空京

校長室

終焉の絆

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終焉の絆
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【2】救世の間 1

 契約者たちがたどり着いたとき、救世の間にはアルティメットクイーンが待ちかまえていた。
「ようこそいらっしゃいましたね、皆さん。お待ちしていましたよ」
 アルティメットクイーンは悠然とした態度を崩さずに契約者たちと相対した。
 その様子を神崎 優(かんざき・ゆう)らが見つめる。契約者たちは果たしてアルティメットクイーンの真意が何であるかを計りかね、どうその態度を受け止めるべきかを迷っていた。だがそのうち、優たちはアルティメットクイーンに対話を試みる。彼女の気持ちを探ろうと、そして自分たちの成すべき行為を探ろうと――。そんな意思が垣間見えた。
「アルティメットクイーン!」
 呼びかける朝霧 垂(あさぎり・しづり)。アルティメットクイーンの目が彼女へと向いた。
「色々とお前の口から聞いてきた! けれど、それは本当にお前の意思なのか!?」
「ほう? ですと……本当の私とは一体何を指すことになるのでしょう……」
 アルティメットクイーンの目が細くなる。垂はひるむことなく続けた。
「お前は本当は、こいつらに担ぎ上げられただけの存在なんじゃないのか!?」
 垂の言うこいつらとはグランツ教徒たちのことを指していた。
「じゃなきゃ、時を操ったり平行世界を渡る事の出来る特別な力のあるお前が、世界を救えないわけがないだろ!? 違うか!?」
 垂の言葉にアルティメットクイーンはうろたえない。代わりに彼女は薄く笑ってみせていた。
「どれだけの力があっても、世界の運命に逆らうというのは困難を極めるのですよ。それに、私は自分の意思でここに存在しています。私の存在はあなたの推測になにひとつ該当していないのですよ」
「なら……! どうしてお前がそれを成さなければならないんだっ……!」
「確かに救世主は私でなくても良かったかもしれません。それを成すことのできる資質を持ち、正しく世界を理解できる者であれば。しかし、そんなことは些細なこと。いずれにしろ、光条世界は救世主を欲していたことに違いはありません。今の世界を正しい滅びへと導き、新たな創世と滅びの時代の管理者となるべき者を――」
「それが、お前だっていうのか……?」
「私自身もまた、世界に寄り添えることを渇望していた。これは俗にいうならば、利害の一致というものでしょう。私と光条世界との利害の……。ただ、それだけのことです」
「そうして、世界に滅びを与えるというのか!」
 アルティメットクイーンの言葉に激情したのは風森 巽(かぜもり・たつみ)だった。
 変身ベルトで『仮面ツァンダーソークー1』へと姿を変えた巽の赤い目が、アルティメットクイーンを見返す。その拳がぎゅっと握られていた。
「貴女の手を借りないなどと傲慢なことは言うつもりはない。だが、この世界のことはこの世界の者が決めなくてはならないんだ! 今は方法がなくとも、必ず!」
「その通りだ」
 巽の言葉にアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)が同意した。
「この世界の未来はまだ終わってはいない。例え貴女のいた世界の過去や未来が失われたとしても。アルティメットクイーン! 貴女は自分のいた世界の『過去』に囚われすぎているんじゃないのか!?」
「私が……?」
 アルティメットクイーンが眉根を寄せた。
「そうよ。『今』という時間を『過去』や『未来』に縛られちゃいけないわ」
 シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)がアルクラントの後を継ぐように言った。
「夢を見る事も後悔する事も『今』しかできないんだから。だから、『今』を生きている自分を大切にして。先を見すぎても、後ろを振り向きすぎても、誰かの隣を歩く事はできないでしょ?」
 シルフィアのその言葉に、アルティメットクイーンは考える素振りをした。
 しかし結局はそれすらも、彼女の目的を変えることは出来ない。アルティメットクイーンは首を振った。
「数万年前、この世界の者たちは正しい選択をすることができなかった」
 アルティメットクイーンの双眸は鋭さを増した。
古代ニルヴァーナ文明は、大陸の滅びという運命を受け入れられず、世界を歪ませてでも生き延びようとしてしまった。人は生き伸びようとします。だからこそ、より高次の存在へとなっていく。そのこと自体は否定しようもありません。知的生命体の誇るべき性質であり、忌むべき宿命なのですから。――人は生きようとすることを止めることは出来ない。だからこそ、我々は正しい滅びを与える、という役目をもっているのです」
「そうは言っても、かなり強引な話だけどね」
 南條 託(なんじょう・たく)が肩をすかして言った。
「君が何を見てきたかは知らないけど、そのせいで高慢になって、真摯さを失っていなかったかな?」
「あなた方の理解を求めようとは思っておりません。『方舟計画』に則り、世界を新たなる時代に繋ぐことが出来ればそれで良いのです」
「その『方舟計画』というのは一体……? 滅びに怯え、救いを信じて集ってきた者達はどうする気なんだ?」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)が追求する。
 アルティメットクイーンは静かに答えを口にした。
「方舟に必要なのは、次の創世と滅びの時代に相応しいと判断された者だけ、です。真の世界の大世界樹と管理者である私、そして、光条世界にとって必要とみなされた者。そうでない者には、運命を受け入れてもらわなければなりませんね」
「そんなこと……っ」
 鉄心が思わず口を開きかけたところで、アルティメットクイーンは微笑した。
「もちろん、その魂はナラカの海地球世界とを旅し、再び出会うことになるのですから、恐れることはありません。真に恐れるべきは、消滅――。二度と、誰も存在できず、誰にも出会うことのできない、魂の輪廻さえも断ち切られる終焉なのです」
「それが、終焉を見てきたというあなたの考えなのですか?」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)はアルティメットクイーンへ問うた。
「教えてください。いったいあなたは、何を見てきたのです?」
 しかし、アルティメットクイーンはそれに明確な答えは見出さなかった。
「その問いの本質について回答を得たいと考えるならば、創造主に問うべきものでしょうね。もちろん、それが叶うのならば、ですが」
「いずれにしてもあなたは終焉は避けられないというのだろう?」
 神崎 優(かんざき・ゆう)はアルティメットクイーンの顔を見つめた。
「ならなぜ世界は地球と接触し、俺達契約者という選択をしたんだ? 少なくともそうしなければ世界は歪まず正常な道を辿っていたのではないのか!?」
「逆ですよ。全ては」
 アルティメットクイーンは冷然と優を見据えた。
「世界が歪んでしまったからこそ、『契約者』という存在が生まれてしまった。かつてパラミタとニルヴァーナが滅びを逃れたがために……。世界は歪み、魂の循環でのみ繋がり合えた筈の世界は、混じり合うに至ったのです」
「つまり、俺たちの存在そのものを正そうというのか……?」
「そう言い換えることも出来るかもしれませんね」
 淡々と言い放つアルティメットクイーン。神崎 零(かんざき・れい)はそれに抵抗するように言い放った。
「それは違います、クイーン!」
 その目は強く、真っ直ぐに、クイーンを見つめていた。
「私は優と出会った事に後悔していません! 優と出会い、彼の手を取らなければ、今の幸せを手に入れる事は出来なかった! 優と触れ、共に行動し、絆を繋げてきたから、今があるんです! それは決して、間違った結果なんかじゃない!」
 いつもは丁寧で一歩下がった姿勢を崩さぬ雫が、この時ばかりは激情していた。
「ねぇ、アルティメットクイーンさん……世界が崩壊しないように抗うことっていけないことなのかな?」
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が自分の気持ちを吐き出すように訴えた。
「だって皆生きてるんだもん……、生きたいじゃん! それって、そんなに悪いことなのかな……?」
「ライゼ……」
 垂が胸の内を吐き出す自らのパートナーを見つめた。
「僕は生きる事を諦めたくないし、誰にも諦めさせたくない! 生きたいんだよ!」
 ライゼの言葉に、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)もうなずく。
「そーだよ。おねえさんがボクらの世界に来て、終焉を回避しようと行動してるようにね。ボクらだって、どうしても可能性を諦めたくないんだ。パラミタもニルヴァーナも、この世界全ても、終焉を迎えない方法があるんじゃないかって可能性を……」
「可能性は皆無に等しく、だからこそ、望んではいけないもの」
「でも、ゼロじゃないんだよ?」
 ティアは言った。アルティメットクイーンの瞳を一心に見つめて。
「おねーさんがボクらの世界へ渡ってこられたようにね……。可能性は……ゼロじゃないもん……」
 俯くティアの頭を、巽がぽんと押さえた。
「よく言った、ティア。それでこそ我が仮面ツァンダーの仲間だ」
「……それって、ちょっと恥ずかしい……」
 涙声になりながら、ティアはわずかな反抗のように言う。
「そーいうことだ! とにかくあんたの好き勝手にはさせないぜ!」
 那由他 行人(なゆた・ゆきと)が持っていた刀の切っ先をアルティメットクイーンへ向けた。
「クイーン様! 約束してください!」
 結崎 綾耶(ゆうざき・あや)の声が救世の間に響き渡った。
「もしも契約者の皆さんに止められたら、その時は私達と一緒に世界を救う方法を考えてください! お願いします!」
 クイーンからの返答はなかった。
 だがそれでも、綾耶は自分の伝えたいことを伝えられた。匿名 某(とくな・なにがし)はそんな彼女の信念を褒めるように、その小さな肩にそっと手を置いた。
 今すぐに手を取り合って歩める相手ではないのだろう。そのことを契約者たちは十分に理解していた。同時にこれから先、彼女がいかなる道を選ぶかは分かりかねている。
 なら今は、何が何でもその目的を止めることが大事だった。
 例えそれが、彼女の求める救いの道から見出された方法であっても――。
(だけどオレは、そんな彼女でも救ってみせる!)
 裏椿 理王(うらつばき・りおう)は思った。生きることを守りたいというのならば、それはアルティメットクイーンにも当てはまることだ。彼女を守らずして、どうして自分たちが生き続けることを選択できようか。
 しかしそれには彼女を、止めなければならない。
「行くぞ、みんな!」
 理王のかけ声に従って、契約者たちはついに動きだした。