空京

校長室

選択の絆 第二回

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選択の絆 第二回

リアクション



■機晶石と世界について 2


 ヴァイシャリー。

 館下 鈴蘭(たてした・すずらん)は、エルキナの元をパートナーの霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)と共に訪ねていた。

 ヴァイシャリーの一角にある、水路に面したオープンカフェ。
 目前の水路を、小さなドラゴンが引くゴンドラが抜けていく。
「アルティメットクイーン様は、なんというか……圧倒的なものをお持ちの方ですね
 鈴蘭の言葉に、テーブルに頬杖をついていたエルキナが面白そうに視線を上げる。
「会ったことがあるのね?」
「ええ、未来で」
「ああ――なるほど」
「説明がつかないほど強い力と、超越した雰囲気。“本物”だと思えました」
「私に聞きたいことというのは、アルティメットクイーンのことなのね」
 エルキナが顔を上げながら、頬に置いていた手で紅茶のカップを取る。
 鈴蘭は少し座り直してから、エルキナを見据えて言った。
「彼女は、エルキナさんを使者とする光条世界と何か関わりがあるのでしょうか?」
「関わりがあるのは明白だわ。彼女へ国家神の力を譲るように指示したのは、光条世界だもの」
「それよりも、深くです。アルティメットクイーンは、光条世界にとってただの手駒という以上のものなのでは?」
「彼女は世界の真実に気付いた者の一人であり、彼女の望みと光条世界の求めるものは重なっていた。
 それに、彼女は力も資格も持っていた。
 故に光条世界は導き手として彼女を選んだ……地球の神話における神と救世主のように」
「何故、救世主を? 必要とするほど……その……光条世界は“焦っている”のでしょうか?」
 鈴蘭の言葉に、エルキナが少しだけ、きょとんと目を丸くする。
「あ、鈴蘭ちゃん、ちょっと失礼かも……」
 沙霧が少し慌てた様子で言いかけたその時、ぷっ、とエルキナが笑った。
 少しの間、彼女はおかしそうにクスクスと笑ってから。
「そう思える根拠が他にも?」
 エルキナの言葉に鈴蘭は、少し口ごもってから。
「……かつて、この大陸を支えていたアトラスは私達、契約者を『異物』だと言ったそうです。
 それは、つまり世界にとってのイレギュラーな存在ということで……」
「あの……もしかして、僕達を結ぶ契約の力も、光条世界の方がもたらしたものなんですか?」
 そう問いかけた沙霧の方へ、エルキナがチラリと視線を向け。
「そうとも言えるけど、あなた達の力は決して光条世界が“望んだものではない”のは確かよ。
 アトラスは、あなた方を異物だと? ふふ、全くもってその通りだわ」
 エルキナは楽しそうに笑って、テーブルのクッキーを一枚、水路の方へと投げた。
 通りかかったゴンドラ引きのドラゴンが、飛んで行ったクッキーをぱくんっと食べていった。
「そもそもこの世界と地球が存在する世界は本来、こんな風に交わるはずの無い世界だった。
 それが一定の周期で交わるようになったのは、安寧に耐え切れなくなったメーテウスとビアーという光条世界より遣わされた監視者達の行動による副作用。
 とはいえ――今はまだ利用価値が無いわけでもない。
 いずれは修復しなければいけないでしょうけれど」

 気になる言葉はいくらでもあった。
 だが、一番最後の言葉はやけに強く聞こえたような気がした。
 



 機晶エネルギーダウン関連の情報解析が進められる空京大学。

「そうか、これは……歌だ」

 玖純 飛都(くすみ・ひさと)は、多くの者たちと機晶エネルギーダウンに関した様々なデータを洗いざらい調べている中で、そう気付いた。
 気付いた瞬間、うっかりと、周囲に重ねていた資料を思いっきり吹っ飛ばして散らかしてしまったが、気にしない。
「機晶エネルギーダウンが発生する前に観測されたエネルギーの揺らめきと、風の微弱な揺らぎ、それから、電話やテレビなんかに見られたノイズ――」
 それらを重ねあわせ、事件直前に“機晶石に届けられただろう”波長を見出していく。
 それは、人の耳に聞こえるような代物ではなかったが、確かに、『歌』と例えるのがしっくりときた。
 そして、その中の一部の揺らぎの形を飛都は知っていた。
「ニルヴァーナ創世学園で機晶石を使った実験をしていた時に得たものだ。そいつに似てる。
 このデータとの類似が証明できれば、この波形が機晶石に影響を与えたものであると言える……!」
 飛都は興奮を抑えきれずにいた。
 エルキナは『機晶石はいわば純然たる魂の化石のようなもの』だと言ったらしい。
 それは、飛都が今まで様々な研究を通して立ててきた仮説「機晶石は知的生命が何らかの理由で結晶化したものではないか」といったものに通じる。
 そして、エルキナら光条世界が、歌のようなものによって機晶石に働きかけ、ダウンを引き起こしたのであれば、なおさら。
「って――浸ってる場合じゃないか」
 我に返った飛都は、矢代 月視(やしろ・つくみ)に声を飛ばした。
「矢代! 学長に連絡して、時間を取ってもらえるよう調整してくれ! 俺はその間に資料をまとめ直す」

 今までの調査で、機晶エネルギーダウンは中国とインドの国境近くの霊峰辺りに原因があるのではないかということまで突き止められている。
 その場所に、今回計測した波長の伝播を阻害する装置を配すことができれば、次の機晶エネルギーダウンは防げるかもしれない。

「後はイーダフェルトの小人たち次第だな。この情報でどこまでの物が造れるか……」



 各地で行われた調査と研究の結果は、イーダフェルトへと送られ、ポムクルさんたちによって、対機晶エネルギーダウン装置が開発されることになった。
 それは驚くほど早く完成し、ラズィーヤの手配で地球へ秘密裏に運ばれた。
 
 彼らが造り出したそれは、大きなオルゴールのようなものだった。
 起動したところで、誰の耳にも音なんて聞こえなかったが、ポムクルさんたち曰く、機晶エネルギーダウンに対抗するための波を阻害するための波が出ているらしい。
 これは、至急、空京を通じ地球へと運ばれ、霊峰に置かれることとなった。
 また、ポムクルさんたちは、予備のオルゴールを作っており、これはイーダフェルトに置かれることとなった。




 海京。
 ラズィーヤはわざわざ、ここまで自身が降りてくる必要は無かったかもしれない、と自嘲していた。
 それでも、多忙の合間を縫って“彼”がここに来るという。
 要件など先に緊急の通信で、そして、後からは電話で全て伝えたというのに。
 やがて、海京の一端に設けられたヘリポートにヘリが到着した。
 ヘリから降りて来た人物は、笑みを浮かべ、何かしら言った。
 ローターの騒がしく、声は聞こえず、口が動いたのが見えただけだが。
「指示通り、パラミタから送られた対機晶エネルギーダウン装置は、至急、中国とインドの国境近くの霊峰へと運ばせた」
 ラズィーヤの近くまで来た、その男は言った。
「また機晶エネルギーを唐突に止められたのではたまらんので、地球技術の機体でだが」
「飛行機、で分かりますわ」
「そうか。未だシャンバラの老人たちと話す際には、時折り通じないことがあって配慮している」
「ご活躍は聞き及んでおりますわ。そして、感謝しております。お兄様」
「しょせん裏方だ。半分は趣味のようなものだし、表はお前に任せきり。感謝されると落ちつかんな」
 謙遜の無い笑みで言った兄、フィローズ・ヴィシャリーへラズィーヤは問いかけた。
「今回の一件で、地球の国々はまた緊張が高まったのでは?」
「対抗装置が出来たとはいえ、全てを統べているかのように見える“光条世界”の存在を印象づけることになったからな。
 パラミタの出来事が本当の意味で他人事ではないのだと考える者が多くなったのは確かだ。
 加えて、各地で唐突に怪物が現れるようになっても、地球人同士の小競り合いは相変わらず続いている。
 長い歴史で培われた地球の素晴らしい文化は、そう簡単に消えたりしないものだが、怨みつらみや仕掛け合い続けた悪だくみの損益清算も同様だ」
「日本での怪物出現は、“アナザー”の日本が救われたのを境にパタリと報告が止んだという報告を聞きましたわ」
「アナザーを救うことが、今の地球を救うことにも繋がるということが証明された。アナザーの状況は、絶望的なものもあるが」
 久しぶりにあった兄は、困った状況だ、と口の端に垂れつつも、生き生きとしているように見えた。
 ラズィーヤはため息をついてから。
「光条世界は、とりわけ日本とシャンバラの関係を、地球とパラミタの繋がりの“生命線”だとしているように思えますわ」
「俺が標的にされる可能性があるということか。話が大き過ぎて鼻血が出そうだ」
 言いながら、フィローズは腕時計を確かめた。地球産のアナログなものだ。
 そして、忙しく「もう行かなくては」と告げ。
「ラズィーヤ、お前はよく出来た子だ。だから、俺はお前にヴァイシャリーとシャンバラを任せた。
 今後も今回のように仲間を信じ、うまくやれ」
 それを聞いて、ラズィーヤは少しだけ、表情を呆れさせた。
「わたくしがお兄様に励まされたいがために、こうしてお会いしたと思ってますの?
 これは、たまたまタイミングが良かったからで――」
「不安を振り払えぬ己を恥じる必要はないさ。
 何事も、見立てほど良くもないが、悪くもないものだ」
 それだけ言って、ラズィーヤの兄はさっさと彼女に背を向けた。


 遠ざかるヘリを見送っていたラズィーヤの耳に、唐突に囁かれた言葉。
「あれが、フィローズ・ヴァイシャリー。
 日本の政治家のパートナーとして、裏から日本を始めとした地球各国とシャンバラの関係を調整し続けているラズィーヤ・ヴァイシャリーの兄」
 ラズィーヤは、いつの間にか隣に立っていたエルキナへと視線を向けた。
「機晶エネルギーダウンでは、もう私たちを脅せませんわ」
「それがあなた達にとって良い事なのかは別だけれど」
「一つ教えてくださいませんか?
 何故、“あの山”だったのか」
「昔、光条世界がナラカ世界に置いた監視者の一人が逃げ込んだ先で……
 中味はどこかに行ったみたいだけど、身体だけ置きっぱなしだったから使わせてもらったの。
 起こそうと思えば、あんなものを使わなくても幾らでもやれるのだけど、奴らとの戦いの前に無駄な労力は少しでも使いたくなかったしね」
「奴ら……ソウルアベレイター達ですの?」
「そう。彼らは光条世界との決着を望んでいる。
 あなた達、契約者とパラミタとニルヴァーナを巻き込んで」
 とうにヘリの音は遠ざかり、海風と波音に紛れて消えていた。