あ、よかったら、試作品なんですけど、食べてみてください」
 牡丹が言って、レナリィが配膳皿にのったさまざまなお菓子を、審査員たちの席にのせた。
 抹茶アイス、チョコレート、プリン、かき氷、わたあめ、パチパチキャンディー、などなど。たくさんの、デザートから駄菓子にいたるまでのものが、審査員たちの前に並んだ。
 審査員たちはそれを食べて、甘さに酔いしれた。
「うまいのだ〜」
 ポムクルさんたちも、すっかりお気に召したようだ。特にわたあめやパチパチキャンディーなど、駄菓子がお気に入りらしい。
 なにも食べられないエルピスは、ほほ笑みながらそれを見守った。すこし、寂しげではあったが。
「気に入ったものがあればお替わりもお持ちしますよぉ」
 レナリィは、まだまだたくさんあるお菓子を、どんどん運ぶ。
 すっかり口のなかがとろけた審査員たちは、もちろん、『合格』の札をあげた。
 餌に釣られた魚とも、言い換えることが出来たが。



「ふーん、娯楽施設ねー」
 書類を見た真理子はそう言ってから、提案者の二人を見た。
 吉木 詩歌(よしき・しいか)セリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)の二人だった。真理子に視線を送られた詩歌は、にこっと笑って「そうなの!」と言った。
「夏休みの件で、ポムクルさんたちを働かせすぎるのはよくないってことがわかったから、気分転換をしたり、英気を養うために必要なんじゃないかと思って……」
 詩歌がすこし自信なさげに自分の考えを語った。
「わしもそう思うのじゃ」
 セリティアがフォローする。
「またポムクルたちにストライキを起こされても困るじゃろう? すこしは保養施設をつくらんとなぁ」
「うーん、なるほどねぇ……」
 真理子たちは首をひねって頭をなやませた。
 話はもちろん、わからないではない。ただお金もかかるし、ちょっとやそっとのことでは終わらない。
「私からも、お願い出来ないでしょうか?」
 と、エルピスが丁寧に頼みこんだ。
「ポムクルさんたちは私の身体のためにとても良くしてくれてます。たまには、そういう遊べる場所も必要なんじゃないでしょうか」
 あの夏休みの一件から、ずっとエルピスも考えてきたことだ。
 真理子たちは「エルピスがそう言うなら……」と前向きに考えることにした。
「他にも、似たようなアイデアを出してきたたちはたくさんいるから、それを併合していくことにしましょう。どれを活かして、どれをなくすか。話し合いしていかないと」
 真理子は言った。異論はない。
 セリティアは良かった……というようにほっと胸をなで下ろした。と、たいむちゃんと目が合う。向こうも「良かったですね」というように片目をぱちりと閉じてきたので、セリティアは思わず、ぼっと顔が赤くなった。
「どうしたの? クーちゃん?」
「な、なんでもないのじゃ」
 セリティアはバタバタと手を振って、真っ赤になっていることを誤魔化した。



「研究施設ねー……」
 たいむちゃんは書類を片手につぶやいた。
 提案してきたのは、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)炎羅 晴々(えんら・はるばる)ピアニッシモ・グランド(ぴあにっしも・ぐらんど)の四人だった。
 なんでも、このイーダフェルトに各目的のための研究施設を作りたいらしい。
「今後……光条世界や他の勢力とも交渉にするに当たって……イーダフェルトの動力を……知る必要があると思うのです……」
 近遠はぼそぼそと、ゆっくりだが考えを話した。
 光条世界からの干渉もあることだし、こちらで制御出来るものかどうかなど、その正体を調べておくべきじゃないか、と。今後のために一役買うかもしれない。
「それに機晶エネルギーについて、全貌が見えなくて困ってるんでしょ? だったら、それについても研究を進めないと」
 晴々が捕捉するように言った。
「ま、サンプルなんてのが欲しければ、ここにいるのを使ってもいいしさ」
「ピアノ……サンプル……なの?」
 ピアニッシモはきょとんとする。
 まあ、サンプルを使うかどうかはさておき、四人の言うことはもっともだし、エルピスたちもいずれは着手しなければならないだろうと思っていた。
「研究施設には、ポムクルさんたちのためのカプセルベッドも用意するですわ。そうすれば、住み込みで働くこともできるでしょう」
 ユーリカは笑いながら言った。
 なぜか、肩や頭など、あちこちからポムクルが顔を出していた。
 光条世界の人々がどうやって機晶石をコントロールしているのか。エネルギーダウンへの対抗策を考える上でも、研究施設は必要不可欠だ。エルピスも、真理子も、たいむちゃんも、それに同意――しかけたところで。
 
「めんどくせーのだ?」

 ぽんっと審査員席のポムクルさんがボタンを押した。
 
 ぽっかりと開いた床を前に……。
「考えてみたら、ポムクルさんがそんな感じだから、今、皆さんが一生懸命エネルギーダウンについて調べてるのでしたっけ……」
 エルピスは、がっくりと頭を落としていた。